「神を喜ぶこと」と「神に喜ばれること」

昨年7月半ばにバイクで転倒し、左鎖骨遠位端骨折のために入院手術を行い、その後ずっと筋金入りになっていた。遂に先週再入院して手術を受け、そして痛み止めの薬をいただいて無事退院した。多くの方々の祈りと励ましに心から感謝。今回の手術で、チタンプレートと11本のビスを取り除いたので、支えのない状態となった。例えると、松葉杖を使って歩いていた人が、松葉杖を使わないで歩き始めるような状態。だから術後3ヶ月ぐらいは、走ったりジャンプしたりという激しい運動は控えるようにと念を押された。
左鎖骨遠位端骨折治療のためのプレートとビス
左鎖骨遠位端骨折治療のためのプレートとビス
退院翌日の日曜日は朝から礼拝奉仕をし、役員会があり、夕礼拝を終え、結局牧師館に戻って来たのは午後10時半ぐらいだった。さすがにかなりきつかったが、夕礼拝が終わった後、いつものようにMさんとの対話の中で、多くのことを教えられた。その中の一つが「神を喜ぶこと」と「神に喜ばれること」。
「神を喜ぶ」とキリスト者はよく言うが、私たちが神を喜ぶことよりも、神に私たちが喜ばれることの方がもっと大切なのではないかという話だった。この地上の人生を終えて神の御前に行く時、「良くやった、良い忠実な僕よ!」と神に喜んでいただけるように毎日を生きる。イエス様のように生きて、「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ!」と父なる神に喜ばれる子どもとして生きる。人の評価ではなく、神の評価を考えながら生きる。そんなことを改めて覚えさせていただいて感謝。

天を見上げて地上を旅する

埼玉県北葛飾郡杉戸町、旧日光街道沿い、古利根の流れのほとりに植えられた杉戸キリスト教会、野町真理牧師のゴスペルメッセージ。

新緑の筑波山

青空の向こう
新緑
新緑
A place in the Sun
新緑
陽の当たる場所
新緑
A place in the Sun
新緑

キリエ KYRIE 宗教詩集より教会暦

キリエ KYRIE 宗教詩集
ヨッヘン・クレッパー 著
富田恵美子・ドロテア 富田裕 訳
キリエ宗教詩集 ヨッヘン・クレッパー
p34-37より

教会暦

あなたは星としてわたしたちの上にのぼり、
初めから輝きとして近づかれた。
わたしたちは闇に包まれていたが、
突然に道を見出した。
雲間から射す光の後を
わたしたちは胸を弾ませてついて行った。
長い旅路の終わりに
あなたは馬屋でわたしたちに休息を与えた。
藁と飼い葉桶が示したものを、
ただただ驚きのうちに掴んだ。
描き出された約束ではなく、
その約束は果たされていた。
そして、飼い葉桶と星と羊飼いたちの上に
あなたの山ゴルゴタの山が聳えたち、
道に迷った人たちの目前に
闇の中からあなたの十字架が浮かび上がった。
わたしたちのためにあなたが死んだ十字架の立つところで、
わたしたちは信じた。
岩に穿たれた墓の前に
堅い、重い石が置かれた。
翌朝、香油を塗るためにやって来て
わたしたちが目にしたものは、ただあなたの屍衣。
いかなる岩もあなたの道を阻むことなく、
わたしたちは、主よ、あなたに立ち帰り、ついて行った。
あなたの脇腹に開いた傷に
あなた自らがわたしたちの手を取って触れさせた。
そしてあなたと別れる時まで
あなたの傍においてパンと葡萄酒でもてなした。
あなたを天に引き上げた雲は、
私たちを恐れと恥から解き放った。
鳩のように、光の降り注ぐ中を、
あなたはそっと降りて来られた、
わたしたちに炎の輝きを注ぎ、
残された者たちに賜物をお与えになった。
天が開かれ、
あなたがわたしたちに祈りを授けられた。
星と飼い葉桶、十字架と鳩を通して、
岩と雲、パンと葡萄酒を通して
たゆまずわたしたちの信仰は
ひたすら御言葉の深みに入りゆく。
飛び去るわれらの時代にも、
あなたの到来を見ない年月はない。

都市伝道に関する本

古代都市のキリスト教 ウエイン・A・ミークス
キリスト教とローマ帝国 ロドニー・スターク
ロドニー・スターク著「キリスト教とローマ帝国 小さなメシア運動が帝国に広がった理由」
 The Rise of Christianity
 社会学的分析から浮かび上がってきたその急速な伝播(でんぱ)の理由とは?
 10年につき40%(1年につき3.42%)の割合でずっと増加し続けた。
初期教徒の社会層の幅広さ(下層から上層)、
ディアスポラ(離散)ユダヤ人の多さ、
人的ネットワーク、
疫病に対する看護(クリスチャン・ナース)、
女性の役割、
都市共同体の結束のゆるみ、
キリスト教の中心教義の積極的評価=人を惹きつけ、自由にし、効果的な社会関係を生み出し、支えるもの
災害や環境の劣悪さの中でのクリスチャンの献身的行動・寄り添う支援
7章:都市の混乱と危機ーアンティオキアの場合
 ホームレスと貧困者だらけの町に、キリスト教は希望とともに慈善活動を提供した。新参者とよそ者だらけの町に、キリスト教はただちに愛着関係を結べる礎を提供した。孤児と寡婦であふれた町に、キリスト教は新しい、より大きな家族観をもたらした。民族間の抗争で引き裂かれた町に、キリスト教は社会的連帯の新しい基盤をもたらした。そして疫病、火事、地震に悩む町に、キリスト教はよく働く看護の奉仕を提供した。p204
愛という御霊の実を結ぶために ガラテヤ5:22−23
しかし、御霊の実(単数形)は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。
求めなさい。そうすれば与えられます。
ぶどうの木である主イエス・キリストに枝としてとどまり続けなさい。そうすれば必ず御霊の実を結べます。

『氷点』解凍 森下辰衛

『氷点』解凍 森下辰衛

神から離れているために生きる目的がわからないとき、人は自分の存在価値を見失って凍える。
神から離れているために愛されていることがわからないとき、人は自分の存在価値を見失って凍える。
神から離れているために愛することができなくなるとき、人は自分の存在価値を見失って凍える。
神から離れているために罪をゆるされることがわからないとき、人は自分の存在価値を見失って凍える。
p239-240

同じことをしても、人がしたら悪く、自分がしたら悪くないのだ。不倫の場合などは更に顕著だ。他人のしている不倫は世にも汚らわしいものだが、自分がするのは美しい運命の恋ということになる。そして他人のした善行は「当たり前のこと」なのに、自分のそれは世界に伝えるべき美談になるのだ。人間を計る尺度に自分用と他人用がある。それは、神の方を向かないから可能なのだ。そして、人は皆、自己中心に生きたいので、神の方を向こうとはしない。p69

漱石は、自由や独立や自己という概念をよきものとして移入してきた近代の日本人の心を観察して、その「淋しみ」を描いたのだが、三浦綾子はもうひとつの日本近代の節目であり、また彼女自身の人生の転換点でもあった敗戦後において、日本人の心の実験を始めようとしている。見本林の「すぐ傍ら」に辻口家が設定され、戦後の十七年余の時代を背景にその家族と彼らをめぐる人間たちの愛し憎み、葛藤する心が実験観察されることになる。つまり辻口家は戦後の日本の家族と日本人の心の見本であるのだ。「和、洋館から成る辻口病院長邸」にもそれは表れている。・・・日本的なものと西洋的なものが折衷した家、それはそのまま戦後の日本人の心の時代状況なのだ。p57

「地獄とは、もう愛せないということだ」by ドストエフスキー
「罪とは、もう愛さないということだ」by 森下辰衛

ここには三浦綾子の、そして同時に神の、胸の裂けるような痛みと懊悩と涙があるように感じられる。誰でもいいほど淋しかったのに、誰にも愛されず、誰をも愛せない。それが人間なのか。そこに愛の本源たる神を離れた人間の悲惨がある。p105

家族で休日

家族で休日を過ごすことができて感謝でした。家族で足利学校に行ったり、湘南から三浦半島の城ヶ島に行ったり、羽田空港に行ったりしました。
史跡足利學校跡
足利学校
フランシスコ・ザビエルと足利学校
日本国中最も大にして最も有名な坂東の大学
足利学校の藤
家族になろうよ
房総半島眺望
a windy day
嵐の中の灯台
潮風に吹かれて
風に吹かれて
滑走路ー夕景
JET STREAM
TAKE OFF