SUGITO GOSPEL CAFE HD 2018-02-16 ハイデルベルク信仰問答1-5

土の器 ウクレレ賛美

旅するソングライター

浜田省吾のコンセプチュアル・ライブ映像が全国の映画館で上映されています。
私は昨日のレイトショーで観ました。

暗闇に支配されたくない人。
次世代に希望のバトンを受け渡したいと願っている人。
信教の自由を求めている人。
お金では買えない本当の愛を求めている人。
日本国憲法を大切にしたい人。
戦争に反対する人。
日本人として、日本とアジアと世界に貢献したい人。

ぜひ都合をつけて観てください。
2週間限定で2月22日までです。
ただ、一律2,500円ということで割引はききません。

旅するソングライター

http://hamasho-tabisuru.jp

人材派遣

フクシマ紀元

フクシマ紀元

フクシマ紀元

あの日から

あの日から
普通が消えた
あの日から
日常が消えた
あの日から
非日常が日常になった

ベクトルはベクレル
シューベルトはシーベルト
カルシウムはストロンチウム
ペペロンチーノはストロンチウム

あの日から
たくさんの自由が消えた
暮らせないまちが生まれた
バリケードが生まれた
常磐線は通せんぼぉ

不自由な自由を
生きるようになった

あの日から
あの日から
私たちの日常が変わった

フクシマ紀元

WHAT A FRIEND WE HAVE IN JESUS (JAPANESE) UKULELE PRAISE

SUGITO GOSPEL CAFE HD 2018-02-02 豊かな人生のための4つの法則

SUGITO GOSPEL CAFE(杉戸福音喫茶)、金曜日19:30にOPEN!

Love Sugito Gospel CAFE

杉戸キリスト教会地図2016

U2 Grace

のまちゃん牧師がU2のGRACEの私訳を試みました。英語は好きですが、あまり得意ではないのでご了承ください。

Grace グレイス
She takes the blame 彼女は責めを引き受ける
She covers the shame 彼女は恥を覆う
Removes the stain 彼女は汚れを取り除く
It could be her name 彼女の名前はグレイスかもしれない

Grace グレイス
It’s a name for a girl それは女の子の名前
It’s also a thought that changed the world そして世界を変えた考え
And when she walks on the street 彼女が通りを歩く時  
You can hear the strings あなたは彼女の奏でる音を聞くことができる
Grace finds goodness in everything グレイスはすべての中に良いものを見出す 

Grace, she’s got the walk グレイス 彼女は歩く
Not on a ramp or on chalk 渡し板や細い線ではないところを
She’s got the time to talk 彼女は話す時を得る
She travels outside of karma 彼女はカルマの外を旅する
She travels outside of karma 彼女はカルマの外を旅する
When she goes to work 彼女が仕事に出かける時
You can hear her strings あなたは彼女の奏でる音を聞くことができる
Grace finds beauty in everything グレイスはすべての中に美しいものを見出す

Grace, she carries a world on her hips グレイス 彼女は腰の上に世界を乗せて運ぶ
No champagne flute for her lips 彼女の唇のためにシャンパングラスはない
No twirls or skips between her fingertips 彼女の指先の間にひねりやスキップはない
She carries a pearl in perfect condition  彼女は完璧な真珠を持ち運ぶ

What once was hurt かつては傷つけられ
What once was friction 擦れ合わされ
What left a mark 傷跡が残っていた
No longer stings でももう刺したりしない
Because grace makes beauty
Out of ugly things なぜならグレイスは醜いものから美しいものを生み出すから
Grace makes beauty out of ugly things グレイスは醜いものから美しいものを生み出すから

カルマ:日本語では業と訳される。因果応報的な考え。身体言語心による人間の働き行為。行為は必ずその結果をもたらし、また現在の事態は必ずそれを生む行為を過去に持っているとする思想は、インド思想に広く見られる。

Music: U2
Lyrics: Bono
Synthesizers/programming: Brian Eno
Additional Guitar: Daniel Lanois
Produced by: Daniel Lanois and Brian Eno
Engineered by: Richard Rainey and Alex Haas
Assisted by: Chris Heaney
Mixed by: Brian Eno

天を見上げて地上を旅する

埼玉県北葛飾郡杉戸町、旧日光街道沿い、古利根の流れのほとりに植えられた日本同盟基督教団・杉戸キリスト教会、野町真理牧師のゴスペルメッセージ。

聖書 新改訳2017

聖書新改訳2017

宗教改革500周年記念で出版されたばかりの聖書新改訳2017が届き、早速いろんな箇所を読んでいます。

まず詩篇1篇3節。
すごい!「水路のそばに植わった木」から「流れのほとりに植えられた木」に新改訳。自分で植わったわけではなく、植えられた(受身形)であることが明確になりました。「流れのほとり」という表現もとても素敵です。

その人は
流れのほとりに植えられた木。
時が来ると実を結び
その葉は枯れず
そのなすことはすべて栄える。

次に創世記15章5節。
「星を数えることができるなら、それを数えなさい」が「星を数えられるなら数えなさい。」に新改訳。とてもスッキリしました。

そして主は、彼を外に連れ出して言われた。「さあ、天を見上げなさい。星を数えられるなら数えなさい。」さらに言われた。「あなたの子孫は、このようになる。」

さらに創世記15章6節。
旧約聖書の創世記に記されている信仰義認の箇所です!
「彼は主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。」でしたが、「アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた」という表現になりました。信じたことが義と認められた理由であるということがしっかり伝わってきます。

アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた。

新約聖書も見てみましょう。

聖書新改訳2017。マタイ福音書1章で、一番インパクトがあった変更点は、「バビロン移住」を「バビロン捕囚」としたことです!日本においては、「終戦」を「敗戦」と改訳したほどのインパクトではないでしょうか。旧約聖書に書き記されたイスラエルの歴史に耳を傾けると、自らの罪と恥の結果、主なる神の怒りを買い、無条件降服、そして強制連行によってバビロン捕囚に至る経緯が明記されています。自らの罪をごまかしたり、なかったことにしたり、お茶を濁すような曖昧な言葉ではなく、ごまかさない、なかったことにしない、お茶を濁さないこの新改訳2017の言葉こそ、ルターが語った「日々悔い改め」の初めの一歩ではないでしょうか。

マタイ福音書2章18節。
東日本大震災の後に日本で出版される日本語訳の聖書として、心に響きます。

「ラマで声が聞こえる。
むせび泣きと嘆きが。
ラケルが泣いている。その子らのゆえに。
慰めを拒んでいる。
子らがもういないからだ。」

マタイ福音書6章34節。
「だから、あすのための心配は無用です。」が「ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。」に新改訳!心配性の私たちに優しく寄り添う素敵な訳です。

ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。

同じくマタイ福音書の18章3節。なんと「悔い改めて」を「向きを変えて」に新改訳!これで「悔い改める」という聖書的専門用語の意味が明快に伝わってきます。素晴らしいですね。

こう言われた。「まことに、あなたがたに言います。向きを変えて子どものようにならなければ、決して天の御国には入れません。

放蕩息子のたとえと言われるルカ福音書15章の20節。
「走り寄って彼を抱き、口づけした。」が「駆け寄って彼の首を抱き、口づけした。」に新改訳。
「走り寄る神」というメッセージ題がありましたが、今度は「駆け寄る神」ですね。

こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとへ向かった。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけて、かわいそうに思い、駆け寄って彼の首を抱き、口づけした。

ローマ人への手紙12章1−2節はどうでしょうか。
すごい!「自分を変えなさい」が「自分を変えていただきなさい」に見事に新改訳され、原文の受身形が鮮明になりました!

ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。

コリント人への手紙第一12章21節はどうでしょうか。

これまでの訳だと、以下のようでした。

そこで、目が手に向かって、「私はあなたを必要としない」と言うことはできないし、頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない」と言うこともできません。

新改訳2017では、以下のようになりました。

目が手に向かって「あなたはいらない」と言うことはできないし、頭が足に向かって「あなたがたはいらない」と言うこともできません。

すぐに「あなたはいらない」という言葉が多用される今の日本にとって、まさに必要な翻訳ではないでしょうか。

コリント人への手紙第一15章14節はどうでしょうか。

以前の訳では、以下のようになっていました。つい先日メッセージしたのですが、「実質のないもの」というとても難しい言葉が使われていました。

そして、 キリストが復活されなかったのなら、 私たちの宣教は実質のないものになり、 あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。

新改訳2017では、以下のようになりました。シンプルで、とてもわかりやすい訳に感謝です!

そして、キリストがよみがえらなかったとしたら、私たちの宣教は空しく、あなたがたの信仰も空しいものとなります。

コリント人への手紙第二4章17節はどうでしょうか。

今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。

が、以下のように改訳されました!

私たちの一時(いっとき)の軽い苦難は、それとは比べものにならないほど重い永遠の栄光を、私たちにもたらすのです。

今の時の苦難がずっと続くかのように思い込んでしまいやすいのですが、「一時(いっとき)の軽い苦難」と訳してくれると、本当に救いになりますね。乗り越えていく力、立ち向かっていく勇気が与えられます!

ガラテヤ人への手紙2章16節はどうでしょうか。
以前の新改訳では、

「しかし、人は律法の行いによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。これは、律法の行いによってではなく、キリストを信じる信仰によって義と認められるためです。なぜなら、律法の行いによって義と認められる者は、ひとりもいないからです。」

でしたが、以下のように新しく改訳されました。

しかし、人は律法を行うことによってではなく、ただイエス・キリストを信じることによって義と認められると知って、私たちもキリスト・イエスを信じました。律法を行うことによってではなく、キリストを信じることによって義と認められるためです。というのは、肉なる者はだれも、律法を行うことによっては義と認められないからです。

まだまだほんの部分的な読み比べですが、全体的に日本語がよりこなれて、とてもわかりやすくなったという印象を受けました。聖書 新改訳2017、聖書を新しく買うことを考えておられる方々にぜひオススメです。