結婚20周年の感謝

結婚20周年の感謝

1999年の3月。私がまだ28歳で東海聖書神学塾・教職志願者コースの最終学年になる春に、愛知県で結婚に導かれた。あれからもう20年。私にとって最良の妻を、聖書の約束どおり備えてくださっていた主なる神さまに心から感謝します!

かたくり

かたくり

KATAKURI

かたくり

かたくり

かたくり

宝島 HERO’s ISLAND を読んで

宝島 真藤順丈

宝島 HERO’s ISLAND を読んで

日本同盟基督教団・杉戸キリスト教会牧師  野町 真理

宝島と聞くと、スティーブンソンのトレジャー・アイランドの方を思い浮かべる方が多いかと思う。けれどもこの宝島は、ヒーローズ・アイランドの方だ。第160回直木賞を見事に受賞した、真藤順丈さんの書いた小説・宝島。英語のタイトルはHERO’s ISLANDとなっている。

この本を読むきっかけは、先日の杉戸・宮代・幸手地域牧師会で聞いた、「ぜひ読んで感想を聞かせてほしい」というM先生の言葉だった。宝島は、M先生が牧師として奉仕している教会の沖縄出身のメンバーが、この本を読んで感想を聞かせてほしいと願った本であり、直木賞を受賞したのにニュースではあまり取り上げられなかった本でもある。すでにM先生は読み終わっているのだが、沖縄出身のメンバーに、一言も感想を述べることができないでいるとのこと。それで「ぜひ読んで感想を聞かせてほしい」とのことだった。

さっそく本を手に入れて読み始めた。以下あまりネタバレにならないように記したい。立ち読みできないほど分厚い本なのだが、グイグイと引き込まれ、あっという間に読み終えてしまった。さて感想であるが、あえて一言で言うと、「今、日本という島国に住んでいるなら、国籍に関わらず、必ず読まなければならない一冊。」という言葉がふさわしいかと思う。

小説であるから、もちろん登場人物や全体的な構成など、かなり脚色されている。けれども、1952年から1972年までの20年間に、沖縄という島で実際に起こった様々な出来事や事件を織り込んで、物語は展開していく。沖縄という島に住む人たちが、歴史の中でどんな歩みを強いられ続けているのか。夜明けを来世よりも遠くに感じながら、どんなふうに生きてきたのか。何を宝にしてきたのか。沖縄を一度も訪れたことがなく、心のどこかで、いつか行きたい観光地のように考えていた私は、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。講談社から出版された541頁の大作。税別で1850円は安いと思う。

梅花を求める目白のような安息日2019-02-25

紅梅

梅花を求める目白のような安息日2019-02-25

もうすぐ雨水 好日写真日記

二十四節気(日付は2018年のもの)

立春 2月4日〜

春香

雨水 2月19日〜

蝋梅

桜島

啓蟄 3月6日〜

パンジー

春分 3月21日〜

THIS IS SAKURA

復活祭 イースター2018

晴明 4月5日〜

置かれた場所で咲く

穀雨 4月20日〜

草千里

立夏 5月5日〜
収穫は多いが働き手が少ない

小満 5月21日〜

天を見上げて地上を旅する

芒種 6月6日〜

紫陽花

夏至 6月21日〜

貝殻

小暑 7月7日〜

アブラゼミ

大暑 7月23日〜

古利根川流灯まつり2018

立秋 8月7日〜

長野の空

処暑 8月23日〜
ハイビスカス

白露 9月8日〜

朝顔

秋分 9月23日〜

松原湖バイブルキャンプ

寒露 10月8日〜

Autumn Day

霜降 10月23日〜

Autumn reds

立冬 11月7日〜

Autumn Leaves

小雪 11月22日〜

古利根雪景色 with PENTAX K-5

大雪 12月7日〜

杉戸キリス会

冬至 12月22日〜

HOPE TO THE WORLD

小寒 1月5日〜

春の足音

大寒 1月20日〜

朝ごとに新しい

THE MILKY WAY

THE MILKY WAY

SUGITO GOSPEL CAFE

2月8日の福音喫茶も都合により休みます。

天を見上げて地上を旅する

埼玉県北葛飾郡杉戸町、旧日光街道沿い、古利根の流れのほとりに植えられた日本同盟基督教団・杉戸キリスト教会、野町真理牧師のゴスペルメッセージ。

I was born 吉野弘

I was born 吉野弘

 確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 女はゆき過ぎた。

 少年の思いは飛躍しやすい。 その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
 —-やっぱり I was born なんだね—-
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
 —- I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね—-
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の顔にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
 —-蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね—-
 僕は父を見た。父は続けた。
 —-友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。つめたい光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは—-。

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
 —-ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体—-