セックスについて考える

テレビ、映画、小説、音楽、スポーツ新聞、マンガ、雑誌などにおいて描かれているセックスのほとんどは、結婚前や結婚外です。

学校の性教育においても、個人の権利と自由が大切にされ、避妊用具を用いたフリーセックスを奨めています。

セックスを拒まないことが愛していることだと考えられています。

かなりの若者が性体験をし、ポルノ、中絶、性病、セクハラがはびこっています。

正しい情報と知識を知り、それを早急に伝えていく必要があります。

性に伴うリスク・危険も伝えるべきでしょう。

聖書に記された、性の祝福と正しい用い方を学ぶ必要があります。

性は三位一体の神の本質があらわされている故に尊いものです。

性的関係を持つことは、相手と一体になることです。

セックスは、知性、感情、意識、肉体、全人格において、夫婦が一体となるための接着剤です。

つきあっている相手と結婚前にセックスし、もしその人と結婚に至らなかった場合、どうなるでしょうか?

そのような場合、女性が深くて重い傷を負ってしまいます。

もし性的関係を持った後にその人と別れ、別の人と関係を持っていくなら、一体になった自分が引き剥がされ、どんどん自分の一部を失っていくことになります。

バラの花のようなあなた。しかし結婚前に性関係を持っていくなら、花びらがどんどん失われて、将来幸せな結婚をすることが難しくなります。

結婚関係以外で性的関係を持つと、自殺率は3倍になると言われます。

うつ病といった心の病になりやすいのもフリーセックスの体験者です。

でも大丈夫。神が赦すことの出来ないほど大きな罪はありません!

あなたがもし、そのままの姿で神のもとに帰るなら、神はあなたに走り寄り、ありのままのあなたを抱きしめてくださいます。

あなたが将来本当に幸せな結婚をし、幸せな家庭を築くことを、誰よりも願っておられる神がおられます。

神はあらゆるマイナスをプラスに変えてくださり、万事を益に変えてくださいます。

聖書は、二人の祝福のために、アブステナンス(ABSTINENCE:結婚まで性的関係を持たない、結婚関係以外で性を用いないということ)と純潔(PURITY)を教えています。

それぞれ置かれている所で、アカウンタビリティグループ(責任を問い、互いに支えあうグループ)が与えられますように。

性的被害者・加害者は、プロのカウンセラーや牧師などに相談し、神による癒しと赦しを体験してください。

Q & A

Q1、付き合ってますが、すでに性的関係を持ってます。今さら拒むと嫌われたり浮気されたりしそうで拒めません。
A1、今我慢できない人は結婚しても我慢できずに浮気します。高価なあなたを安売りしないでください。相手があなたを本当に愛しているなら、結婚までちゃんと待ってくれるはずです。「大切な人だからこそ簡単に手を出したりしない」、「本当に大事な人だから責任とれないことはしない」というのが真実です。

Q2、性的な誘惑に弱くてすぐ負けてしまいます。どうしたらいいですか。
A2、まずは二人きりになれる部屋や場所を避けることを心がけてください。車も二人だけで乗るなら助手席ではなく後部座席に座ってもらうといいです。

続く

4月の絵画

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関東の春

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閉塞感に囚われる原因とブレイクスルー

閉塞感に囚われる原因とブレイクスルー

1、報い・結果を求めてもなかなか見えないことによる失望。しかし見えない時でも、聖書に約束されている報い・結果から目をそらさないなら、本気で信じて従い、やがて青空を見上げることができる。

2、報い・結果に関する期待と現実の違いによる失望。こんなはずじゃなかったと理想と現実の違いに愕然とする時でも、心を注ぎ出して神に本気で祈るなら、まず心の中で青空を見上げることができる。

3、報い・結果から意図的に目をそらしながら(あるいはそれを否定しながら)、大きな犠牲、献身、ハイリスクを払い続けるため。大きな犠牲、献身、ハイリスクを払い続けるためには、豊かな実り、豊かな報い、ハイリターンがどうしても必要。ぜひご自分で調べてみてほしい。聖書にどれほど多く「報い」の約束がちりばめられているかを。本気でハイリスクな信仰の旅、フェイスミッションをするためにこそ、数え切れないほどのハイリターンの約束が与えられている。おそらく信仰の父と呼ばれる者に変えられたアブラハムも、創世記12章冒頭に約束されているハイリターンの約束がなければ、安住の地に留まり続けたはずだ。

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閉塞感に対するブレークスルーは、報い(結果)から目を離さないこと!//embedr.flickr.com/assets/client-code.js

うつになった聖徒たち

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「うつになった聖徒たち」の目次

1、モーセ 背負っている荷が重すぎるとき
2、ナオミ 苦々しい思いが増すとき
3、ヨブ  すべてを失ったとき
4、ハンナ 絶望したとき
5、サウル 嫉妬の炎が燃え上がるとき
6、エリヤ ひとりで神に仕えるとき
7、エレミヤ 仕えることが義務のように感じられるとき
8、ヨナ   怒りがふつふつとわき上がるとき
9、ソロモン 皮肉な考えに陥るとき
10、ある詩篇の作者 霊的喪失感にさいなまれるとき
11、パウロ プレッシャーに押しつぶされそうなとき
12、暗闇にある宝

休むことを罪のように考え、疲れ果てているあなたへ

礼拝メッセージ「共に休む祝福」(クリックで聴けます)

休むことを罪のように考え、疲れ果てているあなた、元気になるためにぜひこのメッセージを聞いてください。あなたの上に神さまの祝福が豊かにありますように。

聖書箇所:出エジプト記20章1ー11節

1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、 恵みを千代にまで施すからである。7 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。9 六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。10 しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。−−あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も−− 11 それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。出エジプト20章1−11節

賛美と礼拝・喜びと感謝への招き 旧約聖書・詩篇95篇より

賛美と礼拝・喜びと感謝への招き 旧約聖書・詩篇95篇より

もしも心の中に、叫び歌いたいほどの喜びや感謝がなく、逆に不平不満や苦々しい思いがあるなら、それはあなたが、神との絆・神との正しい関係・神の義を失っている証拠です。

そのような「霊的うつ状態」になっている場合、出来るだけ早く聖書の御声に耳を傾け、
神の偉大さをもう一度思い起こし、心をかたくなにしないことが、回復への近道です。

もしそうしなければ、 あなたは「霊的うつ状態」のまま40年間荒野を流離い続け、
神の恵みとあなたの残りの人生を無駄にすることになります。

1 さあ、主に向かって、喜び歌おう。
われらの救いの岩に向かって、喜び叫ぼう。
2 感謝の歌をもって、御前に進み行き、
賛美の歌をもって、主に喜び叫ぼう。

3 主は大いなる神であり、すべての神々にまさって、大いなる王である。
4 地の深みは主の御手のうちにあり、
山々の頂も主のものである。
5 海は主のもの。主がそれを造られた。
陸地も主の御手が造られた。

6 来たれ。私たちは伏し拝み、ひれ伏そう。
私たちを造られた方、主の御前に、ひざまずこう。
7 主は、私たちの神。
私たちは、その牧場の民、その御手の羊である。

きょう、もし御声を聞くなら、
8 メリバでのときのように、
荒野のマサでの日のように、
あなたがたの心をかたくなにしてはならない。
9 あのとき、あなたがたの先祖たちはすでにわたしのわざを見ておりながら、
わたしを試み、わたしをためした。
10 わたしは四十年の間、その世代の者たちを忌みきらい、そして言った。
「彼らは、心の迷っている民だ。彼らは、わたしの道を知ってはいない」と。
11 それゆえ、わたしは怒って誓った。
「確かに彼らは、わたしの安息に、入れない」と。

礼拝メッセージ「惜しまないでいられようか」

礼拝メッセージ「惜しまないでいられようか」(クリックで聴けます)

聖書箇所:ヨナ4章

主は仰せられた。「あなたは、自分で骨折らず、育てもせず、一夜で生え、一夜で滅びたこのとうごまを惜しんでいる。まして、わたしは、この大きな町ニネベを惜しまないでいられようか。そこには、右も左もわきまえない十二万以上の人間と、数多くの家畜とがいるではないか。ヨナ書4章10-11節

『風刺作家の目的が読者を感動させて真実を認めさせることにあるなら、ヨナ書の作者ほど見事に成功した風刺作家はいまにいたるまで存在しない。

この風刺作家は狂信、残酷、浅い神学を攻撃するだけでなく、憐れみと深い関心をあらゆる国家に示す神の姿を見事に描き、読者の積極的反応を呼び起こしている。

たいていの風刺作家は悪徳の姿を醜悪に描いて見せるが、善を美しく見せる力に不足している。「ヨナ書」を書いた人に力量的に劣る風刺作家なら、ヨナの態度に対する自分の怒りを作品にぶちまけることによって、作品の肯定面を曖昧にしてしまったであろう。

「ヨナ書」を書いた人は客観的で、おしゃれな筆致を捨てることなく、攻撃対象である悪行だけでなく、肯定的規範にも配慮すべく苦心しているのである。』

リーランド・ライケン『聖書の文学』すぐ書房、
1990年、405-406頁より引用