墓掘り人の手記 by オズ・ギネスより

Grave Digger’s File(墓掘り人の記録)

80年代初頭、我々の時代でもっとも知的なクリスチャン作家のオズ・ギネスが、C・S・ルイスの『悪魔の手紙』をふまえた『Grave Digger’s File(墓掘り人の記録)』という本を書いたが、教会を内側から壊滅させるための戦略を上級の悪魔が語るというその内容は、U2について考える上でも参考になりそうだ。この本のなかで最も強力な作戦として挙げられているのは、教会を「内部の者には魅力的でも、外部とは切り離された世界にする」ということだった。

#墓掘り人の手記(by オズ・ギネス)より
##作戦4 教会をプライベート動物園化する
###所見:これはキリスト教会の福音宣教に対する最も効果的な迎撃方法だと思われる。
###作戦内容:教会(一人一人のキリスト者)を完全にパブリックから切り離し、孤立したプライベート空間に留まらせ、全世界の祝福の基としての使命を放棄させる。
###プライベートとバブリックの断絶化・断片化
教会と世界、キリスト者と社会、個人生活と公同生活の間にグランドキャニオンのような深い谷間を!
家族の縮小化 最小単位の核家族へ
家族の個人主義 社会貢献よりも個人の人生の充実を追い求める
家族の非生産化 熱望よりもただなんとなく過ごし、生産よりも消費志向
今最もモダンな人々は、リアルな自分でいれる孤島としてのプライベート空間を体験している?リアルな世界に生活していないリアルな自分?
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サルーキ=「復活進行」at日比谷野音

キリストの処女降誕について

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無から天地万物を創造された聖書の神。土地のちり(アダマー)で人を形造り、その鼻にいのちの息・聖なる神の霊(聖霊)を吹き込まれ、生きる人間(アダム)を創造された神。髪の毛や全ての細胞の中に、DNA・遺伝子・精巧な人間の設計図をデザインなさり、人間を男と女とに創造された主なる神にとって、不可能なことは何もありません。人間のデザイナーでありメーカーである神は、マリアがまだ男の人を知らず、男性と性的な関係を持たなくても、マリアを聖霊によって受胎・妊娠させることが可能だったのです。

聖書が語る全体像・世界観による断片化の回復

私たち人間ひとりひとりは、ジグソーパズルの一つ一つのピースのようです。どのピースも形が微妙に違っていて、オンリーワンです。実はあなたも、オンリーワンです。世界中探したって、あなたのようなユニークな人はいません。ですからあなたは、かけがえのない大切な存在です。もしあなたが死んだら、だれもあなたの代わりはできません。

けれども私たちの現実は、ジグソーパズルの全体像が失われたまま、パズルのピースが全部バラバラになってしまったような状態です。それが「断片化」と言われる状態です。自分が本来いるべき場所がわからないのです。どこから来てどこに行くかもわかりません。何のために生まれてきたのか?何のために生きるのか?どんなに悩んでも、どんなに自分探しをしても、人生の意味や生きる理由は見つかりません。

しかし、ジグソーパズルの全体像は、パズルの作者によって、パッケージなどに美しく描かれ、明らかにされています。同じように、断片化し、全体像・世界観が見失われた中で、人間を造られた神、天地万物の創造主である神は、書き記された66巻の聖書を通して、時空を貫く全体像・世界観を見事に描いて見せておられます。

使徒的共同体 芳賀力

使徒的共同体 芳賀力

1、悔い改めと赦しの神的制度
 教会共同体は、悔い改めのない、また赦しのない社会の中で、真実に悔い改める機会と場所を提供し、罪の赦しを伝達する制度として、神によって建てられている。

2、慰めと癒しの神的制度
 教会共同体は、安易な慰めと手軽な癒ししかなく、本当は慰めも癒しも存在しない社会の中で、真実の慰めをもたらし、魂の霊的癒しを与える制度として、神によって建てられている。

3、文脈創出(啓示的語り)の神的制度
 教会共同体は、文脈を喪失し、断片化した小さな物語群によって翻弄される社会の中で、文脈としての大きな物語(グランド・ストーリー)を提供し、善き生についてのヴィジョンを提示して、生きる望みと力を創出する制度として、神によって建てられている。

4、美徳育成の神的制度
 教会共同体は、美徳なき時代に聖書的美徳に生きることを喜んで選び取り、聖書的な神の属性に対応する聖書の民の特性を育成する制度として、神によって建てられている。

5、公同礼拝(祈りと讃美)の神的制度
 そして何よりも教会共同体は、もろもろの民の中より呼び集められ、まことの神を讃美し、共に御名を崇める公の制度として、神によって建てられている。
p88-91

慰めの共同体・教会 クリスティアン・メラー

慰めの共同体・教会 クリスティアン・メラー

今日は、何が何でも若者を崇め奉っているような時代であるが、そのような時代にあっても、高齢者たちに目も留めず、教会堂を埋めているのは、「ほんの僅かな年寄り」ばかりだという言葉でしか、自分の不満を言い表すことができないような人間には、真実の意味で、若者を大切にする姿勢も見られないのである。若い人びとが日常の家庭生活から知っているのは、自分たちの問題が、自分の立場の弁護ばかりしている父親たちよりも、自分の生活をよく考え続けている祖父たちによって、よく理解されているということなのである。このような「社会の支え手である世代」を飛び越えて、孫たちと祖父母たちの間に架けられている、このまことに不思議な橋が、キリスト者の共同体全体が、それによって生かされる財産であることが、既に十分に認識されているであろうか。あるアフリカの賛美の歌において語られているのは、まさにこの財産に関わる祝福にほかならないのである。

私のよろめく足
萎えた手に
理解を示してくれる人びとは、祝福されています
私の耳が苦労しないと
ひとが語りかける言葉を聴き取ることができないことを
よくわかってくれる人びとは、祝福されています
私の目がかすみ
ゆっくりでなければ考えることができなくなっているのを
わかってくれる人びとは、祝福されます
親しい微笑を交わし
しばらくのおしゃべりを楽しんでくれる人びとは、祝福されます
「今日、そのことを二度も口になさいましたよ」と
決して言うまいとしてくれている人びとは、祝福されます
私のこころのうちに、遠い昔の思い出を呼び覚ますすべを
心得ている人びとは、祝福されます
私が愛されており、尊敬されており、ひとりぼっちではないことを
経験させてくださる人びとは、祝福されます
私になお残されている日々を
その優しさで、軽やかな者にしてくれる人びとは
祝福されます
p316-318

教会の最高の仕事は、世界の宣教である

教会の最高の仕事は、世界の宣教である。by オズワルド・J・スミス

地の果てにまで 海外宣教のチャレンジ

教会は全地に 国外宣教50周年記念誌

編集後記1

特別寄稿文までの最初の部分を、編集後記としてまとめてみたいと思います。

時期尚早と思われても熱い祈りが積まれ、世界宣教に果敢にチャレンジし続けた50年。宣教された経験を生かして、日本とアジアと世界に仕えることを試みた日本同盟基督教団の歴史。

最初の15年は「準備と派遣」、次の10年は「継続と発展」、その後の15年は「成熟と調整」、そして最近の10年は「新たな挑戦」の時です。戦争の70年があり、戦争放棄の70年がありました。今は「人・もの・情報」の世界的大移動がもたらすグローバル化と多元化が急激に起こっています。次の半世紀を見据えた新たな挑戦の時です。

20年後に迎える国外宣教70周年に向けて、アジア全域に宣教師を派遣することをビジョンとして掲げています。日本国内にいる外国人や国外にいる日本人がますます増え続けています。毎年1600名以上を数える海外で主イエスに出会った帰国者のフォローも急務です。国内と国外。実はそんなふうに考えることが改めて問われています。置かれている場所がエルサレムであり、そこにおいても世界宣教が可能であり、そこから世界を宣教区として、地の果てを目指します。

教師と信徒。それぞれに日本人もいますが国籍や文化の違う人たちもいます。多様化は今後ますます進むと思われます。正教師を中心とした教職宣教師と信徒宣教師、長期と短期、技術宣教師、医療宣教師、委託派遣などなど。特に各教会から海外に遣わされる信徒の一人一人が、これからの宣教の鍵を握っていると思われます。

各教会において、各宣教区において、各大会において、共に主イエス・キリストの御声に聞く祈りから始めることができたなら、「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と仰せられる主が、私たち日本同盟基督教団をこれまで以上に豊かに用いてくださり、様々な教団や宣教団体との宣教協力の中で、世界宣教を成し遂げてくださると私は堅く信じています。

前国外宣教委員 野町真理(杉戸キリスト教会牧師)