かわぐちかいじ氏の漫画『ジパング』

かわぐちかいじ氏の漫画『ジパング』では、「みらいを知る機会が与えられ、それを恐れず勇気を持って見つめた者は、その生き方が変えられる。」という主題が巧みなイマジネーションによって見事に描かれている。

この漫画にインスパイアされて、私は牧師としてこう思う。

「聖書、特に一番最後のヨハネの黙示録という啓示によって未来を知る機会が与えられ、それを恐れず勇気を持って見つめた者は、その生き方が変えられる。」そしてその時、人は、反転するかみなりをもたらす、祈りという武器によって、歴史を大きく動かすことができる。

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終末論に関する信仰告白を黙想する

終末論に関する信仰告白を黙想する

ある方が転入会に際して、終末論に関する教団信仰告白に関して素朴な疑問を持ち、勇気を持って質問してくださった。その内容は以下のようなものだった。

「『万物を新たにし、神の国を完成する。』とありますが、もしも万物が新たにされるとすれば、どうして今、地球環境などを大事にする必要があるのでしょうか?」

この質問は、原発再稼働問題や環境破壊問題に対する態度にメスを入れる鋭さを持っている。

さらにこの質問は、例えばからだに関しても、以下のような真剣な疑問符を提示している。

「もしもやがて新しいからだが与えられるのであれば、どうして今与えられているこのからだを大事にする必要があるのでしょうか?」

これは、「太く短く」とか言って自分のからだを大切にせず、休みなく働き続けたり、暴飲暴食をしたり、タバコやアルコール、フリーセックスや婚前交渉を良しとする態度にメスを入れる鋭さを持っている。

あなたならこの疑問にどう答えられるだろうか?

ポイント

オーナーシップ:あなたの環境ではなく神の環境、あなたのからだではなく神のからだ、あなたの人生ではなく神の人生

スチュワードシップ:神から一時的に信託されているものをどう管理するか、どう耕し(カルティベイト)、どう守るか、どう愛するか、どう仕えるか、どうケアするか、どう磨いて活用するか

アカウンタビリティ:説明責任 レスポンスする能力➡️責任

この地上の人生を聖書的に見ると? 予備校、本番前のリハーサル、試合前の練習。

聖書から見た人生とは、神から一時的に信託されたものをどう管理するかというテストである。

From “REVERSED THUNDER” by Eugene H. Peterson

REVERSED THUNDER by EUGENE H. PETERSIN

The prayers which had ascended, unremarked by the journalists of the day, returned with immense force – in George Herbert’s phrase, as “reversed thunder.” Prayer reenters history with incalculable effects. Our earth is shaken daily by it.

ジャーナリストたちに注目されずとも、
天に向かって捧げられたすべての祈りは、
やがて物凄い力を帯びて戻って来る。
ジョージ・ハーバートの表現を借りるなら、
まさに「反転した雷」のように、
祈りは計り知れない影響力を伴い、歴史に再突入して来る。
我らの地球は、祈りによって日毎に震撼させられているのだ。

From “REVERSED THUNDER” by Eugene H. Peterson

礼拝メッセージ「主イエスよ、来てください」

礼拝メッセージ「主イエスよ、来てください」(クリックで聴けます)

聖書箇所:ヨハネの黙示録22章16ー21節

「わたし、イエスは御使いを遣わして、諸教会について、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。」御霊も花嫁も言う。「来てください。」これを聞く者は、「来てください」と言いなさい。渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをただで受けなさい。私は、この書の預言のことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。これらのことをあかしする方がこう言われる。「しかり。わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。主イエスの恵みがすべての者とともにあるように。アーメン。黙示録22章16-21節

上記のみことばは、聖書のエンディングに記されている主イエス・キリストのメッセージです。

1、わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である

2、「来てください」と言いなさい

3、聖書のことばは加えても取り除いてもいけない

4、しかり。わたしはすぐに来る→応答のことば

礼拝メッセージ「預言のことばを封じるな」

礼拝メッセージ「預言のことばを封じるな」(クリックで聴けます)

聖書箇所:ヨハネの黙示録22章8ー15節

また、彼は私に言った。「この書の預言のことばを封じてはいけない。時が近づいているからである。不正を行う者はますます不正を行い、汚れた者はますます汚れを行いなさい。正しい者はいよいよ正しいことを行い、聖徒はいよいよ聖なるものとされなさい。」「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都に入れるようになる者は、幸いである。黙示録22章10-14節

神は、「この書の預言のことばを封じてはいけない。時が近づいているからである。」と命じておられます。

神に背を向け続けて不正と汚れをますます行うのか、それとも、神の方に向きを変えて、正しさと聖さを追い求めるのか。的外れの人生を歩み続けるのか、それとも、主イエスの十字架が私の罪のためであったと信じて着物を洗い、的を射た人生を歩み続けるのか。神は今日あなたに、二者択一を迫っています。

的外れの人生の先には、天国の外に用意された報いしかありません。けれども、的を射た人生の先には、天国の中に用意された素晴らしい報いがあります。

主イエスは言われます。「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。」

礼拝メッセージ「いのちの水の川」

礼拝メッセージ「いのちの水の川」(クリックで聴けます)

聖書箇所:ヨハネの黙示録22章1ー7節

御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には、いのちの木があって、十二種の実がなり、毎月、実ができた。また、その木の葉は諸国の民をいやした。黙示録22章1-2節

昨年5月末から一緒に耳を傾け始めた黙示録も、いよいよ最後の章になりました(メッセージは教会のホームページにて配信しています)。聖書最後の章でもあるこの大切な章を、3回に分けて味わいましょう。まず今日は「いのちの水の川」のビジョンです。

いのちを育む川が豊かに流れ、いのちの木が中央にあったエデンの園(喜びの園)から追放され、その後続く長くて曲がりくねった旅路は、新しい天と新しい地、聖なる都エルサレムにて終わりを迎えます。

そこには、水面が水晶のようにキラキラ光るいのちの水の川があります。いのちの水の川は、神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央をゆったりと流れています。

川の両岸にはいのちの木があり、12種の実がなり、毎月実を実らせます。そしていのちの木の葉は、諸国の民をいやす効用があります。

そこに至る旅路において、あまりにも悲しみや苦しみが多いので、神はいやしをもたらすいのちの木と、それを育むいのちの水の川を備えていてくださるのでした。そこはエデンの園よりも素晴らしい所です。