都市伝道に関する本

古代都市のキリスト教 ウエイン・A・ミークス//embedr.flickr.com/assets/client-code.js

キリスト教とローマ帝国 ロドニー・スターク//embedr.flickr.com/assets/client-code.js

ロドニー・スターク著「キリスト教とローマ帝国 小さなメシア運動が帝国に広がった理由」
 The Rise of Christianity
 社会学的分析から浮かび上がってきたその急速な伝播(でんぱ)の理由とは?
 10年につき40%(1年につき3.42%)の割合でずっと増加し続けた。

初期教徒の社会層の幅広さ(下層から上層)、

ディアスポラ(離散)ユダヤ人の多さ、

人的ネットワーク、

疫病に対する看護(クリスチャン・ナース)、

女性の役割、

都市共同体の結束のゆるみ、

キリスト教の中心教義の積極的評価=人を惹きつけ、自由にし、効果的な社会関係を生み出し、支えるもの

災害や環境の劣悪さの中でのクリスチャンの献身的行動・寄り添う支援
7章:都市の混乱と危機ーアンティオキアの場合
 ホームレスと貧困者だらけの町に、キリスト教は希望とともに慈善活動を提供した。新参者とよそ者だらけの町に、キリスト教はただちに愛着関係を結べる礎を提供した。孤児と寡婦であふれた町に、キリスト教は新しい、より大きな家族観をもたらした。民族間の抗争で引き裂かれた町に、キリスト教は社会的連帯の新しい基盤をもたらした。そして疫病、火事、地震に悩む町に、キリスト教はよく働く看護の奉仕を提供した。p204

愛という御霊の実を結ぶために ガラテヤ5:22−23

しかし、御霊の実(単数形)は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。

求めなさい。そうすれば与えられます。

ぶどうの木である主イエス・キリストに枝としてとどまり続けなさい。そうすれば必ず御霊の実を結べます。

母の日歓迎礼拝メッセージ「父母を敬う祝福」

母の日歓迎礼拝メッセージ「父母を敬う祝福」(クリックで聴けます)

ぜひこのメッセージを聞いてください。あなたの上に神さまの祝福が豊かにありますように。

聖書箇所:出エジプト記20章1ー12節

1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、 恵みを千代にまで施すからである。7 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。9 六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。10 しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。−−あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も−− 11 それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。12 あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。出エジプト20章1−12節

母の日歓迎礼拝式のご案内

いよいよ今度の日曜日は母の日です。母の日のルーツはキリスト教会にあります。ぜひ時間をつくって、お気軽にお集いください。

2013母の日歓迎礼拝カード

杉戸キリスト教会地図

母の日歓迎礼拝メッセージ「永遠のいのちとは何か」ローマ15

母の日歓迎礼拝メッセージ「永遠のいのちとは何か」ローマ15(クリックで聴けます)

聖書箇所:ローマ人への手紙6章15ー23節

罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。ローマ人への手紙6章23節

草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。イザヤ書40章8節

草は枯れ、桜は散ります。確かにこの地上には永遠などありません。けれども死の向こうへと続く永遠が確かにある。永遠に変わらない神の言葉、聖書はそう語っています。

永遠のいのちとは、神の下さるプレゼントです。プレゼントですから、代金を支払わなくても感謝して受け取れば得ることができます。永遠のいのちは神のひとり子のいのちがかかっているほどに高価なものですから、代金を支払うような方法では、絶対に得ることができません。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。ヨハネ福音書3章16節

『現代人の生き方に見られる最も有害な点は、その近視眼的な考え方にあります。人生を最大限に活用するためには、永遠の視点を持たなければなりません。』リック・ウォレン「人生を導く5つの目的」(The Purpose Driven Life)より

母の日歓迎礼拝のご案内

お母さん、産んで育ててくれてありがとう。
2012母の日歓迎礼拝ちらし

永遠のいのちとは何か

杉戸キリスト教会地図

母の日歓迎礼拝メッセージ「腹の中から」

母の日歓迎礼拝メッセージ「腹の中から」(クリックで聴けます)

聖書箇所:ヨナ2章

ヨナは魚の腹の中から、彼の神、主に祈って、言った。「私が苦しみの中から主にお願いすると、主は答えてくださいました。私がよみの腹の中から叫ぶと、あなたは私の声を聞いてくださいました。ヨナ2章1-2節

「この抒情的な中間章が風刺に役立っていることは確かである。ヨナを神の憐れみと救いを明らかに奇蹟的に受けた者に仕立て上げることによって、この挿話はあとで神の救いが他の人々に差し出されたとき、それを拒否したヨナの態度を弁解の余地のない、嫌悪すべきものにして見せるという効果をもっている。

・・・ヨナの口を通して魚の腹のなかから聞こえてくる美しい詩とも呼べる祈りの主題は、神の力による水死からの救いである。物語の代わりに抒情詩が大魚の腹のなかでのヨナの経験を描写するのにもちいられる。この詩の筆は巨匠のそれである。読者は、主人公であるヨナが危険にさらされているあいだ、ずっとヨナの内なる意識の底へと連れて行かれるからである。この章の根底にある大きな枠組は大切な原型である。これは、死=復活の原型の一形式としてよく人に知られている。海底に下降して窒息するのは、明らかに死に似た経験を描き、深海から上昇するという原型的比喩は、下降上昇運動の再生の面を描いている。深い地底での三日間という枠組みも、イエスが認めている(マタイ12章39-40節)ように、一つの原型である。」

リーランド・ライケン『聖書の文学』すぐ書房、
1990年、403-404頁より引用

母の日歓迎礼拝「腹の中から」

母の日歓迎礼拝 腹の中から

母の日歓迎礼拝メッセージ「母の涙」

母の日歓迎礼拝メッセージ「母の涙」

聖書箇所:使徒の働き21章17-40節

彼らがパウロを殺そうとしていたとき、エルサレム中が混乱状態に陥っているという報告が、ローマ軍の千人隊長に届いた。彼はただちに、兵士たちと百人隊長たちとを率いて、彼らのところに駆けつけた。人々は千人隊長と兵士たちを見て、パウロを打つのをやめた。使徒21章31-32節

パウロやルカたちがエルサレムに着くと、そこには嵐の前の静けさがありました。しかし静けさは、やはり長くは続かず、速やかに暗雲がエルサレムを覆い尽くしていきました。

突風が四方八方からパウロを目がけて吹き付け、横殴りの激しい雨霰が、容赦なくパウロの身体を痛めつけ、怒り狂った雷が、上から横からパウロに襲いかかっている。状況はまさしくそのようでした。同胞のユダヤ人たちが、明確な殺意をもってパウロを殺そうとしていたのです。

もしもその光景を、パウロの母が見ていたとしたら、どんな気持ちになったでしょうか。お腹を痛めて産んだ自分の息子が、屠殺されるような姿を見ていたとしたら。

パウロの場合には、その場に母はいなかったと思われます。そしてパウロは、エルサレムで殺されることにはなりませんでした。しかしイエス・キリストの場合には、そこに母マリヤがいて、死に至るその苦しみを見ていたことを聖書は記録しています。(ヨハネ福音書19章25-27節参照)