礼拝メッセージ「神の決意」

神の決意

礼拝メッセージ「神の決意」(クリックで聴けます)

聖書箇所:創世記8章15−22節

主は、そのなだめのかおりをかがれ、主は心の中でこう仰せられた。「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。わたしは、決して再び、わたしがしたように、すべての生き物を打ち滅ぼすことはすまい。地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことはない。」創世記8章21-22節

大洪水が起こってから1年後、神の導きに従って箱舟から出たノアが、最初にしたことは何だったでしょうか。それは神を礼拝することでした。

ノアは、主なる神のために祭壇を築き、祭壇の上で全焼のいけにえをささげました。ノアの礼拝に応答して、神は上記のみことばのように決意されました。けれども、終末時代に生かされている私たちには、以下のような神の忍耐と望みが啓示されています。

『しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです。しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。』2ペテロ3章7-9節

礼拝メッセージ「オリーブの若葉 New Olive Leaf」

オリーブの若葉 New Olive Leaf

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聖書箇所:創世記8章1−14節

それからなお七日待って、再び鳩を箱舟から放った。鳩は夕方になって、彼のもとに帰って来た。すると見よ。むしり取ったばかりのオリーブの若葉がそのくちばしにあるではないか。それで、ノアは水が地から引いたのを知った。創世記8章10-11節

ノアのストーリーには、以下のような美しい文学的対称構造(集中構造)が見られます。

     H 箱舟に入るノア家族と生き物たち 7:13
    I 箱舟の戸を閉ざされた神     7:16
   J 大洪水             7:17
  K 増水によっておおわれた山々の頂 7:19
 L 150日間ふえ続けた水     7:24
M ノアたちを心に留めておられた神 8:1
 L’ 150日目に引き始めた水    8:3
  K’ 減水によって現れた山々の頂   8:5
   J’ かわいた地の面         8:13
    I’ 箱舟のおおいを除くノア     8:13
     H’ 箱舟を出るノア家族と生き物たち 8:18

集中構造の中心、まさに分水嶺は、以下に記す8章1節です。

『神は、ノアと、箱舟の中に彼といっしょにいたすべての獣や、すべての家畜とを心に留めておられた。それで、神が地の上に風を吹き過ぎさせると、水は引き始めた。』

峠を越えているのに、ノアたちはオリーブの若葉をなかなか見ることができませんでした。同様に、すぐに答えを見ることができなくても、すでに私たちの祈りは、神に聞き届けられています。問題は峠を越え、神によって解決に向かっているのです。

礼拝メッセージ「大洪水 The Floodwaters」

大洪水 The Floodwaters

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聖書箇所:創世記7章1−24節

それから、主は、彼のうしろの戸を閉ざされた。それから、大洪水が、四十日間、地の上にあった。水かさが増していき、箱舟を押し上げたので、それは、地から浮かび上がった。水はみなぎり、地の上に大いに増し、箱舟は水面を漂った。水は、いよいよ地の上に増し加わり、天の下にあるどの高い山々も、すべておおわれた。水は、その上さらに十五キュビト増し加わったので、山々はおおわれてしまった。創世記7章16-20節

救いの箱舟のドアは、約100年の間、ずっと開かれ続けていました。しかし救いのドアは永遠に開かれているわけではありません。長い忍耐の後、主はノアのうしろの戸を、しっかりと閉ざされました。

『その霊において、キリストは捕らわれの霊たちのところに行って、みことばを語られたのです。昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに、従わなかった霊たちのことです。わずか八人の人々が、この箱舟の中で、水を通って救われたのです。そのことは、今あなたがたを救うバプテスマをあらかじめ示した型なのです。バプテスマは肉体の汚れを取り除くものではなく、正しい良心の神への誓いであり、イエス・キリストの復活によるものです。1ペテロ3:19-21』

聖書の神は愛であられるので、「早くからたびたび」悔い改めて救いの舟の中に入るようにと罪人を招き続けられます。けれども、悔い改めて救いのドアから入ることを拒み続けるなら、やがて恵みの時は終わります。大洪水は容赦ない厳粛なものでした。

礼拝メッセージ「ノアの箱舟」

ノアの箱舟 Noah's ark

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聖書箇所:創世記6章9−22節

あなたは自分のために、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟に部屋を作り、内と外とを木のやにで塗りなさい。それを次のようにして造りなさい。箱舟の長さは三百キュビト。その幅は五十キュビト。その高さは三十キュビト。箱舟に天窓を作り、上部から一キュビト以内にそれを仕上げなさい。また、箱舟の戸口をその側面に設け、一階と二階と三階にそれを作りなさい。創世記6章14-16節

主なる神は、神とともに歩んでいたノアという人物に、巨大な箱舟を建造するように命じられ、上記のように詳細な設計図を示されました。

1キュビトとは、前腕、ひじから中指の先までの長さを表す単位です。1キュビト50センチとすると、ノアの箱舟の寸法は、長さ150メートル、幅25メートル、高さ15メートルでした。3階建てタンカーのようで、十分すぎるスペースがありました。

これだけのスケールの箱舟を建造するためには、少なくとも以下のようなものが必要でした。

1、時間が必要:約100年(創世記5章32節と7章11節参照)
2、費用が必要:おそらく全財産
3、労働力が必要:猫の手も借りたい状態
4、信仰が必要:神のことばに対する信頼が必要

ノアの箱舟は救いの箱舟です。新約時代に生かされている私たちにとって、救いの箱舟とは、主イエス・キリストの教会です。

ノアの箱舟 Noah’s ark

ノアの箱舟 Noah's ark

礼拝メッセージ「後悔する神」

後悔する神 REGRET OF GOD

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聖書箇所:創世記6章1-8節

主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。それで主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。そして主は仰せられた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを残念に思うからだ。」創世記6章5-7節

外面的美しさやかっこよさ、自分の好みなどによって、大切な結婚相手を決めてしまう。実はそのような結婚から、人間の悪が増大し、悪への傾倒が始まると聖書は語っています。そのような結婚がもたらす悪は、とても深刻です。お互いを傷つけ合うだけでなく、子どもたちや家族を深く傷つけ、次の世代へと悪が増大していきます。

私たちを形造られた神は、愛です。ですから私たち人間がどんなに罪深い自分勝手な歩みを続けたとしても、忍耐をもって、悔い改めの機会を与えてくださいます。長い間、神は人の責任を負い、人をかばい続けてくださるのです(創世記6章3節参照)。

けれども、神の忍耐は永遠ではありません。待ち続けてもなお悔い改めないなら、やがて神は後悔なさり、裁きを行うことを決断されます。

昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに、従わなかった霊たちのことです。わずか八人の人々が、この箱舟の中で、水を通って救われたのです。(1ペテロ3章20節)

礼拝メッセージ「この子は慰め」

この子は慰め

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聖書箇所:創世記5章25-32節

レメクは百八十二年生きて、ひとりの男の子を生んだ。彼はその子をノアと名づけて言った。「主がこの地をのろわれたゆえに、私たちは働き、この手で苦労しているが、この私たちに、この子は慰めを与えてくれるであろう。」創世記5章28-29節

創世記5章に記録されているアダムの歴史、私たち人間の歴史には、神とともに歩んだ人物が2名紹介されています。1人は先週見たエノク、そしてもう1人は、今週見たいノアです。

ノアという名前には、「慰められる」という意味があります。神の祝福に背を向けた故に、働いても苦労の多い人生の中で、この子は慰め(ノア)を与えてくれるであろう。ノアの父レメクが、そのような思いを込めて、その子をノアと名付けました。

ノアの父レメクは、ノアを生んで後、さらに593年生き、息子、娘たちを生みます。そして聖書は、「レメクの一生は777年であった。こうして彼は死んだ。」と語っています。

創世記4章に登場したカインの子孫であるレメクは、77倍の復讐を要求し、慰めのない中で死を迎えたことでしょう。

一方、同じ名前ですが、セツの子孫でありノアの父であるレメクの一生は、777年でした。7という完全数が3つ並ぶ年齢。おそらくノアの父レメクには、息子ノアによって、慰めの多い人生が与えられたことでしょう。

礼拝メッセージ「神とともに歩む」

神とともに歩む

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聖書箇所:創世記5章1-24節

エノクは六十五年生きて、メトシェラを生んだ。エノクはメトシェラを生んで後、三百年、神とともに歩んだ。そして、息子、娘たちを生んだ。エノクの一生は三百六十五年であった。エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。創世記5章21-24節

聖なるテクスト(聖書)が語っているアダムの歴史、それは私たち人間の歴史です。

神が私たちを創造された時、神に似せて造られ、男と女とに創造されました。私たちが創造された日に、神は私たちを祝福し、その名を人(アダム)と呼ばれました。

アダムからセツ、セツからエノシュ、エノシュからケナン、ケナンからマハラルエル、マハラルエルからエレデ、エレデからエノクが生まれます。エノクについて、聖書はスポットライトをあて、上記のみことばのように紹介しています。

聖書の行間を想像することになりますが、65歳で子どもを預かるまでのエノクの歩みはどうだったのでしょうか。神とともに歩んでいたかも知れませんし、あまり神とともに歩んでなかったかも知れません。

けれども、受験、就職、結婚、子どもの誕生、病気、事故、転職、退職、その他様々な出来事を通して、もっと近く、神とともに歩むように、インマヌエルと呼ばれる神が私たちを導かれることは確かなことです。

成人祝福礼拝メッセージ「祈りのある日常」

祈りのある日常 Living With Prayer

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聖書箇所:創世記4章17-26節

アダムは、さらに、その妻を知った。彼女は男の子を産み、その子をセツと名づけて言った。「カインがアベルを殺したので、彼の代わりに、神は私にもうひとりの子を授けられたから。」セツにもまた男の子が生まれた。彼は、その子をエノシュと名づけた。そのとき、人々は主の御名によって祈ることを始めた。創世記4章25-26節

人殺しの罪を犯したカインの子孫から、レメクという人が現れます。創世記4章23―24節に、以下のような重苦しいレメクの言葉が記録されています。

『さて、レメクはその妻たちに言った。「アダとツィラよ。私の声を聞け。レメクの妻たちよ。私の言うことに耳を傾けよ。私の受けた傷のためには、ひとりの人を、私の受けた打ち傷のためには、ひとりの若者を殺した。カインに七倍の復讐があれば、レメクには七十七倍。」』

一方アダム・エバ夫妻は、もうひとり男の子を授かり、セツと名づけます。セツが家庭を持ちエノシュが生まれた時から、人々は祈りのある日常を生きるようになりました。

祈りのある日常、それは神の愛と赦しに生かされる日常です。神はあなたを罪の鎖から解き放つために、身代わりに十字架で死なれ、3日目によみがえられ、今も生きておられ、孤独のとなりにおられます。

祈りのある日常、やがてそれは神を愛し隣人を愛する日常となり、神と隣人を愛する年月となります。

新年礼拝メッセージ「待ち伏せする罪」

2011年 新年礼拝のご案内

待ち伏せする罪

新年礼拝メッセージ「待ち伏せする罪」(クリックで聴けます)

聖書箇所:詩篇103章1-22節

そこで、主は、カインに仰せられた。「なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。あなたが正しく行ったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行っていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」創世記4章6-7節

以下の質問をよく考え、答えを書いてみてください。

★なぜ兄カインは弟アベルを殺したのでしょうか?

★神はえこひいきをなさる方でしょうか?

★待ち伏せする罪とは何でしょうか?

★待ち伏せする罪を治める(罪に打ち勝つ)ためには、どうすればいいのでしょうか?