詩篇119篇

詩篇119あいう
詩篇119えお
詩篇119かき
詩篇119くけ
詩篇119こさ
詩篇119しす
詩篇119せそ
詩篇119たち
詩篇119つて
詩篇119とな
詩篇119に

もしも主が私たちの味方でなかったなら?

詩篇124篇より(祈祷会ノート)
もしも主が私たちの味方でなかったなら、
長くて苦しい都上りの旅は、途上で敗北、挫折、失敗に終わる。
決してエルサレム(約束の地)にたどり着けない。
地上のエルサレムにも、天上のエルサレムにも。
津波のような荒れ狂う水(敵のわな)が襲いかかってくるから。
しかし、
もしも主なる神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるか?
(ローマ8:31)➡誰も敵対できない!
主なる神が私たちの味方であるから、(ローマ8:32−39)
1、ご自分の御子といっしょにすべてのものを惜しまずに恵んでくださる
2、義と認めてくださる
3、とりなしていてくださる(罪に定められることがない)
4、すべてのことの中にあっても圧倒的な勝利者となる
5、何も神の愛から私たちを引き離すことはできない!

「もしも主が私たちの味方でなかったなら。」
さあ、イスラエルは言え。(1節)
「もしも主が私たちの味方でなかったなら、
人々が私たちに逆らって立ち上がったとき、
そのとき、彼らは私たちを生きたまま
のみこんだであろう。
彼らの怒りが私たちに向かって燃え上がったとき、
そのとき、大水は私たちを押し流し、
流れは私たちを越えて行ったであろう。
そのとき、荒れ狂う水は
私たちを越えて行ったであろう。」(2−5節)
ほむべきかな。主。
主は私たちを彼らの歯のえじきにされなかった。
私たちは仕掛けられたわなから鳥のように助け出された。
わなは破られ、私たちは助け出された。
私たちの助けは、天地を造られた主の御名にある。(6−8節)

永遠にあなたと ギター弾き語り

4 私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、 そのために。詩篇27:4

以下のサイトにCDと楽譜(無料)あります。
http://www.geocities.jp/growingupjj/

ダビデ王の所信表明 祈祷会ノート

ダビデ王の所信表明 旧約聖書・詩篇101篇より
現代日本においては、政治家、官僚、そして資本家という三者が一体になって、この国の政治システムを形成しています。長い時を経て生活習慣病になっている人の体質改善が容易でないように、長い経緯の中で金や利権が複雑に絡み合った政治システムの体質改善は容易ではありません。そんな中、体質改善を促す解毒剤のような詩篇101篇に、まずはじっくりと耳を傾けましょう。
指導者の中の真実
1 私は、恵みとさばきを歌いましょう。主よ。あなたに、ほめ歌を歌いましょう。
2 私は、全き道に心を留めます。
いつ、あなたは私のところに来てくださいますか。
私は、正しい心で、自分の家の中を歩みます。
3 私の目の前に卑しいことを置きません。私は曲がったわざを憎みます。
それは私にまといつきません。
4 曲がった心は私から離れて行きます。私は悪を知ろうともしません。
構成員の中の真実ー国の中の真実な人たち
5 陰で自分の隣人をそしる者を、私は滅ぼします。
高ぶる目と誇る心の者に、私は耐えられません。
6 私の目は、国の中の真実な人たちに注がれます。
彼らが私とともに住むために。全き道を歩む者は、私に仕えます。
7 欺く者は、私の家の中には住みえず、
偽りを語る者は、私の目の前に堅く立つことができません。
8 朝ごとに、私は国の中の悪者をことごとく滅ぼします。
それは主の都から、不法を行う者をことごとく断ち切るためです。
kitokai20120502

賛美と礼拝・喜びと感謝への招き 旧約聖書・詩篇95篇より

賛美と礼拝・喜びと感謝への招き 旧約聖書・詩篇95篇より
もしも心の中に、叫び歌いたいほどの喜びや感謝がなく、逆に不平不満や苦々しい思いがあるなら、それはあなたが、神との絆・神との正しい関係・神の義を失っている証拠です。
そのような「霊的うつ状態」になっている場合、出来るだけ早く聖書の御声に耳を傾け、
神の偉大さをもう一度思い起こし、心をかたくなにしないことが、回復への近道です。
もしそうしなければ、 あなたは「霊的うつ状態」のまま40年間荒野を流離い続け、
神の恵みとあなたの残りの人生を無駄にすることになります。
1 さあ、主に向かって、喜び歌おう。
われらの救いの岩に向かって、喜び叫ぼう。
2 感謝の歌をもって、御前に進み行き、
賛美の歌をもって、主に喜び叫ぼう。
3 主は大いなる神であり、すべての神々にまさって、大いなる王である。
4 地の深みは主の御手のうちにあり、
山々の頂も主のものである。
5 海は主のもの。主がそれを造られた。
陸地も主の御手が造られた。
6 来たれ。私たちは伏し拝み、ひれ伏そう。
私たちを造られた方、主の御前に、ひざまずこう。
7 主は、私たちの神。
私たちは、その牧場の民、その御手の羊である。
きょう、もし御声を聞くなら、
8 メリバでのときのように、
荒野のマサでの日のように、
あなたがたの心をかたくなにしてはならない。
9 あのとき、あなたがたの先祖たちはすでにわたしのわざを見ておりながら、
わたしを試み、わたしをためした。
10 わたしは四十年の間、その世代の者たちを忌みきらい、そして言った。
「彼らは、心の迷っている民だ。彼らは、わたしの道を知ってはいない」と。
11 それゆえ、わたしは怒って誓った。
「確かに彼らは、わたしの安息に、入れない」と。

祈祷会ノート集 詩篇69-89篇

祈祷会ノート集 詩篇69-89篇
今日も東日本大震災で被災された方々のことを覚えて祈りました。
寒い中、心と体が守られ、祝福と導きが豊かにありますように。

礼拝メッセージ「いのちの水の川」

礼拝メッセージ「いのちの水の川」(クリックで聴けます)
聖書箇所:ヨハネの黙示録22章1ー7節

御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には、いのちの木があって、十二種の実がなり、毎月、実ができた。また、その木の葉は諸国の民をいやした。黙示録22章1-2節

昨年5月末から一緒に耳を傾け始めた黙示録も、いよいよ最後の章になりました(メッセージは教会のホームページにて配信しています)。聖書最後の章でもあるこの大切な章を、3回に分けて味わいましょう。まず今日は「いのちの水の川」のビジョンです。
いのちを育む川が豊かに流れ、いのちの木が中央にあったエデンの園(喜びの園)から追放され、その後続く長くて曲がりくねった旅路は、新しい天と新しい地、聖なる都エルサレムにて終わりを迎えます。
そこには、水面が水晶のようにキラキラ光るいのちの水の川があります。いのちの水の川は、神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央をゆったりと流れています。
川の両岸にはいのちの木があり、12種の実がなり、毎月実を実らせます。そしていのちの木の葉は、諸国の民をいやす効用があります。
そこに至る旅路において、あまりにも悲しみや苦しみが多いので、神はいやしをもたらすいのちの木と、それを育むいのちの水の川を備えていてくださるのでした。そこはエデンの園よりも素晴らしい所です。