受難節 苦しみの果てに 歓喜あり

受難節 苦しみの果てに 歓喜あり 

聖書全体を貫く3つの出来事

聖書全体(旧約聖書39巻、新約聖書27巻、創世記から黙示録までの66巻)を貫く3つの出来事

創造     ➡️ 堕落      ➡️ 再創造

万物の創造  ➡️ 人間の堕落   ➡️ 万物の再創造。罪人の悔い改め・方向転換から始まる。

創世記1:1 ➡️ ローマ3:23 ➡️ 黙示録21:5

Gen. 1:1 はじめに神が天と地を創造された。
Rom.3:23 すべての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができず、
Rev. 21:5 すると、御座に座っておられる方が言われた。「見よ、わたしはすべてを新しくする。」また言われた。「書き記せ。これらのことばは真実であり、信頼できる。」

終末論について

終末論について

最近は地震も増え、戦争も増え、人々は争い合っていて、イエス様が仰っている通りに進んでいるように見えるので、み言葉を読んでいて恐れを強く感じてしまう時もあります。そんな中で、大患難時代の前に「携挙」があると信じることができれば、大変安心できるのですが・・・?

まさに今は産みの苦しみの時で、聖書が預言していることが次々に起こっています。そして大患難の前に携挙があってほしいと願います。

でもイエス様は、一人でも多くの人を天国に招きたいお方です。ですから、この地上において私にしかできないことがなくなるまでは、あるいは私にしか届けない人がいなくなるまでは、携挙も天に召されることもないと考えています。

どうしても翻弄されやすいのですが、聖書に書かれている以上の大変なことは起こらないし、イエス様は勝利者として今も生きて働いておられますし、わからないこともたくさんありますが、すべてを主の御手におゆだねしつつ、今日もイエス様と共に歩みましょう。まずはウクライナの地で、戦争が止みますようにと願います。

主イエス様の平安と喜びが豊かにありますように。

聖書が語る全体像・世界観による断片化の回復

私たち人間ひとりひとりは、ジグソーパズルの一つ一つのピースのようです。どのピースも形が微妙に違っていて、オンリーワンです。実はあなたも、オンリーワンです。世界中探したって、あなたのようなユニークな人はいません。ですからあなたは、かけがえのない大切な存在です。もしあなたが死んだら、だれもあなたの代わりはできません。

けれども私たちの現実は、ジグソーパズルの全体像が失われたまま、パズルのピースが全部バラバラになってしまったような状態です。それが「断片化」と言われる状態です。自分が本来いるべき場所がわからないのです。どこから来てどこに行くかもわかりません。何のために生まれてきたのか?何のために生きるのか?どんなに悩んでも、どんなに自分探しをしても、人生の意味や生きる理由は見つかりません。

しかし、ジグソーパズルの全体像は、パズルの作者によって、パッケージなどに美しく描かれ、明らかにされています。同じように、断片化し、全体像・世界観が見失われた中で、人間を造られた神、天地万物の創造主である神は、書き記された66巻の聖書を通して、時空を貫く全体像・世界観を見事に描いて見せておられます。

かわぐちかいじ氏の漫画『ジパング』

かわぐちかいじ氏の漫画『ジパング』では、「みらいを知る機会が与えられ、それを恐れず勇気を持って見つめた者は、その生き方が変えられる。」という主題が巧みなイマジネーションによって見事に描かれている。

この漫画にインスパイアされて、私は牧師としてこう思う。

「聖書、特に一番最後のヨハネの黙示録という啓示によって未来を知る機会が与えられ、それを恐れず勇気を持って見つめた者は、その生き方が変えられる。」そしてその時、人は、反転するかみなりをもたらす、祈りという武器によって、歴史を大きく動かすことができる。

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かわぐちかいじ氏の漫画『ジパング』

かわぐちかいじ氏の漫画『ジパング』では、「みらいを知る機会が与えられ、それを恐れず勇気を持って見つめた者は、その生き方が変えられる。」という主題が巧みなイマジネーションによって見事に描かれている。この漫画にインスパイアされて、私は牧師としてこう思う。「聖書という啓示によって未来を知る機会が与えられ、それを恐れず勇気を持って見つめた者は、その生き方が変えられる。」
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終末論に関する信仰告白を黙想する

終末論に関する信仰告白を黙想する
ある方が転入会に際して、終末論に関する教団信仰告白に関して素朴な疑問を持ち、勇気を持って質問してくださった。その内容は以下のようなものだった。

「『万物を新たにし、神の国を完成する。』とありますが、もしも万物が新たにされるとすれば、どうして今、地球環境などを大事にする必要があるのでしょうか?」

この質問は、原発再稼働問題や環境破壊問題に対する態度にメスを入れる鋭さを持っている。
さらにこの質問は、例えばからだに関しても、以下のような真剣な疑問符を提示している。

「もしもやがて新しいからだが与えられるのであれば、どうして今与えられているこのからだを大事にする必要があるのでしょうか?」

これは、「太く短く」とか言って自分のからだを大切にせず、休みなく働き続けたり、暴飲暴食をしたり、タバコやアルコール、フリーセックスや婚前交渉を良しとする態度にメスを入れる鋭さを持っている。
あなたならこの疑問にどう答えられるだろうか?
ポイント
オーナーシップ:あなたの環境ではなく神の環境、あなたのからだではなく神のからだ、あなたの人生ではなく神の人生
スチュワードシップ:神から一時的に信託されているものをどう管理するか、どう耕し(カルティベイト)、どう守るか、どう愛するか、どう仕えるか、どうケアするか、どう磨いて活用するか
アカウンタビリティ:説明責任 レスポンスする能力➡️責任
この地上の人生を聖書的に見ると? 予備校、本番前のリハーサル、試合前の練習。
聖書から見た人生とは、神から一時的に信託されたものをどう管理するかというテストである。

From "REVERSED THUNDER" by Eugene H. Peterson

The prayers which had ascended, unremarked by the journalists of the day, returned with immense force – in George Herbert’s phrase, as “reversed thunder.” Prayer reenters history with incalculable effects. Our earth is shaken daily by it.
ジャーナリストたちに注目されずとも、
天に向かって捧げられたすべての祈りは、
やがて物凄い力を帯びて戻って来る。
ジョージ・ハーバートの表現を借りるなら、
まさに「反転した雷」のように、
祈りは計り知れない影響力を伴い、歴史に再突入して来る。
我らの地球は、祈りによって日毎に震撼させられているのだ。
From “REVERSED THUNDER” by Eugene H. Peterson

礼拝メッセージ「主イエスよ、来てください」

礼拝メッセージ「主イエスよ、来てください」(クリックで聴けます)
聖書箇所:ヨハネの黙示録22章16ー21節

「わたし、イエスは御使いを遣わして、諸教会について、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。」御霊も花嫁も言う。「来てください。」これを聞く者は、「来てください」と言いなさい。渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをただで受けなさい。私は、この書の預言のことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。これらのことをあかしする方がこう言われる。「しかり。わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。主イエスの恵みがすべての者とともにあるように。アーメン。黙示録22章16-21節

上記のみことばは、聖書のエンディングに記されている主イエス・キリストのメッセージです。
1、わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である
2、「来てください」と言いなさい
3、聖書のことばは加えても取り除いてもいけない
4、しかり。わたしはすぐに来る→応答のことば