いつもの生活って、奇跡でした。

いつもの生活って、奇跡でした。

何気ない日常生活。実はそこには本当の幸せがあり、それは奇跡。
いつもの生活って、奇跡でした。
そしていつもの生活って、今も奇跡です。
6年目の3.11を覚えつつ。
教会員の生老病死に寄り添いつつ。

礼拝メッセージ「歩く聖書」

礼拝メッセージ「歩く聖書」

聖書箇所:使徒の働き9章32ー43節

さて、ペテロはあらゆる所を巡回したが、ルダに住む聖徒たちのところへも下って行った。使徒の働き9章32節

ペテロは、歩く聖書とされて、魂の救いのために、豊かに用いられていきました。

ルダという所では、八年間中風を患い、寝たきりだったアイネヤをいやし、それを見た人々の魂を救いました。

ヨッパという所には、タビタ(ギリシヤ名ドルカス)という女の弟子がいました。彼女は、多くの良いわざと施しをしていましたが、病気になって死にました。しかしペテロは、ひざまずいて祈ることによって、彼女を生き返らせ、生きている彼女を人々に見せたのです。このことがヨッパ中に知れ渡り、それを見た多くの人々の魂が救われました。

危機の時代に生かされている私たちも、主イエス・キリストを信頼して受け入れ、聖書のみことばを実生活に適用して生きるなら、歩く聖書とされます。

その時私たちは、「魂の救い」と「弟子作り」という教会の存在目的のために、豊かに用いられます。実に、「魂の救い」と「弟子作り」こそ、奇跡の中の奇跡です。

礼拝メッセージ「愛の共同体」

礼拝メッセージ「愛の共同体」

聖書箇所:使徒の働き2章42ー47節

そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。使徒の働き2章42節

教会とは、神によって呼び集められたキリスト信者一人一人のことです。生み出された教会は、使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていました。教会は、そのようにして形成され、愛の共同体とされました。

使徒たちの教えとは、主イエス・キリストの教えです。ヨハネ福音書13章34-35節にその要約があります。『…わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。』

交わりとは絆を意味します。パン裂きとはキリストの愛を覚える聖餐式を意味します。

神との絆が回復する時にだけ、隣人との絆も回復します。そして人は、お金、モノ、仕事、自己実現よりも絆を大切にし、一緒に食事をし、語り合い、共に生きる交わりを喜びとする者に変えられます。

自分さえよければ他人はどうなってもかまわないと思っている人が、そのような人に新しく造り変えられる。これこそ神のなさる美しい奇跡です。