結婚を 記念する日に ありがとう
ありがとう こんな私と 連れ添って
もう一度 やり直せても この人生
悲劇とは あなたと会えず 寄り添えず
今あるは ただ主の恵み あわれみだ!
投稿者: nomachan
牧師さんの川柳
白鳥の見分け方
Chaser
天よりの声ヒロシマ・被爆二年目の手記
天よりの声 ヒロシマ・被爆二年目の手記
末包敏夫 編
日本YMCA同盟出版部 1983年6月10日 第1刷発行
…とくに、日支事変以来のことであるが、
国家が、キリスト教の神観と、キリスト教倫理の超民族的超国家的性格を問題とし、
キリスト教に対する思想的、あるいは直接的弾圧がはげしかった。
日本のキリスト教界は、純なる愛国的動機からそのような態度に出たのであろうが、
いかにして国家の要望するものに応じうるかを発見するのに腐心し、
いわゆる、日本的キリスト教の樹立への神学的探求労作が行われてきたのである。
これはキリスト教信仰の最後的のものを断固として守りぬくとともに、
心の向かうところは、なんとかして、国家の要求と相一致する領域を見出したいとの願いをもち、
主張すべきものを明確に主張するというよりも、第一の関心はどこまでも主張せずに置いて、
国家の要求に応じうるかということを発見するにあった。
このように、われわれの当然主張すべきものを、明確に主張しなかったことは、
たとえ事態の真相を知らされていなかったためとはいいながら、
今や、痛烈に、神の前に責任を問われることになった。
もしも日本のキリスト教徒が、終戦後の今日のような考えに、戦時中も、
断固として立ち、わが身を犠牲の祭壇にささぐる覚悟をもって、
戦争反対と、世界平和のために行動していたならば、あるいは、
広島数十万の人々が、死し、また傷つかずに済んだかもしれぬと思い、
深い責任を感ぜざるをえない。…
(広島キリスト教会牧師 木村文太郎師の寄稿文「つぐないの道」より引用)
荒れ野の40年
荒れ野の40年
ヴァイツゼッカー大統領演説全文
岩波ブックレットNO.55
リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー
永井清彦 訳
岩波書店 1986年
…問題は過去を克服することではありません。
さようなことができるわけはありません。
後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。
しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。
非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、
またそうした危険に陥りやすいのです。
ユダヤ民族は今も心に刻み、
これからも常に心に刻みつづけるでありましょう。
われわれは人間として心からの和解を求めております。
まさしくこのためにこそ、心に刻むことなしに和解はありえない、という一事を理解せねばならぬのです。
何百万人もの死を心に刻むことは世界のユダヤ人一人一人の内面の一部なのでありますが、
これはあのような恐怖を人びとが忘れることはできない、というだけの理由からではありません。
心に刻むというのはユダヤの信仰の本質だからでもあるのです。 …
(本文より)
ドイツの敗戦40周年にあたる1985年の5月8日、
ドイツ連邦共和国のリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領は、
連邦会議で「荒れ野の40年」という演説を行なった。
このブックレットには、その全文が紹介されている。
日本がアジア諸国と和解をしていくために必要なこと。
また、全世界の民族が、互いに和解をしていくために必要なことが、この演説の中にある。
高倉健さんの「人生の目的宣言文」
Winter into Spring
現代人にストレスや疲れが溜まりやすい理由と処方箋
現代人にストレスや疲れが溜まりやすい理由。それは、工夫して休みをとらないことにあるように思う。
休みの取り方にも工夫が必要だ。例えば、勤務を終えた後や休日でも職場に居続けるなら、ゆっくり休むことはできないだろう。
オフィスで鍵を開けずにゆっくりくつろいでいたとしても、電話の呼び出し音や来客のインターホンが鳴った瞬間に、貴重な休みは中断される。
だから、休み時間や休日には、意識してオフィスの外に出る必要がある。特に職場と住居が一体になっているような生活環境では、通勤時間がほとんどないといった多くのメリットがある反面、休日には意識的に職場の外に出る必要がある。もちろん緊急時には外出時でも携帯電話などで連絡がとれるようにしておく必要があるが。
そして晴れて暖かい日なら、公園、遊歩道、池、川 、山、丘、海などに出かけて、散歩したり、散策したりするのがいい。



雨や雪の日、風の強い日、寒い日なら、ショッピングモールや映画館に出かけるのもいい。

上手に休みが取れてリフレッシュできると、良いコンディションで良い仕事に取り組むことができる。クリエイティブな仕事、創意工夫、発想の転換、ブレイクスルー、イノベーション。それらは、散歩している時や良い休み時間を取っている時に天から与えられる。
