ローマ人への手紙講解メッセージ2023

『全世界を幾度も改造したる歴史を有し、なお将来も、しかする力を具備せる一書。この一書こそロマ書である。』内村鑑三著「ロマ書の研究」より

祈りによる力 POWER THROUGH PRAYER by E. M. BOUNDS

祈りによる力

祈りによる力 POWER THROUGH PRAYER by E. M. BOUNDS
E. M. バウンズ著 羽鳥純二訳 いのちのことば社 より

教会は、もっとよい方法はないかと求めていますが、神はさらにすぐれた人を求めておられます。p6

「手早く祈りをすましてしまうことによって、信仰は弱まり、罪を感じることが鈍くなり、敬虔さはいかがわしいものになってしまいます。神とともに過ごすことが少ないならば、神のために少ししか役にたたなくなってしまいます。祈りを短く切り上げてしまうことによって、すべての信仰的な性格が小さくけちくさく、そしてだらしないものとなってしまうのです。」p115

もし、自分の牧師のことに不満ばかり言いつづけているクリスチャンが、人まえでそんなことを言うのをやめて、神の前でその牧師のために全力を尽くして祈ってさえいたならーへりくだった熱心な絶え間ない祈りによって、いわば天の御国を激しく攻めたてていさえしていたらーその牧師たちはもっともっと成功していたことでしょう。ージョナサン・エドワーズ p105

説教者は祈らなければならず、また人々は説教者のために祈らなければならないのです。説教者がその恐るべき責任を果たすために、またその重大な働きにおいて最大のそして最も真実な成功を得るために、彼はあらんかぎりの力をふりしぼって祈らなければなりませんし、また彼のためにあらんかぎりの力で祈らなければならないのです。ほんとうの説教者は、まず第一に自分自身で祈りの精神を養い育て、また実際に祈ることを学んでいくものです。しかし、次に神の民である人々の祈りを心からせつに求めています。p106

祈らない信徒は、信徒の中で実にみじめであって、そういう人は、聖徒としての熱心さも美しさも力も持っていないのです。いったいだれがこの破壊の傷口をなおすのでしょう。教会を祈るようにできる人こそ、最大の改革者であり、使徒でありましょう。個人また教会の生涯に、新時代を画するほどの霊的革命を起こしうるような、根源的で意欲的な祈り・信仰・生涯・奉仕をもたらす、力強い信仰と汚れのないきよさと著しい活力と燃えるような熱心を備えている人こそ、現代の、またあらゆる時代の教会が大いに必要としている人たちなのだということが、私たちが真剣に考えた末の判断です。p121

SUGITO GOSPEL CAFE 2020-06-12 梅雨の時 洪水に備える

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杉戸キリスト教会地図2016

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杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2016

マタイ福音書講解の続き

20160103新年聖餐礼拝メッセージ「預言者ヨナのしるし」(クリックで聴けます)

20160110礼拝メッセージ「キリストの母と兄弟たち」(クリックで聴けます)

20160117礼拝メッセージ「実を結ぶ人の秘訣」(クリックで聴けます)

20160124礼拝メッセージ「収穫の時期になったら」(クリックで聴けます)

20160131礼拝メッセージ「最小から最大へ」(クリックで聴けます)

20160207聖餐礼拝メッセージ「耳のある者は聞きなさい」(クリックで聴けます)

20160214礼拝メッセージ「ハイリスク・ハイリターン」(クリックで聴けます)

20160221礼拝メッセージ「郷里伝道」(クリックで聴けます)

20160228礼拝メッセージ「娘の願い」(クリックで聴けます)

20160306聖餐礼拝メッセージ「五つのパンと二匹の魚」(クリックで聴けます)

20160313礼拝メッセージ「主よ助けてください」(クリックで聴けます)

20160320礼拝メッセージ「着物のふさ」(クリックで聴けます)

20160327復活祭召天者記念礼拝メッセージ「再会の時」(クリックで聴けます)

20160403聖餐礼拝メッセージ「人を汚すもの」(クリックで聴けます)

20160410礼拝メッセージ「食卓から落ちるパンくず」(クリックで聴けます)

20160417礼拝メッセージ「七つのパンと魚」(クリックで聴けます)

20160424礼拝メッセージ「パンとパン種」(クリックで聴けます)

20160501聖餐礼拝メッセージ「キリストの教会」(クリックで聴けます)

20160508歓迎礼拝メッセージ「御子、主イエスと同じ姿に完成させてくださる神の愛」(クリックで聴けます)

みんなで伝道する教会になるセミナー(クリックで聴けます)

20160515ペンテコステ礼拝メッセージ「聖霊の注ぎ」(クリックで聴けます)

20160522礼拝メッセージ「全世界を手に入れても」(クリックで聴けます)

20160529礼拝メッセージ「わたしの愛する子」(クリックで聴けます)

20160605聖餐礼拝メッセージ「山を動かす信仰」(クリックで聴けます)

20160605宣教夕拝メッセージ「和解の務め」(クリックで聴けます)

20160612礼拝メッセージ「最初に釣れた魚」(クリックで聴けます)

20160619父の日歓迎礼拝メッセージ「父の御顔」(クリックで聴けます)

20160626礼拝メッセージ「ふたりでも三人でも」(クリックで聴けます)

20160703聖餐合同礼拝メッセージ「主が赦されたように」(クリックで聴けます)

20160710礼拝メッセージ「結婚、離婚、独身」(クリックで聴けます)

20160717礼拝メッセージ「子どもたちのための国」(クリックで聴けます)

20160724礼拝メッセージ「先があと、あとが先に」(クリックで聴けます)

20160731朝霞聖書教会礼拝メッセージ「苦しみがもたらすもの」(クリックで聴けます)

20160807聖餐礼拝メッセージ「気前がいい神」(クリックで聴けます)

20160814礼拝メッセージ「神の国で偉い人」(クリックで聴けます)

20160821礼拝メッセージ「神を立ち止まらせる祈り」(クリックで聴けます)

20160828礼拝メッセージ「馬ではなくロバの子」(クリックで聴けます)

20160904聖餐礼拝メッセージ「宮の中の出来事」(クリックで聴けます)

20160911礼拝メッセージ「信じて祈り求めるもの」(クリックで聴けます)

20160918朝霞聖書教会礼拝メッセージ「天を見上げて地上を旅する」(クリックで聴けます)

20160925礼拝メッセージ「先に神の国に入る者」(クリックで聴けます)

杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2015はこちら

杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2014はこちら

先行する引き渡しと使徒的引き渡し

主イエスに対して、高価なものを捧げるのはもったいないと思う人がいるなら、
その人はやがて、主イエスを売り渡すことになるでしょう。
イスカリオテ・ユダに代表される12使徒たちがそうであったように、
主イエスはあなたにとって売り物となるでしょう。
イスカリオテのユダ
カール・バルト教会教義学神論Ⅱ/2 神の恵みの選び<下>

いまや、神がイエスを、イエスがご自身を、引き渡し給う。われわれは、ここで明らかに、すべてのそのほかの引き渡しに対して、威厳、重要さ、意味深さにおいて、先行する引き渡しとかかわらなければならない。ユダがイエスを引き渡す以前に、神はイエスを、イエスはご自身を、引き渡し給うた。イエスが使徒的引き渡し〔伝えること〕の対象となり給う前に、神はイエスを、イエスはご自身を、引き渡し給うた。神の怒りが異邦人とユダヤ人を引き渡し、捨て、自分自身にゆだねる前に、神はご自身のみ子を惜しまないで、われわれすべての者のために引き渡された(ローマ8・32)。明らかに、すべての引き渡しの必然性、力、意味は、この最初の、徹底的な引き渡しーその中で、神がイエスの人格の中で、あるいはイエスが神の子として、ご自身を、引き渡しの対象とし給う最初の、徹底的な引き渡しーの中に基礎づけられている。カール・バルト教会教義学 神論Ⅱ/2 神の恵みの選び 下 p338-339

パウロは、正確に、ユダが、その後悔によれば、逆転させたいと思い、また既に起こったことを撤回させたいと願ったそのところで、業を継続する。ーすなわち、ユダが気も転倒せんばかりに恐れたことであるが、大祭司と長老たちが、あの悪い系列の中の第二の輪としてなしたことをなすことによって、継続する。換言すれば、パウロは、まさに異邦人へのイエスの引き渡しを実行する。しかも、イスラエルの召命と派遣に対する不真実をもってではなく、それらに対する真実をもって、もはやイエスを殺すためではなく、むしろ、この殺されたが、しかしまた甦らされた方の支配を全世界にわたってうち立てるために、異邦人へのイエスの引き渡しを実行する。そのようなわけで、ユダが、使徒職の任命と樹立を無にしてしまうなどということは全くなかったのであり、十二使徒の円は、ただ単にすぐに再び塞がれるだけでなく、むしろそのことを越えて、この定員外の人物の中で、マタイ28・19の意味で、まことの使徒行伝が、すなわち、イエスを異邦人に正しく引き渡す〔伝えていく〕ことが、いまこそ始まるのである。カール・バルト教会教義学 神論Ⅱ/2 神の恵みの選び 下 p319-320

神がなし給うたイエス・キリストの引き渡しこそが、本来的な、実在の引き渡し(言い伝え)である。その引き渡しの中で、神の全能の愛が、人間に、力を発揮しつつ向けられた。この引き渡しの中で、神と人間の間の深淵に橋がかけられた。この引き渡しの中で、神は人間を探し求め、見出し給うた。この引き渡しの中で、人間が神の前に立ち、神と共に生きることができる可能性が造り出された。この引き渡しの中で、その点で人間を妨げていたこと、人間を神の敵として、神との契約から閉め出さなければならなかったことが、取り除かれた。この引き渡しの中で、人間が、その罪からきよめられることによって、神の国にはいる門が開かれ、永遠の生命へのその確かな希望の基礎づけにまできた。この引き渡しの中で、教会は、誰かの人間的な手が、それに対してただ指一本だけでもふれる前に、基礎づけられたし、また基礎づけられている。その引き渡しの中で、神はわれわれのために危険におもむき給うた。なぜといって人間と、神ご自身人間となり、人間としてほかの人たちの間にまじって、彼らのもとでご自分の事柄をなしてゆくという仕方で、人間と、かかわることは、どうして神にとって危険で、迷惑となることでなく、人間の栄誉を脅かすものでないはずがあろうか。この引き渡しの中で、神は、この危険に、事実、屈し、人間としてほかの人間たちによって無力にされ、捨てられ、殺されることを進んで身にうけ給うたのである。しかし、まさにこの引き渡しの中で、神は人間にかかわるそのよき意志を、まさに次のことー神がこの危険に身をさらし、まさにこの危険に屈することの中でこそ、人間のため、その益のため、その救いのため、永遠の生命の希望の基礎づけのために、決定的な一歩をなすことーによって、実行に移し給うた。カール・バルト教会教義学 神論Ⅱ/2 神の恵みの選び 下 p356

しかし、そのことでもって、また、神が、捨てられた人間、選ばれなかった人間、に関して、意志し、計画の中に入れておられることを問う一般的な問いに対して、必要なすべてのことが語られたのである。答えは、ただ次のようでありうる。神は、まさに彼〔捨てられた人間〕こそが福音を聞き、それと共にまた彼の選びの約束を聞くようになることを欲し給う。したがって、神は、彼に対してこの福音が宣べ伝えられることを欲し給う。神は、彼が希望ー彼に対して、福音の中で与えられている希望ーをつかみ、その希望によって生きることを欲し給う。神は、捨てられた者が信じるようになり、信じる者として選ばれた捨てられた者となることを欲し給う、と。彼は神の前で、捨てられた者としての独立した存在をもっていない。彼は、神によって、ただ、捨てられた者でしかないようにと定められてはおらず、むしろ、彼が選ばれた捨てられた者であることを自分に向かって語らせ、自分自身語ることがゆるされるということに向かって定められている。これが、新約聖書の選ばれた者である。すなわち、その棄却の中で、棄却からして、選ばれた捨てられた者ーそのものたちの中にユダが生きていたが、しかしまた、(パウロにおいてそのことが起こったように)殺された、捨てられた者ーである。彼らは捨てられた者ーそのようなものとして、信仰へと呼び召されている捨てられた者、イエス・キリストの選びに基づいて、またイエス・キリストがご自身、彼らのために引き渡されたということを念頭において、自分たちの選びを信じる捨てられた者ーである。カール・バルト教会教義学 神論Ⅱ/2 神の恵みの選び 下 p372

アイルランド出身のロックバンドU2は、イスカリオテ・ユダである私たちのことを幾つかの歌にしている。

杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2016

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