LOVE SUGITO RADIO 2020-08-25 いつくしみ深い神の献身

LOVE SUGITO RADIOは、杉戸キリスト教会の「のまちゃん牧師」によるラジオです。杉戸町に関すること、聖書に関すること等について話しています。杉戸町と宮代町を愛するラジオです。50回目の配信。今回は、ルカ福音書10章25−37節から、いつくしみ深い神の献身について話しました。杉戸キリスト教会のホームページはhttp://gospel.sakura.ne.jp/sugito/

キリストの処女降誕について

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無から天地万物を創造された聖書の神。土地のちり(アダマー)で人を形造り、その鼻にいのちの息・聖なる神の霊(聖霊)を吹き込まれ、生きる人間(アダム)を創造された神。髪の毛や全ての細胞の中に、DNA・遺伝子・精巧な人間の設計図をデザインなさり、人間を男と女とに創造された主なる神にとって、不可能なことは何もありません。人間のデザイナーでありメーカーである神は、マリアがまだ男の人を知らず、男性と性的な関係を持たなくても、マリアを聖霊によって受胎・妊娠させることが可能だったのです。

苦しみの中におられる方々のために…A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

苦しみの中におられる方々のために

私は神に強さを求めました。成し遂げるために。
でも私は、弱い者とされました。従うための謙遜を学ぶために。

私は健康を求めました。より偉大なことをするために。
でも私は、病弱を戴いたのです。より良きことができるように。

私は富を求めました。幸せになるために。
でも私は、貧しさを授かりました。賢い者であるように。

私は力を求めました。世の人々の称賛を得るために。
でも私は、弱さを授かりました。絶えず神に寄りすがる必要を覚えるために。

私はあらゆるものを求めました。人生を楽しむために。
でも私は、命を授かったのです。すべてのことを喜び楽しめるように。

私が求めたものは何一つとして与えられませんでした。
けれども、私の願いは、すべて神に聞き届けられたのです。

私は神の意に添わぬ者であるにも拘わらず、
心の中の言い表せない祈りは、すべて叶えられたのです。

私はすべての人の中で、最も豊かに祝福されたのです。

この詩は、青銅の盾に刻まれて、ニューヨーク市イーストリバー沿いの東400丁目、34番街にあるリバビリテーション診療所の待合室の壁にかけられている。作者不明。野町試訳。

僕らは結局、自分の願いが叶えられることを必死で願っているかもしれない。でも神さまは、僕らの願いをはるかに超えた形で、必ず願いを叶えてくださる!

A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

I asked God for strength, that I might achieve   
I was made weak, that I might learn humbly to obey…

I asked for health, that I might do greater things   
I was given infirmity, that I might do better things…

I asked for riches, that I might be happy   
I was given poverty, that I might be wise…

I asked for power, that I might have the praise of men   
I was given weakness, that I might feel the need of God…

I asked for all things, that I might enjoy life   
I was given life, that I might enjoy all things…

I got nothing that I asked for — but everything I had hoped for
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.  
I am among all men, most richly blessed!
(Author unknown)

This creed is hung on a wall at a waiting room of Institute of Rehabilitation Medicine, 400 East 34th Street NYC

ビデオ 木を植えた男

I was born 吉野弘

I was born 吉野弘

 確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 女はゆき過ぎた。

 少年の思いは飛躍しやすい。 その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
 —-やっぱり I was born なんだね—-
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
 —- I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね—-
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の顔にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
 —-蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね—-
 僕は父を見た。父は続けた。
 —-友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。つめたい光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは—-。

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
 —-ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体—-

あなたに ウクレレ弾き語り

希望がなくて早く死にたいと思っているあなたに、のまちゃん牧師が歌います。

礼拝メッセージ「セックスの光と影」

礼拝メッセージ「セックスの光と影」(クリックで聴けます)
聖書箇所:出エジプト記20章1ー14節

1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、 恵みを千代にまで施すからである。7 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。9 六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。10 しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。−−あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も−− 11 それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。12 あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。13 殺してはならない。14 姦淫してはならない。出エジプト20章1−14節

セックスの光と影

セックスの光と影
杉戸キリスト教会地図

礼拝メッセージ「いのちのパン」

礼拝メッセージ「いのちのパン」(クリックで聴けます)
聖書箇所:ヨハネ福音書6章22ー40節

26 イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。27 なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです。」28 すると彼らはイエスに言った。「私たちは、神のわざを行うために、何をすべきでしょうか。」29 イエスは答えて言われた。「あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです。」30 そこで彼らはイエスに言った。「それでは、私たちが見てあなたを信じるために、しるしとして何をしてくださいますか。どのようなことをなさいますか。31 私たちの父祖たちは荒野でマナを食べました。『彼は彼らに天からパンを与えて食べさせた』と書いてあるとおりです。」32 イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。モーセはあなたがたに天からのパンを与えたのではありません。しかし、わたしの父は、あなたがたに天からまことのパンをお与えになります。33 というのは、神のパンは、天から下って来て、世にいのちを与えるものだからです。」34 そこで彼らはイエスに言った。「主よ。いつもそのパンを私たちにお与えください。」35 イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。ヨハネ福音書6章26−35節

いのちのパン

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