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杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2017
“マタイ福音書講解の続き 20170101新年聖餐礼拝メッセージ「福音は全世界に」(クリックで聴けます) 20170108礼拝メッセージ「天の雲に乗って」(クリックで聴けます) 20170115礼拝メッセージ「思いがけない時に来る」(クリックで聴けます) 20170122礼拝メッセージ「油断大敵」(クリックで聴けます) 20170129礼拝メッセージ「君が人生の時」(クリックで聴けます) 20170205聖餐礼拝メッセージ「小さい者たちへの愛」(クリックで聴けます) 20170212礼拝メッセージ「壺を割った女」(クリックで聴けます) 20170219礼拝メッセージ「神の家の食卓」(クリックで聴けます) 20170226礼拝メッセージ「過ぎ去らせてください」(クリックで聴けます) 20170312礼拝メッセージ「実現する聖書」(クリックで聴けます) 20170319礼拝メッセージ「鶏が鳴く前に」(クリックで聴けます) 20170326礼拝メッセージ「死に至る後悔」(クリックで聴けます) 20170402聖餐礼拝メッセージ「主イエスとバラバ」(クリックで聴けます) 20170409礼拝メッセージ「見捨てられた者の叫び」(クリックで聴けます) 20170416復活祭歓迎礼拝メッセージ「ここにはおられません」(クリックで聴けます) 20170423礼拝メッセージ「あらゆる国の人々を」(クリックで聴けます) 20170430礼拝メッセージ「いつもあなたがたとともに」(クリックで聴けます) 聖霊シリーズメッセージ(5W1H) 20170507聖餐礼拝メッセージ「聖なる神の霊」(クリックで聴けます) 20170514母の日歓迎礼拝メッセージ「誰でも渇いているなら」(クリックで聴けます) 杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2016はこちら 杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2015はこちら 杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2014はこちら”
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聖書通読によっていつも天を見上げ、神と共に地上を旅する生活習慣を身につけよう
“聖書に耳を傾けることは、天を見上げることです。聖書通読によっていつも天を見上げ、神と共に地上を旅する生活習慣を身につけることに励みましょう。旧約と新約、合わせて66巻の聖書が、主イエス様のことを語っています。クリスマス前の旧約時代から主イエス・キリストはおられます。ですから厳密に言えばB.C.(キリスト以前)はありません。THE JESUS BIBLEに基づいて、聖書66巻が語る主イエス・キリスト(JESUS CHRIST)を以下に記します。 旧約聖書 創世記     主イエス:我らの輝かしい創造主  OUR GLORIOUS CREATOR 出エジプト記  主イエス:我らの奇跡的な解放者  OUR MIRACULOUS DELIVERER レビ記     主イエス:我らの代理のいけにえ  OUR SACRIFICIAL SUBSTITUTE 民数記     主イエス:我らの慈悲深い供給者  OUR GRACIOUS PROVISION 申命記     主イエス:我らの約束された希望  OUR PROMISED HOPE ヨシュア記   主イエス:我らの完全な指導者   OUR PERFECT ...”
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杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2016
“マタイ福音書講解の続き 20160103新年聖餐礼拝メッセージ「預言者ヨナのしるし」(クリックで聴けます) 20160110礼拝メッセージ「キリストの母と兄弟たち」(クリックで聴けます) 20160117礼拝メッセージ「実を結ぶ人の秘訣」(クリックで聴けます) 20160124礼拝メッセージ「収穫の時期になったら」(クリックで聴けます) 20160131礼拝メッセージ「最小から最大へ」(クリックで聴けます) 20160207聖餐礼拝メッセージ「耳のある者は聞きなさい」(クリックで聴けます) 20160214礼拝メッセージ「ハイリスク・ハイリターン」(クリックで聴けます) 20160221礼拝メッセージ「郷里伝道」(クリックで聴けます) 20160228礼拝メッセージ「娘の願い」(クリックで聴けます) 20160306聖餐礼拝メッセージ「五つのパンと二匹の魚」(クリックで聴けます) 20160313礼拝メッセージ「主よ助けてください」(クリックで聴けます) 20160320礼拝メッセージ「着物のふさ」(クリックで聴けます) 20160327復活祭召天者記念礼拝メッセージ「再会の時」(クリックで聴けます) 20160403聖餐礼拝メッセージ「人を汚すもの」(クリックで聴けます) 20160410礼拝メッセージ「食卓から落ちるパンくず」(クリックで聴けます) 20160417礼拝メッセージ「七つのパンと魚」(クリックで聴けます) 20160424礼拝メッセージ「パンとパン種」(クリックで聴けます) 20160501聖餐礼拝メッセージ「キリストの教会」(クリックで聴けます) 20160508歓迎礼拝メッセージ「御子、主イエスと同じ姿に完成させてくださる神の愛」(クリックで聴けます) みんなで伝道する教会になるセミナー(クリックで聴けます) 20160515ペンテコステ礼拝メッセージ「聖霊の注ぎ」(クリックで聴けます) 20160522礼拝メッセージ「全世界を手に入れても」(クリックで聴けます) 20160529礼拝メッセージ「わたしの愛する子」(クリックで聴けます) 20160605聖餐礼拝メッセージ「山を動かす信仰」(クリックで聴けます) 20160605宣教夕拝メッセージ「和解の務め」(クリックで聴けます) 20160612礼拝メッセージ「最初に釣れた魚」(クリックで聴けます) 20160619父の日歓迎礼拝メッセージ「父の御顔」(クリックで聴けます) 20160626礼拝メッセージ「ふたりでも三人でも」(クリックで聴けます) 20160703聖餐合同礼拝メッセージ「主が赦されたように」(クリックで聴けます) 20160710礼拝メッセージ「結婚、離婚、独身」(クリックで聴けます) 20160717礼拝メッセージ「子どもたちのための国」(クリックで聴けます) 20160724礼拝メッセージ「先があと、あとが先に」(クリックで聴けます) 20160731朝霞聖書教会礼拝メッセージ「苦しみがもたらすもの」(クリックで聴けます) 20160807聖餐礼拝メッセージ「気前がいい神」(クリックで聴けます) 20160814礼拝メッセージ「神の国で偉い人」(クリックで聴けます) 20160821礼拝メッセージ「神を立ち止まらせる祈り」(クリックで聴けます) 20160828礼拝メッセージ「馬ではなくロバの子」(クリックで聴けます) 20160904聖餐礼拝メッセージ「宮の中の出来事」(クリックで聴けます) 20160911礼拝メッセージ「信じて祈り求めるもの」(クリックで聴けます) 20160918朝霞聖書教会礼拝メッセージ「天を見上げて地上を旅する」(クリックで聴けます) 20160925礼拝メッセージ「先に神の国に入る者」(クリックで聴けます) 20161002聖餐礼拝メッセージ「ぶどう園殺人事件」(クリックで聴けます) 20161009講壇交換吉川福音教会での礼拝メッセージ「天を見上げて地上を旅する」(クリックで聴けます) 20161016礼拝メッセージ「神からの招待」(クリックで聴けます) 20161023礼拝メッセージ「神のものは神に」(クリックで聴けます) 20161030講壇交換中野教会での礼拝メッセージ「天を見上げて地上を旅する」(クリックで聴けます) 20161106聖餐礼拝メッセージ「永眠ではなく」(クリックで聴けます) 20161113礼拝メッセージ「先行する恵み」(クリックで聴けます) 20161120礼拝メッセージ「ダビデが主と呼ぶ方」(クリックで聴けます) 20161127朝霞聖書教会礼拝メッセージ「先行する恵み」(クリックで聴けます) 20161204アドベント聖餐礼拝メッセージ「一番偉大な者」(クリックで聴けます) 20161211アドベント礼拝メッセージ「外面ではなく内面」(クリックで聴けます) 20161218アドベント礼拝メッセージ「かみなりと避雷針」(クリックで聴けます) 20161224クリスマスイブ礼拝メッセージ「あなたを愛する神」(クリックで聴けます) 20161225クリスマス礼拝メッセージ「翼の下」(クリックで聴けます) 杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2015はこちら 杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2014はこちら”
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天を見上げて地上を旅する
“埼玉県北葛飾郡杉戸町、旧日光街道沿い、古利根川の流れのほとりに植えられた杉戸キリスト教会、野町真理牧師の連載メッセージ。 ”
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杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2015
“マタイ福音書講解 20150101新年礼拝メッセージ「救い主の系図」(クリックで聴けます) 20150104聖餐礼拝メッセージ「救い主の誕生」(クリックで聴けます) 20150111礼拝メッセージ「インマヌエル」(クリックで聴けます) 20150118礼拝メッセージ「巡礼者たちの旅」(クリックで聴けます) 20150125礼拝メッセージ「慰めを拒んだ女」(クリックで聴けます) 20150201聖餐礼拝メッセージ「エジプトからナザレへ」(クリックで聴けます) 20150208礼拝メッセージ「荒野で叫ぶ者の声」(クリックで聴けます) 20150215礼拝メッセージ「わたしの愛する子」(クリックで聴けます) 20150222礼拝メッセージ「悪魔の試み」(クリックで聴けます) 20150301聖餐礼拝メッセージ「宣教開始」(クリックで聴けます) 20150308礼拝メッセージ「わたしについて来なさい」(クリックで聴けます) 20150315礼拝メッセージ「本当に幸せな人」(クリックで聴けます) 20150322礼拝メッセージ「地の塩 世界の光」(クリックで聴けます) 20150329礼拝メッセージ「廃棄するためにではなく」(クリックで聴けます) 20150405復活祭召天者記念礼拝メッセージ「信じる者になりなさい」(クリックで聴けます) 20150412礼拝メッセージ「心の奥の暗闇」(クリックで聴けます) 20150419礼拝メッセージ「愛という名のもとに」(クリックで聴けます) 20150426礼拝メッセージ「偽りから真実へ」(クリックで聴けます) 20150503聖餐礼拝メッセージ「憎しみに打ち勝つ秘訣」(クリックで聴けます) 20150510母の日歓迎礼拝メッセージ「パフォーマンスについて」(クリックで聴けます) 20150517礼拝メッセージ「主の祈りの心」(クリックで聴けます) 20150524聖霊降臨祭礼拝メッセージ「宝を天に蓄える生き方」(クリックで聴けます) 20150531礼拝メッセージ「心配から解放される秘訣」(クリックで聴けます) 20150607聖餐礼拝メッセージ「まず自分からの法則」(クリックで聴けます) 20150614礼拝メッセージ「金色の法則」(クリックで聴けます) 20150621父の日歓迎礼拝メッセージ「にせ預言者たちに気をつけよ」(クリックで聴けます) 20150628礼拝メッセージ「賢い人の人生設計」(クリックで聴けます) 20150705聖餐礼拝メッセージ「わたしの心だ きよくなれ」(クリックで聴けます) 20150712バイブルキャンプデー礼拝メッセージ「聖書信仰」(クリックで聴けます) 20150719礼拝メッセージ「病を背負ってくださる方」(クリックで聴けます) 20150726礼拝メッセージ「向こう岸に行く用意」(クリックで聴けます) 20150802聖餐礼拝メッセージ「嵐を静める方」(クリックで聴けます) 20150809礼拝メッセージ「悪霊を追放する方」(クリックで聴けます) 20150816礼拝メッセージ「地上で罪を赦す権威を持つ者」(クリックで聴けます) 20150830礼拝メッセージ「わたしについて来なさい」(クリックで聴けます) 20150906聖餐礼拝メッセージ「新しい革袋を用意せよ」(クリックで聴けます) 20150913敬老の日歓迎礼拝メッセージ「復活信仰」(クリックで聴けます) 20150920礼拝メッセージ「未曾有の出来事」(クリックで聴けます) 20150927礼拝メッセージ「収穫は多いが働き手が少ない」(クリックで聴けます) 20151004献身者デー聖餐礼拝メッセージ「十二使徒」(クリックで聴けます) 20151011礼拝メッセージ「派遣前研修」(クリックで聴けます) 20151018礼拝メッセージ「狼の中に羊」(クリックで聴けます) 20151025のびどめキリスト教会にて講壇交換メッセージ「忘れてはいけないこと」(クリックで聴けます) 20151101聖餐礼拝メッセージ「恐れることはありません」(クリックで聴けます) 20151108礼拝メッセージ「自分の十字架を負って」(クリックで聴けます) 20151115謝恩デー礼拝メッセージ「霊的戦い」(クリックで聴けます) 20151122礼拝メッセージ「たましいの安らぎ」(クリックで聴けます) 20151129アドベント礼拝メッセージ「安息日の主」(クリックで聴けます) 20151206アドベント礼拝メッセージ「安息日に穴に落ちたら」(クリックで聴けます) 20151213アドベント礼拝メッセージ「いたんだ葦とくすぶる燈心」(クリックで聴けます) クリスマス聖歌隊賛美(クリックで聴けます) 20151220クリスマス歓迎礼拝メッセージ「もう来ている神の国」(クリックで聴けます) 20151224クリスマスイブ礼拝メッセージ「夕暮れ時に光がある」(クリックで聴けます) 20151227朝霞聖書教会での礼拝メッセージ「数えてみよ主の恵み」(クリックで聴けます) 杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2014はこちら”
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PRAISE BAND OF SUGITO CHRIST CHURCH 2015
“2015-04-26 PRAISE BAND OF SUGITO CHRIST CHURCH(クリックで聴けます) 2015-05-24 PRAISE BAND OF SUGITO CHRIST CHURCH(クリックで聴けます)”
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宣教開始
“ ”
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悪魔の誘惑
“ ”
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賜物の形(SHAPE)を知って磨きをかけよう!
“賜物の形(SHAPE)を知って磨きをかけよう! 1、Spritual Gift(霊的賜物、聖霊、聖霊によって与えられる賜物)    & Situation(状況、立場、置かれた場所)  神は私たちに聖なる神の霊(聖霊・御霊)を与えてくださいます。聖霊は、内住のキリストと呼ばれ、私たちの内に住んでくださる神ご自身です。私たち自身が聖霊の宮、神の神殿です。聖霊によって霊的な目が開かれた時、誰でも驚くばかりの恵みを体験できます。聖書は、聖霊によって与えられる様々な賜物があることを教えています。御霊に満たされ続け、御霊の賜物(複数)を用いて互いに仕え合い、御霊の実(単数:愛)を豊かに結びましょう。  今あなたが置かれている状況や立場は、あなたでしかできない使命と結びついた賜物の一部です。あなたにとって最善の場所に、神はあなたを植えてくださっています。水路のそばに植えられた木として、主の教え(聖書)を喜びとして昼も夜も思い巡らしましょう。そうすれば、時が来ると実を結び、その葉は枯れず、何をしても栄えると約束された主の真実を証しすることができます。 2、Heart(心、興味、関心、願い、やる気、情熱)  あなたが心に抱く興味、関心、願い、やる気、情熱は、あなたでしかできない使命と結びついた賜物の一部です。 3、Abilities(能力、才能)  あなたの能力や才能はすべて天から与えられた才です。それはあなたでしかできない使命と結びついた賜物の一部です。埋もれているお宝を発見するための最善の方法は、いろいろなことを実際にやってみることです。これまで経験したことのないことでも積極的にチャレンジしてみてください。 4、Personality(個性、性格)  あなたのユニークな個性、性格、気質は、あなたでしかできない使命と結びついた賜物の一部です。せっかちな人とおっとりした人、内向的な人と外交的な人、変化を好まない人と変化を好む人、深く考える人や感受性豊かな人、実に神は多様性を愛され、神はあらゆるタイプの人間を用いてくださいます。あなたの個性は、あなたがどこで、どのように働くべきかを指し示しています。 5、Experience(経験)  生まれてから今まで、あなたが歩んできた人生経験はすべて、あなたでしかできない使命と結びついた賜物の一部です。家族の経験、教育の経験、仕事の経験、信仰の経験、奉仕の経験、痛みの経験。特に神は、決してあなたの痛みや涙を無駄になさいません。そしてあなたの最も効果的な働きは、あなたが最も苦しんだ経験から生まれてきます。隠すことを止め、痛みを正直に分かち合う時、神は奇跡をなさいます。”
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日本同盟基督教団沿革
“日本同盟基督教団沿革 本教団の歴史は、15名の宣教師が横浜に上陸した1891年11月22日に始まる。彼らを派遣したのはフレデリック・フランソンが設立したスカンヂナビアン・アライアンス・ミッション(SAM)であった。彼らは福音未伝の地、房総半島、飛騨、伊豆と伊豆諸島に伝道し、さらにアイヌ民族への伝道も試みようとした。当初は教会設立を意図しなかったが、宣教師と邦人の協力によって生み出された諸教会は、1922年に日本同盟基督協会を組織した。戦時体制下、宗教団体法施行に伴い、1940年日本聖化基督教団を設立、1941年には日本基督教団第8部に所属した。その一部が戦後1948年に同教団を離脱し、再来日した宣教師団 SAM、改称して The Evangelical Alliance mission(TEAM)と供にゼ・エバンゼリカル・アライアンス・ミッション(日本同盟基督教団)を設立した。現在は協力を終了したが、スウェーデン・アライアンス・ミッションとも協力して戦後の伝道と教会形成を進めてきた。 本教団は、「聖書信仰、宣教協力、合議制」における一致のもと、聖霊の力により、キリストの宣教命令に応えて、神の栄光を現すことを存立の目的とし、積極的な開拓伝道と堅実な教会形成のため2006年から宣教区制を採用している。2012年現在、全国に16宣教区233教会がある。同盟聖書学院(1950年開校)を一つの前進校とする東京キリスト教学園(東京基督教大学)他で教職養成を行い、松原湖、浜名湖における青少年伝道と育成にも力を注いでいる。「日本とアジアと世界」を視野に入れた国内宣教、国外宣教を推進し、これまでにインドネシア、台湾、タイ、パプア・ニューギニア、ブラジル、北米先住民、モンゴル等に宣教師を派遣してきた。宣教100周年記念大会、105周年記念大会において、過去の偶像礼拝と戦争協力の罪の悔い改めと、惜しみなく犠牲を払い、世の終わりまでキリストへの信仰を堅持することを表明している。 http://domei.biz/doumei/honbu/enkaku.pdf”
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2015新年礼拝のご案内
“新年礼拝のご案内 2014年もお世話になりました。新しい年もどうぞよろしくお願い致します。 あなたの上に、神さまの祝福が豊かにありますように。 日時:2015年1月1日(木)午後1時半から3時 (この日はJJ礼拝と夕礼拝はありません) 場所:日本同盟基督教団・杉戸キリスト教会 メッセージ:救い主の系図 聖書箇所:マタイ福音書1章1−17節”
2014
12月
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杉戸キリスト教会礼拝メッセージ2014
“コリント人への手紙第一講解 20140101新年礼拝メッセージ「男性と女性」(クリックで聴けます) 20140105聖餐礼拝メッセージ「神の教会」(クリックで聴けます) 20140112新成人祝福礼拝メッセージ「霊的ギフト」(クリックで聴けます) 20140119礼拝メッセージ「多くの部分」(クリックで聴けます) 20140126礼拝メッセージ「ひとつ」(クリックで聴けます) 20140202聖餐礼拝メッセージ「いつまでも残るもの」(クリックで聴けます) 20140209礼拝メッセージ「預言と異言」(クリックで聴けます) 20140216礼拝メッセージ「平和の神」(クリックで聴けます) 20140223礼拝メッセージ「適切に秩序をもって」(クリックで聴けます) 20140302聖餐礼拝メッセージ「最も大切なこと」(クリックで聴けます) 20140309礼拝メッセージ「一番哀れな者」(クリックで聴けます) 20140316礼拝メッセージ「万物をその足の下に」(クリックで聴けます) 20140323礼拝メッセージ「刹那に生きる理由」(クリックで聴けます) 20140330礼拝メッセージ「天上のかたち」(クリックで聴けます) 20140406聖餐礼拝メッセージ「いつも主のわざに励め」(クリックで聴けます) 20140413礼拝メッセージ「いっさいのことを愛をもって」(クリックで聴けます) コリント人への手紙第二講解 20140420復活祭召天者記念礼拝メッセージ「すべての慰めの神」(クリックで聴けます) 20140427礼拝メッセージ「確認の印と保証」(クリックで聴けます) 20140504聖餐礼拝メッセージ「サタンの策略」(クリックで聴けます) 20140511母の日歓迎礼拝メッセージ「キリストのかおり」(クリックで聴けます) 20140518礼拝メッセージ「キリストの手紙」(クリックで聴けます) 20140525礼拝メッセージ「御霊なる主の働き」(クリックで聴けます) 20140601聖餐礼拝メッセージ「重い永遠の栄光」(クリックで聴けます) 20140608聖霊降臨日・国外宣教デー礼拝メッセージ「保証としての御霊」(クリックで聴けます) 20140615父の日歓迎礼拝メッセージ「報いを受ける」(クリックで聴けます) 20140622礼拝メッセージ「すべてが新しく」(クリックで聴けます) 20140629礼拝メッセージ「キリストの使節」(クリックで聴けます) 20140706聖餐礼拝メッセージ「恵みの時」(クリックで聴けます) 20140713バイブルキャンプデー礼拝メッセージ「生ける神の宮」(クリックで聴けます) 20140720礼拝メッセージ「気落ちした者を慰めてくださる神」(クリックで聴けます) 20140727礼拝メッセージ「神のみこころに添った悲しみ」(クリックで聴けます) 20140803聖餐礼拝メッセージ「キリストの貧しさによって」(クリックで聴けます) 20140810歓迎礼拝 with 韓国短期宣教チーム「あなたの愛を示してほしい」(クリックで聴けます) 20140817礼拝メッセージ「絶大な神の恵みのゆえに」(クリックで聴けます) 20140907聖餐礼拝メッセージ「祈りの力」(クリックで聴けます) 20140914敬老の日歓迎礼拝メッセージ「自己推薦ではなく」(クリックで聴けます) 20140921礼拝メッセージ「変装」(クリックで聴けます) 20140928礼拝メッセージ「パウロの自慢話」(クリックで聴けます) 20141005聖餐礼拝メッセージ「弱さという贈り物」(クリックで聴けます) 20141012礼拝メッセージ「愛すれば愛するほど」(クリックで聴けます) 20141019礼拝メッセージ「相手に失望しない秘訣」(クリックで聴けます) 20141026講壇交換礼拝メッセージ「閉塞感を突き破るもの」(クリックで聴けます) 20141102聖餐礼拝メッセージ「恵みと愛と交わり」(クリックで聴けます) エペソ人への手紙から結婚に関するメッセージ 20141109礼拝メッセージ「妻たちへのメッセージ」(クリックで聴けます) 20141116礼拝メッセージ「夫たちへのメッセージ」(クリックで聴けます) 20141123礼拝メッセージ「チャーチ・ウエディング」(クリックで聴けます) クリスマス5W1H(What, Who, When, Where, Why, and How) 20141130礼拝メッセージ「クリスマス5W1H 何?」(クリックで聴けます) 20141207礼拝メッセージ「クリスマス5W1H 誰?」(クリックで聴けます) 20141214礼拝メッセージ「クリスマス5W1H いつ?」(クリックで聴けます) 20141221クリスマス歓迎礼拝メッセージ「クリスマス5W1H どこ?」(クリックで聴けます) 20141224クリスマスイブ礼拝メッセージ「クリスマス5W1H なぜ?」(クリックで聴けます) 20141228礼拝メッセージ「クリスマス5W1H どのように?」(クリックで聴けます)”
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HAPPY CHURCH WEDDING
“ https://www.flickr.com/photos/nomachishinri/sets/72157649412077262/”
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今週の福音喫茶は休みます
“今週の福音喫茶(11月21日)は休みます。”
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杉戸キリスト教会 洗礼準備&洗礼後クラス資料
“杉戸キリスト教会 洗礼準備&洗礼後クラス資料 1、なぜ洗礼を受けたいと思われたのでしょうか? 2、イエス・キリストを信じ受け入れる時に与えられる「神の子どもとされる特権」   ヨハネ福音書1章1−18節より   ★イエス様は、天地万物の造り主でありあなたの造り主(メーカー・デザイナー)。    クリスマスに人となられた神。あなたの罪の身代わりに十字架で死なれ、
    墓に葬られ、3日目によみがえられ、今も生きておられる救い主・キリスト。   ★信じるとは、神と神の約束を信頼し、主イエスを救い主・キリストとして、
    心の王座に受け入れること(飲食と同じ)。   ★「神の子どもとされる特権」は、    信じて受け入れる時に与えられる「最高のクリスマスプレゼント」。    (1)王の王、主の主である天の神を、私たちの父・お父さんと親しく呼べる特権    (2)神のものすべてを相続する特権(私のものは全部おまえのものだ。ルカ15章)    (3)やがて神に似た者に変えられる特権(カエルの子はカエル、蝶の子は蝶)   見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。
だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。黙示録3章20節 黙示録3章20節が約束していることは、クリスマスの家畜小屋のような私たちの心の中(暗い、汚い、臭い)に、聖なる神が住んでくださり、一緒においしく食事ができるほどに心の洗濯をしてくださるということ(明るい、きれい、いい香り)イエス様を信頼して心の扉を開き、心の王座に迎える祈りをされませんか? 3、洗礼・バプテスマとは何か?   洗礼は主イエスを信じ受け入れた人が、自分の意志で受けるものです。   (1)お葬式と誕生式 イエス・キリストの十字架の死、墓への葬り、3日目の復活   (2)誓約と入会式  神と誓約し、教会・神の家族につながることの大切さ   (3)任命と派遣式  祝福の基、世の光、地の塩、神の国の大使として任命され、            そのような自覚を持って生活の場、置かれた場所に派遣される。 洗礼は、スタートであってゴールではありません。   教会・神の家族といっしょにゴールを目指して歩み始めるスタートラインです。   ゴールは、私たちがキリストのように変えられることです。 4、洗礼・バプテスマを受ける者への3つの指針   (1)主の祈り=神の国とその義をまず第一に求める祈り ⇔ 罪人の自己中心な祈り   (2)十  戒=前文がとても大切。先行する神の愛によって死から救われ、罪赦され、         奴隷から自由へと解放された者に語られる神と隣人を愛する人生の指針     (3)使徒信条=天地万物を創造され、救いへと導く三位一体の神を告白する信仰         父なる神、御子なるイエス・キリスト、聖霊なる神(御霊) 
5、人生を導く5つの目的(リック・ウォレン著) あなたの人生をドライブしているものは何でしょうか?聖書が教える5つの目的に導かれ、良い習慣(聖書に聞く祈りと願う祈り)を身に付けるなら、世界で一人だけのあなたが、自分らしく生きることができます。  (1)先立つ神の愛に応えて神を愛する礼拝生活:あなたは神の喜びのために造られた 『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
これがたいせつな第一の戒めです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』
という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。
律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。 
マタイ福音書22章37−40節 (2)交わり:あなたは神の家族となるために造られた わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、
わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。
わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。
ヨハネ福音書15章5節  (3)弟子訓練:あなたはキリストのようになるために造られた キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、
私たちの卑しいからだを、
ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。 
ピリピ人への手紙3章21節  (4)奉仕・隣人愛:あなたは神に仕えるために造られた 『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、
しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』
 マタイ福音書25章40節  (5)世界に出て行く宣教:あなたは使命のために造られた イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。
「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。
そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、
彼らを教えなさい。
見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
マタイ福音書28章18−20節 6、収入を得るために必要な4つの預かりもの   (1)健康 (2)才能・能力 (3)職場・仕事 (4)やる気(どれか一つでも失うと収入停止)   マラキ書3章8−12節  ➡あふれるばかりの祝福を注ぐかどうかをためしてみよ!収入の十分の一献金によって 7、質問など   洗礼志願書、洗礼式の時の誓いの内容、証しの準備、役員との面談、教団教憲・教規”
10月
25
主の喜ばれる奉仕 関東宣教区講壇交換
“今度の日曜日は関東宣教区の講壇交換で、いのちの樹教会の小見靖彦(やすひろ)先生が杉戸に来てくださいます。ぜひお集いください。 ”
17
10
9月
8月
26
一つになるために
“8月31日 礼拝式のご案内 第一礼拝:午前10:30から 第二礼拝:午後20:00から メッセージ:一つになるために メッセンジャー:前原将太神学生 ”
23
主との出会いの場所
“8月24日 礼拝式のご案内 第一礼拝:午前10:30から 第二礼拝:午後20:00から メッセージ:主との出会いの場所 メッセンジャー:植村 勝さん ”
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09
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7月
6月
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PRAISE BAND OF SUGITO CHRIST CHURCH 2014
“2014-01-26 PRAISE BAND OF SUGITO CHRIST CHURCH(クリックで聴けます) 2014-02-23 PRAISE BAND OF SUGITO CHRIST CHURCH(クリックで聴けます) 2014-03-23 PRAISE BAND ...”
20
15
07
保証としての御霊
“ペンテコステ(聖霊降臨日)、礼拝後、炎のバーベキューやります。ぜひお集いください。 ”
5月
31
24
17
09
07
02
サタンの策略
“サタンの策略は、 絶対的な神を基準・憲法とすることを人に止めさせ、 相対的な自分を基準・憲法とする罪へと人を誘い、 赦しではなく怒りの報復へと人を駆り立て(ドライブし)、 互いに戦争させ、両者を押しつぶそうとする。 ”
4月
3月
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一時集合避難場所 杉戸町
“今日新しい看板になりました。続けて杉戸町に貢献できますように。 ”
26
23
19
今週の福音喫茶は休みます
“今週(3月21日)の福音喫茶は休みます。”
15
11
2011年3月11日14時46分を覚えて
“東日本大震災に関連して亡くなられた方々、 大切な人や家や財産や故郷を失われた方々、 今なお仮住まいの方々、 あれからずっと、懸命に生きておられる方々、 時々刻々命を削りながら、 福島第一原子力発電所事故収束のために奮闘してくださっている方々、 そのようなお一人お一人の上に、 共に苦しんでいてくださる天の父なる神さまの、 慰めと癒しと励ましと支えと守りと導きと祝福が、 豊かに豊かにありますようにと祈っています。 日本同盟基督教団・杉戸キリスト教会牧師 野町 真理”
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02
01
2月
1月
2013
12月
28
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アドベント第二主日礼拝メッセージ「試練に打ち勝つ秘訣」
“アドベント第二主日礼拝メッセージ「試練に打ち勝つ秘訣」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント10章1−13節 2013年12月 8日、杉戸キリスト教会にて メッセンジャー:野町真理(のまちしんり) 杉戸キリスト教会牧師 主題:誘惑に打ち勝つ秘訣は、箴言3章5−6節に要約されたスリーポイントにある ★誘惑に打ち勝つ秘訣1(心を尽くして主に拠り頼め) 12 ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。 ★誘惑に打ち勝つ秘訣2(自分の悟りに頼るな)   なんで私だけがという自分の悟り➡ 13 あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。   もうだめだ、もう耐えられない、もうおしまいだという自分の悟り➡ ★誘惑に打ち勝つ秘訣3(あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ)   神は真実な方ですから、   あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。   むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。 ➡そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。そうすれば、誘惑に打ち勝ち、置かれた場所で咲ける!”
06
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アドベント第一主日聖餐礼拝メッセージ「決勝点を目指して」
“アドベント第一主日聖餐礼拝メッセージ「決勝点を目指して」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント9章19−27節 2013年12月 1日、杉戸キリスト教会にて メッセンジャー:野町真理(のまちしんり) 杉戸キリスト教会牧師 主題:決勝点がどこかわからないような走り方をしない秘訣は、
決勝点・ゴールをしっかりと見据えることにある ★怠惰や誘惑や高慢に打ち勝って、いい先生・いい人生の先輩であり続けるためには、志(目的・使命)がどうしても必要。  ただなんとなくではだめ。目的もなくではだめ。ゴール設定をせずにではだめ。  決勝点がどこかわからないような走り方をしていてはだめ。決勝点を目指す必要がある。  何が見たくて何のために?報いは?報酬は?何を指針・方針として?どんな使命感を持って? 22 すべての人に、すべてのものとなりました。   それは、何とかして、幾人かでも救うためです。 23 私はすべてのことを、福音のためにしています。   それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。 24 競技場で走る人たちは、みな走っても、   賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。   ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。 25 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。   彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、   私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。 26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。   空を打つような拳闘もしてはいません。 27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。   それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、   自分自身が失格者になるようなことのないためです。 コリント人への手紙第一9章22−27節 ”
礼拝メッセージ「福音を宣べ伝える者」
“礼拝メッセージ「福音を宣べ伝える者」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント9章1−18節 2013年11月24日、杉戸キリスト教会にて メッセンジャー:野町真理(のまちしんり) 杉戸キリスト教会牧師 主題:福音を宣べ伝える者の正当な権利をパウロがコリント教会で用いなかった理由(コリント教会から献金を受け取らなかった理由)は、キリストの福音に少しの妨げも与えないため。 パウロは他の諸教会、中心的にはピリピ教会から喜んで献金・経済的支援を受け取っていた。(ピリピ4:10、15ー、2コリント11:8) けれどもパウロは、コリント教会からは献金・経済的支援を受け取らなかった。 ★なぜパウロは、コリント教会から献金を受け取らなかったのか? ★なぜパウロは、コリント教会に対して、福音を宣べ伝える者の正当な権利を用いなかったのか。その理由は? それなのに、私たちはこの権利を用いませんでした。 かえって、すべてのことについて耐え忍んでいます。 それは、キリストの福音に少しの妨げも与えまいとしてなのです。 1コリント人への手紙9章12節 ”
礼拝メッセージ「愛は人の徳を建てる」
“礼拝メッセージ「愛は人の徳を建てる」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント8章1−13節 2013年11月17日、杉戸キリスト教会にて メッセンジャー:野町真理(のまちしんり) 杉戸キリスト教会牧師 主題:人を高ぶらせる知識は弱い人のつまずきになり得るが、弱い人に配慮する愛は人の徳を建てる 1 次に、偶像にささげた肉についてですが、 私たちはみな知識を持っているということなら、わかっています。 しかし、知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます。 2 人がもし、何かを知っていると思ったら、  その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。 3 しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのです。 1コリント人への手紙8章1−3節 ”
01
11月
30
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子ども祝福式礼拝メッセージ「独身と結婚」
“子ども祝福式礼拝メッセージ「独身と結婚」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント7章32−40節 2013年11月10日に杉戸キリスト教会にて メッセンジャー:野町真理(のまちしんり) 杉戸キリスト教会牧師 今日は礼拝の中で、子ども祝福式があります。 初めての方も、よく来てくださいました。あなたを心から歓迎します! あなたの上に、神さまの祝福が、溢れ出すほど豊かに、ありますように。 今日は、「独身と結婚」という題でお話をします。 独身でも結婚でも、美しく歩める秘訣を、ぜひお伝えしたいと思っています。 独身か結婚か。結婚するのか、しないのか。 結婚については、大人になる前から、よーく神さまに祈り、自分でもよーく考えるべきこと。 とても大切なことだからです。 (できれば二十歳になる前から、小学生や中学生や高校生の時から) もし結婚するなら、本当に素敵な旦那さま、もしくは素敵な花嫁さんと結婚できますように。 さて、もしあなたのお父さんお母さんが、結婚しなかったとしたら、 どうなっていたでしょうか? あなたは、今ここに、いないかもしれません。・・・ 本論:独身でも結婚でも、美しく歩める秘訣は、    神を神とすること、神を第一とすること、    どうしても必要なことを最優先することにある。 32 あなたがたが思い煩わないことを私は望んでいます。   独身の男は、どうしたら主に喜ばれるかと、主のことに心を配ります。 33 しかし、結婚した男は、どうしたら妻に喜ばれるかと 世のことに心を配り、 34 心が分かれるのです。   独身の女や処女は、身もたましいも聖くなるため、主のことに心を配りますが、   結婚した女は、どうしたら夫に喜ばれるかと、世のことに心を配ります。 35 ですが、私がこう言っているのは、   あなたがた自身の益のためであって、   あなたがたを束縛しようとしているのではありません。   むしろあなたがたが秩序ある生活(美しい姿で)を送って、 ...”
礼拝メッセージ「現在の危急の時に」
“礼拝メッセージ「現在の危急の時に」(クリックで聴けます) ★浜田省吾の歌「家路」に歌われている「この世の有様」 青く沈んだ 夕闇に 浮かぶ街を見おろし この人生が 何処へ俺を 導くのか尋ねてみる 手に入れた 形あるもの やがて失うのに 人はそれを、夢と名付け 迷いの中さまよう・・・ 砂浜の波打ち際で、海に向かって散骨する家路のPV映像 聖書箇所:1コリント7章25−31節 2013年11月 3日に杉戸キリスト教会にて メッセンジャー:野町真理(のまちしんり) 杉戸キリスト教会牧師 主題:現在の危急のときにふさわしい日常生活とは、    この世とその有様はやがて過ぎ去ることをわきまえた生活  1、独身者のように神を第一にする生活(神を喜ばせる生活)  2、変化する状況に一喜一憂しない生活  3、この世の富を用いすぎないシンプルな生活  25 処女のことについて、私は主の命令を受けてはいませんが、 主のあわれみによって信頼できる者として、意見を述べます。 26 現在の危急のときには、 男はそのままの状態にとどまるのがよいと思います。 27 あなたが妻に結ばれているなら、解かれたいと考えてはいけません。   妻に結ばれていないのなら、妻を得たいと思ってはいけません。 28 しかし、 ...”
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10月
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プレイズバンド礼拝賛美2013年10月27日
“プレイズバンド礼拝賛美2013年10月27日(クリックで聴けます) イエスが愛したように 世のはじめ 心から すべての良きもので”
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礼拝メッセージ「召されたときのままで」
“礼拝メッセージ「召されたときのままで」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント7章1−16節 2013年10月27日に杉戸キリスト教会にて メッセンジャー:野町真理(のまちしんり) 杉戸キリスト教会牧師 主題:召されたときのままで歩む(互いに愛し合う)べき理由は、 神がそのままで私たちを召し、救い、受け入れてくださっているから。 ただ、おのおのが、主からいただいた分に応じ、 また神がおのおのをお召しになった(救われた) ときのままの状態で歩むべきです。 私は、すべての教会で、このように指導しています。 1コリント7章17節 パウロはすべての教会において適用されるべき原則として、 7章17節の内容を教えている。 独身か結婚か離婚か?割礼か無割礼か?奴隷か自由人か? この原則は、それぞれの立場、状態に置かれている私たちそれぞれに適用できる。 救われた後、神に喜ばれるために、今の状態、現状を無理やり変える必要はない。 召されたときのままで歩むべき。置かれた場所で花を咲かせるべき。 なぜなら、神はそのままで私たちを召し、救い、受け入れてくださっているから。 今置かれている場所・状況・状態は、みこころの場所。 計り知れない深い神のご計画の中にあって、主が共におられ、主が植えられた場所。”
関東宣教区講壇交換メッセージ「時が来れば実現するもの」
“関東宣教区講壇交換メッセージ「時が来れば実現するもの」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ルカ福音書1章1−20節 2013年10月20日に枝川愛の教会にて メッセンジャー:野町真理(のまちしんり) 杉戸キリスト教会牧師 「時が来れば実現するもの」= 閉塞感を突き破るもの=世界宣教のブレイクスルー 主題:神の言葉は、人間の無力さや不信仰を越えて、時が来れば必ず実現する。 ですから、見なさい。 これらのことが起こる日までは、 あなたは、ものが言えず、話せなくなります。 私のことばを信じなかったからです。 私のことばは、その時が来れば実現します。」 ルカ福音書1章20節 ”
礼拝メッセージ「人生いろいろ」
“礼拝メッセージ「人生いろいろ」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント7章1−16節 7 私の願うところは、すべての人が私のようであることです。  しかし、  ひとりひとり神から与えられたそれぞれの賜物を持っているので、  人それぞれに行き方があります。  1コリント7章7節 ”
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礼拝メッセージ「聖霊の守り人」
“礼拝メッセージ「聖霊の守り人」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント6章12−20節 15あなたがたのからだはキリストのからだの一部であることを、知らないのですか。  キリストのからだを取って遊女のからだとするのですか。そんなことは絶対に許されません。 16 遊女と交われば、一つからだになることを知らないのですか。 「ふたりは一体となる」と言われているからです。 17 しかし、主と交われば、一つ霊となるのです。 18 不品行を避けなさい。人が犯す罪はすべて、  からだの外のものです。しかし、不品行を行う者は、自分のからだに対して罪を犯すのです。 19あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、  あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。 20あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。  ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。 1コリント6章15−20節 ”
11
今週の福音喫茶は休みます
“今週の福音喫茶は休みます。”
05
礼拝メッセージ「神の国の相続条件」
“礼拝メッセージ「神の国の相続条件」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント6章1−11節 9 あなたがたは、正しくない者は神の国を相続できないことを、知らないのですか。  だまされてはいけません。  不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、 10 盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、  神の国を相続することができません。 11 あなたがたの中のある人たちは以前はそのような者でした。  しかし、主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、  あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです。  1コリント6章9−11節 ”
9月
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礼拝メッセージ「純粋で真実なパンで」
“礼拝メッセージ「純粋で真実なパンで」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント5章1−13節 6 あなたがたの高慢は、よくないことです。 あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。 7 新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。 あなたがたはパン種のないものだからです。私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。 8 ですから、私たちは、古いパン種を用いたり、悪意と不正のパン種を用いたりしないで、 パン種の入らない、 純粋で真実なパンで、祭りをしようではありませんか。 1コリント5章6−8節 ”
敬老の日歓迎礼拝メッセージ「私の生き方」
“敬老の日歓迎礼拝メッセージ「私の生き方」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント4章6−21節 16 ですから、私はあなたがたに勧めます。どうか、私にならう者となってください。 17 そのために、私はあなたがたのところへテモテを送りました。  テモテは主にあって私の愛する、忠実な子です。  彼は、私が至る所のすべての教会で教えているとおりに、  キリスト・イエスにある私の生き方を、あなたがたに思い起こさせてくれるでしょう。 ...”
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礼拝メッセージ「スチュワードシップ」
“礼拝メッセージ「スチュワードシップ」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント4章1−5節 1 こういうわけで、私たちを、キリストのしもべ、 また神の奥義の管理者だと考えなさい。 2 この場合、管理者には、  忠実であることが要求されます。 3 しかし、私にとっては、あなたがたによる判定、 あるいは、およそ人間による判決を受けることは、 非常に小さなことです。  事実、私は自分で自分をさばくことさえしません。 4 私にはやましいことは少しもありませんが、だからと いって、それで無罪とされるのではありません。  私をさばく方は主です。 5 ですから、あなたがたは、主が来られるまでは、 ...”
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礼拝メッセージ「自分を欺くな」
“礼拝メッセージ「自分を欺くな」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント3章18−23節 18 だれも自分を欺いてはいけません。  もしあなたがたの中で、自分は今の世の知者だと思う者がいたら、  知者になるためには愚かになりなさい。 19 なぜなら、この世の知恵は、  神の御前では愚かだからです。こう書いてあります。 「神は、知者どもを彼らの悪賢さの中で捕らえる。」 20 また、次のようにも書いてあります。 「主は、知者の論議を無益だと知っておられる。」 21 ですから、だれも人間を誇ってはいけません。   すべては、あなたがたのものです。 22 パウロであれ、アポロであれ、ケパであれ、   また世界であれ、いのちであれ、死であれ、   また現在のものであれ、未来のものであれ、   すべてあなたがたのものです。 23 そして、あなたがたはキリストのものであり、   キリストは神のものです。 1コリント3章18−23節 ”
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8月
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礼拝メッセージ「焼けない建物」
“礼拝メッセージ「焼けない建物」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント3章10−17節 10与えられた神の恵みによって、私は賢い建築家のように、土台を据えました。 そして、ほかの人がその上に家を建てています。 しかし、どのように建てるかについてはそれぞれが注意しなければなりません。 11 というのは、だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。 その土台とはイエス・キリストです。 12 もし、だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、 13 各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。 というのは、その日は火とともに現れ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。 14 もしだれかの建てた建物が残れば、   その人は報いを受けます。 15 もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、 自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。 16 あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。 17 ...”
礼拝メッセージ「成長させてくださる神」
“礼拝メッセージ「成長させてくださる神」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント3章1−9節 6 私が植えて、アポロが水を注ぎました。  しかし、成長させたのは神です。 7 それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者  でもありません。成長させてくださる神なのです。 8 植える者と水を注ぐ者は、一つですが、  それぞれ自分自身の働きに従って自分自身の報酬を  受けるのです。 9 私たちは神の協力者であり、あなたがたは神の畑、  神の建物です。 1コリント3章6−9節 ”
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富川東光教会MAC礼拝メッセージ「ワールドワイドなクリスチャンになろう!」
“富川東光教会MAC礼拝メッセージ「Let's be World Wide Witnesses!ワールドワイドなクリスチャンになろう!」(クリックで聴けます) 聖書箇所:使徒の働き1章8節 説教:野町真理牧師(杉戸キリスト教会) 通訳:朴ルデヤ姉(久留米聖書教会) しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、 あなたがたは力を受けます。 そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、 および地の果てにまで、わたしの証人となります。」 使徒の働き1章8節 But you will receive power when the Holy Spirit comes on ...”
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今日の福音喫茶は休みます
“今日の福音喫茶は休みます。来週はOPENします。”
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礼拝メッセージ「キリストの心」
“礼拝メッセージ「キリストの心」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント人への手紙2章12−16節 12 ところで、私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜ったものを、私たちが知るためです。13 この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。 14 生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。15 御霊を受けている人は、すべてのことをわきまえますが、自分はだれによってもわきまえられません。16 いったい、「だれが主のみこころを知り、主を導くことができたか。」ところが、私たちには、キリストの心があるのです。 1コリント2章12−16節 ”
礼拝メッセージ「神の力と神の知恵」
“礼拝メッセージ「神の力と神の知恵」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント人への手紙2章1−11節 さて兄弟たち。私があなたがたのところへ行ったとき、私は、すぐれたことば、すぐれた知恵を用いて、神のあかしを宣べ伝えることはしませんでした。なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです。あなたがたといっしょにいたときの私は、弱く、恐れおののいていました。そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした。それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力にささえられるためでした。しかし私たちは、成人の間で、知恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でもなく、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。1コリント2章1−11節 ”
礼拝メッセージ「あなたを選ばれた神」
“礼拝メッセージ「あなたを選ばれた神」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント人への手紙1章26−31節 26 兄弟たち、あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。 27 しかし神は、 知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。 28 また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。29 これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。30 しかしあなたがたは、神によってキリスト・イエスのうちにあるのです。キリストは、私たちにとって、神の知恵となり、また、義と聖めと、贖いとになられました。31 まさしく、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。1コリント1章26−31節 ”
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7月
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礼拝メッセージ「十字架のことば」
“礼拝メッセージ「十字架のことば」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント人への手紙1章18ー25節 十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。1コリント1章18節 ”
礼拝メッセージ「神の教会へ」
“礼拝メッセージ「神の教会へ」(クリックで聴けます) 聖書箇所:1コリント人への手紙1章1ー17節 1神のみこころによってキリスト・イエスの使徒として召されたパウロと、兄弟ソステネから、2 コリントにある神の教会へ。すなわち、私たちの主イエス・キリストの御名を、至る所で呼び求めているすべての人々とともに、聖徒として召され、キリスト・イエスにあって聖なるものとされた方々へ。主は私たちの主であるとともに、そのすべての人々の主です。1コリント1章1−2節 ”
礼拝メッセージ「通り過ぎない愛」
“礼拝メッセージ「通り過ぎない愛」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ルカ福音書10章25ー37節 25すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスをためそうとして言った。「先生。何をしたら永遠のいのちを自分のものとして受けることができるでしょうか。」26 イエスは言われた。「律法には、何と書いてありますか。あなたはどう読んでいますか。」27 すると彼は答えて言った。「『心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』、また『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』とあります。」28 イエスは言われた。「そのとおりです。それを実行しなさい。そうすれば、いのちを得ます。」29 しかし彼は、自分の正しさを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とは、だれのことですか。」30 イエスは答えて言われた。「ある人が、エルサレムからエリコへ下る道で、強盗に襲われた。強盗どもは、その人の着物をはぎ取り、なぐりつけ、半殺しにして逃げて行った。31 たまたま、祭司がひとり、その道を下って来たが、彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。32 同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。33 ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、34 近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱してやった。35 次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』36 この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。」37 彼は言った。「その人にあわれみをかけてやった人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」ルカ福音書10章25−37節 ”
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礼拝メッセージ「隣の芝生が青く見える時」
“礼拝メッセージ「隣の芝生が青く見える時」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記20章1ー17節 1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。 2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。・・・ 17 あなたの隣人の家を欲しがってはならない。   すなわち隣人の妻、あるいは、その男奴隷、女奴隷、牛、ろば、   すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない。」   出エジプト記20章1、2、17節 ”
父の日歓迎礼拝メッセージ「ウソつきにならない祝福」
“父の日歓迎礼拝メッセージ「ウソつきにならない祝福」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記20章1ー16節 1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。 2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。・・・ 16 あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。 出エジプト記20章1、2、16節 ”
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礼拝メッセージ「盗まない祝福」
“礼拝メッセージ「盗まない祝福」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記20章1ー15節 1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、 恵みを千代にまで施すからである。7 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。9 六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。10 しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。−−あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も−−11それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。12 あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。13殺してはならない。14 姦淫してはならない。15 盗んではならない。出エジプト20章1−15節 ”
礼拝メッセージ「セックスの光と影」
“礼拝メッセージ「セックスの光と影」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記20章1ー14節 1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、 恵みを千代にまで施すからである。7 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。9 六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。10 しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。−−あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も−− 11 それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。12 あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。13 殺してはならない。14 姦淫してはならない。出エジプト20章1−14節 ”
ペンテコステ・国外宣教デー礼拝メッセージ「悪とは殺すこと」
“ペンテコステ・国外宣教デー礼拝メッセージ「悪とは殺すこと」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記20章1ー13節 1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、 恵みを千代にまで施すからである。7 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。9 六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。10 しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。−−あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も−− 11 それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。12 あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。13 殺してはならない。出エジプト20章1−13節 ”
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5月
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母の日歓迎礼拝メッセージ「父母を敬う祝福」
“母の日歓迎礼拝メッセージ「父母を敬う祝福」(クリックで聴けます) ぜひこのメッセージを聞いてください。あなたの上に神さまの祝福が豊かにありますように。 聖書箇所:出エジプト記20章1ー12節 1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、 恵みを千代にまで施すからである。7 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。9 六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。10 しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。−−あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も−− 11 それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。12 あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。出エジプト20章1−12節 ”
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礼拝メッセージ「共に休む祝福」
“礼拝メッセージ「共に休む祝福」(クリックで聴けます) 休むことを罪のように考え、疲れ果てているあなた、元気になるためにぜひこのメッセージを聞いてください。あなたの上に神さまの祝福が豊かにありますように。 聖書箇所:出エジプト記20章1ー11節 1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、 恵みを千代にまで施すからである。7 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。9 六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。10 しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。−−あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も−− 11 それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。出エジプト20章1−11節 ”
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礼拝メッセージ「愛を込めて名を呼ぶ」
“礼拝メッセージ「愛を込めて名を呼ぶ」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記20章1ー7節 1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、 恵みを千代にまで施すからである。7 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。出エジプト20章1−7節 ”
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5月3日の福音喫茶は休みます
“5月3日の福音喫茶は休みます。 USTREAMの番組ページにて、これまでのライブ試験配信を視聴できます。 Video streaming by Ustream 番組ページはこちら。”
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もしも主が私たちの味方でなかったなら?
“詩篇124篇より(祈祷会ノート) もしも主が私たちの味方でなかったなら、 長くて苦しい都上りの旅は、途上で敗北、挫折、失敗に終わる。 決してエルサレム(約束の地)にたどり着けない。 地上のエルサレムにも、天上のエルサレムにも。 津波のような荒れ狂う水(敵のわな)が襲いかかってくるから。 しかし、 もしも主なる神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるか? (ローマ8:31)➡誰も敵対できない! 主なる神が私たちの味方であるから、(ローマ8:32−39) 1、ご自分の御子といっしょにすべてのものを惜しまずに恵んでくださる 2、義と認めてくださる 3、とりなしていてくださる(罪に定められることがない) 4、すべてのことの中にあっても圧倒的な勝利者となる 5、何も神の愛から私たちを引き離すことはできない! 「もしも主が私たちの味方でなかったなら。」 さあ、イスラエルは言え。(1節) 「もしも主が私たちの味方でなかったなら、 人々が私たちに逆らって立ち上がったとき、 そのとき、彼らは私たちを生きたまま のみこんだであろう。 彼らの怒りが私たちに向かって燃え上がったとき、 そのとき、大水は私たちを押し流し、 流れは私たちを越えて行ったであろう。 そのとき、荒れ狂う水は 私たちを越えて行ったであろう。」(2−5節) ほむべきかな。主。 主は私たちを彼らの歯のえじきにされなかった。 私たちは仕掛けられたわなから鳥のように助け出された。 わなは破られ、私たちは助け出された。 私たちの助けは、天地を造られた主の御名にある。(6−8節) ”
4月
30
グレーストロント日本語教会
“http://gtjc.ca/japanese/Home.html グレーストロント日本語教会のWEBページです。カナダのトロント近郊に行かれる方はぜひお集いください。”
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教師候補者研修会 国外宣教資料
“教師候補者研修会 国外宣教資料 2013年4月29日 教師候補者研修会 国外宣教資料 日本同盟基督教団・国外宣教の恵み 日本同盟基督教団・国外宣教委員 野町真理(杉戸キリスト教会牧師)  1、私と日本同盟基督教団の歩み・・・私たちが受けたもの  ・私の歩み    1990年フィリピン人留学生から福音を聞き救われる。    1991年春から日本同盟基督教団・豊橋ホサナキリスト教会で森川昌芳牧師にお世話になる。    2000年春東海聖書神学塾・教職志願者コース卒業。豊橋ホサナキリスト教会伝道師となる。    2001年春、日本同盟基督教団補教師となり、2004年春に正教師按手を受ける。    2004年春から3年間、豊橋ホサナキリスト教会牧師として奉仕する。               協力宣教師と共に日系ブラジル人伝道にも携わる。    2006年春、国外宣教委員会に加えていただく。    2007年春、杉戸キリスト教会に転任し今に至る。  ・日本同盟基督教団の歩み    1891年11月23日に横浜大桟橋に上陸した15名の宣教師たち  ★国外宣教は、国内宣教の原点であり、私たちの救いの原点である。・・・私たちが受けたもの   2、日本同盟基督教団・国外宣教の恵み・・・与えたもの、さらに受けたもの   1964年:伝道局に国外宣教部を設置。初代部長:森川昌芳師   1966年:教会数56、正会員2704、陪餐会員2115   1975年:最初の国外宣教師として護得久香師 台湾派遣(教会数94)~2002年   1976年:清野勝男子・裕子師 インドネシア派遣(教会数97)~1990年   1977年:鈴木教子師 カナダ先住民伝道派遣(教会数100)~1992年   1978年:寺田由弘・シマ子師 台湾派遣(教会数102)~1995年シマ子師召天         →寺田師はジンジャー師と再婚して2012年まで奉仕された   1980年:渡邉賢治・美和子師 タイ派遣(教会数103)~1990年   1984年:村松勝三・三千代師 カナダ派遣(教会数121)~2001年   1985年:山口譲・孝子師 タイ派遣(教会数126)~2000年   1988年:中村孝・矢枝子師 ウィクリフ委託派遣         パプアニューギニアに聖書翻訳宣教師として~奉仕中(教会数138)   1990年:大迫勉・泰子師 インドネシア派遣~1993年         鈴木敏三師 ブラジル日系人伝道派遣(教会数156)~2007年   1991年:鈴木敏子師 台湾派遣、在日外国人宣教 森師派遣(教会数164)         ~2003年   1992年:福原さゆり師 パプアニューギニア派遣(特殊/教育)~1993年   1993年:松永敦子師 タイ派遣   1994年:藤田敦・真木子師 インドネシア派遣(在外教師)~1997年         田口倫子師 タイ派遣~奉仕中   1995年:吉持厳信・弘子師 ネパール派遣(医療宣教師として)~2003年   1996年:松下展久・紀美子師 タイ派遣~2012年   1997年:間島直之・昌枝師 インドネシア派遣(在外教師)~2003年   2000年:佐久間桂師 タイ派遣(宣教師補)~2002年   2003年:鈴木教子師 カナダ先住民伝道再派遣~2007年(教会数196)   2004年:斎藤五十三・千恵子師 台湾派遣~奉仕中   2007年:矢田紫野師 モンゴル派遣~奉仕中(教会数217)         山口譲・孝子師 タイBJCC委託派遣〜2012年   2009年:海老名浩・久美師 台湾派遣〜奉仕中(教会数228)   2012年:浜田献・陽子師夫妻 ブラジル派遣〜奉仕中 2012年5月9日現在:教会数251、正会員12,012、現住陪餐会員9,800               正教師302、補教師129(計431)  「もし日本同盟基督教団が時期尚早と言われる時に国外宣教を始め、   今日まで継続して来なかったとしたら、これほどの祝福を受けることはなかった。」   ・・・と私は想像する。    ★受けるよりも与えるほうが幸いである。(使徒の働き20:35) 3、国外宣教ビジョン「教会形成・アジア21、そして世界へ・・・」   教会形成 日本同盟基督教団の国外宣教は、宣教地における教会形成を目指します    1)地域に根ざした現地教会を形成します    2)現地の働き人を育てます    3)現地の必要に応じた多様な宣教師を送ります   アジア21 21世紀にアジア全域へ宣教師を送ります    1)国外宣教70周年にあたる2034年を一つの目標に、      アジア全域への宣教師派遣を目指します    2)ただし多様な文化と社会体制が混在する地域への派遣なので、      文化・社会のつながりを考慮しつつ、段階を踏んで派遣していきます   そして世界へ・・・アジアの教会と協力して、全世界へ宣教師を派遣し、再臨を待ち望みます    1)現地教会が、国内・国外の宣教に従事するよう支援します    2)各宣教地の教会と協力して、全世界へ宣教師を派遣することを目指します    3)現地からの求めに応じて、アジア以外の国々へも宣教師を派遣します    4)全世界に散在する同胞(ディアスポラ)への宣教を行ないます      宣教協力JAWS21(JAPAN ASIA WORLD SERVANT 21)        日本とアジアと世界に仕える日本同盟基督教団      主が起こされる聖霊の大波に乗って、与えられた神のビジョンを成し遂げる。 4、祈りの課題   1、国内の地域教会において、魂の救いと成長が与えられるように(国内宣教の祝福)   2、ビジョン実現のため、新しい宣教師と支援者が起こされるように   3、宣教区による新支援体制が立ち上がるように”
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礼拝メッセージ「利用しない愛」
“礼拝メッセージ「利用しない愛」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記20章1ー6節 1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。4あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、 恵みを千代にまで施すからである。出エジプト20章1−6節 ”
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礼拝メッセージ「ひとすじの愛」
“礼拝メッセージ「ひとすじの愛」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記20章1ー3節 1それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。2「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。3あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。出エジプト20章1−3節 ”
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イースター召天者記念礼拝メッセージ「死は終わりではない」
“イースター召天者記念礼拝メッセージ「死は終わりではない」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネ福音書11章1ー46節 17 それで、イエスがおいでになってみると、ラザロは墓の中に入れられて四日もたっていた。 18 ベタニヤはエルサレムに近く、三キロメートルほど離れた所にあった。 19 大ぜいのユダヤ人がマルタとマリヤのところに来ていた。その兄弟のことについて慰めるためであった。 20 マルタは、イエスが来られたと聞いて迎えに行った。 マリヤは家ですわっていた。 21 マルタはイエスに向かって言った。 「主よ。もしここにいてくださったなら、 私の兄弟は死ななかったでしょうに。 22 今でも私は知っております。あなたが神にお求めになることは何でも、 ...”
3月
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礼拝メッセージ「残る実を結ぶ人生の秘訣」
“礼拝メッセージ「残る実を結ぶ人生の秘訣」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネ福音書15章1ー17節 1わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。2わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。3 あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、もうきよいのです。4 わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。5 わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。6 だれでも、もしわたしにとどまっていなければ、枝のように投げ捨てられて、枯れます。人々はそれを寄せ集めて火に投げ込むので、それは燃えてしまいます。7 あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。ヨハネ福音書15章1−7節 ”
礼拝メッセージ「真理」
“礼拝メッセージ「真理」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネ福音書14章1ー11節 1「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。2 わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。3 わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。4 わたしの行く道はあなたがたも知っています。」5 トマスはイエスに言った。「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。」6 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。7 あなたがたは、もしわたしを知っていたなら、父をも知っていたはずです。しかし、今や、あなたがたは父を知っており、また、すでに父を見たのです。」8 ピリポはイエスに言った。「主よ。私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。」9 イエスは彼に言われた。「ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください』と言うのですか。10 わたしが父におり、父がわたしにおられることを、あなたは信じないのですか。わたしがあなたがたに言うことばは、わたしが自分から話しているのではありません。わたしのうちにおられる父が、ご自分のわざをしておられるのです。11 わたしが父におり、父がわたしにおられるとわたしが言うのを信じなさい。さもなければ、わざによって信じなさい。ヨハネ福音書14章1−11節 ”
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礼拝メッセージ「道」
“礼拝メッセージ「道」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネ福音書14章1ー11節 1「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。2 わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。3 わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。4 わたしの行く道はあなたがたも知っています。」5 トマスはイエスに言った。「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。」6 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。7 あなたがたは、もしわたしを知っていたなら、父をも知っていたはずです。しかし、今や、あなたがたは父を知っており、また、すでに父を見たのです。」8 ピリポはイエスに言った。「主よ。私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。」9 イエスは彼に言われた。「ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください』と言うのですか。10 わたしが父におり、父がわたしにおられることを、あなたは信じないのですか。わたしがあなたがたに言うことばは、わたしが自分から話しているのではありません。わたしのうちにおられる父が、ご自分のわざをしておられるのです。11 わたしが父におり、父がわたしにおられるとわたしが言うのを信じなさい。さもなければ、わざによって信じなさい。ヨハネ福音書14章1−11節 ”
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礼拝メッセージ「プロフェッショナル」
“礼拝メッセージ「プロフェッショナル」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネ福音書10章1ー18節 1「まことに、まことに、あなたがたに告げます。羊の囲いに門から入らないで、ほかの所を乗り越えて来る者は、盗人で強盗です。2しかし、門から入る者は、その羊の牧者です。3門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます。彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します。4彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。5しかし、ほかの人には決してついて行きません。かえって、その人から逃げ出します。その人たちの声を知らないからです。」6イエスはこのたとえを彼らにお話しになったが、彼らは、イエスの話されたことが何のことかよくわからなかった。7 そこで、イエスはまた言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしは羊の門です。8わたしの前に来た者はみな、盗人で強盗です。羊は彼らの言うことを聞かなかったのです。9わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。10盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。11 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。12 牧者でなく、また、羊の所有者でない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして、逃げて行きます。それで、狼は羊を奪い、また散らすのです。13それは、彼が雇い人であって、羊のことを心にかけていないからです。ヨハネ福音書10章1−13節 ”
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PRAISE BAND(プレイズバンド) 2013-02-24
“PRAISE BAND(プレイズバンド) 2013-02-24 曲名  死を打ち破り 父の涙 スティル(静まって知れ) すべての良きもので 音源はこちら”
礼拝メッセージ「陽のあたる場所」
“礼拝メッセージ「陽のあたる場所」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネ福音書8章1ー12節 1イエスはオリーブ山に行かれた。2 そして、朝早く、イエスはもう一度宮に入られた。民衆はみな、みもとに寄って来た。イエスはすわって、彼らに教え始められた。3 すると、律法学者とパリサイ人が、姦淫の場で捕らえられたひとりの女を連れて来て、真ん中に置いてから、4 イエスに言った。「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。5 モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」6 彼らはイエスをためしてこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。7 けれども、彼らが問い続けてやめなかったので、イエスは身を起こして言われた。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」8 そしてイエスは、もう一度身をかがめて、 地面に書かれた。9 彼らはそれを聞くと、年長者たちから始めて、ひとりひとり出て行き、イエスがひとり残された。女はそのままそこにいた。10 イエスは身を起こして、その女に言われた。「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はなかったのですか。」11 彼女は言った。「だれもいません。」そこで、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」〕12 イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」ヨハネ福音書8章1−12節 ”
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2月
28
22
礼拝メッセージ「いのちのパン」
“礼拝メッセージ「いのちのパン」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネ福音書6章22ー40節 26 イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。27 なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです。」28 すると彼らはイエスに言った。「私たちは、神のわざを行うために、何をすべきでしょうか。」29 イエスは答えて言われた。「あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです。」30 そこで彼らはイエスに言った。「それでは、私たちが見てあなたを信じるために、しるしとして何をしてくださいますか。どのようなことをなさいますか。31 私たちの父祖たちは荒野でマナを食べました。『彼は彼らに天からパンを与えて食べさせた』と書いてあるとおりです。」32 イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。モーセはあなたがたに天からのパンを与えたのではありません。しかし、わたしの父は、あなたがたに天からまことのパンをお与えになります。33 というのは、神のパンは、天から下って来て、世にいのちを与えるものだからです。」34 そこで彼らはイエスに言った。「主よ。いつもそのパンを私たちにお与えください。」35 イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。ヨハネ福音書6章26−35節 ”
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礼拝メッセージ「人生バイブル」
“礼拝メッセージ「人生バイブル」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記3章7ー12節 7 主は仰せられた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。8 わたしが下って来たのは、彼らをエジプトの手から救い出し、その地から、広い良い地、乳と蜜の流れる地、カナン人、ヘテ人、エモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のいる所に、彼らを上らせるためだ。9 見よ。今こそ、イスラエル人の叫びはわたしに届いた。わたしはまた、エジプトが彼らをしいたげているそのしいたげを見た。10 今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」11 モーセは神に申し上げた。「私はいったい何者なのでしょう。パロのもとに行ってイスラエル人をエジプトから連れ出さなければならないとは。」12 神は仰せられた。「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。わたしがあなたを遣わすのだ。あなたが民をエジプトから導き出すとき、あなたがたは、この山で、神に仕えなければならない。」出エジプト記3章7−12節 ”
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08
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礼拝メッセージ「信仰バイブル」
“礼拝メッセージ「信仰バイブル」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記3章1ー6節 1 モーセは、ミデヤンの祭司で彼のしゅうと、イテロの羊を飼っていた。彼はその群れを荒野の西側に追って行き、神の山ホレブにやって来た。2 すると主の使いが彼に、現れた。柴の中の火の炎の中であった。よく見ると、火で燃えていたのに柴は焼け尽きなかった。3 モーセは言った。「なぜ柴が燃えていかないのか、あちらへ行ってこの大いなる光景を見ることにしよう。」4 主は彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の中から彼を呼び、「モーセ、モーセ」と仰せられた。 彼は「はい。ここにおります」と答えた。5 神は仰せられた。「ここに近づいてはいけない。あなたの足のくつを脱げ。あなたの立っている場所は、聖なる地である。」6 また仰せられた。「わたしは、あなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは神を仰ぎ見ることを恐れて、顔を隠した。出エジプト記3章1−6節 ”
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1月
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PRAISE BAND 2013-01-27
“PRAISE BAND(プレイズバンド) 2013-01-27 曲名  死を打ち破り 父の涙 スティル(静まって知れ) すべての良きもので 音源はこちら”
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礼拝メッセージ「仕事バイブル」
“礼拝メッセージ「仕事バイブル」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記2章23ー25節 23 それから何年もたって、エジプトの王は死んだ。イスラエル人は労役にうめき、わめいた。彼らの労役の叫びは神に届いた。24 神は彼らの嘆きを聞かれ、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。25 神はイスラエル人をご覧になった。神はみこころを留められた。 出エジプト記2章23−25節 ”
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礼拝メッセージ「結婚バイブル」
“礼拝メッセージ「結婚バイブル」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記2章16ー22節 16 ミデヤンの祭司に七人の娘がいた。彼女たちが父の羊の群れに水を飲ませるために来て、水を汲み、水ぶねに満たしていたとき、17 羊飼いたちが来て、彼女たちを追い払った。すると、モーセは立ち上がり、彼女たちを救い、その羊の群れに水を飲ませた。18 彼女たちが父レウエルのところに帰ったとき、父は言った。「どうしてきょうはこんなに早く帰って来たのか。」19 彼女たちは答えた。「ひとりのエジプト人が私たちを羊飼いたちの手から救い出してくれました。そのうえその人は、 私たちのために水まで汲み、羊の群れに飲ませてくれました。」20 父は娘たちに言った。「その人はどこにいるのか。どうしてその人を置いて来てしまったのか。食事をあげるためにその人を呼んで来なさい。」21 モーセは、 思い切ってこの人といっしょに住むようにした。そこでその人は娘のチッポラをモーセに与えた。22 彼女は男の子を産んだ。彼はその子をゲルショムと名づけた。「私は外国にいる寄留者だ」と言ったからである。出エジプト記2章16−22節 ”
礼拝メッセージ「新成人バイブル」
“礼拝メッセージ「新成人バイブル」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記2章11ー15節 11 こうして日がたち、モーセがおとなになったとき、彼は同胞のところへ出て行き、その苦役を見た。そのとき、自分の同胞であるひとりのヘブル人を、あるエジプト人が打っているのを見た。12 あたりを見回し、ほかにだれもいないのを見届けると、彼はそのエジプト人を打ち殺し、これを砂の中に隠した。 13 次の日、また外に出てみると、なんと、ふたりのヘブル人が争っているではないか。そこで彼は悪いほうに「なぜ自分の仲間を打つのか」と言った。14 するとその男は、「だれがあなたを私たちのつかさやさばきつかさにしたのか。あなたはエジプト人を殺したように、私も殺そうと言うのか」と言った。そこでモーセは恐れて、きっとあのことが知れたのだと思った。15 パロはこのことを聞いて、モーセを殺そうと捜し求めた。しかし、モーセはパロのところからのがれ、ミデヤンの地に住んだ。彼は井戸のかたわらにすわっていた。出エジプト記2章11−15節 ”
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礼拝メッセージ「子育てバイブル」
“礼拝メッセージ「子育てバイブル」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記2章1ー10節 1 さて、レビの家のひとりの人がレビ人の娘をめとった。 2 女はみごもって、男の子を産んだが、そのかわいいのを見て、三か月の間その子を隠しておいた。3 しかしもう隠しきれなくなったので、パピルス製のかごを手に入れ、それに瀝青と樹脂とを塗って、その子を中に入れ、 ナイルの岸の葦の茂みの中に置いた。 4 その子の姉が、 その子がどうなるかを知ろうとして、遠く離れて立っていたとき、5 パロの娘が水浴びをしようとナイルに降りて来た。彼女の侍女たちはナイルの川辺を歩いていた。 彼女は葦の茂みにかごがあるのを見、はしためをやって、 それを取って来させた。6 それをあけると、子どもがいた。なんと、それは男の子で、泣いていた。彼女はその子をあわれに思い、「これはきっとヘブル人の子どもです」と言った。7 そのとき、その子の姉がパロの娘に言った。「あなたに代わって、その子に乳を飲ませるため、私が行って、ヘブル女のうばを呼んでまいりましょうか。」8 パロの娘が「そうしておくれ」と言ったので、おとめは行って、その子の母を呼んで来た。9 ...”
05
03
新年礼拝メッセージ「神の祝福を受ける秘訣」
“新年礼拝メッセージ「神の祝福を受ける秘訣」(クリックで聴けます) 聖書箇所:出エジプト記1章1ー22節 15 また、エジプトの王は、ヘブル人の助産婦たちに言った。そのひとりの名はシフラ、もうひとりの名はプアであった。16 彼は言った。「ヘブル人の女に分娩させるとき、産み台の上を見て、もしも男の子なら、それを殺さなければならない。女の子なら、生かしておくのだ。」17 しかし、助産婦たちは神を恐れ、エジプトの王が命じたとおりにはせず、男の子を生かしておいた。18 そこで、エジプトの王はその助産婦たちを呼び寄せて言った。「なぜこのようなことをして、男の子を生かしておいたのか。」19 助産婦たちはパロに答えた。「ヘブル人の女はエジプト人の女と違って活力があるので、助産婦が行く前に産んでしまうのです。」20 神はこの助産婦たちによくしてくださった。それで、イスラエルの民はふえ、非常に強くなった。21 助産婦たちは神を恐れたので、神は彼女たちの家を栄えさせた。22 また、パロは自分のすべての民に命じて言った。「生まれた男の子はみな、ナイルに投げ込まなければならない。女の子はみな、生かしておかなければならない。」出エジプト記1章15−22節 ”
2012
12月
31
礼拝メッセージ「知恵に富む唯一の神に」ローマ46
“礼拝メッセージ「知恵に富む唯一の神に」ローマ46(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙16章21ー27節 21 私の同労者テモテが、あなたがたによろしくと言っています。また私の同国人ルキオとヤソンとソシパテロがよろしくと言っています。 22 この手紙を筆記した私、 テルテオも、主にあってあなたがたにごあいさつ申し上げます。23 私と全教会との家主であるガイオも、あなたがたによろしくと言っています。市の収入役であるエラストと兄弟クワルトもよろしくと言っています。 24 〔私たちの主イエス・キリストの恵みがあなたがたすべてとともにありますように。アーメン〕 25 26 私の福音とイエス・キリストの宣教によって、すなわち、世々にわたって長い間隠されていたが、今や現されて、永遠の神の命令に従い、預言者たちの書によって、信仰の従順に導くためにあらゆる国の人々に知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを堅く立たせることができる方、27 知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、御栄えがとこしえまでありますように。アーメン。ローマ人への手紙16章21−27節 S.D.G.”
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クリスマスイブ礼拝2012
“クリスマスイブ礼拝2012(クリックで聴けます) ”
クリスマス歓迎礼拝メッセージ「平和の神」ローマ45
“クリスマス歓迎礼拝メッセージ「平和の神」ローマ45(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙16章17ー20節 17 兄弟たち。私はあなたがたに願います。あなたがたの学んだ教えにそむいて、分裂とつまずきを引き起こす人たちを警戒してください。彼らから遠ざかりなさい。18 そういう人たちは、私たちの主キリストに仕えないで、自分の欲に仕えているのです。彼らは、なめらかなことば、へつらいのことばをもって純朴な人たちの心をだましているのです。19 あなたがたの従順はすべての人に知られているので、私はあなたがたのことを喜んでいます。しかし、私は、あなたがたが善にはさとく、悪にはうとくあってほしい、と望んでいます。20 平和の神は、すみやかに、あなたがたの足でサタンを踏み砕いてくださいます。どうか、私たちの主イエスの恵みが、あなたがたとともにありますように。ローマ人への手紙16章17−20節 ”
PRAISE BAND 2012-12-16
“曲名  久しく待ちにし 福音讃美歌87 あら野のはてに 福音讃美歌59 素晴らしいホーリーナイト すべての良きもので 音源はこちら”
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礼拝メッセージ「家の教会」ローマ44
“礼拝メッセージ「家の教会」ローマ44(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙16章5ー16節 5 またその家の教会によろしく伝えてください。私の愛するエパネトによろしく。この人はアジヤでキリストを信じた最初の人です。6 あなたがたのために非常に労苦したマリヤによろしく。7 私の同国人で私といっしょに投獄されたことのある、アンドロニコとユニアスにもよろしく。この人々は使徒たちの間によく知られている人々で、また私より先にキリストにある者となったのです。8 主にあって私の愛するアムプリアトによろしく。9 キリストにあって私たちの同労者であるウルバノと、私の愛するスタキスとによろしく。10 キリストにあって練達したアペレによろしく。アリストブロの家の人たちによろしく。11 私の同国人ヘロデオンによろしく。ナルキソの家の主にある人たちによろしく。12 主にあって労している、ツルパナとツルポサによろしく。主にあって非常に労苦した愛するペルシスによろしく。13 主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。14 アスンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマスおよびその人たちといっしょにいる兄弟たちによろしく。15 フィロロゴとユリヤ、ネレオとその姉妹、オルンパおよびその人たちといっしょにいるすべての聖徒たちによろしく。16 あなたがたは聖なる口づけをもって互いのあいさつをかわしなさい。キリストの教会はみな、あなたがたによろしくと言っています。ローマ人への手紙16章5−16節 ”
21
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PRASE BAND OF SUGITO CHRIST CHURCH
“曲名  Blessed be your name 神の家とは God bless you すべての良きもので 音源はこちら”
礼拝メッセージ「同労者」ローマ43
“礼拝メッセージ「同労者」ローマ43(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙16章1ー4節 1 ケンクレヤにある教会の執事で、私たちの姉妹であるフィベを、あなたがたに推薦します。 2 どうぞ、聖徒にふさわしいしかたで、主にあってこの人を歓迎し、あなたがたの助けを必要とすることは、どんなことでも助けてあげてください。この人は、多くの人を助け、また私自身をも助けてくれた人です。 3 キリスト・イエスにあって私の同労者であるプリスカとアクラによろしく伝えてください。 4 この人たちは、自分のいのちの危険を冒して私のいのちを守ってくれたのです。この人たちには、私だけでなく、異邦人のすべての教会も感謝しています。ローマ人への手紙16章1−4節 ”
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08
礼拝メッセージ「切なるリクエスト」ローマ42
“礼拝メッセージ「切なるリクエスト」ローマ42(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙15章30ー33節 30 兄弟たち。私たちの主イエス・キリストによって、 また、御霊の愛によって切にお願いします。私のために、私とともに力を尽くして神に祈ってください。31 私がユダヤにいる不信仰な人々から救い出され、またエルサレムに対する私の奉仕が聖徒たちに受け入れられるものとなりますように。32 その結果として、神のみこころにより、喜びをもってあなたがたのところへ行き、あなたがたの中で、ともにいこいを得ることができますように。33 どうか、平和の神が、あなたがたすべてとともにいてくださいますように。アーメン。ローマ人への手紙15章30−33節 ”
01
礼拝メッセージ「ベースチャーチ」ローマ41
“礼拝メッセージ「ベースチャーチ」ローマ41(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙15章22ー29節 22 そういうわけで、私は、あなたがたのところに行くのを幾度も妨げられましたが、23 今は、もうこの地方には私の働くべき所がなくなりましたし、また、イスパニヤに行く場合は、あなたがたのところに立ち寄ることを多年希望していましたので 24 −−というのは、途中あなたがたに会い、まず、しばらくの間あなたがたとともにいて心を満たされてから、あなたがたに送られ、そこへ行きたいと望んでいるからです、−− 25 ですが、今は、聖徒たちに奉仕するためにエルサレムへ行こうとしています。26 それは、 マケドニヤとアカヤでは、喜んでエルサレムの聖徒たちの中の貧しい人たちのために醵金することにしたからです。27 彼らは確かに喜んでそれをしたのですが、同時にまた、その人々に対してはその義務があるのです。異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきです。28 それで、私はこのことを済ませ、彼らにこの実を確かに渡してから、あなたがたのところを通ってイスパニヤに行くことにします。29 あなたがたのところに行くときは、キリストの満ちあふれる祝福をもって行くことと信じています。 ローマ人への手紙15章22−29節 ”
11月
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礼拝メッセージ「まだ語られていない所に福音を」ローマ40
“礼拝メッセージ「まだ語られていない所に福音を」ローマ40(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙15章14ー21節 14 私の兄弟たちよ。あなたがた自身が善意にあふれ、 すべての知恵に満たされ、また互いに訓戒し合うことができることを、この私は確信しています。15 ただ私が所々、かなり大胆に書いたのは、あなたがたにもう一度思い起こしてもらうためでした。16 それも私が、異邦人のためにキリスト・イエスの仕え人となるために、神から恵みをいただいているからです。私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。17 それで、神に仕えることに関して、私はキリスト・イエスにあって誇りを持っているのです。18 私は、キリストが異邦人を従順にならせるため、この私を用いて成し遂げてくださったこと以外に、何かを話そうなどとはしません。キリストは、ことばと行いにより、19 また、しるしと不思議をなす力により、さらにまた、御霊の力によって、それを成し遂げてくださいました。その結果、私はエルサレムから始めて、ずっと回ってイルリコに至るまで、キリストの福音をくまなく伝えました。20 このように、私は、他人の土台の上に建てないように、キリストの御名がまだ語られていない所に福音を宣べ伝えることを切に求めたのです。21 それは、こう書いてあるとおりです。「彼のことを伝えられなかった人々が見るようになり、聞いたことのなかった人々が悟るようになる。」ローマ人への手紙15章14−21節 ”
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礼拝メッセージ「望みの神」ローマ39
“礼拝メッセージ「望みの神」ローマ39(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙15章7ー13節 7 こういうわけですから、キリストが神の栄光のために、私たちを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れなさい。8 私は言います。キリストは、神の真理を現すために、割礼のある者のしもべとなられました。それは父祖たちに与えられた約束を保証するためであり、9 また異邦人も、あわれみのゆえに、神をあがめるようになるためです。こう書かれているとおりです。「それゆえ、私は異邦人の中で、あなたをほめたたえ、あなたの御名をほめ歌おう。」10 また、こうも言われています。「異邦人よ。主の民とともに喜べ。」11 さらにまた、「すべての異邦人よ。主をほめよ。もろもろの国民よ。主をたたえよ。」12 さらにまた、イザヤがこう言っています。「エッサイの根が起こる。異邦人を治めるために立ち上がる方である。異邦人はこの方に望みをかける。」13 どうか、 望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。ローマ人への手紙15章7−13節 ”
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礼拝メッセージ「忍耐と励ましの神」ローマ38
“礼拝メッセージ「忍耐と励ましの神」ローマ38(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙15章1ー6節 1 私たち力のある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。自分を喜ばせるべきではありません。2 私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益となるようにすべきです。3 キリストでさえ、ご自身を喜ばせることはなさらなかったのです。むしろ、「あなたをそしる人々のそしりは、わたしの上にふりかかった」と書いてあるとおりです。4 昔書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。5 どうか、忍耐と励ましの神が、あなたがたを、キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを持つようにしてくださいますように。 6 それは、あなたがたが、心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえるためです。ローマ人への手紙15章1−6節 ”
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主日礼拝メッセージ「義と平和と聖霊による喜び」ローマ37
“主日礼拝メッセージ「義と平和と聖霊による喜び」ローマ37(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙14章13ー23節 15 もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているのなら、あなたはもはや愛によって行動しているのではありません。キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで、滅ぼさないでください。16 ですから、あなたがたが良いとしている事がらによって、そしられないようにしなさい。17 なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。18 このようにキリストに仕える人は、神に喜ばれ、また人々にも認められるのです。 19 そういうわけですから、私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つこととを追い求めましょう。20 食べ物のことで神のみわざを破壊してはいけません。すべての物はきよいのです。しかし、それを食べて人につまずきを与えるような人の場合は、悪いのです。21 肉を食べず、ぶどう酒を飲まず、そのほか兄弟のつまずきになることをしないのは良いことなのです。 22 あなたの持っている信仰は、神の御前でそれを自分の信仰として保ちなさい。自分が、良いと認めていることによって、さばかれない人は幸福です。23 しかし、疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。なぜなら、それが信仰から出ていないからです。信仰から出ていないことは、みな罪です。ローマ14章15−23節 ”
10月
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主日礼拝メッセージ「説明責任」ローマ36
“主日礼拝メッセージ「説明責任」ローマ36(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙14章1ー12節 7 私たちの中でだれひとりとして、自分のために生きている者はなく、また自分のために死ぬ者もありません。8 もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。9 キリストは、死んだ人にとっても、生きている人にとっても、その主となるために、死んで、また生きられたのです。10 それなのに、なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。また、自分の兄弟を侮るのですか。私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。11 次のように書かれているからです。「主は言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしの前にひざまずき、すべての舌は、神をほめたたえる。」12 こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。ローマ14章7−12節 祈 祷 課 題 ★天を見上げ、聖霊に満たされることを祈り求め、星の数ほどの家族となるように(創世記15:5) ★自分の人生において神に説明責任を果たせるように ★信仰決心者がクリスマスに受洗できるように ★宣教121周年記念大会のために(11月22〜) ★被災された方々とボランティアのために ★すそ野が広がるように(http://sugito.church.jp/) ★来年60周年を迎える教会の将来のために”
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献身者デー・教団創立記念主日礼拝メッセージ「今がどのような時か」ローマ35
“献身者デー・教団創立記念主日礼拝メッセージ「今がどのような時か」ローマ35(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙13章11ー14節 11 あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行いなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。12 夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。13 遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。14 主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。ローマ13章11−14節 祈 祷 課 題 ★天を見上げ、聖霊に満たされることを祈り求め、星の数ほどの家族となるように(創世記15:5) ★大収穫のために働き手(献身者)が与えられるように ★関東宣教区会議のために(10月8日) ★信仰決心者がクリスマスに受洗できるように ★宣教121周年記念大会のために(11月22〜) ★被災された方々とボランティアのために ★すそ野が広がるように(http://sugito.church.jp/) ★来年60周年を迎える教会の将来のために”
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礼拝メッセージ「愛は隣人に対して害を与えない」ローマ34
“礼拝メッセージ「愛は隣人に対して害を与えない」ローマ34(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙13章1ー10節 1 人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。2 したがって、権威に逆らっている人は、神の定めにそむいているのです。そむいた人は自分の身にさばきを招きます。3 支配者を恐ろしいと思うのは、良い行いをするときではなく、悪を行うときです。権威を恐れたくないと思うなら、善を行いなさい。そうすれば、支配者からほめられます。4 それは、彼があなたに益を与えるための、神のしもべだからです。しかし、もしあなたが悪を行うなら、恐れなければなりません。彼は無意味に剣を帯びてはいないからです。彼は神のしもべであって、悪を行う人には怒りをもって報います。5 ですから、ただ怒りが恐ろしいからだけでなく、良心のためにも、従うべきです。6 同じ理由で、あなたがたは、みつぎを納めるのです。彼らは、いつもその務めに励んでいる神のしもべなのです。7 あなたがたは、だれにでも義務を果たしなさい。みつぎを納めなければならない人にはみつぎを納め、税を納めなければならない人には税を納め、恐れなければならない人を恐れ、敬わなければならない人を敬いなさい。8 だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。9 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」という戒め、またほかにどんな戒めがあっても、それらは、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」ということばの中に要約されているからです。10 愛は隣人に対して害を与えません。 それゆえ、愛は律法を全うします。ローマ13章1−10節 祈 祷 課 題 ★天を見上げ、聖霊に満たされることを祈り求め、星の数ほどの家族となるように(創世記15:5) ★為政者が正しく権威を用いることができるように ★関東宣教区会議のために(10月8日) ★信仰決心者がクリスマスに受洗できるように ★宣教121周年記念大会のために(11月22〜) ★家族や友人が永遠のいのちと洗礼に導かれるように ★青年たちに志・人生の目的が与えられるように ★被災された方々とボランティアのために ★すそ野が広がるように(http://sugito.church.jp/) ★来年60周年を迎える教会の将来のために”
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プレイズバンド賛美2012年9月
“プレイズバンド賛美2012年9月(クリックで聴けます) シャイン・ジーザス・シャイン(SHINE JESUS SHINE) その日全世界が ゴット・ブレス・ユー(GOD BLESS YOU) すべての良きもので”
礼拝メッセージ「善をもって悪に打ち勝て」ローマ33
“礼拝メッセージ「善をもって悪に打ち勝て」ローマ33(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙12章17ー21節 17 だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、 すべての人が良いと思うことを図りなさい。18 あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。19 愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。 わたしが報いをする、と主は言われる。 」20 もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。21 悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。ローマ12章17−21節 ”
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敬老の日歓迎礼拝メッセージ「偽りのない愛」ローマ32
“敬老の日歓迎礼拝メッセージ「偽りのない愛」ローマ32(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙12章9ー16節 9 愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。10 兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。11 勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。12 望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。13 聖徒の入用に協力し、旅人をもてなしなさい。14 あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、のろってはいけません。15 喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。16 互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。ローマ12章9−16節 ”
15
礼拝メッセージ「一つのからだ 互いに器官」ローマ31
“礼拝メッセージ「一つのからだ 互いに器官」ローマ31(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙12章3ー8節 3 私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。4 一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、5 大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。6 私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。7 奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。8 勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれをしなさい。ローマ12章3−8節 ”
14
09
07
礼拝メッセージ「霊的な礼拝とは何か」ローマ30
“礼拝メッセージ「霊的な礼拝とは何か」ローマ30(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙12章1ー2節 1 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。ローマ12章1-2節 ”
01
8月
19
最も小さい者のひとりに
“8月26日 第4主日礼拝のご案内 説教題:「最も小さい者のひとりに」 聖書個所:マタイ福音書25章31−40節 説教者: 朝岡満喜子師 ”
福音喫茶は9月まで休みます
“福音喫茶は9月まで休みます。”
礼拝メッセージ「神の賜物と召命」ローマ29
“礼拝メッセージ「神の賜物と召命」ローマ29(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙11章25ー36節 28 彼らは、福音によれば、あなたがたのゆえに、神に敵対している者ですが、選びによれば、父祖たちのゆえに、愛されている者なのです。29 神の賜物と召命とは変わることがありません。30 ちょうどあなたがたが、かつては神に不従順であったが、今は、彼らの不従順のゆえに、あわれみを受けているのと同様に、31 彼らも、今は不従順になっていますが、それは、あなたがたの受けたあわれみによって、今や、彼ら自身もあわれみを受けるためなのです。32 なぜなら、神は、すべての人をあわれもうとして、すべての人を不従順のうちに閉じ込められたからです。33 ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。34 なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。また、だれが主のご計画にあずかったのですか。35 また、だれが、まず主に与えて報いを受けるのですか。36 というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。ローマ人への手紙11章28−36節 ”
18
17
初代牧師の辻浦定俊先生が天に召されました
“杉戸キリスト教会の初代牧師であられた辻浦定俊先生が昨日天に召され、今日葬儀が持たれました。 杉戸キリスト教会の牧師先生として、愛児園の園長先生として、本当にありがとうございました。 ご家族、ご親族の上に、主イエス・キリスト様の豊かな慰めと支えがありますようにと祈ります。 日本同盟基督教団・杉戸キリスト教会牧師 野町真理”
16
創立記念礼拝メッセージ「神のいつくしみときびしさ」ローマ28
“杉戸キリスト教会創立記念礼拝メッセージ「神のいつくしみときびしさ」ローマ28(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙11章13ー24節 17 もしも、枝の中のあるものが折られて、野生種のオリーブであるあなたがその枝に混じってつがれ、そしてオリーブの根の豊かな養分をともに受けているのだとしたら、18 あなたはその枝に対して誇ってはいけません。誇ったとしても、あなたが根をささえているのではなく、根があなたをささえているのです。19 枝が折られたのは、私がつぎ合わされるためだ、とあなたは言うでしょう 20 そのとおりです。彼らは不信仰によって折られ、あなたは信仰によって立っています。高ぶらないで、かえって恐れなさい。21 もし神が台木の枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないでしょう。22 見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを。倒れた者の上にあるのは、きびしさです。あなたの上にあるのは、神のいつくしみです。ただし、あなたがそのいつくしみの中にとどまっていればであって、そうでなければ、あなたも切り落とされるのです。23 彼らであっても、もし不信仰を続けなければ、つぎ合わされるのです。神は、彼らを再びつぎ合わすことができるのです。24 もしあなたが、野生種であるオリーブの木から切り取られ、もとの性質に反して、栽培されたオリーブの木につがれたのであれば、これらの栽培種のものは、もっとたやすく自分の台木につがれるはずです。ローマ人への手紙11章17−24節 ”
10
08
礼拝メッセージ「恵みの選び」ローマ27
“礼拝メッセージ「恵みの選び」ローマ27(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙11章1ー12節 1すると、神はご自分の民を退けてしまわれたのですか。絶対にそんなことはありません。この私もイスラエル人で、アブラハムの子孫に属し、ベニヤミン族の出身です。2 神は、あらかじめ知っておられたご自分の民を退けてしまわれたのではありません。 それともあなたがたは、聖書がエリヤに関する個所で言っていることを、知らないのですか。彼はイスラエルを神に訴えてこう言いました。3 「主よ。彼らはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇をこわし、私だけが残されました。彼らはいま私のいのちを取ろうとしています。」4 ところが彼に対して何とお答えになりましたか。「バアルにひざをかがめていない男子七千人が、わたしのために残してある。」 5 それと同じように、今も、恵みの選びによって残された者がいます。6 もし恵みによるのであれば、もはや行いによるのではありません。もしそうでなかったら、恵みが恵みでなくなります。ローマ人への手紙11章1−6節 絶対他者としての神なきこの時代にも、恵みの選びによって残された者がいます。神の恵みによる選び。この神学的教理こそ、閉塞感やあきらめムードに捕われないで、困難な時代においても福音宣教を成し遂げる原動力です。”
04
礼拝メッセージ「四六時中」ローマ26
“礼拝メッセージ「四六時中」ローマ26(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙10章16ー21節 16 しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。「主よ。だれが私たちの知らせを信じましたか」とイザヤは言っています。17 そのように、 信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。18 でも、こう尋ねましょう。「はたして彼らは聞こえなかったのでしょうか。」むろん、そうではありません。「その声は全地に響き渡り、そのことばは地の果てまで届いた。」19 でも、私はこう言いましょう。「はたしてイスラエルは知らなかったのでしょうか。」まず、モーセがこう言っています。「わたしは、民でない者のことで、あなたがたのねたみを起こさせ、無知な国民のことで、あなたがたを怒らせる。」20 またイザヤは大胆にこう言っています。「わたしは、わたしを求めない者に見いだされ、わたしをたずねない者に自分を現した。」21 またイスラエルについては、こう言っています。「不従順で反抗する民に対して、わたしは一日中、手を差し伸べた。」 ローマ人への手紙10章16−21節 もしあなたがイスラエルのように、神に対して不従順で反抗する民であったとしても、神は四六時中、あなたに手を差し伸べておられます。 四六時中あなたに語りかけておられる神のことばに、あなたが耳を傾けるなら、神があなたの内に信仰を芽生えさせ、成長させてくださいます。”
03
今日の福音喫茶は休みます
“今日の福音喫茶は休みます。 来週はOPENの予定です。”
7月
28
25
SOUND OF KOREAN NIGHT
“SOUND OF KOREAN NIGHT(クリックで聴けます)”
礼拝メッセージ「福音を伝える足」ローマ25
“礼拝メッセージ「福音を伝える足」ローマ25(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙10章1ー15節 9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」ローマ人への手紙10章9−15節 福音が語られています。もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で、神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われる。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるという福音です。 この福音において、ユダヤ人と異邦人、韓国人と日本人との区別はありません。主の御名を呼び求める者は、だれでも救われます。けれども、福音を伝える足として神が誰かを派遣しなければ、聞くことも、信じることも、呼び求めることもできません。”
21
20
16
礼拝メッセージ「つまずきの石」ローマ24
“礼拝メッセージ「つまずきの石」ローマ24(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙9章30ー33節 30 では、どういうことになりますか。義を追い求めなかった異邦人は義を得ました。すなわち、信仰による義です。31 しかし、イスラエルは、義の律法を追い求めながら、その律法に到達しませんでした。 32 なぜでしょうか。信仰によって追い求めることをしないで、行いによるかのように追い求めたからです。彼らは、つまずきの石につまずいたのです。 33 それは、こう書かれているとおりです。「見よ。わたしは、シオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。彼に信頼する者は、失望させられることがない。」ローマ人への手紙9章30−33節 義を追い求めなかった異邦人は義を得ました。信仰による義です。世の罪を取り除く神の小羊として来られた主イエスを、キリスト(救い主)と信頼し、我の上に小羊イエスを頭として迎えることによる義です。「義」という漢字は非常に聖書的です。 しかしイスラエルは、まじめに熱心に義の律法を追い求めながら、義を得ることができませんでした。信仰によって追い求めることをしないで、行いによるかのように義を追い求めたからです。 イスラエルは「つまずきの石」につまずいたのだとパウロは語ります。「つまずきの石」とは、主イエス・キリストです。つまずきの石につまずき、妨げの岩によって挫折させられる人は幸いです。主イエスに信頼する者は失望させられることがないからです。”
14
13
10
礼拝メッセージ「陶器師とあわれみの器」ローマ23
“礼拝メッセージ「陶器師とあわれみの器」ローマ23(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙9章19ー29節 19 すると、あなたはこう言うでしょう。「それなのになぜ、神は人を責められるのですか。だれが神のご計画に逆らうことができましょう。」20 しかし、人よ。神に言い逆らうあなたは、いったい何ですか。形造られた者が形造った者に対して、「あなたはなぜ、私をこのようなものにしたのですか」と言えるでしょうか。21 陶器を作る者は、同じ土のかたまりから、尊いことに用いる器でも、また、つまらないことに用いる器でも作る権利を持っていないのでしょうか。22 ですが、もし神が、怒りを示してご自分の力を知らせようと望んでおられるのに、その滅ぼされるべき怒りの器を、豊かな寛容をもって忍耐してくださったとしたら、どうでしょうか。23 それも、神が栄光のためにあらかじめ用意しておられたあわれみの器に対して、その豊かな栄光を知らせてくださるためになのです。24 神は、このあわれみの器として、私たちを、ユダヤ人の中からだけでなく、異邦人の中からも召してくださったのです。ローマ人への手紙9章19−24節 本当の神は陶器師に例えられます。そして私たち人間は、最高の陶器師によって形造られた陶器に例えられます。デザイナーの目的に沿って存在する時、私たちにはオンリーワンの存在価値がありました。 主権者なる神は、怒りが注がれるべき器を深くあわれみ、ご自分が怒りを注がれるべき器となられました。私たちをあわれみの器として再創造するために。 ”
08
04
02
礼拝メッセージ「神の主権」ローマ22
“礼拝メッセージ「神の主権」ローマ22(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙9章6ー18節 10 このことだけでなく、私たちの父イサクひとりによってみごもったリベカのこともあります。 11 その子どもたちは、まだ生まれてもおらず、善も悪も行わないうちに、神の選びの計画の確かさが、行いにはよらず、召してくださる方によるようにと、12 「兄は弟に仕える」と彼女に告げられたのです。13 「わたしはヤコブを愛し、 エサウを憎んだ」と書いてあるとおりです。14 それでは、どういうことになりますか。 神に不正があるのですか。絶対にそんなことはありません。 15 神はモーセに、「わたしは自分のあわれむ者をあわれみ、自分のいつくしむ者をいつくしむ」と言われました。16 したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。17 聖書はパロに、「わたしがあなたを立てたのは、あなたにおいてわたしの力を示し、わたしの名を全世界に告げ知らせるためである」と言っています。18 こういうわけで、神は、人をみこころのままにあわれみ、またみこころのままにかたくなにされるのです。ローマ人への手紙9章10-18節 1、神は主権を持って人間を選ばれる 2、人間には神に選ばれる条件など何もない 3、救いはあわれんでくださる神による   人間の願いや努力(行い)によるのではない”
6月
29
25
礼拝メッセージ「捨て身の願い」ローマ21
“礼拝メッセージ「捨て身の願い」ローマ21(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙9章1ー5節 1 私はキリストにあって真実を言い、偽りを  言いません。次のことは、私の良心も、  聖霊によってあかししています。 2 私には大きな悲しみがあり、私の心には  絶えず痛みがあります。 3 もしできることなら、私の同胞、肉による  同国人のために、この私がキリストから引き  離されて、のろわれた者となることさえ願い  たいのです。 4 彼らはイスラエル人です。 子とされることも、  栄光も、契約も、律法を与えられることも、  礼拝も、約束も彼らのものです。 5 父祖たちも彼らのものです。またキリストも、  人としては彼らから出られたのです。  このキリストは万物の上にあり、とこしえに  ほめたたえられる神です。 ...”
Praiseband201206
“ ジーザス・イズ・アライブ 丘に立てる荒削りの(聖歌402) スティル(静まって知れ) すべての良きもので”
23
18
父の日歓迎礼拝メッセージ「父として勝利する秘訣」
“父の日歓迎礼拝メッセージ「父として勝利する秘訣」ローマ20(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙8章31ー39節 31 では、これらのことからどう言えるでしょう。  神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに  敵対できるでしょう。 32 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ  惜しまずに死に渡された方が、どうして、  御子といっしょにすべてのものを、  私たちに恵んでくださらないことがありましょう。 33 神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。  神が義と認めてくださるのです。 34 罪に定めようとするのはだれですか。  死んでくださった方、いや、  よみがえられた方であるキリスト・イエスが、  神の右の座に着き、  私たちのためにとりなしていてくださるのです。 35 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。  患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、  飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。 36 「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。  私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。 37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、  これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。 38 私はこう確信しています。死も、いのちも、  御使いも、権威ある者も、今あるものも、  後に来るものも、力ある者も、 39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、  私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、  私たちを引き離すことはできません。 ローマ人への手紙8章31-39節 ローマ岳最高点に着きました。父として勝利し、圧倒的な勝利者となる秘訣が明らかにされます。”
16
13
Purpose Drivenセミナー参加のため今週聖書学校と福音喫茶はお休みします
“Purpose Drivenセミナー参加のため、今週の聖書学校と福音喫茶はお休みします。これまでの福音喫茶は録画にて配信中です。あなたの上に守りと祝福が豊かにありますように! (Broadcasting live at http://ustre.am/GDwm)”
12
礼拝メッセージ「すべてのことの意味」ローマ19
“礼拝メッセージ「すべてのことの意味」ローマ19(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙8章26ー30節 26 御霊も同じようにして、   弱い私たちを助けてくださいます。   私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、   御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、   私たちのためにとりなしてくださいます。 27 人間の心を探り窮める方は、   御霊の思いが何かをよく知っておられます。   なぜなら、御霊は、   神のみこころに従って、   聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。 28 神を愛する人々、   すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、   神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、   私たちは知っています。 29 なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、   御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。   それは、御子が多くの兄弟たちの中で   長子となられるためです。 30 神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、   召した人々をさらに義と認め、   義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。 ローマ人への手紙8章26-30節 すべてのことが益とされる。万事が益とされる。 そこにすべてのことの意味があります。 1、まずあなたが神を愛する者となるために、   神はすべてのことを働かせて益としてくださいます。 2、次に召されたあなたを磨き上げ、   キリストのような栄光の姿にあなたを変えるために、   神はすべてのことを働かせて益としてくださいます。”
09
08
03
礼拝メッセージ「苦しみの意味」ローマ18
“礼拝メッセージ「苦しみの意味」ローマ18(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙8章18ー25節 18 今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに  啓示されようとしている栄光に比べれば、   取るに足りないものと私は考えます。 19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現れを   待ち望んでいるのです。 20 それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、  服従させた方によるのであって、望みがあるからです。 21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、   神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。 22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、   ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。 23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、   心の中でうめきながら、子にしていただくこと、   すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。 24 私たちは、この望みによって救われているのです。   目に見える望みは、望みではありません。   だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。 25 もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、   私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。   ローマ人への手紙8章18-25節 パウロは福音信仰の山頂で語ります。私たち人間だけでなく、神に造られた被造物全体、すなわち宇宙全体が苦しんでいる。今の時のいろいろな苦しみは、産みの苦しみである。苦しみがもたらすものに目を向けるなら、苦しみが取るに足らないものに見えてくる。苦しみがもたらすもの、それは、神の子どもとしての栄光と自由、私たちのからだの贖いである。”
01
5月
28
ペンテコステ礼拝メッセージ「聖霊とは何か」ローマ17
“ペンテコステ礼拝メッセージ「聖霊とは何か」ローマ17(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙8章1ー17節 1 こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が  罪に定められることは決してありません。 2 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、  罪と死の原理から、あなたを解放したからです。 3 肉によって無力になったため、律法にはできなくなっていることを、  神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪のために、  罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、  肉において罪を処罰されたのです。 4 それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、  律法の要求が全うされるためなのです。 5 肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、  御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。 6 肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。 7 というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。  それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。 8 肉にある者は神を喜ばせることができません。 9 けれども、もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、  あなたがたは肉の中にではなく、御霊の中にいるのです。  キリストの御霊を持たない人は、キリストのものではありません。 10 もしキリストがあなたがたのうちにおられるなら、  からだは罪のゆえに死んでいても、霊が、義のゆえに生きています。 ローマ人への手紙8章1-10節 ”
26
20
礼拝メッセージ「人間とは何か」ローマ16
“礼拝メッセージ「人間とは何か」ローマ16(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙7章1ー25節 私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。ローマ人への手紙7章24-25節 聖書が語る私たち人間について、共に学びましょう。 1、非常に良かった神の作品としての人間  あなたは偶然の産物ではない。人間は神のかたちに似せて造られた神の作品だと聖書は語ります。創造主なる神によって人間が造られた時、人間は神の栄光を現す最高傑作として非常に良いものでした。 2、非常に悪くなったみじめな存在としての人間  堕落した天使(悪魔)に誘惑された人間は、罪の奴隷となり、美しい神のかたちを失ってしまいました。「神と隣人(他者)のものをむさぼってはならない」という神の戒めによって機会を捕らえた罪が、人間を欺き、戒めによって人間を殺したのです。  その結果私たち人間は、自分がしたいことではなく、したくないことをするようになりました。優しくなりたいけど優しくなれない。わかっちゃいるけど止められない。非常に悪い自分をどうしても自分で変えることができないみじめな存在。救い主が必要な存在。それが私たち人間の本当の姿です。”
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母の日歓迎礼拝メッセージ「永遠のいのちとは何か」ローマ15
“母の日歓迎礼拝メッセージ「永遠のいのちとは何か」ローマ15(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙6章15ー23節 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。ローマ人への手紙6章23節 草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。イザヤ書40章8節 草は枯れ、桜は散ります。確かにこの地上には永遠などありません。けれども死の向こうへと続く永遠が確かにある。永遠に変わらない神の言葉、聖書はそう語っています。 永遠のいのちとは、神の下さるプレゼントです。プレゼントですから、代金を支払わなくても感謝して受け取れば得ることができます。永遠のいのちは神のひとり子のいのちがかかっているほどに高価なものですから、代金を支払うような方法では、絶対に得ることができません。 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。ヨハネ福音書3章16節 『現代人の生き方に見られる最も有害な点は、その近視眼的な考え方にあります。人生を最大限に活用するためには、永遠の視点を持たなければなりません。』リック・ウォレン「人生を導く5つの目的」(The Purpose Driven Life)より”
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礼拝メッセージ「洗礼とは何か」ローマ14
“礼拝メッセージ「洗礼とは何か」ローマ14(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙6章1ー14節 1 それでは、どういうことになりますか。恵みが増し加わるために、私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか。 2 絶対にそんなことはありません。罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおもその中に生きていられるでしょう。 3 それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。 4 私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。 5 もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。ローマ人への手紙6章1-5節 自分に都合のいい解釈をしたい人間は、恵みが増し加わるために罪の中にとどまるべきだと主張します。それに対してパウロは、絶対にそんなことはないと反論し、洗礼(バプテスマ)とは何かを語ります。 キリストの死にあずかるバプテスマによって、私たちはキリストとともに葬られたのだとパウロは語ります。それは私たちが、キリストとともに復活し、新しい歩みをするためです。”
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連休のため今日の福音喫茶はお休みです。これまでの番組は録画にて配信中!
“連休のため今日の福音喫茶はお休みです。これまでの番組は録画にて配信中です。あなたの上に守りと祝福が豊かにありますように! (Broadcasting live at http://ustre.am/GDwm)”
4月
29
礼拝メッセージ「アメイジング・グレイス」ローマ13
“礼拝メッセージ「アメイジング・グレイス」ローマ13(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙5章12ー21節 20 律法が入って来たのは、違反が増し加わるためです。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。 21 それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。ローマ人への手紙5章20-21節 大変有名な神をほめたたえる歌に、「アメイジング・グレイス」があります。日本語では聖歌229番に「おどろくばかりの」という題で収録されています。歌詞は以下のような内容です。 1、驚くばかりの  恵みなりき   この身の汚れを 知れる我に 2、恵みは我が身の 恐れを消し   任する心を   起こさせたり 3、危険をも罠をも 避けえたるは   恵みの御業と  言う他なし 4、御国に着く朝  いよよ高く   恵みの御神を  讃えまつらん かつてイギリスで奴隷船の船長をしていたジョン・ニュートンが、神の驚くばかりの恵みを体験した後、この歌は生まれました。人は恵みによって変えられるのです。”
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礼拝メッセージ「あなたのために死ぬ愛」ローマ12
“礼拝メッセージ「あなたのために死ぬ愛」ローマ12(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙5章6ー11節 6私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。 7 正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。 8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。 9 ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。 10 もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。 11 そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。ローマ5章6-11節 あなたが正しい人でも、あなたのために死ぬ人はほとんどいないでしょう。あなたが情け深い人なら、あなたのために進んで死ぬ人がいるかもしれません。 けれども、あなたがまだ罪人・不敬虔な者・敵であったとき、イエス・キリストがあなたのために死んでくださったことにより、神はあなたに対するご自身の愛を明らかにしておられます。”
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PRAISE BAND 20120422
“praiseband20120422 セレブレイト・ジーザス ジーザス・イズ・アライブ ホーリアス(BY ピアノシュウジ) 主がついてれば すべての良きもので ”
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礼拝メッセージ「希望は失望に終わらない」ローマ11
“礼拝メッセージ「希望は失望に終わらない」ローマ11(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙5章1ー5節 ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。ローマ5章1-5節 主イエス・キリストにすべてを信託する信仰によって義と認められた時、3つのギフトがあなたに与えられます。 1、王なる神との平和:  王なる神、絶対主権者である神との絆が回復する時、あらゆる不安や恐れが消え去り、神との平和を体験することができます。それは死にも打ち勝つ平安と守りです。 2、王なる神への自由なアクセスと面談:  王の息子であられる主イエスの御腕に導かれるなら、王がおられる至聖所の中に自由にアクセスし、王なる神と面談することができます。 3、失望に終わらない希望:  宝石だって磨かなければ光りません。原石のような私たちをカットし磨き上げ、誰も消せない希望の光を放つために、全能の神はあなたに患難と聖霊を与えます。”
Praise Band 20120415 Live
“ 来週礼拝で賛美する曲です。”
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イースター召天者記念礼拝メッセージ「死者を生かす神」ローマ10
“イースター召天者記念礼拝メッセージ「死者を生かす神」ローマ10(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙4章17ー25節 17 このことは、彼が信じた神、すなわち死者を生かし、無いものを有るもののようにお呼びになる方の御前で、そうなのです。18 彼は望みえないときに望みを抱いて信じました。それは、「あなたの子孫はこのようになる」と言われていたとおりに、彼があらゆる国の人々の父となるためでした。19 アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。20 彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、21 神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。22 だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。23 しかし、「彼の義とみなされた」と書いてあるのは、ただ彼のためだけでなく、24 また私たちのためです。すなわち、私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、その信仰を義とみなされるのです。25 主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。 ローマ4章17-25節 パウロがローマ人への手紙において語るアブラハムの姿は、罪や不信仰がおおわれたアブラハムの姿です。 おおわれる前のアブラハムの姿は、創世記17章17節に以下のように記録されています。 アブラハムはひれ伏し、そして笑ったが、心の中で言った。「百歳の者に子どもが生まれようか。サラにしても、九十歳の女が子を産むことができようか。」”
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礼拝メッセージ「罪をおおわれた人たちの幸い」ローマ9
“礼拝メッセージ「罪をおおわれた人たちの幸い」ローマ9(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙4章1ー16節 それでは、肉による私たちの父祖アブラハムの場合は、どうでしょうか。もしアブラハムが行いによって義と認められたのなら、彼は誇ることができます。しかし、神の御前では、そうではありません。聖書は何と言っていますか。「それでアブラハムは神を信じた。それが彼の義とみなされた」とあります。働く者の場合に、その報酬は恵みでなくて、当然支払うべきものとみなされます。何の働きもない者が、不敬虔な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです。ダビデもまた、行いとは別の道で神によって義と認められる人の幸いを、こう言っています。「不法を赦され、罪をおおわれた人たちは、幸いである。主が罪を認めない人は幸いである。」 ローマ4章1-8節 今年も受難週を迎えました。春を迎えるために厳しい寒さを通らなければならないように、イースター(復活祭)を迎えるためには、厳しい受難週を通らなければなりません。 同様に、あなたが罪をおおわれた人たちの幸いに至るには、あなたが自分の罪深さと無力さをごまかさずに認め、自分で自分を救えないことを素直に認め、神に降伏することがどうしても必要です。 何の働きもない者が、不敬虔な者を義と認めてくださる方を信じるなら、アブラハムやダビデのように、その信仰が義とみなされるのです。罪がおおわれるとは、神があなたの罪を完全に忘れてくださり、すべてなかったことにしてくださるという恵みです。”
3月
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礼拝メッセージ「価なしに義と認められる」ローマ8
“礼拝メッセージ「価なしに義と認められる」ローマ8(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙3章19ー31節 さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。なぜなら、律法を行うことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。ローマ3章19-24節 ローマ人への手紙の主題は、「信仰義認」という四文字熟語で言い表すことができます。これは「イエス・キリストを信じる信仰によってのみ、あなたは神の前に価なしに義と認められる」という聖書の真理、イエス・キリストの福音を要約したものです。 けれども多くの人になじみ深いのは、「信仰義認」ではなく「行為義認」です。これは「自分の努力と頑張り、行為によって、代価を払うことのできた者だけが神の前に義と認められる」という考えです。 「信仰義認」の真理は、あなたを義と認め、罪責感や良心のとがめ、劣等感や優越感から解放し、あなたに喜びと平安と神への賛美を与えます。”
プレイズバンド賛美2012年3月
“プレイズバンド賛美2012年3月(クリックで聴けます) 我が主キリスト スティル(静まって知れ) 驚くばかりの 君は愛されるため生まれた”
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礼拝メッセージ「怒りを下す神は不正か」ローマ7
“礼拝メッセージ「怒りを下す神は不正か」ローマ7(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙3章1ー18節 しかし、もし私たちの不義が神の義を明らかにするとしたら、どうなるでしょうか。人間的な言い方をしますが、怒りを下す神は不正なのでしょうか。絶対にそんなことはありません。もしそうだとしたら、神はいったいどのように世をさばかれるのでしょう。でも、私の偽りによって、神の真理がますます明らかにされて神の栄光となるのであれば、なぜ私がなお罪人としてさばかれるのでしょうか。「善を現すために、悪をしようではないか」と言ってはいけないのでしょうか‐‐私たちはこの点でそしられるのです。ある人たちは、それが私たちのことばだと言っていますが。‐‐もちろんこのように論じる者どもは当然罪に定められるのです。では、どうなのでしょう。私たちは他の者にまさっているのでしょうか。決してそうではありません。私たちは前に、ユダヤ人もギリシヤ人も、すべての人が罪の下にあると責めたのです。ローマ3章5-9節 悲惨な出来事の中で、「神がいるならどうしてこんなことが起こるのか?」という問いが生じます。 この問いの背後には、「怒りを下す神は不正である」という人間中心的な神学があります。「愛の神は正しいが、怒りを下す神は正しくない」、「赦す神は正しいが、裁く神は間違っている」というような考えです。このような神学は、「十字架を必要としない見せかけの神の愛と赦し」に行き着きます。 このような人間中心的な神学に対して、パウロは、「絶対にそんなことはありません」と強調します。 本当の神は、私たちの身代わりとして、十字架に磔にされたひとり子イエス・キリストの上に、容赦のない怒りを下された神です。”
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礼拝メッセージ「あなたがたのゆえに」ローマ6
“礼拝メッセージ「あなたがたのゆえに」ローマ6(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙2章17ー29節 これは、「神の名は、あなたがたのゆえに、異邦人の中でけがされている」と書いてあるとおりです。もし律法を守るなら、割礼には価値があります。しかし、もしあなたが律法にそむいているなら、あなたの割礼は、無割礼になったのです。もし割礼を受けていない人が律法の規定を守るなら、割礼を受けていなくても、割礼を受けている者とみなされないでしょうか。また、からだに割礼を受けていないで律法を守る者が、律法の文字と割礼がありながら律法にそむいているあなたを、さばくことにならないでしょうか。外見上のユダヤ人がユダヤ人なのではなく、外見上のからだの割礼が割礼なのではありません。かえって人目に隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、文字ではなく、御霊による、心の割礼こそ割礼です。その誉れは、人からではなく、神から来るものです。ローマ2章24-29節 3.11からちょうど一年が経ちました。被災された方々の上に、深い慰めと守りが豊かにありますようにと、心から祈ります。今なお揺れ動く苦しみと悲しみの地で、神があなたと共におられますように。 東日本大震災は、見せかけだけの偽物を暴き出し、人目に隠れた本物を明らかにしました。ローマ教会に呼び集められたメンバーにも、見せかけだけのユダヤ人がいて、深刻な問題を起こしていました。パウロは心痛めながら、祈りつつ、上記のような厳しい言葉を書き送っています。 本物のユダヤ人、本物の信仰者になるためには、心の扉を開き、主イエス・キリストを全面的に信頼して受け入れることがどうしても必要です。”
10
09
05
礼拝メッセージ「弁解の余地」ローマ5
“礼拝メッセージ「弁解の余地」ローマ5(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙2章1ー16節 ですから、すべて他人をさばく人よ。あなたに弁解の余地はありません。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めています。さばくあなたが、それと同じことを行っているからです。私たちは、そのようなことを行っている人々に下る神のさばきが正しいことを知っています。そのようなことをしている人々をさばきながら、自分で同じことをしている人よ。あなたは、自分は神のさばきを免れるのだとでも思っているのですか。それとも、神の慈愛があなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と忍耐と寛容とを軽んじているのですか。ところが、あなたは、かたくなさと悔い改めのない心のゆえに、御怒りの日、すなわち、神の正しいさばきの現れる日の御怒りを自分のために積み上げているのです。ローマ2章1-5節 誰もが自分を基準とし、自分勝手に変わる基準を持って生きている。そう聖書は語ります。自分勝手に変わる基準は、自分を評価する時にはとても甘くなり、他人を評価する時にはとても厳しくなります。 自分勝手に変わる基準を持っていると、自分のことは棚に上げて、まるで他人事のように、平気で人を厳しくさばくことができます。なぜなら、同じことをしていても、自分はそんなに悪くなく、他人はとても悪いとしか思えないからです。 そんなあなたに対して神は語られます。あなたに弁解の余地はないと。素直に悔い改め、自分ではなく神を基準として生きる時にだけ、人は義人とされ、御怒りの日に神のさばきを免れることができます。”
04
03
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2月
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プレイズバンド2012-2
“プレイズバンド2012-2-1 プレイズバンド2012-2-2”
礼拝メッセージ「引き渡される神」ローマ4
“礼拝メッセージ「引き渡される神」ローマ4(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙1章18ー32節 また、彼らが神を知ろうとしたがらないので、神は彼らを良くない思いに引き渡され、そのため彼らは、してはならないことをするようになりました。彼らは、あらゆる不義と悪とむさぼりと悪意とに満ちた者、ねたみと殺意と争いと欺きと悪だくみとでいっぱいになった者、陰口を言う者、そしる者、神を憎む者、人を人と思わぬ者、高ぶる者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者、わきまえのない者、約束を破る者、情け知らずの者、慈愛のない者です。彼らは、そのようなことを行えば、死罪に当たるという神の定めを知っていながら、それを行っているだけでなく、それを行う者に心から同意しているのです。ローマ1章28-32節 福音はすべての人を救う神の力であり、福音のうちに神の義が啓示されている。我の上に小羊主イエスを迎えた義人は信仰によって生きる。そう語った後、パウロは「神の怒り」について語り始めます。 神が本気で怒られるのは、あなたを本気で愛しておられるからです。あなたが神を神とせず、造られたものを神として自分勝手に拝む時、神は怒りをもってあなたを良くない思いに引き渡されるのです。 実に神の怒りとは、どうしても言うことをきかない人間を、汚れ・恥ずべき情欲・良くない思いに引き渡すこと、勝手にしなさいと突き放すことです。 しかし神は、あなたの罪をすべて、罪のないひとり子イエスの上に負わせ、あなたの身代わりとして、主イエスを十字架の苦しみと死に引き渡されました。”
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プレイズバンド2011-12
“プレイズバンド2011-12”
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使徒信条
“使徒信条 われは天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 われはそのひとり子、われらの主、イエス・キリストを信ず。 主は聖霊によりてやどり、おとめマリヤより生まれ、 ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、 死にて葬られ、よみにくだり、三日目に死人の内よりよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。 かしこより来たりて生ける者と死ねる者とを裁きたまわん。 われは聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、 罪のゆるし、からだのよみがえり、とこしえの命を信ず。 アーメン ”
十戒
“十戒 わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。(だから) 1、あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。 2、あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。 3、あなたはあなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。 4、安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。 5、あなたの父と母を敬え。 6、殺してはならない。 7、姦淫してはならない。 8、盗んではならない。 9、あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。 10、あなたの隣人の家を欲しがってはならない。”
主の祈り
“主の祈り 天にましますわれらの父よ。 願わくは御名をあがめさせたまえ。 御国をきたらせたまえ。 みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。 われらの日用の糧を、今日も与えたまえ。 われらに罪を犯す者を、われらが赦すごとく、 われらの罪をも赦したまえ。 われらを試みにあわせず、悪より救いいだしたまえ。 国と力と栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。 アーメン”
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礼拝メッセージ「義人は信仰によって生きる」ローマ3
“礼拝メッセージ「義人は信仰によって生きる」ローマ3(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙1章16ー17節 私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。ローマ人への手紙1章16-17節 帝国の首都ローマにおいて、福音を恥と思ってしまうキリスト者がいたとしても不思議ではありません。パウロはそんな人々に配慮して、「私は福音を恥とは思いません」と語ります。なぜパウロが福音を恥と思わないのか、その理由は2つです。 ①福音は信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力だから。 もし福音が、人を救うことができない無力なものであれば、あなたは福音を恥じることしかできないでしょう。けれども福音はあなたを救うことのできる神の力です。 ②福音には神の義が啓示されていて、神の義は信仰によって人を義人として生かすから。 「義」という漢字は「我」の上に「羊」と書きます。「羊」とは主イエスです。主イエスを信頼し、あなたの上に迎えるならば、あなたは救われ、神との正しい関係・絆を回復することができます。主イエスは、あなたの罪を十字架によって取り除き、3日目に墓から復活され、今も生きておられます。”
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礼拝メッセージ「返さなければならない負債」ローマ2
“礼拝メッセージ「返さなければならない負債」ローマ2(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙1章8ー15節 私は、ギリシヤ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています。ですから、私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。ローマ人への手紙1章14-15節 自己紹介を兼ねた挨拶の後、パウロはまず神に感謝をささげます。なぜなら帝国の首都であるローマにおいて、パウロの手によらず既に教会が開拓され、彼らの信仰が全世界に言い伝えられていたからです。 ローマによる道路網の整備、ローマによる旅の安全、そして伝達のための共通言語(コイネーギリシヤ語)。効果的な福音宣教のために、神は着々と下準備をなさっておられたのでした。 次にパウロは、「なぜ自分がローマのキリスト者たちに切に会いたがっているのか」、その理由を切々と語ります。 1、御霊の賜物を分けて、彼らを強くしたいから 2、互いの信仰によって共に励ましを受けたいから 3、いくらかの実を得ようと思って 4、返さなければならない負債を負っているから 4番目が主な理由だと考えられます。パウロは、癌の特効薬のような福音を、神から託されていたからです。福音は死に至る病(罪)に犯されている全人類に通用する特効薬です。しかし罪に対する治療法を確立するためには、福音の説き明かしによって、健全な教会を形成することがどうしても必要です。”
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祈祷会ノート 詩篇90篇
“祈祷会ノート 詩篇90篇”
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礼拝メッセージ「キリスト・イエスのしもべ」
“礼拝メッセージ「キリスト・イエスのしもべ」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ローマ人への手紙1章1ー7節 神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ、ローマ人への手紙1章1節 今日からローマ人への手紙に耳を傾け始めます。 歴史において、特に危機の時代において、圧倒的な力を見せつけながら、世界を、人類を改革し続けているのが、ローマ人への手紙です。 なぜならローマ人への手紙には、福音の土台と柱が、福音の骨格がしっかりと文章化されているからです。 ローマ人への手紙は、パウロという人物が、当時の世界の中心であったローマにいるキリスト者たちに宛てて書いた手紙です。 手紙の差出人であるパウロの、自己紹介に注目しましょう。原文で読むと手紙の書き出しは以下のような順番になっています。 「パウロ しもべ キリスト・イエスの」 名前のすぐ後に記され、「しもべ」と訳されているのは、ドゥロスという言葉です。これは奴隷を意味する強烈な言葉です。 かつて教会・キリスト信者を、主イエスを熱心に迫害していたパウロ(サウロ)は、ダマスコ途上で待ち伏せしておられた神に遭遇し、復活の主イエスに打ち倒され、捕えられたのです。その結果パウロはキリスト・イエスのしもべ(奴隷)とされ、福音を異邦人に運ぶ器とされたのでした。(使徒9章参照)”
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祈祷会ノート集 詩篇69-89篇
“祈祷会ノート集 詩篇69-89篇 今日も東日本大震災で被災された方々のことを覚えて祈りました。 寒い中、心と体が守られ、祝福と導きが豊かにありますように。”
1月
30
礼拝メッセージ「主イエスよ、来てください」
“礼拝メッセージ「主イエスよ、来てください」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録22章16ー21節 「わたし、イエスは御使いを遣わして、諸教会について、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。」御霊も花嫁も言う。「来てください。」これを聞く者は、「来てください」と言いなさい。渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをただで受けなさい。私は、この書の預言のことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。これらのことをあかしする方がこう言われる。「しかり。わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。主イエスの恵みがすべての者とともにあるように。アーメン。黙示録22章16-21節 上記のみことばは、聖書のエンディングに記されている主イエス・キリストのメッセージです。 1、わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である 2、「来てください」と言いなさい 3、聖書のことばは加えても取り除いてもいけない 4、しかり。わたしはすぐに来る→応答のことば”
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礼拝メッセージ「預言のことばを封じるな」
“礼拝メッセージ「預言のことばを封じるな」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録22章8ー15節 また、彼は私に言った。「この書の預言のことばを封じてはいけない。時が近づいているからである。不正を行う者はますます不正を行い、汚れた者はますます汚れを行いなさい。正しい者はいよいよ正しいことを行い、聖徒はいよいよ聖なるものとされなさい。」「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都に入れるようになる者は、幸いである。黙示録22章10-14節 神は、「この書の預言のことばを封じてはいけない。時が近づいているからである。」と命じておられます。 神に背を向け続けて不正と汚れをますます行うのか、それとも、神の方に向きを変えて、正しさと聖さを追い求めるのか。的外れの人生を歩み続けるのか、それとも、主イエスの十字架が私の罪のためであったと信じて着物を洗い、的を射た人生を歩み続けるのか。神は今日あなたに、二者択一を迫っています。 的外れの人生の先には、天国の外に用意された報いしかありません。けれども、的を射た人生の先には、天国の中に用意された素晴らしい報いがあります。 主イエスは言われます。「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。」”
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今週の福音喫茶はお休みします
“今週の福音喫茶はお休みします。 次回は1月27日(金)午後7時半からです。”
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礼拝メッセージ「いのちの水の川」
“礼拝メッセージ「いのちの水の川」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録22章1ー7節 御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には、いのちの木があって、十二種の実がなり、毎月、実ができた。また、その木の葉は諸国の民をいやした。黙示録22章1-2節 昨年5月末から一緒に耳を傾け始めた黙示録も、いよいよ最後の章になりました(メッセージは教会のホームページにて配信しています)。聖書最後の章でもあるこの大切な章を、3回に分けて味わいましょう。まず今日は「いのちの水の川」のビジョンです。 いのちを育む川が豊かに流れ、いのちの木が中央にあったエデンの園(喜びの園)から追放され、その後続く長くて曲がりくねった旅路は、新しい天と新しい地、聖なる都エルサレムにて終わりを迎えます。 そこには、水面が水晶のようにキラキラ光るいのちの水の川があります。いのちの水の川は、神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央をゆったりと流れています。 川の両岸にはいのちの木があり、12種の実がなり、毎月実を実らせます。そしていのちの木の葉は、諸国の民をいやす効用があります。 そこに至る旅路において、あまりにも悲しみや苦しみが多いので、神はいやしをもたらすいのちの木と、それを育むいのちの水の川を備えていてくださるのでした。そこはエデンの園よりも素晴らしい所です。”
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礼拝メッセージ「聖なる都エルサレム」
“礼拝メッセージ「聖なる都エルサレム」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録21章9ー27節 都には、これを照らす太陽も月もいらない。というのは、神の栄光が都を照らし、小羊が都のあかりだからである。諸国の民が、都の光によって歩み、地の王たちはその栄光を携えて都に来る。都の門は一日中決して閉じることがない。そこには夜がないからである。こうして、人々は諸国の民の栄光と誉れとを、そこに携えて来る。しかし、すべて汚れた者や、憎むべきことと偽りとを行う者は、決して都に入れない。小羊のいのちの書に名が書いてある者だけが、入ることができる。黙示録21章23-27節 もはや海がなく、孤独もなく、死もなく、悲しみの涙もなく、叫びもなく、苦しみもなく、のろわれるものもなく、夜がない新しい天地・新しい世界。 そこにはエルサレムという名の聖なる都があります。神の栄光であられる小羊イエスが都を照らし、そこには夜がないので、都の門は一日中決して閉じることがありません。 人々は、諸国の民の栄光と誉れとを、その都に携えて来て門をくぐり、すべての栄光を神に帰し、都上りの旅を終えます。 けれども、「すべて汚れた者や憎むべきことと偽りとを行う者は、決して都に入れない。小羊のいのちの書に名が書いてある者だけが、入ることができる。」とみことばは語っています。方向転換をして生き方が変えられ続ける真の悔い改めがいつも必要です。”
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新年礼拝メッセージ「新しい天地」
“新年礼拝メッセージ「新しい天地」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録21章1ー8節 また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って来るのを見た。そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。 「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」黙示録21章1-4節 ”
2011
12月
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クリスマス礼拝メッセージ「いのちの書」
“クリスマス礼拝メッセージ「いのちの書」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録20章1ー15節 また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行いに応じてさばかれた。海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行いに応じてさばかれた。それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。黙示録20章12-15節 今年は東日本大震災等によって、多くの方々が亡くなられました。残された方々の上に慰めを祈りつつ、聖書が啓示する死の向こうの未来を、勇気を持って見つめたいと思います。 まず、この地上の生き方が、死の向こうの未来に大きく影響します。「自分の行いに応じてさばかれた」と繰り返し語られているからです。 次に、いのちの書に名のしるされていない者はみな、火の池に投げ込まれてしまいます。(15節) 最後に、あなたの名前をいのちの書に記すために、クリスマスにイエス・キリストが与えられました。 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ福音書3章16節)”
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礼拝メッセージ「ハレルヤコーラス」
“礼拝メッセージ「ハレルヤコーラス」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録19章1ー21節 また、私は大群衆の声、大水の音、激しい雷鳴のようなものが、こう言うのを聞いた。「ハレルヤ。万物の支配者である、われらの神である主は王となられた。私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行いである。」黙示録19章6-8節 ヘンデルのハレルヤコーラスで有名なハレルヤという言葉は、次のような意味が込められたヘブル語です。 ハレルヤ=ハ レ ル  + ヤー(YHWH)     =ほめたたえよ + 主なる神を ハレルヤは旧約聖書の詩篇において多用されています。けれども新約聖書の中では、黙示録19章でしか使われていません。なぜ未来に人々がハレルヤということばを用いて主なる神を賛美するのでしょうか。その理由は上記のみことばに語られています。 未来に大群衆(マスクワイア)がハレルヤと神を高らかに賛美する理由。それは、やがての未来に、主イエスが全地の王となられ、キリストと教会の喜ばしいウエディングの時が来たからです。 主イエスこそ、クリスマスに天から飼い葉桶に降りて来られ、私たちの罪のために十字架で死なれ、死と悪魔に勝利して墓から復活され、再び来られ王となられる主なる神、メサイア・キリストです。”
16
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12
礼拝メッセージ「さばきは一瞬のうちに」
“礼拝メッセージ「さばきは一瞬のうちに」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録18章1ー24節 それゆえ一日のうちに、さまざまの災害、すなわち死病、悲しみ、飢えが彼女を襲い、彼女は火で焼き尽くされます。彼女をさばく神である主は力の強い方だからです。彼女と不品行を行い、好色にふけった地上の王たちは、彼女が火で焼かれる煙を見ると、彼女のことで泣き、悲しみます。彼らは、彼女の苦しみを恐れたために、遠く離れて立っていて、こう言います。『わざわいが来た。わざわいが来た。大きな都よ。力強い都、バビロンよ。あなたのさばきは、一瞬のうちに来た。』黙示録18章8-10節 大淫婦・大バビロンに対して、神はさばきを一瞬のうちに行われます。「わが民よ。この女から離れなさい。その罪にあずからないため、また、その災害を受けないためです。」(4節) 「わざわいが来た。わざわいが来た。大きな都よ。力強い都、バビロンよ。あなたのさばきは、一瞬のうちに来た。」(10節) 「わざわいが来た。わざわいが来た。麻布、紫布、緋布を着て、金、宝石、真珠を飾りにしていた大きな都よ。あれほどの富が、一瞬のうちに荒れすたれてしまった。」(16-17節) 「わざわいが来た。わざわいが来た。大きな都よ。海に舟を持つ者はみな、この都のおごりによって富を得ていたのに、それが一瞬のうちに荒れすたれるとは。」(19節)”
11
10
09
風林火山の祈り
“風林火山の祈り 詩篇83篇より(祈祷会ノート) 風林火山:武田信玄の旗に記された孫子の句より 「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」 疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、 侵(おか)し掠(かす)めること火の如く、動かざること山の如し”
08
04
聖餐礼拝メッセージ「大淫婦へのさばき」
“聖餐礼拝メッセージ「大淫婦へのさばき」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録17章1ー18節 また、七つの鉢を持つ七人の御使いのひとりが来て、私に話して、こう言った。「ここに来なさい。大水の上にすわっている大淫婦へのさばきを見せましょう。地の王たちは、この女と不品行を行い、地に住む人々も、この女の不品行のぶどう酒に酔ったのです。」黙示録17章1-2節”
03
01
神よ。立ち上がって地をさばいてください!
“神よ。立ち上がって地をさばいてください! 詩篇82篇より(祈祷会ノート) いつの時代でも、悪者と不正な裁判官が手を取り合うと、弱い者、みなしご、悩む者、貧しい者の利権が認められなくなる。そして弱い者や貧しい者は、強い者や富んでいる者の食い物にされる。 弱肉強食や格差社会がカネで正当化され、企業や国家から人間性や倫理が失われる時、弱者の望みはすべて絶たれる。 しかし神は今も生きておられ、弱い者、みなしご、悩む者、貧しい者の味方として立ち上がってくださる。弱者の望みは、すべて神にかかっている。 神への祈りこそ、あらゆるデモ(デモンストレーション)に勝って豊かに実を結ぶ、攻撃的かつ効果的なアクションである。 私たちは、今も生きておられ、弱い者、みなしご、悩む者、貧しい者の味方として立ち上がってくださる神に、今こそ祈りをもって訴えよう!”
11月
30
29
28
プレイズバンド賛美2011年11月
“プレイズバンド賛美2011年11月 マイライフ(MY LIFE IS IN YOUR HANDS) 御名をかかげて(LORD I LIFT YOUR NAME ON HIGH) 鹿のように(AS THE DEER) スティル(静まって知れ STILL) 君は愛されるため生まれた(YOU ...”
礼拝メッセージ「ハルマゲドン」
“礼拝メッセージ「ハルマゲドン」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録16章1ー21節 第六の御使いが鉢を大ユーフラテス川にぶちまけた。すると、水は、日の出るほうから来る王たちに道を備えるために、かれてしまった。また、私は竜の口と、獣の口と、にせ預言者の口とから、かえるのような汚れた霊どもが三つ出て来るのを見た。彼らはしるしを行う悪霊どもの霊である。彼らは全世界の王たちのところに出て行く。万物の支配者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである。‐‐見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物を着け、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである‐‐こうして彼らは、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に王たちを集めた。 黙示録16章12-16節 ”
27
25
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「あなたの口を大きくあけよ!」旧約聖書・詩篇81篇より
“「あなたの口を大きくあけよ!」旧約聖書・詩篇81篇より(祈祷会ノート)”
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礼拝メッセージ「最後の7つの災害」
“礼拝メッセージ「最後の7つの災害」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録15章1ー8節 また私は、天にもう一つの巨大な驚くべきしるしを見た。七人の御使いが、最後の七つの災害を携えていた。神の激しい怒りはここに窮まるのである。私は、火の混じった、ガラスの海のようなものを見た。獣と、その像と、その名を示す数字とに打ち勝った人々が、神の立琴を手にして、このガラスの海のほとりに立っていた。黙示録15章1-2節 もうアドベント(待降節)を迎えようとしています。2011年を振り返ると、東日本大震災(3.11)が起こり、「想定外」という言葉が多用されました。これ以上「想定外」によって被災しないために、今こそ私たちは、100%の確率で未来を預言し続けている聖書に真剣に傾聴し、災害に備えましょう。 聖書ははっきりと、すべての戦いが終わり、正直者が報われ、正義が勝つ前に、最終的な災害が7つ起こると預言しています。最後の7つの災害は、神に背を向け続け、悔い改めない人々に襲いかかります。 悔い改めて勝利した人々は、神のしもべモーセの歌と小羊の歌とを高らかに歌います。 「あなたのみわざは偉大であり、驚くべきものです。主よ。万物の支配者である神よ。あなたの道は正しく、真実です。もろもろの民の王よ。主よ。だれかあなたを恐れず、御名をほめたたえない者があるでしょうか。ただあなただけが、聖なる方です。すべての国々の民は来て、あなたの御前にひれ伏します。あなたの正しいさばきが、明らかにされたからです。」”
20
19
16
14
礼拝メッセージ「永遠の福音」
“礼拝メッセージ「永遠の福音」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録14章1ー20節 また私は、もうひとりの御使いが中天を飛ぶのを見た。彼は、地上に住む人々、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音を携えていた。彼は大声で言った。「神を恐れ、神をあがめよ。神のさばきの時が来たからである。天と地と海と水の源を創造した方を拝め。」黙示録14章6-7節 「永遠などない」と言う人々がいます。確かに地上で目に映るものの儚さに、永遠を覚えることは難しいでしょう。葉は落ち、花は散るのですから。 けれども天を見上げて、宇宙の彼方を見つめると、小さなことで悩んでいるちっぽけな自分の存在とともに、そんな自分を心に留め、顧みてくださる永遠の福音を覚えることができます。 『あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって、力を打ち建てられました。それは、あなたに敵対する者のため、敵と復讐する者とをしずめるためでした。あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。あなたは、人を、神よりいくらか劣るものとし、これに栄光と誉れの冠をかぶらせました。あなたの御手の多くのわざを人に治めさせ、万物を彼の足の下に置かれました。詩篇8篇2-6節』 永遠の福音、イエス・キリストは、あなたの上に、そしてあなたの一番近くに、いつもおられます。”
12
10
復興・リバイバルのための祈り 詩篇80篇より
“復興・リバイバルのための祈り 詩篇80篇より(祈祷会ノート)”
09
08
礼拝メッセージ「獣の刻印」
“礼拝メッセージ「獣の刻印」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録13章1ー18節 それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がもの言うことさえもできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。また、小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。黙示録13章15-18節 「買うこと」と「売ること」。この二つの行為は、人間が社会の中で生きていくために必要なことです。もし売買が悪意をもってコントロールされたとすれば、役割分担をしながら生活を営んでいるすべての人が、その影響を受けることになります。 右手か額かに獣の刻印がない者は、スーパーマーケットに行っても、食料品や生活用品でさえ買うことができない社会。電気、ガス、水道さえも利用できない社会。信教の自由がそのような形で剥奪される社会。 黙示録は、そのような大変恐ろしい社会が、やがて訪れることを明確に預言しています。情報化、デジタル化、ネットワーク化、グローバル化が急速に進められている今、その暗雲はさらに近づいています。”
06
あなたのための神の計画
“わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。‐‐【主】の御告げ‐‐それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。旧約聖書エレミヤ書29章11−13節(新改訳) For I know the plans I have for you," declares the LORD, "plans to prosper ...”
04
被災者の訴え・問い・嘆願 詩篇79篇より
“被災者の訴え・問い・嘆願 詩篇79篇より(祈祷会ノート)”
03
02
01
10月
31
礼拝メッセージ「宇宙戦争」
“礼拝メッセージ「宇宙戦争」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録12章1ー18節 また、別のしるしが天に現れた。見よ。大きな赤い竜である。七つの頭と十本の角とを持ち、その頭には七つの冠をかぶっていた。その尾は、天の星の三分の一を引き寄せると、それらを地上に投げた。また、竜は子を産もうとしている女の前に立っていた。彼女が子を産んだとき、その子を食い尽くすためであった。女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧するはずである。その子は神のみもと、その御座に引き上げられた。黙示録12章3-5節 黙示録12章には、神の国と悪魔の国の宇宙戦争が啓示されています。最初の場面は、クリスマスを巡っての霊的戦いです。イエス・キリストがクリスマスに降誕なさる時、大きな赤い竜として描かれる悪魔は、産まれて来る幼子イエスを食い尽くそうと待ちかまえていたのでした。 二つ目の場面は、天における天使たちと悪魔たちの戦いです。巨大な竜、悪魔とかサタンとか呼ばれて全世界を惑わすあの古い蛇は、その使い(悪霊たち)とともに、天から地上に投げ落とされました。 三つ目の場面は、地上に投げ落とされた悪魔が怒り狂って神の民(主イエスに従うキリスト者たち)に戦いを挑む場面です。 日夜キリスト者たちを神の御前で訴えていた悪魔は、既に天から投げ落とされました。キリスト者は、小羊イエスの十字架の血と、自分たちのあかしのことばによって、悪魔に打ち勝つことができるのです。”
29
27
26
隠さない伝記が物語るなぞ 旧約聖書・詩篇78篇より
“隠さない伝記が物語るなぞ 旧約聖書・詩篇78篇より(祈祷会ノート)”
24
関東宣教区講壇交換メッセージ「いつくしみ深い神の献身」椎名町教会にて
“関東宣教区講壇交換メッセージ「いつくしみ深い神の献身(椎名町教会にて)」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ルカ福音書10章25ー37節 ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱してやった。次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』ルカ福音書10章33ー35節”
22
21
20
19
心の停電(ブラックアウト)からの回復 旧約聖書詩篇77篇より
“心の停電(ブラックアウト)からの回復 旧約聖書詩篇77篇より”
牧師の心のケアについて
“休日もずっと職場に居続ける社会人を想像して見てほしい。遠からずその人は些細なことで苛立ち、心身共に疲労困憊し、病んでしまうだろう。 牧師館と教会堂が一体化しているような奉仕生活をしている人の場合、休日に努めて外出することによって、心身共にリフレッシュすることができる。良い奉仕をするためには、定期的に遣わされた場と奉仕を離れて休む必要がある。 牧師は休みをとって遊ばなければ、決して良い働きを継続することはできない。仕事中毒からは本当に良い奉仕、豊かに残る実を結ぶクリエイティブな奉仕は生まれない。 by のまちゃん牧師”
18
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礼拝メッセージ「万物の支配者」
“礼拝メッセージ「万物の支配者」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録11章1ー19節 第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、天に大きな声々が起こって言った。「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」それから、神の御前で自分たちの座に着いている二十四人の長老たちも、地にひれ伏し、神を礼拝して、言った。「万物の支配者、今いまし、昔います神である主。あなたが、その偉大な力を働かせて、王となられたことを感謝します。諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りの日が来ました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。」黙示録11章15-18節 やがての未来、万物の創造者であり支配者であられる主イエス・キリストが王となられ、この世の国を永遠に支配なさる時、3つのことが起こります。 1、死者がさばかれる 2、御名を恐れる者たちに報いが与えられる 3、地を滅ぼす者どもが滅ぼされる 「あなたもこれらのことを想定内に入れて、賢く備えて生きよ!」と聖書は未来を啓示しています。”
15
14
13
12
神が立ち上がられる時 旧約聖書詩篇76篇より
“神が立ち上がられる時 旧約聖書詩篇76篇より(祈祷会ノート)”
11
礼拝メッセージ「蜜のように甘い巻き物」
“礼拝メッセージ「蜜のように甘い巻き物」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録10章1ー11節 それから、前に私が天から聞いた声が、また私に話しかけて言った。「さあ行って、海と地との上に立っている御使いの手にある、開かれた巻き物を受け取りなさい。」それで、私は御使いのところに行って、「その小さな巻き物を下さい」と言った。すると、彼は言った。「それを取って食べなさい。それはあなたの腹には苦いが、あなたの口には蜜のように甘い。」そこで、私は御使いの手からその小さな巻き物を取って食べた。すると、それは口には蜜のように甘かった。それを食べてしまうと、私の腹は苦くなった。黙示録10章8-10節 聖書(バイブル)は、神の言葉の正確な記録(レコード)です。神の言葉は、状況の中で神からの霊感(インスピレーション)と啓示を受けた人々によって、祈りつつ細心の注意を払って書き記され、信仰共同体によって奇跡的に受け継がれてきました。 聖書は永遠のいのちに関する最も大切な情報であり事実です。聖書は時が来ると必ずその通りの出来事となる誠実さと力強さを持ったいのちのことばです。世界中の様々な言葉に翻訳され、出版され続けている聖書は、旧約聖書と新約聖書を合わせた66巻で完結しています。 聖書を食べるように味わい、神の言葉が私たちの内に受肉する時、蜜のような甘さと共に、苦みも味わうことになります。それは、受肉された神の言葉であられる主イエス・キリストが、蜜のように甘い愛であられるが故に、失われた人の羊飼いなき姿、病、死の現実をご覧になる時、腸を痛められるからです。”
09
08
07
牧師が意訳したSteve Jobsの言葉
“Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. あなたに与えられている時間(この地上の人生)には限りがあるんだ。だからあなたの人生を生きることによって、貴重な時間を無駄にしないでほしい。 Don't be trapped ...”
03
礼拝メッセージ「底知れぬ穴から」
“礼拝メッセージ「底知れぬ穴から」(クリックで聴けます) 聖書箇所:ヨハネの黙示録9章1ー21節 第五の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、私は一つの星が天から地上に落ちるのを見た。その星には底知れぬ穴を開くかぎが与えられた。その星が、底知れぬ穴を開くと、穴から大きな炉の煙のような煙が立ち上り、太陽も空も、この穴の煙によって暗くなった。その煙の中から、いなごが地上に出て来た。彼らには、地のさそりの持つような力が与えられた。黙示録9章1-3節 やがての未来、亡国のトランペットが鳴り響く時、次のような災害が順に起こります。 第一トランペット:陸地の緑が1/3焼失する。 第二トランペット:海と舟の 1/3が失われる。 第三トランペット:川と水源の1/3が苦くなり、多くの人が死ぬ。 第四トランペット:太陽月星の1/3が暗くなる。 第五トランペット:底知れぬ穴から出て来るいなごにより、神の印のない人に、5ヶ月間苦痛がもたらされる。 第六トランペット:人類全体の1/3が死亡する。 そして、「これらの災害によって殺されずに残った人々は、その手のわざを悔い改めないで、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木で造られた、見ることも聞くことも歩くこともできない偶像を拝み続け、その殺人や、魔術や、不品行や、盗みを悔い改めなかった。」と預言されています。”
01
9月
30
29
28
すべてが揺れ動く今、あなたがすべきこと(詩篇75篇より)
“すべてが揺れ動く今、あなたがすべきこと(詩篇75篇より)祈祷会ノート”
27
群馬県のキリスト教会マップ Ver.0.9
“View 群馬県のキリスト教会 ver.0.9 in a larger map”
26
25
24
埼玉県のキリスト教会マップ(Ver.0.9)
“View 埼玉県のキリスト教会 in a larger map 1ページ目には収まらない教会があります。larger mapで2ページ目をご確認ください。”
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21
大災害で被災した者たちの祈り
“大災害で被災した者たちの祈り 旧約聖書詩篇74篇より”
20
19
17
16
14
内なるねたみ(ルサンチマン)に打ち勝つ秘訣 旧約聖書・詩篇73篇より
“ 内なるねたみ(ルサンチマン)に打ち勝つ秘訣 旧約聖書・詩篇73篇より(祈祷会ノート)”
13
12
09
08
THE OBEDIENCE OF THE SON OF GOD
“That Jesus Christ is very God is shown in His way into the far country ...”
basis of creation
“If by the Son or the Word of God we understand concretely Jesus, the Christ, ...”
Interactive Education インタラクティブ・エデュケーション
“親は子どもによって育てられる。 教師は生徒によって育てられる。 医師や看護師は患者によって育てられる。 政治家は国民によって育てられる。 ビジネスマンは顧客によって育てられる。 夫は妻によって育てられる。 牧師は信徒によって育てられる。”
07
世界を変える政治の秘訣 旧約聖書詩篇72篇より
“世界を変える政治の秘訣 旧約聖書詩篇72篇より”
06
05
02
01
PRAISE BAND 賛美 2011年8月28日
“PRAISE BAND 賛美 2011年8月28日”
8月
31
信仰者として恥を見ない秘訣 詩篇71篇より
“信仰者として恥を見ない秘訣 旧約聖書詩篇71篇より(祈祷会ノート)”
30
27
草食系男子から植物男子へのシフトという危機
“少し前まで「草食系男子」と「肉食系女子」という表現がなされていましたが、最近は「植物男子」とか「植物系男子」という新語が用いられるほど事態は深刻化しているようです。以下の2冊はその原因と考えられる「環境ホルモン」に関する本です。放射能も未来を脅かすものですが、環境ホルモン汚染もレベル7ぐらいまで来ているかもしれません。 その1:メス化する自然 環境ホルモン汚染の恐怖     デボラ・キャドバリー著、集英社(1998年) この本はそのタイトルにあるように、環境ホルモンによって汚染され、地球規模でメス化している自然の危機を訴えている。 環境ホルモンとは、環境中に存在していて女性ホルモン(エストロゲン)と同じ働きをする合成化学物質のことである。環境ホルモンの正式な名称は「内分泌かく乱物質」であり、生物のホルモンシステムをかく乱する。 人間はもちろん、あらゆる生物は、胎児期に環境ホルモンにさらされると、生殖健康(Reproductive Health)に致命的なダメージを受ける。 メスに性転換していく魚、メス同士で巣を作るカモメ、生殖不能になったオスのワニやヒョウ、人間の精子数の激減や子宮内膜症の増加、新生児の性器異常などが世界各国から報告されている・・・。 合成エストロゲンのDESやピル、工業用科学物質のビスフェノールA、殺虫剤のDDTやDDE、PCBやダイオキシン類などなど。本書が書かれた時点で、70種類をこえる化学物質が環境ホルモンとして挙げられている。 科学技術や現代医学に対する警鐘を鳴らしている本書は、進化論の立場ではあるが必見である。 その2:奪われし未来 増補改訂版 シーア・コルボーン、ダイアン・ダマノスキ、 ジョン・ピーターソン・マイヤーズ共著、翔泳社(2001年) 「環境ホルモン」すべてはこの1冊から始まった。子どもの減少や精神異常による人類の退化、化学物質による地球汚染の恐ろしさを具体的に予言した本書は、20世紀の名著と言える。ー柳澤桂子 1926年、R・カーソンは「沈黙の春」のなかで「私たちは母の胎内に宿ったそのその時から化学物質の呪縛のもとにある」と言っている。本書はまさにその呪縛を実証したのだ。ー上遠恵子 平均男性の精子数が50年で半減していたなど、衝撃的事実が推理小説の筆致で語られる。21世紀への最大の警告の書。ー大内照之 ”
26
スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション―人生・仕事・世界を変える7つの法則
“ アップルのスティーブ・ジョブズがティム・クックさんに素晴らしい形でバトンタッチしたことを覚えて、本屋で立ち読みして買って来ました!ぜひお勧めの本です!”
24
いじめ・虐待・ハラスメント・バイオレンス対処法 旧約聖書詩篇70篇より
“いじめ・虐待・ハラスメント・バイオレンス対処法 旧約聖書詩篇70篇より(祈祷会ノート)”
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22
20
19
14
12
10
泥沼にはまった時の対処法 詩篇69篇より
“泥沼にはまった時の対処法 詩篇69篇より(祈祷会ノート)”
GACKT「野に咲く花のように」
“ 苦しみと痛みの中でも、粘り強く神を信頼し、 決して負けずに強い意志を貫き、
祈ることをあきらめたりしないで夢をかなえる。”
07
05
03
神に従う人生の素晴らしさ 詩篇68篇より
“神に従う人生の素晴らしさ 詩篇68篇より 祈祷会ノート2011年8月3日”
01
7月
29
子どもを放射能から守るために
“東京大学にも素晴らしい教授がおられました。主よ感謝します! 児玉龍彦氏(東京大学先端科学技術研究センター教授 東京大学アイソトープ総合センター長)”
セックスの光と陰
“セックスの光と陰”
28
27
あなたが先に選ばれた理由ー教会の目的宣言文のために
“あなたが先に選ばれた理由ー教会の目的宣言文のために”
26
25
22
20
苦しみを乗り越える秘訣
“苦しみを乗り越える秘訣”
18
15
楽しく元気に生きる秘訣
“楽しく元気に生きる秘訣(青年福音喫茶ノート)”
14
BACH:THE GOLDBERG VARIATIONS(GLENN GOULD)
“ グレン・グルードによるバッハのゴールドベルク変奏曲ピアノ演奏(55年モノラル盤)です。今日中古で買ってきました。バッハが三拍子を多用して表現した三位一体の神への賛美であり祈りとしての曲が、軽快にそして美しくピアノで演奏されています。 グルードの地上における音楽の旅は、このゴールドベルクで始まり、そしてゴールドベルクで終わっています。 聞き比べると、山肌を勢い良く滑り落ちていた水が、ゆったりと懐広く流れる大河となったようです。 ”
13
大収穫をもたらす恵みの雨を招く秘訣
“大収穫をもたらす恵みの雨を招く秘訣 旧約聖書詩篇65篇より 祈祷会ノート”
12
日本同盟基督教団の素晴らしさの一つ
“日本同盟基督教団の素晴らしさの一つ 私たちが所属している日本同盟基督教団の素晴らしさの一つは、毎年バージョンアップして発行される「祈りのネットワーク」ではないでしょうか。「祈りのネットワーク」によって祈りの絆が深められる時、宣教協力が目に見える形となって前進します。 それぞれの国や地において主イエスに呼び集められ、建てられている地域教会。教師や宣教師たち。各宣教区と国内宣教。バイブルキャンプと国外宣教。神学生と神学教育機関。教団事務所、各部・委員会、そして理事会。互いの尊い働きにおける祈りのリクエストが毎年アップデートされ、「祈りのネットワーク」の中に収録されています。 「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。 人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、 そういう人は多くの実を結びます。 わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。」 ヨハネ福音書15章5節 上記のみことばのように、互いに委ねられた地において、ぶどうの木である主イエスとの絆を深め、豊かな実を結ぶ枝とされる。さらに互いに祈り合うことによって同労者の絆を深め、日本(Japan)とアジア(Asia)と世界(World)に一緒に出て行き、仕える僕(Servant)となる。そしてすべての栄光が、神にのみ帰される。そのために「祈りのネットワーク」は、非常に具体的な助けと力になる小冊子です。 今年はぜひ一人一冊「祈りのネットワーク」をお求めくださり、日々の祈りの中で用いてくだされば感謝です。 野町真理(杉戸キリスト教会牧師・国外宣教委員)”
11
東日本大震災が起こってからちょうど4ヶ月
“東日本大震災が起こってから、ちょうど4ヶ月が経った。 今日持たれた教師会の中で、既存のキリスト教会が牧師を招聘する際に、「即戦力」を求める傾向が強くなっているということが話題の中で語られた。 「即戦力」、つまり訓練や準備をしなくてもすぐに使える戦力。実はこの言葉こそ、3月11日に起こった東日本大震災が明らかにした、この国の問題の本質を、見事に言い当てた言葉ではないかと私は思う。 学校の教職員、会社の社員、国会の議員、病院の医師や看護士、福祉施設の介護士、そしてキリスト教会の教職者。 いかなる職業においても、即戦力を第一とした人材育成が行われる時、互いの未熟さの故に、必要以上の失敗、ミス、トラブルが多発し、大きな人災に至る。 しかし熟練した働き人であるならだれでも、数えきれないほど多くの失敗を犯し、多くの方々に多大な迷惑をかけ、多くの方々に本当にお世話になり、長い時間をかけてじっくりと育てられてきたはずだ。 かつてお山の大将であった荒削りの岩は、大河の流れの中で、ゆったりとした時間の中で、上流から中流、中流から下流へと下り、そして丸いきれいな石に変えられるのだ。 あなたもそのようにして育てられたからこそ今のあなたがあるはず。 これ以上、必要以上の被害者を出さないために、「即戦力」という言葉の持つ魅力にだまされないでほしい。 そしてあなたが受けてきたそのように、忍耐と寛容と親切をもって、後輩を、次世代の人材を、決して見捨てずに、すぐに見切らずに、暖かく育てることに携わっていだきたい。”
10
08
07
神のいつくしみときびしさ
“杉戸キリスト教会週報をデジタル化して足跡を振り返ると、今も生きておられ、歴史を導いておられる神を覚えざるを得ません。 特に今年の3月11日に東日本大震災が起こるまでに、主日(日曜日)ごとの礼拝で語らせていただいた聖書箇所とメッセージの内容を覚える時、神のいつくしみと共に、神のきびしさを覚えざるを得ないのです。 なぜなら3月11日に至る前に、私は旧約聖書の創世記から順番に講解説教していて、ちょうどノアの箱舟のテキストにおいて、大洪水のことを語り終えた後、あの大震災と大津波、そして原発震災が起こったのですから。 愛する皆さん。防災のために、ぜひ聖書に書き記されている未来を想定内に入れた人生設計をしてください。聖書に書かれていることはすべて、時が来ると必ず出来事になる、その通りになる確かな神のみことばなのですから。”
06
愛児舎母の会資料2004年
“愛児舎母の会資料2004年”
キリスト教保育について
“キリスト教保育について”
聖書が語る親子関係
“聖書が語る親子関係”
Footprints足跡
“Footprints足跡 Footprints One night I dreamed a dream. I was walking along the beach with my Lord. Across the ...”
ことばの暴力対処法
“ことばの暴力対処法 旧約聖書詩篇64篇より 祈祷会ノート”
疲れた者に優しく語られた生き方の処方箋
“疲れた者に優しく語られた生き方の処方箋”
愛が町に来た時 When Love comes to the town
“愛が町に来た時 When Love comes to the town”
05
04
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変わらない愛の秘訣 青年福音喫茶(SUGITO GOSPEL CAFE)ノート
“変わらない愛の秘訣 青年福音喫茶(SUGITO GOSPEL CAFE)ノート”
日本同盟基督教団105周年記念大会 横浜宣言
“日本同盟基督教団105周年記念大会 横浜宣言”
韓国を訪れて
“韓国を訪れて”
私の志
“私の志”
アブラハムの生き様を通して仰ぐ神の御思い
“アブラハムの生き様を通して仰ぐ神の御思い”
聖書とは
“聖書とは”
罪人を招くために マタイ福音書9章
“罪人を招くために マタイ福音書9章”
6月
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新しい人間についての説教 ルドルフ・ボーレン師
“新しい人間についての説教 ルドルフ・ボーレン師”
神の恵みを得る秘訣 詩篇63 祈祷会ノート
“神の恵みを得る秘訣 詩篇63 祈祷会ノート”
お金を賢く用いる秘訣
“お金を賢く用いる秘訣”
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浜田省吾 路地裏の少年
“ 浜田省吾本人によるギターとハーモニカと歌だけの「路地裏の少年」です。”
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国外宣教第2号 七十五歳の再出発
“国外宣教第2号 七十五歳の再出発”
国外宣教研修会 in Taiwan 2006
“国外宣教研修会 in Taiwan 2006”
生ける水 豊橋技術科学大学聖書研究会資料
“生ける水 豊橋技術科学大学聖書研究会資料”
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健康な世界宣教のかぎ
“健康な世界宣教のかぎ”
日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰
“日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰”
2000年度日本同盟基督教団補教師試験論文
“2000年度日本同盟基督教団補教師試験論文”
戦後の日本同盟基督教団を特徴づけたもの吉持章師
“戦後の日本同盟基督教団を特徴づけたもの吉持章師”
福音主義に立つ日本同盟基督教団
“福音主義に立つ日本同盟基督教団 2008年松原湖研修会資料 講演1  福音主義の歴史  山口陽一師 講演2  福音主義と現代  遠藤勝信師 講演3  福音主義と将来  中谷美津雄師 聖 会  聖書信仰に生きる 岡村又男師”
信教の自由セミナー2009 岡山英雄師資料
“信教の自由セミナー2009 岡山英雄師資料”
聖霊論ブックレポート
“聖霊論ブックレポート”
日本伝道百年史ブックレポート
“日本伝道百年史ブックレポート”
第4回日本伝道会議沖縄宣言
“第4回日本伝道会議沖縄宣言”
私の目指す教会教育
“私の目指す教会教育”
カルト宗教の人間観
“カルト宗教の人間観”
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キリスト教における異端について
“キリスト教における異端について”
富士大石寺顕正会リサーチ
“富士大石寺顕正会リサーチ”
エホバの証人王国会館フィールドリサーチ
“エホバの証人王国会館フィールドリサーチ”
豊川稲荷フィールドリサーチ
“豊川稲荷フィールドリサーチ”
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ありがとう at 結婚式
“ありがとう at 結婚式”
釈義から説教へ
“釈義 使徒14章8−18節 説教「教会の働きとしての証し」 ”
英語スピーチコンテスト原稿 LIFE IS JUST LIKE MOUNTAIN CLIMBING
“英語スピーチコンテスト原稿 LIFE IS JUST LIKE MOUNTAIN CLIMBING”
「サボテンと毛虫・美しい日本に」高俊明師
“「サボテンと毛虫・美しい日本に」高俊明師(台湾基督長老教会元総幹事)”
日本同盟基督教団の特色
“日本同盟基督教団の特色”
ロゴスという言葉を用いた福音提示について
“ロゴスという言葉を用いた福音提示について”
神の痛みの神学のキリスト中心的理解
“神の痛みの神学のキリスト中心的理解”
三位一体の神・神学論文
“三位一体の神・神学論文”
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教会史における所属教会の位置
“教会史における所属教会の位置”
歴史における科学とキリスト教
“歴史における科学とキリスト教”
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09
ロックの日に私の好きな浜田省吾の歌を一曲
“ ロックの日に私の好きな浜田省吾の歌を一曲。 「日はまた昇る」”
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Spirit Song MV - Maranatha Singers
“ O let the Son of God enfold You With His Spirit and His love Let Him fill ...”
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5月
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お勧めの漫画「ジパング」
“ 大人が読んでも読み応えのあるお勧めの漫画です。”
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福島第一原発3号機の爆発についての解説 4月26日
“ 福島第一原子力発電の3号機の爆発が1号機の爆発と比較検討され、水素爆発ではなく即時臨界(核爆発)が起こっていたと考察されています。 3号機はプルサーマルが導入されていたことを考えると、納得がいきます。 プルサーマルは和製英語で、「プルトニウムplutonium」と「サーマルthermal」を合成して作られた用語。ウランとプルトニウムの混合酸化物(MOX:mixed oxide of uranium-plutonium)を燃料に加工して使うため、より取り扱いに慎重を要する。”
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4月
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原子力発電所問題に取り組むために
“2011年4月28日更新 原子力発電所問題に取り組むためには、まず私たちの内にある問題(聖書では罪と呼ぶ)に向き合い、立ち向かわなければならない。私たちの内にある問題は、高慢、虚偽、怠惰という3つの形で表面化する。 1、高慢という罪 地位や権力やお金を手にして、なお高慢にならない人がいるだろうか。学歴や業績や経験によって、自分を他の人よりも優れていると思わない人がいるだろうか。そんな人はいない。その結果、自分を過信し、技術や科学を過信し、絶対安全だとか絶対大丈夫だという言葉を、癒着しながら大まじめに口にすることができるようになる。そのような高慢はどこから生じるのだろうか。そのような高慢は、自分が神になろうと試みるところから生じる。その高慢は、「神はいない。私は造られたわけでも生かされているわけでもない。」、「救い主など必要ない。私が救い主だ!私は自分で自分を救うことができる。」という最悪のレベル7に至る。しかし想定外の出来事が起こると、たちまち制御不能状態、コントロール不能状態に陥る。 さらに神に対する高慢は、他の人々に対する高慢でもある。すなわち「あんたなんかいなくても私は一人で生きていける」という高慢である。このような高慢が他者と共に生きることを拒絶し、不健全な個人主義をもたらしている。そのような高慢によって、背筋の凍るような孤独が広がっていく。実は孤独死問題もこのような高慢がもたらしている。 2、虚偽という罪 一度ウソをついてしまうと、そのウソを隠し続けるためにウソをつき続けなければならない。その結果、全部ウソだったということになる。一度もウソをついたことのない人がいるだろうか。そんな人はいない。何か問題が起こると、私たちは実に巧みな虚偽の言葉によって、自己正当化しながら誰かに責任転嫁をし、不都合な情報を隠蔽し、必死になって自己保身、責任逃れをすることしかできない。放射能は死の灰と呼ばれている。放射能が健康に良くて元気になれるというのは真っ赤なウソである。放射能が飲食や呼吸によって体内に取り込まれ、内部被曝状態になれば、確実に肉体と遺伝子情報を破壊していく。特に妊婦や乳幼児が影響を受けやすい。 3、怠惰という罪 楽をして怠けたいと思わない人がいるだろうか。自分さえ安全で豊かな人生を生きることができたら、他の人がどうなってもかまわないと思わない人がいるだろうか。そんな人はいない。その結果、自分はきつい仕事から逃げ、危険な仕事や職場からも逃れ、できるだけ楽で収入の多い仕事を慕い求めることになる。ひと度甘い汁を吸い始めたら、もうやめられないだろう。チェック機関がきちんとした安全確認を怠るなら、複雑な構造を持つ巨大な原子力プラントが大事故を起こすのは時間の問題となる。 ★結論と適用 実に私たちの内にある同じ問題が、原子力発電所とその社会システム全体(政府、政治家、官僚、学者、原子力安全・保安院、電力会社、顧客、地域住民)を生み出し、危険な暴走を肯定し続け、原発震災をもたらすのである。そして福島原発や柏崎刈羽原発で作られた電気は、その地方で使われることなく首都圏へ長距離送電線で送られて来る。首都圏において豊かに電気を消費しながら生活している者が、原子力問題を避けて通ることはできない。 しかし私たちの内にある罪と言う名の問題、すなわち高慢、虚偽、怠惰に、自分の力で打ち勝つことのできる人がいるだろうか。そんな人はひとりもいない。 私たちの内にある問題、高慢、虚偽、怠惰に打ち勝つためには、それらに謙遜、真実、忠実によって打ち勝ってくださった勝利者である主イエス・キリストを信じて受け入れ、聴く祈りによって聖書に親しみ、熱心に求める祈りによって聖霊に満たされ続け、キリストと共に生き続ける以外にない。”
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お勧めの本「原子炉時限爆弾ー大地震におびえる日本列島」
“ 原子力発電に賛成の方も反対の方も、ぜひお読みになってください。日本における原子力発電の是非を問うためには、必読の書です。 以下本文より。 科学的・論理的に考えれば、周期的に到来する東海大地震は間違いなく起こることであり、これを否定する人間は、電力会社にも一人もいない。その時に、浜岡原発が破壊され、取り返しのつかない末期的な大事故が起こる可能性は、ほぼ百パーセントと言ってよい。これは、時限爆弾の爆発を待っている、ということになる。私たちに分らないのは、その時限爆弾が、いつ爆発するようセットされているか、その時刻だけなのである。 ”
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Because He Lives 主イエスが生きておられるから
“Because He Lives ~ William and Gloria Gaither ~ 日本語訳歌詞(1番)  神は人を 愛されて     そのひとり子を この世におくり  私たちの 罪のために    十字架につけて くださった  主は今  生きておられる  我が内に    おられる  すべては 主の御手にあり  明日も生きよう 主がおられる 英語の歌詞と試訳 God sent His son, they called Him Jesus. ...”
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大震災で疲れているあなたにこの動画はオススメ!
“ Nature Time Lapse 2 -微速度撮影動画まとめ2- (HD 720p) 山好き、アウトドア好きにはたまりません!”
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私が原発に反対する理由その6:原発を停止するためなら喜んで節電しますが、実は原発を止めても電気は十分足りるから
“私が原発に反対する理由その6:原発を停止するためなら喜んで節電しますが、実は原発を止めても電気は十分足りるから 火力発電と水力発電だけで、十分最大電力をまかなえます。安全でない原発がなくても、電気は大丈夫なはずです。 その根拠は、例えば以下のような電力会社の長期ビジョンにあります。電力会社が、オール電化キャンペーンや電気自動車キャンペーンによって需要を増やさなければならないほど、電気は十分足りているのです。 中部電が長期ビジョン、電力需要低下に危機感(日本経済新聞 2011/2/25より引用) 中部電力が初めて策定した長期の経営ビジョンは、地盤である中部地方で電力需要が将来減少に転じることへの危機感がにじむ内容となった。人口減少など構造変化に備え、家庭や工場での電化推進などで新たな需要を創出し、海外投資を大幅に上積みして収益源に育てる考えだ。… 構造的な需要減を食い止めるため、「ビジョン」では30年までに現在の販売電力量の15%分に相当する200億キロワット時の需要を創出する方針を明記。オール電化の推進や電気自動車の普及などに取り組む考えだ。”
私が原発に反対する理由その5:原発、再処理工場、高速増殖炉等からの良質なウランやプルトニウムは核爆弾に利用される危険がある
“私が原発に反対する理由その5:原発、再処理工場、高速増殖炉等からの良質なウランやプルトニウムは核爆弾に利用される危険がある 日本各地の原発、青森六ヶ所村の再処理工場、もんじゅなどの高速増殖炉などからは、良質なウランやプルトニウムを生み出すことが可能です。これらは原爆のような核爆弾に利用される危険が十分にあります。なぜなら日本の技術力は、核実験をしなくても確実に起爆できる核爆弾を造ることが可能なほどレベルが高いからです。 この国は、世界で唯一、原子爆弾の恐ろしさを体験を通して知っているはずです。本気で戦争反対、核廃絶、ノーモア広島、ノーモア長崎を考えるからこそ、私は原発に反対する側に立っています。”
私が原発に反対する理由その4:原発はお金のばらまきによって地域社会を不健全にするから
“私が原発に反対する理由その4:原発はお金のばらまきによって地域社会を不健全にするから いくら金をもらって道路や施設が良くなっても、豊かになったとは思わない。心が貧しくなっている。 ・・・この町には自助努力ということがなくなってしまった。何かと言うと中電にねだればいいとか、プルサーマルやってお金をもらえばいいとか。うちの娘が小学生の時の話だけど、いたずら小僧がけんかして学校の窓ガラスを割っちゃったらしい。それで先生が怒ったら、その子は「いいじゃん、先生。中電に言えばすぐ直してくれる」と言ったと娘が話してくれた。「ああ、親がそういうふうに言ってるんだな」と思って情けなかった。 浜岡原発の危険 住民の訴え 実践社 より ”
私が原発に反対する理由その3:原発は通常運転においても必ず被爆が伴うから
“私が原発に反対する理由その3:原発は通常運転においても必ず被爆が伴うから 原発は通常運転においても、必ず被曝が伴います。特に深刻なのは、維持管理のための定期点検(メンテナンス)の際、現場作業員が健康が損なわれるレベルの被曝をすることが避けられないということです。日本のどこの原発においても、ロボットではなく私たちと同じ生身の人間が、命を削るようにして手作業をされています。そのため多くのベテラン原発技術者や日雇いの労働者・作業員たちが、被曝によって既に亡くなられています。以下に紹介する平井憲夫さんもそのような人生を歩まれて、地上の人生を終えられた一人です。 原発がどんなものか知ってほしい 平井憲夫”
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私が原発に反対する理由その2:原発はクリーンエネルギーでなく温暖化を加速させている
“理由その2:原発はクリーンエネルギーでなく温暖化を加速させている 原発の建設、燃料ウランの採掘、輸送、濃縮、加工、放射性廃棄物の処理などで、大量の二酸化炭素(CO2)を排出しています。 さらに原発においては、熱エネルギーの1/3しか電気になりません。残りの2/3は温排水として常時海に排出されています。つまり原発は発電時においても、発電量の2倍の熱量で24時間ずっと海を加熱し続けているのです。日本全体の商業用原子炉54基によって、約1億キロワットで海を加熱しています。 とにかく原発は、常時大量の冷却水を必要とします。だから津波のリスクがあるにも関わらず、海岸などに建設されているのです。浜岡原発においてすべての原発を稼働させた場合、利根川の平均流量(291立方メートル/秒)を越える水(332立方メートル/秒)を取水し、高温(海水温+7から8度)になった同量の温水を海に排出することになります。原発は、直接温暖化に貢献しています。 原発は、エネルギー変換効率が非常に悪いことによっても、温暖化に貢献しています。 原発の発電効率は約30%~35%。 火力=約40% 最新火力=50% 原発は安全運転するために、常に100%出力で運転しなければなりません。原発特有の長距離送電を考慮すると、送電ロスによってさらに効率の悪いものとなります。”
私が原発に反対する理由その1:原発はリスク(危険)が高すぎる=安全ではない
“理由その1:原発はリスク(危険)が高すぎる(=安全ではない。安全とはリスクが小さいこと。) 原発は事故が起こらない通常運転においても厄介な放射性廃棄物を生み出します。プルトニウム239の半減期は約2万4千年です。14万年後でも1/64にしかしかなりません。そのような高レベル廃棄物は、100万年ぐらい監視を続けなければならないほど危険な毒性物質です。未来の子どもや孫たちに危険な管理を押しつけることになります。捨てる場所に困る危険なゴミを無責任に出すのは止めましょう。 さらに、多くの原発が活断層や定期的に起こる海溝型巨大地震想定震源域の上に建てられており、地震や津波の脅威に対する想定が甘く、想定外が多すぎます。この度のような大震災によって事故になると、風や海流に乗って、空気、土地、海、水、食べ物などが放射能で汚染されます。 実は私が以前から祈りに覚えていたのは、福島原発よりも浜岡原発の方でした。 ”
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原発や放射能が心配な方のための信頼できる厳選お勧めリンク
“1、武田邦彦教授(中部大学)の緊急情報 2、原発がどんなものか知ってほしい(全)”
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放射能よりも恐ろしいものは何ですか?
“問い:放射能よりも恐ろしいものは何ですか? 答え:それは聖書が語る罪です。 問い:聖書が語る罪とは何ですか? 答え:聖書が語る罪とは、「主の祈り」をひっくり返した以下のような祈りが指し示す生き方です。 主の祈りではまず、「御名(神のお名前)をあがめられますように。」と祈るように教えられていますが、これをひっくり返すと、「自分の名前があがめられますように。」となります。これは「神を神とせず自分を神とすること」を願う罪です。 主の祈りでは第二に、「御国(神の国)が来ますように。」と祈るように教えられていますが、これをひっくり返すと、「自分の国が来ますように。」となります。これは「神を中心とせず自分を中心とすること」を願う罪です。 主の祈りでは第三に、「みこころ(神のご計画)がなりますように。」と祈るように教えられていますが、これをひっくり返すと、「私の願いがかかなえられますように」となります。これは「神を信頼せず自分を信頼し、神でさえも自分のために利用すること」を願う罪です。 主の祈りでは第四に、「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください。」と祈るように教えられていますが、これをひっくり返すと、「私は自分の力と知恵で今日も糧を得よう。」となります。これは「神のおかげで生かされていることを否定し、すべては自分のおかげであること」を願う罪です。 主の祈りでは第五に、「私たちの罪をお赦しください。私たちも私たちに罪を犯すものを赦します。」と祈るように教えられていますが、これをひっくり返すと、「誰でも私に罪を犯すものは赦さず報復しよう。」となります。これは「自己中心な基準を持ち、自分に甘く人には厳しく」を願う罪です。 主の祈りでは第六に、「私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください。」と祈るように教えられていますが、これをひっくり返すと、「私は自分の力で試みや悪に打ち勝つことができる。」となります。これは「自分が自分の救い主(キリスト)であること」を願う罪です。 主の祈りでは最後に、「国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。」と祈りますが、これをひっくり返すと、「国と力と栄えは、永遠に私のものだ。」となります。これは「すべての栄光と所有権を自らに帰すこと、神のものを私のものとすること、つまり自分が神になること」を願う罪です。 問い:なぜ聖書が語る罪は放射能よりも怖いのですか? 答え:聖書が語る罪は、肉体だけでなく魂を永遠に滅ぼすことができるからです。放射能は肉体を滅ぼすことができても、魂を滅ぼすことはできません。そして私たちの内にある罪は、自分で制御することができず、罪の鎖を自ら断ち切って逃げることも不可能だからです。 問い:罪から逃れ、救われることは不可能なのですか? 答え:イエス・キリストは、私たちの罪悪で放射能以上に汚染されたこの地に、天から降りて来られました。それは、放射能よりも恐ろしい罪から、私たちを救い出すためでした。 問い:イエス・キリストとはどのようなお方なのですか? 答え:イエス・キリストは人となられた生ける神ご自身です。世界で最初のクリスマスに、万物を創造された無限の神が、私たちと同じ有限の肉体を持った人間に、しかも泣くことしかできない無力な赤ちゃんになられたのです。イエス・キリストは、「悲しみを知る方」であり、「痛みを知る方」であり、そして「病を知っていた方」です。 問い:なぜイエス・キリストは、「悲しみ」や「痛み」や「病」を知っておられるのですか。 答え:それはイエス・キリストが、被災地に実際に赴いた結果、もはや支援者ではなく、被災者になられたからです。 杉戸信仰問答 2011年4月5日更新 Ver.1.1”
福島の諸教会と津波被害 with PENTAX K-7
“ 今日、支援物資を届けに行って来ました。”
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キリスト教の中心ー神われらと共に
“私たち人間は否定した。私たち人間を造り、共に生きるようにと招かれた創造主なる神を。 それ故私たち人間は、神の最高傑作としての自分自身を否定し、絶望的な状況に陥った。 しかし神は、イエス・キリストにおいて、そのような望みなき人間に、救いの手を差し伸べてくださった。 神われらと共に キリスト教の中心とは何か? 信仰の対象、愛の起源、希望の内容とは何か? 福音の中心、福音の対象・起源・内容の中心とは何か? それは、「和解の業において成就された契約」である。 和解論が取り扱う、この「キリスト教の中心」の近似値=「神われらと共に」 狭い共同体(教会)から広い共同体(地域住民)に向かっての福音宣教 神は狭い共同体(教会)の方々と、共におられる。 しかしそれだけではない! 神は、まだ福音を聞いたことがないすべての方々とも、共におられる。 神は、まだ福音を知らないすべての方々とも、共におられる。 神は、広い共同体(地域住民)のお一人お一人と、共におられる。 被災地におられるあなた。神はあなたと共におられます。  大切な方を亡くされたあなた。神はあなたと共におられます。   泣いてるあなた。神はあなたと共におられます。    インマヌエルー神は私たちとともに。     インマヌエルーいつも共におられるイエス・キリストは、そう呼ばれています。    インマヌエルー神は私たちとともに。   途方にくれているあなた。神はあなたと共におられます。  慰められることを拒んだあなた。神はあなたと共におられます。 被災地におられるあなた。神はあなたと共におられます。 1、神の一つの行為・行為における神の中心的出来事の報道 2、今ここで唯一無比な出来事として起こる唯一の特別な行為 3、人間の救済(存在の究極)に関する出来事・救済史 4、救済が定められている人間と共に(創造の目的としての救済) 5、救済と存在を失った人間・放蕩息子として悲惨の中に生きている人間と共に 6、以前の状態の回復をはるかに超える、さらにより偉大なこと   究極・救済・完成・終末・エスカトンの到来 7、われら神と共にー信仰と希望と愛、神の恵みの讃美”
3月
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大震災報道映像の違和感
“この違和感は何だろうか。 まるで映画のようだが、映画の映像でもない。 リアルだけどリアルさがない。 この国で現実に起こっていることなのに、現実味がない。 なぜか。 それは、報道映像では一人の遺体も、一人の死につつある人も、決して画面に現れないから。 映画であれば、人が死んでいくシーンや数えきれない遺体が、これでもかと露骨に画面にクローズアップされるのに。 巧みにリアルを切り取って編集された報道映像は、もはや仮想現実・バーチャルリアリティでしかない。 生身の人間の無力さ、死という現実、魂の叫び。 そういったリアルを巧みに覆い隠した、血の通わない仮想現実・バーチャルリアリティでしかない。 JKTS被災地へ医療スタッフとして行かれた方のブログ ”
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浜岡原発が危険です!STOP-HAMAOKA Ver. 1.5
“ 浜岡原発が危険です!”
聖書に記録された緊急祈祷課題発信について
“★エステル記に記録されたエステルの緊急祈祷課題発信 行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。そこで、モルデカイは出て行って、エステルが彼に命じたとおりにした。エステル4章16−17節 ★ヨナ書に記録されたニネベの指導者たちの緊急祈祷課題発信 ヨナはその町に入って、まず一日目の道のりを歩き回って叫び、「もう四十日すると、ニネベは滅ぼされる」と言った。そこで、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者から低い者まで荒布を着た。このことがニネベの王の耳に入ると、彼は王座から立って、王服を脱ぎ、荒布をまとい、灰の中にすわった。王と大臣たちの命令によって、次のような布告がニネベに出された。「人も、獣も、牛も、羊もみな、何も味わってはならない。草をはんだり、水を飲んだりしてはならない。人も、家畜も、荒布を身にまとい、ひたすら神にお願いし、おのおの悪の道と、暴虐な行いから立ち返れ。もしかすると、神が思い直してあわれみ、その燃える怒りをおさめ、私たちは滅びないですむかもしれない。」神は、彼らが悪の道から立ち返るために努力していることをご覧になった。それで、神は彼らに下すと言っておられたわざわいを思い直し、そうされなかった。ヨナ書3章4−10節”
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被災地におられるあなた。神はあなたと共におられます。
“被災地におられるあなた。神はあなたと共におられます。  大切な方を亡くされたあなた。神はあなたと共におられます。   泣いてるあなた。神はあなたと共におられます。    インマヌエルー神は私たちとともに。     インマヌエルーいつも共におられるイエス・キリストは、そう呼ばれています。    インマヌエルー神は私たちとともに。   途方にくれているあなた。神はあなたと共におられます。  慰められることを拒んだあなた。神はあなたと共におられます。 被災地におられるあなた。神はあなたと共におられます。”
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その時
“その時 巨大津波がジェット機のような早さで襲いかかったその時、 防波堤も防潮堤も、みんなみんな腰砕けになってしまった。 大切な不動産が、動いて壊れてしまった。 大切な車も、マッチ箱のように波間に漂った。 大切な船も、建物の上や陸地に運ばれ、取り残された。 何よりつらいのは、大切な愛する家族や友人たちと、離ればなれになってしまったこと。 生きていてほしい。生きていてほしい。 命だけあれば、それだけでいい。 神さま助けてください。 神さまあわれんでください。”
想定外に備えよう!
“想定外に備えよう! 人はある日突然、自分の死に出会うことが多い。 だから、今日が最後の一日かもしれないことを覚えて毎日を生きよう。 大地震はある日突然、忘れたころにやってくることが多い。 だから、今日大地震が来てもいいように毎日を生きよう。 主の再臨はある日突然、思いがけない時にやってくる。 だから、今日主が来られてもいいように毎日を生きよう。”
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日本同盟基督教団からの祈祷課題
“諸教会の先生方、愛する兄弟姉妹の皆様へ 日々の祈り、教会の祈りに覚えてください。 1.被災地のために 甚大な被害の及んでいる各地の被災地に、主の力強い御手がすみやかに伸ばされ、必要な助けと慰め、励ましが与えられるように。 2.福島第一原発のために 原発の放射能漏れが一刻も早く止み、これ以上の悪い状況に進むことがないように。周辺住民の方々と対応に当たる方々の安全のために。 3.為政者のために 危機的な状況の中で、為政者がふさわしいリーダーシップを発揮し、正しく国を治めることができるように。 4.諸教会のために 被災した教会、支えている教会、祈っている教会、すべての主の教会が守られ、主の栄光を表すことができるように。 5.同盟教団のために すべての所属教会が心一つに祈りをもってこの時を乗り越えることができるように。様々な判断をし、対応に当たる教団理事会のために。 6.教団地震対策本部のために 対策本部が必要なところに、必要な支援を行うことができるように。 7.私たちの信仰が強められるように。 悲しむ人々、怖れる人々、不安な人々、疲れた人々、傷ついた人々が主の愛の中でまったき癒しを与えられるように。私たちが主にある希望に生きることによって主を証しすることができるように。一人一人の信仰が強められるように。 「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。それゆえわれらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても。その水かさが増して山々が揺れ動いても。」詩篇46:1-3 日本同盟基督教団ホームページ”
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緊急祈祷課題
“福島第一原子力発電所への通電プロジェクト祈祷課題。今晩(3月18日)行われている福島第一原発への通電作業がうまくいくかどうかが、今後事態が沈静化するかどうかの分かれ道です。プロジェクトリーダーはクリスチャンだそうです。ぜひお祈りください。”
主イエスは、逃げない
“主イエスは、逃げない。 むしろ主イエスは、人々が救援を待っている危険な場に向かわれる。 主イエスは、天から降りて来られた。 人々の罪悪で放射能以上に汚染されたこの地上に。 主イエスは、あきらめない。 むしろ主イエスは、その時なすべき最善のことをなし続けられる。 主イエスは、天罰だと言って裁かない。 むしろ主イエスは、十字架の上で天罰を身に受けてくださる。 主イエスは、滅びない。 むしろ主イエスは、3日目に死人のうちからよみがえられ、今も生きておられる。”
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天罰がくだった???
“被災された方々、愛する家族や兄弟姉妹を亡くされたお一人お一人の上に、共に苦しみ、共に涙を流してくださる神さまからの豊かな慰めと支えがありますようにと、心から祈ります。 誰かが、突然の事故に遭ったり、不幸になったり、病気になったりした際にありがちなことですが、この度の悲惨を極める大震災において、万人単位で亡くなられた方々のことを、心ない人たちはこう思っているかも知れません。 「あの人たちは罪深い人たちだったから、天罰がくだったのだ」と・・・。 そのような思いを抱く者に対して、聖書は以下のように厳しく警告しています。 また、シロアムの塔が倒れ落ちて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるだれよりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。そうではない。わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。新約聖書 ルカ福音書13:4-5より 主よ。私たちの罪をお赦しください。主よ。私たちをあわれんでください。”
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埼玉県杉戸町より
“のまちゃん牧師は埼玉県北葛飾郡杉戸町の旧日光街道沿いに住んでいます。 町を少し歩くと、古い建物などは瓦が落ちたり壁が崩れたりしていますが、全体的に建物は守られています。 連日数えきれないほど余震が続いていますが、教会は古利根川の流れのほとりなので、毎回かなり揺れます。 教会堂は2階非常灯が壊れたり、本などが崩れ落ちたりはしましたが、建物に大きな被害はありませんでした。 スーパーなどはかなりの行列ができ、灯油、食料品などが売り切れ続出の中、複数の店を回らなければ必要なものが買えず、ふだん以上に買い物にも時間がかかっています。 やっと灯油などを確保できましたが、ガソリンはこれ以上交通渋滞に加担したくないので給油できていません。 今日は計画停電があり、午後7時前から9時ぐらいまで停電になりました。 そんな中、少し疲れを覚えていますが、各地から続々と届く悲惨な情報を覚えて祈り続けています。 特に巨大地震と巨大津波で被災した複数の原発が、チェルノブイリ化しないよう、一生懸命お祈りしています。 以上、埼玉県杉戸町からでした。”
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私は祈る
“30年以内に起る確率が99パーセントと言われていた以上の地震が、突然日本列島に襲いかかった。地震の規模を示すマグニチュード(M)は9。最大震度は7。大津波が、全国沿岸に押し寄せる国内最大規模の巨大地震となった。 私は祈る。今なお余震の続く中、被災されたお一人お一人の上に、今なお安否がわからないお一人お一人とその家族の皆さんの上に、救助を求めておられるお一人お一人と、救助のために労してくださっているお一人お一人の上に、慰めと励ましと支え、何より救いが豊かに豊かにあるように。原発の放射能漏れなどからも守られるように。”
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地震や津波の中におられる方々の上に、守りと支えがありますように
“地震や津波の中におられる方々の上に、守りと支えがありますようにと祈っています。今日の青年福音喫茶は休みます。 ”
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話す祈りと聞く祈り
“話す祈りと聞く祈り 会話が「話すこと」と「聞くこと」によって成り立つように、祈りにも「話す祈り」と「聞く祈り」があります。聖書は、「話す祈り」よりも「聞く祈り」の方が大切であることを覚えています。 伝道者の書5:1-2には、 『神の宮へ行くときは、自分の足に気をつけよ。近寄って聞くことは、愚かな者がいけにえをささげるのにまさる。神の前では、軽々しく、心あせってことばを出すな。神は天におられ、あなたは地にいるからだ。…』 と語られています。 イザヤ書48:17-18には、 『あなたを贖う主、イスラエルの聖なる方はこう仰せられる。「わたしは、あなたの神、主である。わたしは、あなたに益になることを教え、あなたの歩むべき道にあなたを導く。あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。…』 と語られています。 主の祝福を受ける秘訣は、「日毎に御言葉に耳を傾けて聞く祈り」にあります。そして、その時にこそ、神に自らの自己中心な願いを聞いてもらうための熱心な祈りではなく、神が自分に対して願っておられるみこころに生きるための熱心な祈りを捧げることが可能となる。そんなことを覚えさせられています。”
礼拝式における祝祷について
“礼拝式における祝祷について 主の日(日曜日)ごとの礼拝式において、キリスト教会で行なわれていることは何でしょうか? それは、一つ所(教会堂)に呼び集められた神の民(教会)が、御言葉(聖書)によって取り扱われ、自らのからだを、十字架の故に、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげること。そして、自らを委ねた復活の主の御手の中から、一人一人、それぞれの生活の場に、祝福の基として派遣される、散らされるということではないでしょうか。 祝祷は、もう一度散らされて、一人一人、それぞれの生活の場に、祝福の基として派遣される際になされます。 その時、牧師は何をしているのでしょうか? その時、牧師は、三位一体の主の祝福が、散らされて派遣されていくお一人お一人の上に、豊かに限りなくありますようにと祈ります。牧師は祝祷において、派遣されるお一人一人の上に、祝福の祈りを捧げています。そしてそれは同時に、お一人お一人に対する派遣の宣言でもあります。 私たちは、祝福の基として世界に遣わされるために集められるのですから、礼拝式において、司会者、奏楽者、説教者、そしてすべて集められた礼拝の民が目指すべきことは、祝祷においてクライマックスを迎えると言っても過言ではないと私は考えています。 世界を変えるために派遣されるお一人お一人が聖霊に満たされ、上からの祝福に満ち満ちるようにと、祝祷の時牧師は祈っているのです。”
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先ほど注文した本ー哲学する赤ちゃん
“ 哲学する赤ちゃんBy アリソン ゴプニック The Philosophical Baby: What Children's Minds Tell Us About Truth, Love, and the ...”
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U2 魂の歌を求めて WALK ON: THE SPIRITUAL JOURNEY OF U2
“ 「普通の社会で通用しないなら、そりゃあダメでしょ!」 ぜひお勧めの本です! ”
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ますます英語力などが必要となる時代
“ 11年ほど前に作られたプレゼンテーションですが、ますます英語力などが必要となっている時代に私たちは生かされています。”
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怒りや憎しみに支配されているあなたへ
“ 最近外に出ると、キレて怒りを爆発させている人々に多く出会います。怒りや憎しみに支配されているあなた!ぜひこの歌を聴いてください!そしてキリスト教会にぜひ来てください!等身大のあなたを、神は愛しておられます!”
IN GOD'S HANDS(イン・ゴッズ・ハンズ)
“ ジョーズ(JAWS)という言葉には、以下の3つの意味がある。 1、1975年公開のアメリカ映画。 2、英語で「顎」(あご)という意味。 3、アメリカ合衆国ハワイ州のマウイ島の東側の沖に発生する、世界でも最大級のうねり。 JAWS(ジョーズ)と呼ばれる伝説のビッグウエーブに、命をかけて挑戦していくトップ・プロサーファーたちのドラマ、IN GOD'S HANDS(イン・ゴッズ・ハンズ)。スタントなし、本物のサーファーたちが主役を演じる素晴らしい映画です。死という問題も真っ向から取り上げています。 実は私、愛知県豊橋市にいた時、ある方の勧めでサーフィンをほんの少しだけ体験したことがあります。遠州灘にはサーフィンができるいい波が打ち寄せているのです。立つことが出来ず、ボディボードのようにしか乗れませんでしたが、ザビエル野町というあだ名と共に、波乗り牧師と呼ばれたこともあります。 今は、主イエス様の大宣教教育命令に従って、主なる神が起こされる世界最大級のうねり、JAWSに乗って、JapanとAsiaとWorldに仕えるServant、波乗り牧師を目指します。 世界最大級の波、JAWSに乗ってワールドミッションサーフィンをするためには、情熱と共に、熟練技術が必要不可欠である。 自ら波を作ろうなどと不可能なことに力を注ぐと、徒労に終わる。 労苦奮闘しても、熟練技術を身につける努力を怠っているなら、大波が来ても、乗ることが出来ず、波に呑まれてしまう。 伝道者の書に「もし斧が鈍くなったとき、その刃をとがないと、もっと力がいる」と記されている通り。 JAWSに乗る、すなわち、日本(Japan)と、アジア(Asia)と、世界(World)に仕えるしもべ(Servant)となるためには、聖書通読、聖霊に満たされ続ける祈り、礼拝する日常、聖書研究といった、日々の地道な訓練によって、体力、気力、バランス感覚、霊的判断力などを磨き上げなければならない。 P.S.杉戸にはRADIXというサーフショップがあります。”
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真のセキュリティ
“真のセキュリティ 所有欲・物欲が、人生のすべて(人生のゴール・目的)となってしまう場合があります。もっと所有できたとしたら、もっと幸せになれ、もっと偉くなれ、もっと安全(セキュリティ)を得ることが出来るといった考えは、ウソです。一時的な幸せしか、所有物(モノ)はもたらしてくれないのです。 なぜなら既に得たモノは古くなっていくので、やがて私たちはそれらに飽き、もっと新しいもの、もっと大きいもの、もっと良いバーションのものを、次に欲しがることになるからです。 もっと所有できれば、もっと偉くなれるという考えも、根拠の無い神話です。あなたの値打ちは、あなたが所有しているモノによっては、決まらないのです。神は言われます。人生において最も価値あるものは、モノではないと。 お金に関する最も共通の神話は、もっとお金持ちになれば、もっと安全になれるというものです。でもそうではありません。富はコントロールすることの出来ない様々な要因によって、すぐに失われ得るものです。 真のセキュリティは、決してあなたから奪うことの出来ないただ一つのものの中にしか見出すことは出来ません。それはあなたに与えられている神との関係です。 THE PURPOSE DRIVEN LIFE(WARREN)「人生を導く5つの目的(リック・ウォレン)」より ”
三浦綾子さんの小説、「塩狩峠」の中で紹介される遺書と遺言
“ 三浦綾子さんの小説、「塩狩峠」の中で紹介される遺書と遺言 主人公の父、永野貞行の遺書と遺言 「人間はいつ死ぬものか自分の死期を予知することはできない。ここにあらためて言い残すほどのことはわたしにはない。わたしの意志はすべて菊が承知している。日常の生活において、菊に言ったこと、信夫、待子に言ったこと、そして父が為したこと、すべてこれ遺言と思ってもらいたい。わたしは、そのようなつもりで、日々を生きて来たつもりである。とは言え、わたしの死に会って心乱れている時には、この書も何かの力になることと思う。 一、信夫は永野家の長男として母に孝養を尽し、妹を導き、よき家庭の柱となって欲しい。 一、ただし、立身出世を父は決して望んではいない。人間としての生き方は、母に学ぶがよい。 一、信夫は、特に人間として生まれたということを、大事に心に受け止めて、真の人間になるために、格別の努力を為されたい。 一、わたしは菊の夫とし、信夫、待子の父として幸福な一生であった。それはすべて神が与えたもうたからである。 一、父の死によって経済的に困窮することがあるとしても、驚きあわてないこと。必要なものは必ず神が与えたもう。 一、わたしの葬儀は、キリスト教式で行われたい。 以上、このごろ時々疲れを甚だしく覚えるので、万一の為に記して置く。 貞行 一月十四日 菊殿 信夫殿 待子殿」 自分の日常がすなわち遺言であるような、そんなたしかな生き方。 常に死を覚悟して生きて来た姿。 聖書の中に記されたJesusのリビング・ウイル あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」…ヨハネ13:34-35”
When you believe あなたが信じる時
“When you believe  何年か前、アカデミー最優秀主題歌賞に選ばれた、「When you believe」「あなたが信じる時」というゴスペルソングがあります。(スティーブン・シュワルツという人が作詞・作曲をし、マライヤ・キャリーとホイットニー・ヒューストンによって、デュエットで歌われた)  この曲は、旧約聖書の出エジプト記を題材にしたアニメ映画「プリンス・オブ・エジプト」の主題歌でした。(この映画は若干脚色されていますが、最新のコンピュータグラフィックスを使って、聖書を生き生きと描いています。海が分かれるシーンや海の底を歩いて渡るシーンなども見ごたえがあります)  さて、この「When you believe」「あなたが信じる時」という歌の歌詞を、ここで少し、皆さんに紹介したいのです。こんな内容の歌詞です(野町私訳)。 『幾日もの夜、私たちは祈りが聞かれるという確信を持てないけれども祈り続けてきた。私たちの心の中には、小さな希望の歌があった。今、私たちは、たくさんの恐ろしいことがあるのを知っている。でももう恐れない。そんなことができると気付くずっと前から、私たちは山々を動かしていたから。 あなたが信じる時、奇跡が起こる。希望はかすかなものであっても、それを消すことはできない。誰が知っているだろうか、どんな奇跡をあなたが成し遂げるかを。あなたが信じる時、必ずあなたは神の栄光に満ちた奇跡を見るはず。あなたが信じるなら、あなたは神の奇跡を見るはず。 この恐れの時、祈りが次々と空しく消えていく時。希望はまるで夏の鳥のよう、とても素早く空に飛び去ってしまう。でも今、私はここに立っている。私の心はとても満たされて、言葉にあらわせないほど。捜し求めていた信仰、口にしているこの言葉。私がこんなことを言うなんて、思いもしなかった。 あなたが信じる時、奇跡が起こる。希望はかすかなものであっても、それを消すことはできない。誰が知っているだろうか、どんな奇跡をあなたが成し遂げるかを。あなたが信じる時、必ずあなたは神の奇跡を見るはず。あなたが信じるなら、あなたは神の奇跡を見るはず。 あなたが祈り求めても、いつも奇跡が起こるわけじゃない。だから恐れと失望の中に落込んでいくことは簡単なこと。でも、あなたが信仰を通して現実を見るとき、あなたは雨の中で救いの道を見出す。そして「助けはとても近くにある」とその道を歩いているあなたは言うでしょう。』  この中で、特にわたしの心に印象深く残っているのは、「そんなことができると気付くずっと前から、私たちは山々を動かしていた」という言葉です。これは短い言葉ですが、聖書が教えている信仰を、的確に表現している言葉ではないかと思います。この言葉が意味しているのは、つまりこういうことです。「私たちが心の中で感じているよりもはるかに確実に、私たちの祈りは主なる神に聞かれている」ということです。  実際私たちキリスト者は、祈ってもすぐに応えられない経験をしばしば味わいます。また、まさに山のようにちょっとやそっとでは動かない、いや不可能だと思われる祈りの課題がたくさんあります。家族・親族や友人を覚えて祈る時、そんなふうに感じます。また、高い地位にある方たちや国々を覚えて祈る時、教会を覚えて祈る時、そんなふうに感じてしまいます。  けれども、みこころにかなった祈りを主イエスに祈る時、この世界を包む主の祈りを日々祈る時、「そんなことができると気付くずっと前から、私たちは山々を動かしている」。ということが起っているのです。  実は、ハイデルベルク信仰問答の中にも、「私たちが心の中で感じているよりもはるかに確実に、私たちの祈りは主なる神に聞かれている」という霊的真理が紹介されています。 問129:「アーメン」という言葉は、何を意味していますか。 答:「アーメン」とは、それが真実であり、確実である、ということです。なぜなら、これらのこと(主の祈りの内容)を神に願い求めていると、わたしが心の中で感じているよりもはるかに確実に、わたしの祈りはこの方に聞かれているからです。 http://gospel.sakura.ne.jp/message16.html”
どうしてもっと早く伝えてくれなかったのか!
“ 私が初めてイエス・キリストの福音(The Gospel of Jesus Christ)を聞いたのは、20歳の時でした。その時に思ったことは、「どうしてもっと早く伝えてくれなかったのか!」ということでした。それまで、「自分はクリスチャンだ」と名乗る人に出会うこともなく、誰もイエス・キリストのことを伝えてくれなかったんですよ。  でも、今考えて見ると、すべてのことの背後にあってすべてを統べ治めておられる主イエスが、私にとって最善の時に、十字架の愛と復活の力によって、私を捕らえて下さったんだなあと思います。もしそれ以前に福音を聞いても、私の場合は、聞く耳を持っていなかったように思うからです。私は、「神などを信じることは弱い人間のすることであって、私に神など必要ない!」と本気で思っていたからです。  いろんな経験の中で、むなしさや苦しみを味わい、自分の弱さや愛のなさを思い知らされ、生きる希望と力を失い、人生の目的や自分の存在価値を必死になって探し求めていた時に、イエス・キリストの福音を伝えてくれる人に出会えたことは、やはり絶妙なタイミング(神の時・カイロス)であったとしか言いようがありません。  でも、その時から私は、イエス・キリストの福音(The Gospel of Jesus Christ)を伝えていく立場の人になりました。今度は私が、「どうしてもっと早く伝えてくれなかったのか!」と言われてしまうかもしれない立場に置かれているのです。  ということで、キリスト教のことをもっと知りたい、教会に行ってみたい、聖書を読んでみたい、イエス・キリストを信じたいという方がいたら、ぜひコンタクトしてください。”
失敗学のすすめ
“失敗学のすすめ 畑村洋太郎著の「失敗学のすすめ」(講談社)という本がある。 以前大学で学んでいた時から教えられていることを、改めて考えさせられる本だ。 なぜ「失敗学」なのか? もし失敗の経験から学ぶことをしなければ、 同じ過ちを何度でも犯し、成長がない。 けれどももし失敗から学ぼうとするならば、少なくとも同じ過ちを犯すことから守られ、成長する。 失敗から学ぶということは、なぜ失敗したのかという原因を追求し、それに対処しながら生きること。 自分の失敗から学ぶことも大切であるが、他人の失敗から学ぶことも、とても大切。 改めて聖書に耳を傾けると、聖書は失敗学のテキストで満ちている。 創世記2章以降は、人間の失敗の連続の歴史が記されているといっても過言でない。 サタンの誘惑に負け、 善悪の知識の木の実を取って食べた(神を神としない) という大失敗。 神ではなく自分の知恵や力に頼ることによる失敗。 自分に栄光を帰したいという誘惑に負ける失敗などなど。 牧会伝道・教会形成において、時に牧師・伝道師も失敗を犯す。 あるいはキリスト者・教会の歩みにも様々な失敗がある。 しかし聖書は、決して失敗なさらない神が、私たちと共に歩んで下さっていることを語っている。 取り返しのつかない失敗を犯した者に、やり直しの機会を与えて下さる神。 失敗を益に(マイナスをプラスに)変えて下さる救い主なる神。 そのお方こそ、私たちのすべての罪過のために身代わりに十字架について下さったお方。 その御名は、主イエス・キリスト。 成功談を聞いても、慰めを受けることはほとんどないが、失敗談には慰めとやり直すことが出来るという福音がある。 ”
Alone/But Never Alone by LARRY CARLTON
“ ラリー・カールトンの「アローン・バット・ネバー・アローン」 Alone/But Never Alone by LARRY CARLTON (MCA RECORDS) はわたしの一押しのCDです。 彼のアコースティック・ギターのアレンジは最高です。 特にCarrying YouとThe Lord's Prayerはお気に入りです。 疲れた時とかリラックスしたい時は、やはりこの2曲を聴いています^・^。 このアルバムは、ラリー・カールトンがボーンアゲインクリスチャンとなってからレコーディングされたものです。 ”
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お勧めの動画
“ スローモーションで見ると、猫のしなやかで愛らしい動きにも、神の栄光を覚えてしまうのまちゃん牧師でした。”
今日勧められた本「放蕩する神 The Prodigal God」
“ 今日勧められて注文しました。届くのが楽しみな本です。”
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押尾コータロー Big Blue Ocean
“ 四国の高知県で太平洋、Big Blue Oceanを見ながら育った私。 こんな曲と映像を見ると、思わずシンクロしてドラムスのリズムを刻んでしまいます。”
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オアシスを見いだすために To find out OASIS in this world
“砂漠が、荒野が、不毛の地が、この国に広がりつつある。しかし聖書は、あなたの造り主からの、あなたに対するラブレター、人生の北極星、羅針盤、コンパスだ。聖書を指針として生きるなら、あなたは必ず、憩いのオアシスを見いだすことできる。 もしあなたが、聖書に耳を傾け、その導きに従うならば、不信とあきらめ(静かな絶望)と無関心(愛の反対)に生きるのではなく、信仰と希望と愛に生きることができる。あなたの造り主(メーカー)は、あなたにとって何が最善なのかをご存知で、万事を益と変えてくださる。 聖書に耳を傾けることは聴く祈り。聴く祈りは願う祈りよりも大切。どうしても必要なただ一つのこと。”
もうだめだと思う時に
“もう一歩も先に進めないと思う時がある。 もうだめだと思う時がある。 もうこれ以上は頑張れないという時がある。 信じることに非常な困難を覚える時がある。 でも、苦しい時、試練は必ず過ぎ去る。 だから恐れないでただ信じ続けよう。 神がすべてのことを働かせて良いことに変えてくださるから。 信仰によって山をも動かすことができるから。 私たちの信じている神は、死者をよみがえらせることもできる方だから。 ”
バルメン宣言の後に続くもの
“ 朝岡勝牧師の著書、お勧めの本です。 私も神学校で卒論を書く時に、バルメン宣言に出会いました。その後、待ったなしの牧会伝道の現場(自殺未遂、リストカット、ホームレス、うつ、離婚、病気、介護、事故、疎外、いじめ、虐待、DV、ハラスメント、リストラ、酒乱、各種中毒・依存症、姦淫、詐欺、堕胎、悪霊つき、孤独、死、葬儀を味わっている人間たちが呻いている所。まさに戦場です)に派遣されつつ、かろうじてまとめ上げた、キリスト者日本人の歩く道を以下に記します。 バルメン宣言の後、シュトゥットガルト罪責告白(1945年)、ダルムシュタット宣言(1947年)と続く、ドイツ告白教会の足跡があります。 特にダルムシュタット宣言の中には、世界が今なお直面し、行き詰まっている問題解決の糸口が提示されています。 ダルムシュタット宣言・日本版のために(2001年) 第一項-罪責の認識はキリストによる和解に基づいてのみ存在する 第二項-ナショナリズムと日本民族優越主義に対して 第三項-教会と保守勢力との同盟 第四項-悪しき者たちに対する善き者たちの戦線 第五項-共産主義が提示している、忘れられた教会の使命 第六項-キリスト者・教会に与えられている自由 第七項-正義と福祉と内なる平和と諸民族の和解に仕える新しい日本国 参考文献 第一項-罪責の認識はキリストによる和解に基づいてのみ存在する †  われわれには、イエス・キリストの十字架と復活において、世界が神と和解されたという福音が語られている。この和解の福音をわれわれはまず聞き、それを本当に味わうことによってそれに生き、また伝えなければならない。もしわれわれが、自らのすべての罪責、つまり父祖たちとわれわれ自身の罪責から解き放たれておらず、われわれが日本人として、われわれの政治的意図・行動において過ちに踏み込んでしまったすべての誤った悪しき道から、良い羊飼いであるイエス・キリストによって呼び戻されていないとするならば、この和解の福音は聞かれておらず、受け入れられておらず、行われても伝えられてもいないことになるのである。 ↑ 第二項-ナショナリズムと日本民族優越主義に対して †  われわれは、あたかも世界は日本的本質(国体)に触れることによって救われるかのように、特別に日本には使命があるなどという夢を見始めた時、過ちに踏み込んでしまった。また、われわれは、われわれが聞くべき王の王、主の主としてのイエス・キリストに聞くことをしなかった。そのことによってわれわれは、政治的権力の無制限の使用に対して道を備え、われわれの民族を神の御座の上に置いた。われわれは自分たちの国家を内に対してはただ強い政府の上に、外に対してはただ軍事的な力の展開の上に基礎づけ始めたが、これは致命的に誤っていた。そのことによってわれわれは、われわれ日本人に与えられている贈物をもって、諸国民の共通の課題に仕えつつ協力するという召しを否定してしまったのである。 ↑ 第三項-教会と保守勢力との同盟 †  われわれは、人間の社会生活の中で必要となってきた新しい秩序に対して、「キリスト教的戦線」なるものを結成し始めた時、過ちに踏み込んでしまった。古い・在来のものを維持する保守勢力と教会の同盟は、われわれに対するきびしい報復となって帰ってきた。われわれは、人間の共同生活がそのような変革を求めているところで、生活の諸様式を変えることをわれわれに許しかつ命ずる、キリスト教的自由を売り渡してしまった。われわれは革命への権利は否定したのに、絶対的独裁制への発展は許容し、歓迎したのである。 ↑ 第四項-悪しき者たちに対する善き者たちの戦線 †  われわれは、政治的な生活の中で、政治的手段によって、悪しき者たちに対する善き者たちの、暗黒に対する光の、義しからざる者たちに対する義しき者たちの戦線なるものを結成しなければならないと考えた時、過ちに踏み込んでしまった。それと共にわれわれは、政治的、社会的、世界観的な統一戦線の結成によって、すべての人に対する神の恵みの自由な提供を変造し、世界をその自己義認にゆだねてしまったのである。 ↑ 第五項-共産主義が提示している、忘れられた教会の使命 †  われわれは、マルクス主義的教説の経済的な唯物主義が、この世における人間の生活と共同生活のために与えられている教会の委託や約束を果たすように、教会に注意を促さなければならなかったのだということを見過ごした時、過ちに踏み込んでしまった。われわれは、来たるべき神の国の福音にふさわしく、貧しい人々や権利を奪われた人々の事柄を、キリスト教会の事柄とすることをなおざりにしたのである。 ↑ 第六項-キリスト者・教会に与えられている自由 †  われわれが以上のことを認めて告白するとき、われわれは自分たちがイエス・キリストの教会として、神の栄光と人間の永遠的また時間的な救いのために、新しく、そしてより良く奉仕するべく自由にされていることを知るのである。キリスト教と日本文化といったスローガンではなく、イエス・キリストの死と復活の力によって神のもとへ立ち戻り、隣り人のところへ赴くことこそが、われわれの民族、また民族の真只中で、とくにわれわれキリスト者に必要なことである。 ↑ 第七項-正義と福祉と内なる平和と諸民族の和解に仕える新しい日本国 †  われわれは、「イエス・キリストによって、この世の神なき束縛から脱して、彼の被造物に対する自由な感謝に満ちた奉仕へと赴く喜ばしい解放がわれわれに与えられる」と告白した。そして、今日新しくそれを告白する。それゆえにわれわれは、切に訴える。絶望をあなたの主たらしめるな。なぜなら、キリストが主なのであるから。すべての不信仰な無関心に別れを告げよ。昔はもっと良かったといったたぐいの夢想や、来たるべき戦争の思わくなどに惑わされず、この自由において、また大いなる冷静さをもって、われわれのすべて、われわれの各自がより良き日本の国の建設のために負っている責任を自覚せよ。新しい日本国は、正義と福祉と内なる平和と諸民族の和解に仕えるものなのです。 参考文献 † ベルトールト・クラッパート『和解と希望-告白教会の伝統と現在における神学』、新教出版社、1993年 J.モルトマン『二十世紀神学の展望』、新教出版社、1989年 栄光在主 日本同盟基督教団・杉戸キリスト教会牧師 野町真理”
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映画「ミッション THE MISSION」
“ この映画の脚本は史実をもとに書かれているが、まず宗教改革以降の国外宣教という視点から見ると、プロテスタントよりも早い時期に、国外に宣教師を派遣したローマ・カトリック教会の素晴らしさを覚えた。 南米のイグアスの滝に、十字架に磔にされた宣教師が落ちていく場面から映画は始まる。 殉教者が起こされた故に、新たな宣教師が派遣されることになった。そして音楽の賜物が与えられていた後続宣教師によって、頑なであった現地のインディアンたちの心が開かれ、多くの人々がキリスト教に帰依していくことになった。ジャングルの中、武器を持った現地の人たちに取り囲まれた宣教師が、「ガブリエルのオーボエ」という曲を奏でた時、賛美の調べが人々の琴線に触れ、宣教の門が開かれていくシーンは感動的だった。 やがて宣教(ミッション)は目に見える形で大成功を収める。現地に教会堂が建てられ、抜群の音楽的センスを持つ現地の人々は、美しい声で神を賛美する者とされた。人々は勤勉に働き、少なからずの収益を得るようにもなっていった。 しかし、国と国との間に利権争いが起こり、宣教師の派遣母体であるイエスズ会も政治的理由から現地の教会を切り捨ててしまう。最終的に現地の教会、村の人々は、現地にとどまった宣教師たちと共に、武力、軍事力をもって虐殺されるに至る。 1755年、イグアスの滝上流に住むグァラニー・インディオたちがカアイパテの戦いでスペイン軍に滅ぼされた史実が脚色されて描かれる。その際、何人かの宣教師たちは武器をもって戦ったが、銃弾に倒れていった。しかし一人の宣教師は非暴力を貫き、武器ではなく十字架を掲げ、神を賛美しながら行進し、銃弾に倒れていった。 あなたが宣教師の立場であるなら、どういう行動に出るだろうか?もし私がそのような立場に立たせられたなら、人間的な怒りや憎しみに主の祈りをもって打ち勝ち、非暴力を貫きたいと心から願う。 ”
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教会がカルト化する原因
“大学で実験装置が壊れた時や事故が起きた時などに、耳にたこができるほど教えられたことがある。 それは、「問題が起こったらなぜそのような問題が起こったのかを徹底的に調べよ!原因不明のまま実験装置を再び動かすなら、必ず同じ問題でトラブルが生じるから!」ということであった。 これ以上被害者が出ないために、これ以上キリスト教会がカルト化しないために、教会がカルト化する原因を探り、その問題を解決し、安全対策をしければならない。 教会がカルト化する原因 1、牧師が静まって聖書に聞き、霊的に養われないことによる  ひとごとではない。私は牧師だから知っている。牧師であっても、静まって聖書に聞くことを止めてしまうと、速やかに霊的に枯渇してしまうということを。  霊的に枯渇してしまうと、足場を失い、あらゆる誘惑に対して、無力、無防備となり、流されていく。  暴力や権力の誘惑、性的誘惑、金銭的誘惑、物質的誘惑、地位や名声的誘惑、実利主義、成果主義の誘惑。この世の中に渦巻いている強力な流れに逆らうことができなくなり、流されてしまう。  聖書に聞くことを止める時、神に代わって牧師が教会のオーナー(所有者)、主権者となる。  聖書に聞くことを止める時、牧師は仕えることを止め、仕えられることを切に求めるようになる。  聖書に聞くことを止める時、牧師は愛することではなく、狡猾に支配する者となる。  聖書に聞くことを止める時、牧師は自分のことは棚に上げて、人を批判するだけの者となる。 要するに、聖書に聞くことを止めてしまえば、牧師もただの罪人になるのである。マグロが泳ぐことを止めてしまえば、呼吸ができなくなり、死んでしまうのと同じように、牧師が聖書を読むのを止めてしまえば、霊的呼吸ができなくなり、霊的に死んでしまう。 だから牧師は、どんなに忙しくても、静まって聖書に聞き続け、いつもいのちの水によって潤され続けなければならない。 どうか牧師のために祈ってほしい。牧師がいつも聖書に聞き、霊的に枯渇することがないように。”
Genesis Ch. 1 Vs. 32
“ プログレッシブ・ロックというジャンルに入れられているアラン・パーソンズ・プロジェクトの曲に、このGenesis Ch. 1 Vs. 32という曲がある。 聖書を見ると、創世記1章は31節までしかない。そしてそこには、造られたすべてのものは非常に良かったという記述がある。どうやらその後の世界の様子を、この曲は奏でているようだ。 現実のこの世の中を見渡すなら、まさにこの曲に表現されているような悲愴感、無常感、恐れとおののき、不安と戦慄がある。 今日も日本に何人かの宣教師たちが遣わされている。彼らが日本に来た大きな動機は、日本の自殺者の多さに対する驚きと痛みである。毎日90名前後の方々が自らいのちを絶っている異常な国。それがこの国の現実だ。統計に出てこない部分や自殺未遂者を含めると、これは氷山の一角だ。 また、小さないのちを守る会が真剣になって取り組んでいる性に対する正しい教育と啓蒙活動。それがどうしても必要なのは、この国の中で、生まれて来る前に葬られていく恐ろしい数の小さないのちがあるからだ。 人工妊娠中絶によって闇に葬られている小さないのちは、日本で年間30万弱と言われている(2006年度厚生労働省発表では276,352件)。出生数と比べると、だいたい3人の赤ちゃんが母の胎に宿ったら、そのうち1人しか生まれ出でることが出来ない。産ぶ声をあげることもなく、赤ちゃんが闇に葬り去られている。出生前DNA検査がこれに拍車をかけている。 「お母さんぼくを殺さないで!」・・・声なき声をあげて小さないのちは泣き叫んでいる。 人命軽視と虐待はここから始まっている。 また、狭い日本から目を世界に向けると、平均すると1分間に約17人、1日に25,000人、1年間に1,000万~1,500万人の人々が飢えで死んでいる。世界中から食料を輸入し、余ったものを捨てている日本の現状が問われている。この問題に関しては、日本国際飢餓対策機構が真剣に取り組んでいる。 かつて森総理は「日本は天皇を中心とした神の国である」と発言した。その思想と日の丸・君が代のもとに、どれほどの暴虐が行われ、どれほどの血が流されたのか。韓国、台湾、フィリピン、インドネシア、中国、シンガポール、タイ、ビルマ(ミャンマー)、マレーシアといったアジア諸国の方々の痛みや、沖縄の方々の痛み、在日の方たちの痛みをまったく感じることができないようだ。 日本同盟基督教団105周年記念大会 -横浜宣言- 第二次大戦における日本の教会の罪責に関する私たちの悔い改め それがまさに、この曲が奏でている現実である。 なぜこの国は、このように夢も希望もない国になってしまったのか。 なぜこの世界は、そのように壊れ逝くのか。 その理由は、創世記3章にはっきりと記されている。 その原因は、・・・神を神としない私に、そしてあなたにある。 善悪の知識の木の実を食べるということは、神を善悪の絶対的基準とすることを止めて、自分を善悪の基準・ものさしとして生きること、つまりそれは、自分を神として、自己中心に自分勝手に生きることだ。聖書はそれを罪と言っている。 自己中心に自分勝手に長さが変わるものさし。人をはかる時には厳しいものさしになり、自分をはかる時には甘いものさしになる。自分にとって都合の悪い人が悪人になり、自分にとって都合の良い人が善人になるものさし。これを持って生活するとどうなるか。 ・・・地球の上に夜が来る。 しかし、天地万物を統べ治めておられる主なる神は、やがて8日目の朝を迎えさせてくださる。”
結婚前のセックス(婚前交渉)について考える
“ 浜田省吾の曲を紹介しますので、きちんと語っておかなければならないことがあります。 それは結婚前のセックス(婚前交渉)についてです。性的関係。それはとても刺激的な関係だと言えます。だから一度でも肉体関係を持つと、相手と依存的な関係になってしまいます。 つきあっている相手と結婚前にセックスし、もしももしもその後、その人と結婚に至らなかった場合、どうなるのか? 私はこの時代に立てられた牧師なので、これまで多くそのような現実に直面してきました。そのような場合、間違いなく言えることは、女性のだれもが、深くて重い傷を負ってしまうということです。 本当に悲惨です。自分がかわいそうで仕方がないという自己憐憫。もうだれも信じられないという人間不信。いっそ死んでしまいたいという自殺願望。将来結婚する相手と神に対しての後ろめたさ。そして自己嫌悪・・・。 でも大丈夫。あなたがもし教会に、神のもとに帰るなら、神はあなたに走り寄り、「お帰り!よく帰ってきてくれたね。どんなに大変だったか、わたしはよく知っているよ。」と言って、ありのままのあなたを抱きしめてくださる。決して毛嫌いなんかなさらない!神は放蕩息子のたとえを通してそのように教えています。 本当の神は、あなたが将来本当に幸せな結婚をし、幸せな家庭を築くことを誰よりも切に願っておられます。そして、あらゆるマイナスをプラスに変えてくださり、万事を益に変えてくださいます。 「性・セックスを一番楽しんで満足(サティスファクション)を得ているのは、フリーセックス(結婚外性交渉)をしている人たちではなく、結婚関係の中だけで性を用いている人たちである!」これは、アメリカのシカゴ大学による、アメリカ人の性についての研究調査の結果です。 世の観点から見れば驚くであろうこの結果は、実は聖書的に見るならば、あたりまえのことと言える。創世記を見ると、創造主が人を男と女に創造されたことが記されてある。聖書では、「知る」という言葉が性的関係を持つという意味で用いられている。そして、性的関係を持つということは、相手と一体になることだとはっきり記されてある。 つまり、もし性的関係を持った後にその人と別れ、別の人と関係を持っていくなら、一体になった自分が引き剥がされ、どんどん自分の一部を失っていくことになる。バラの花のような自分。しかし結婚前に性関係を持っていくなら、花びらがどんどん失われて、将来幸せな結婚をすることが難しくなる。 それ故に、結婚外での性的体験を持つ人たちの自殺率は、そうでない人たちの3倍に跳ね上がっているという恐ろしい現実が生じている。また、うつ病といった心の病になりやすいのもフリーセックスの体験者だという報告がある。 しかしテレビや映画、スポーツ新聞やティーンエージャーが読む雑誌において描かれているセックスは、ほとんど結婚外の関係であるのが事実。学校での性教育においても、個人の権利と自由が尊重され、結婚外でのセックスを奨励しているとしか言いようがない。 そのようにして、現代はまさに、かつてなかったほど、性的に危機的な状況となっている。首都圏では、かなりの若者が性体験をし、妊娠中絶や性病、そしてポルノ中毒が蔓延している。 正しい情報と知識を知り、それを早急に伝えていかなければならない。性に伴うリスク、危険をも伝えるべき。それと同時に、聖書に記された、性の祝福と正しい用い方を学ぶ必要がある。 性は三位一体の神の本質があらわされている故に尊いもの、素晴らしいものである。セックスは、知性、感情、意識、肉体、全人格において夫婦が一体となるための接着剤である。 もし罪を犯してしまった人には、「神が赦すことの出来ないほど大きな罪はない!」ということを伝えて悔い改めに導き、二度と同じ過ちを犯さないために、正しい情報と助けを提供する必要がある。聖書は、あなたの祝福のために、アブステナンス(ABSTINENCE:結婚まで性的関係を持たない、結婚関係以外で性を用いないということ)と純潔(PURITY)を教えている。 それぞれの置かれている所で、アカウンタビリティグループ(責任を問い、互いに支えあうグループ)を作ることは、非常な助けになる。性的被害者・加害者については、プロのカウンセラーや牧師などに相談し、神による癒しと赦しを体験する必要がある。 聖書から性について考える”
人身事故で電車が止まった中でー肌で感じるこの国の疎外感と閉塞感
“以前、中野教会で持たれた関東宣教区会議の後、御茶ノ水に立ち寄り、東武線に乗って帰途についた。 しばらくして電車が止まった。人身事故というアナウンスが死傷事故と言い換えられた。 またひとりのいのちが失われた。 搬送作業の後、警察による現場検証が行なわれる。 苛立つ人、疲れた顔をしている人、笑顔で会話をしている人たちの中で、 ひとりのいのちが失われたことを覚えながら神に静かに祈る。 乗っている電車がこのようにして止まるのは、関東に来てこれで3度目。 日本の人口の約一割が暮らしている関東、首都圏近郊。 肌で感じるこの国の疎外感と閉塞感。 生きることをあきらめかけていた過去の自分を思い出す。 今あなたが死んでも、世界は変わりはしない。 でもね・・・あなたが生きていく事で未来はきっと変わっていく。 Acid Black Cherry / 20+∞Century Boysより”
教会形成の目指すべきゴール
“以前、寺田由弘・ジンジャー宣教師を迎えての国外宣教研修会において教えられ、さらに河野勇一師を迎えての伝道懇談会においても教えられたことがあります。 それは、教会形成(伝道、牧会、宣教)の目指すべきゴールです。 まずは一番パーソナルな、個人伝道というレベルで考えてみましょう。ある人に祈りつつ福音を語って伝道する時、伝える側の責任は、いつ終わるのでしょうか。相手がバプテスマを(洗礼)を受けた時点で導いた人の責任が終わると考えやすいのですが、そうではありません。導かれた人が別の人を導くところまでフォローアップ&フォロースルーし、導かれた人を通して新たに救われる魂が起こされる時、はじめて導いた側の責任が終わると考えるのがより聖書的です。 教会形成というレベルでも同様のことが言えます。新しく生み出した教会を、自立するところまで導けばゴールと考えられやすいのですが、そうではないのです。新しく生み出した教会を自立させ、さらにはその教会が新しく教会を生み出すところまで涙と祈りをもって育て上げる。その教会から新しく直接献身者が起こされるまでフォローする。さらには、その教会から宣教師が派遣されるまで養い育てる。その時はじめて、教会開拓、教会形成のゴールにまで導いたということになり、産みの苦しみをした母教会の責任が終わると考えるのがより聖書的です。 それを英語で言うと、Reproduction。一言で言えば、教会形成(伝道、牧会、宣教)の目指すべきゴールは、再生のサイクルを形成するということです。”
ALWAYS THERE FOR YOU BY LITTLE DONKEYS
“ ストライパーのALWAYS THERE FOR YOUに日本語の歌詞をつけ、かつてバンドで演奏したものです。 のまちゃん牧師がDRUMSを叩いている幻の音源?”
03
TEAM CHRIST チーム・クライスト
“リレーや駅伝は、複数の選手がチームとなって試合に臨む。その際、誰かが手を抜くと、チーム全体に迷惑がかかる。しかし、だれも励ます人がいない中で孤軍奮闘するなら、やがてチームワークだということを忘れてしまい、手を抜きたいという誘惑に負けてしまうかもしれない。先行者が手を抜けば、手を抜いた走りを後続者に受け渡すことになってしまう。 教会形成、福音宣教、世界宣教も同じではないかと思う。地理的にも歴史的にも、とても一人で完走できるものではない。だから主なる神はTEAM CHRISTのメンバーである私たち一人一人を必要とされている。TEAM CHRISTには、国籍、文化、時代を越えて、数え切れない人々が招集されている。 日本の場合、単立教会が多い。けれども、そのような場合にこそ、近隣に同労者や助け手を祈り求め、常に一人ではないことを覚えることが必要だと思う。そしてバトンタッチのために、次の時代を担う後継者のために、今すぐに祈り始め、動き始める必要がある。大切な教会の働きが、線香花火のようにならないために。”
吉川英治の三国志
“しばらく前にレッド・クリフ(赤壁)という題で、三国志に関する映画が上映されたりしましたが、聖書の中には、三国志以上の壮大な歴史絵巻が記されており、諸葛孔明よりも優れた天からの知恵者がおられます。 けれども吉川英治著の三国志を読むと、「人皆我が師」という吉川氏の言葉通り、中国から日本が学ぶべきことはまだまだあるように思います。 福音宣教、世界宣教においての戦いは、決して血肉に対するものではなく、悪魔と悪霊に対する霊的戦いであるが、志、戦略、弛まない訓練、勇気、友情、愛、協力、同盟(義盟)などがとても大切だと思わされているのまちゃん牧師より。 ”
真のターミネーター
“「ターミネーター」という言葉は、映画のタイトルとして使われることで、有名なカタカナ英語になったかと思う。 「ターミネイトterminate」が動詞で、「(何かを)終わらせる・終結させる」という行為を表す。例えば、いのちを終わらせるということで「殺す」とか「中絶する」、雇用を終わらせるということで「解雇する」といった意味になる。 「ターミナル」と言えば「終着駅とか終点」、「ターミナルケア」と言えば、ホスピスや在宅介護のような「終末期医療」となる。そして、「ターミネーターterminator」と言えば、「何かを終わらせる(終結させる)もの」という意味になる。 人間は、恐ろしいターミネーターになり得る。それは、人間が神のようになろうとして一線を越えることから始まる。人間が神のようになろうとして一線を越えようとする時、人は自分の心の中で、まず神をターミネイトする。もしそれを実行に移してしまうと、自分にとって都合の悪いものはすべてターミネイトしようとする、恐ろしいターミネータの誕生となる。 しかしイザヤ書34章4節に耳を傾けると、『天の万象は朽ち果て、天は巻き物のように巻かれる。その万象は、枯れ落ちる。ぶどうの木から葉が枯れ落ちるように。いちじくの木から葉が枯れ落ちるように。』と語られている。 聖書は、「すべてをご自分の栄光のために創造し、すべてを始められた主なる神こそが、すべてのものを終わらせることのできる真のターミネーターである」と語っている。 P.S.私たち人間の罪を完全にターミネイトするために、神のひとり子、イエス・キリストがご自分のいのちを十字架の上でターミネイトしてくださったことに関しては、改めて記すこととします。”
霊肉二元論の克服のために
“敬虔のための鍛錬(マタイ4:1-4) 河野勇一(緑キリスト教会牧師・現東海聖書神学塾塾長) クリスチャン市民の会「アーモンド」No.3より引用 物質文明を謳歌している現代。その豊かさを楽しむ一方で、人間性や心の回復の必要を訴える声があちこちから聞こえてきます。そんな時に、クリスチャンならずともよく引用する聖書の言葉に、「人はパンだけで生きるのではない」があります。これを引用する人は、人間は物質的なものだけでは満たされない精神的・霊的な存在だから、パンによって肉体の必要が満たされるだけでなく、神の言葉によって心(霊)も満たされなければ生きることはできない、と言いたいようです。 しかし、このポピュラーなみ言葉の使い方は、誤った解釈に基づいています。ギリシャ的な霊肉二元論の影響を受けて、パン(物質的領域)と神の言葉(霊的領域)を別々の領域のものと考えているからです。物質も大切だが霊も大切だ、という考え方は、物質の問題は霊の問題とは関係ない、という考えに容易におちいってしまうのです。 荒野での誘惑において、サタンは空腹のイエス様に向かって、「あなたには人人を救うための大事な仕事がある。あなたは生きなければならないし、あなたは神の子で奇蹟を行う能力もある。いま、その力を使って石をパンに変え、そして神から託された仕事をしなさい」と語ったのでした。 それに対する答えとして、イエス様が引用されたのがこのみ言葉で、申命記8章からのものです。そこには、荒野での40年間、食べ物も水もままならない環境の中で、神が天からの食物(マナ)によってイスラエルの民を養われたのは、人は神に養われ、守られ、生かされている存在であるということをわからせるためであった、と書かれています。 ですから、イエス様がこのみ言葉を引用しておっしゃりたかったことは、「サタンよ、黙れ。人はパン自体で生きているのではなく、パンを創造し、それをご配慮によって与える神ご自身のみ言葉によってこそ生かされているのだ。だから、私は自分の力でパンを獲得することはしない。この父なる神のみ心に全てをゆだねて生きるのだ」ということです。ここにおいて二元論は克服され、パンをも含めた一元的な神の支配への信頼が語られています。 このように考えますと、飽食の時代に生きるクリスチャンにもサタンが同じように誘惑の手を伸ばしていることが見抜けてきます。あり余る食料に囲まれて自分のお金で自由に好きなものを選べる私たちの生活から、日毎のパンを主に求める祈りが消えます。また、日毎の糧が主から与えられているという感覚がマヒして、感謝がなくなるのです。 そんな中でのこのみ言葉の二元論的誤用は、物質的な事柄を信仰の範囲外のこととする考えを生み、浪費やぜいたくの是認につながりかねず、サタンの誘惑を助長しこそすれ、これに打ち勝つ力にはならない、と言えるのではないでしょうか。 クリスチャンのシンプルライフ指向が、単なる資源の節約や博愛精神ーそのこと自体、もちろん大切なことですがーに終わらないで、信仰生活に統合されるためには、霊肉二元論的な思考からくる、肉体的・物質的な生活と霊的・信仰的な生活との遊離という誤りを克服しなければなりません。 テモテへの手紙第一(4:1-11)において、パウロも二元論に基づく禁欲主義という悪霊の教えに警告をうながし、すべてのものに感謝する生き方を教えています。 ここでパウロが言う「敬虔のための鍛錬」(4:7)とは、まず、すべてのものが神の口から出たみ言葉によることを理解し、次にそれらを「神のことばと祈りとによって、聖めて」(4:5)用いる生き方のことです。すなわち、ひとつひとつのものを神の目的にしたがってふさわしく、適量、しかも楽しんで用いるところの「感謝の鍛錬」です。その意味で、シンプルライフとは、クリスチャンが「本当に霊的なライフスタイル」を確率するための鍛錬としてとらえるべき信仰のわざなのです。”
02
サボテンと毛虫
“サボテンと毛虫 高俊明師(台湾基督長老教会元総幹事) わたしは求めた 美しい花束を しかし 神さまは とげだらけのサボテンをくださった わたしは求めた 愛らしい蝴蝶を しかし 神さまは ゾッとするような毛虫をくださった わたしは なげき 悲しみ 失望した しかし 多くの日が過ぎ去ったあと わたしは目を見張った サボテンが多くの花を開いて 美しく咲き乱れ 毛虫が愛らしい蝴蝶となって 春風に舞い舞うのを すばらしい神さまの御計画”
お勧めの映画「ヤコブへの手紙」
“ フィンランド映画「ヤコブへの手紙」を鑑賞して。 ヤコブ牧師と刑務所から出てきた女性との生活。 ヤコブ牧師は、悩み相談や祈りのリクエストが書かれた手紙を、毎日心待ちにしながら生活しているおじいちゃん牧師である。 手紙はいつも、「ヤコブ牧師!郵便ですよ!」と言って、自転車に乗った郵便配達員が届けてくれる。 ヤコブ牧師は目が見えないので、手紙を代読し、返事を代筆してもらう人が必要である。 代読代筆をしてくれていた方が老人ホームに入られたので、ヤコブ牧師は困っていた。 そこでヤコブ牧師は、ヘルパーさんを雇った。 そのヘルパーさんが、刑務所から恩赦によって出てきたばかりの、心を閉ざした女性だった。 だれかのために祈るというとりなしは、もちろん祈りなのだが、素直な思いを手紙として書くことも祈りであり、そのようにして書かれた手紙を聴くこともまた祈りである。 そんなことを、書き留めておきたい。 ”
01
病気になったら
“病気になったら 病気になったら どんどん泣こう 痛くて眠れないといって泣き 手術がこわいといって涙ぐみ 死にたくないよといって めそめそしよう 恥も外聞もいらない いつものやせ我慢や見えっぱりを捨て かっこわるく涙をこぼそう またとないチャンスをもらったのだ 自分の弱さと思いあがりを知るチャンスを 病気になったら おもいっきり甘えよう あれが食べたいと言い こうしてほしいと頼み もうすこしそばにいてとお願いしよう 遠慮も気づかいもいらない 正直に わがままに自分をさらけだし 赤ん坊のようにみんなに甘えよう またとないチャンスをもらったのだ 人の情けとまごころに触れるチャンスを 病気になったら 心ゆくまで感動しよう 食べられることがどれほどありがたいことか 歩けることがどんなにすばらしいことか 新しい朝を迎えるのがいかに尊いことか 忘れていた感謝の心を取りもどし 見過ごしていた当たり前のことに感動しよう またとないチャンスをもらったのだ この瞬間に自分が存在しているという神秘 いのちの不思議に感動するチャンスを 病気になったら すてきな友達をつくろう 同じ病を背負った仲間 日夜看病してくれる人 すぐに駆けつけてくれる友人たち 義理のことばも 儀礼の品もいらない 黙って手を握るだけですべてを分かち合える あたたかい友達をつくろう またとないチャンスをもらったのだ 神様がみんなを結んでくれるチャンスを 病気になったら 安心して祈ろう 天にむかって思いのすべてをぶちまけ どうか助けてくださいと必死にすがり 深夜 ことばを失ってひざまずこう このわたしを愛して生み慈しんで育て いつかご自分のもとへ呼んでくださるお方に すべてをゆだねて手を合わせよう またとないチャンスをもらったのだ まことの親である神に出会えるチャンスを そしていつか 病気が治っても治らなくても みんなみんな 流した涙の分だけ優しくなり 甘えとわがままをこえて自由になり 感動と感謝によって大きくなり 友達を増やして豊かになり 信じ続けて強くなり 祈りのうちに神の子になるだろう 病気になったら またとないチャンス到来 病のときは恵みのとき 晴佐久昌英 カトリック司祭”
Blessed be Your name with Drums
“ Blessed be Your name Words and Music by Matt and Beth Redman 試訳:野町真理 あなたの豊かな川が流れる 実り豊かな地において あなたの御名は ほむべきかな 荒野をさまよい 砂漠であなたに見出される時 あなたの御名は ほむべきかな あなたが注いでくださる すべての祝福を 私は賛美として あなたにお返しします 暗闇に包まれる時 それでも主よ 私は告白するでしょう 「主の御名は ほむべきかな  あなたの御名は ほむべきかな  主の御名は ほむべきかな  あなたの輝かしい御名は ほむべきかな」と 陽のあたる場所で すべてみこころが行われている時 あなたの御名は ほむべきかな 傷ついた道で 献身する時に痛みを伴ったとしても あなたの御名は ほむべきかな あなたが注いでくださる すべての祝福を 私は賛美として あなたにお返ししよう 暗闇に包まれる時 それでも主よ 私は告白するでしょう 「主の御名は ほむべきかな  あなたの御名は ほむべきかな  主の御名は ほむべきかな  あなたの輝かしい御名は ほむべきかな」と あなたは 与え そして 取られる あなたは 与え そして 取られる それでも 私の心は 選ぶことでしょう 「主よ あなたの御名を ほめたたえます」と告白することを”
YELL(エール)/ いきものがかり
“ のまちゃん牧師のギター弾き語りです。 とても励まされる歌です。「永遠など無いと気づいたときから」という箇所は、「この地上の人生において、永遠など無いと気づいたときから」ということだと受け止めつつ。 もともと音楽を聴くのは好きでしたが、イエス・キリストの愛に出会う前は、自分で楽器を弾こうとまでは思いませんでした。 けれども、イエス・キリストに出会ってから、アルバイトしたお金でギターを買い込み、練習し始めました。自分で楽器を奏でて表現したい喜びや感謝が与えられたからです。”
1月
31
杉戸キリスト教会 2011年度方針
“杉戸キリスト教会 2011年度方針(教会総会資料2010年11月より) ★ビジョン 
『そして、彼を外に連れ出して仰せられた。
「さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。」
さらに仰せられた。「あなたの子孫はこのようになる。」彼は主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。』創世記15章5-6節  1、星の数ほど老若男女が満ちあふれる教会、行列のできる教会  2、日々みことばに聴く祈りをし、主の祈りに沿って熱心に願い求める教会  3、天から聖霊を受け続けることにより、与える幸いに生きる教会  4、熱い祈りによって信仰、希望、愛、そして賛美が満ちあふれる教会  5、人と緑を生かしてオアシスを再創造する教会  6、魂を救い、人を育てることによって神の国を建て上げ、世界を変える教会  7、日本とアジアと世界に仕える教会(JAWS21:地域、宣教区、国内、国外) ★2011年度の取り組み  1、各個人が日々聴く祈りをし、目的宣言文に沿った「目的志向の人生」を目指す
  2、私たち杉戸キリスト教会の目的宣言文を共に作成し、    「目的志向の教会」を目指す ★5つの目的に基づいた教会の働き  1、礼 拝ーあなたは神の喜びとしてデザインされた
   2、交わりーあなたは神の家族としてデザインされた
   3、成 長ーあなたはキリストのようにデザインされた
   4、奉 仕ーあなたは神に仕えるためにデザインされた
   5、宣 教ーあなたは使命(魂の救いと人育て)のためにデザインされた ★目的志向の人生と教会を目指して 
 参照聖書箇所:ルカ福音書10章38節-11章13節 ある時主イエスが祈っておられました。「天と地がつながっているような祈りだ。私もあんなふうに祈りたい。」そんな憧れを弟子たちに抱かせるお姿でした。ですから、「主イエス様。祈りを教えてください。」そう弟子の一人が尋ね求め、素直に聴く祈りをしました。その時主イエスが「祈る時にはこう祈るんだよ。」と教えてくださったのが主の祈りです。 主の祈りをひっくり返すと、以下のような大変恐ろしい祈りになります。主の祈りを自分の祈りとし、「目的志向の人生」を日々選び取るために、ぜひ覚えてください。そしてこの祈りに絶対にアーメン(それが私の心からの願いです)と言わないでください。無意識に祈ることがあっても、意識的には祈らないでください。悪魔的な祈りで、これ以上的外れで罪深い祈りはありませんから。これは、善悪の知識の木の実を食べた者の恐ろしい祈りですから。 自分の名前があがめられ、ほめられますように。
 自分を中心とした自分の思い通りになる国が来ますように。
 私の願い、考え、計画が、その通りになりますように。 
私が今日もがんばって、日ごとの糧を得よう。(神など必要ない)
 誰でも私に罪を犯す者があるなら、絶対に赦さないで、必ず報復しよう。
 私は自分の力であらゆる誘惑に打ち勝つことができ、
  自分で自分を悪から救い出すことができる。(救い主など必要ない)
 国と、力と、栄え、世界に満ちるすべてのものは、私(俺)のものだ。 これは「罪人の自己中心な祈り」です。正直にあなたの心の中をのぞいて見てください。心密かに願っている本音がこのような内容と方向性であるなら、あなたも聖書の言う「罪人」です。行き着く先は死と永遠の滅びです。しかし主の祈りの行き着く先は、喜びと感謝と永遠のいのちです。どちらに向かって生きるのか、あなた自身が日々選び取らなければなりません。 以前の私は、主の祈りをひっくりかえした内容をいつも願い求めていました。けれども、死と永遠の滅びに向かって暴走していた私のために、十字架で命を捨ててくださり、よみがえった主イエスによって、主の祈りの指し示す内容を目指して、喜んで生きるように変えられたのです。「まず向きを確認し、次にその方向性で、聖霊を与えてくださる天の父にあつかましいほど熱心に祈り続けなさい!」そう主イエスは教えておられます。 用いられれば用いられるほど、目に見える結果が出せれば出せるほど、すべての栄光を神にお返しすることが難しくなります。自分に栄光を帰したいという誘惑、神を十字架につけて殺し、自分が神になりたいという誘惑がますます強くなるからです。 ですから電波時計のように、毎日聖書に耳を傾けて聴く祈りをし、主の祈りがコンパスのように指し示している向きに軌道修正しながら生きる。そうすれば、造られ、救われ、生かされ、杉戸キリスト教会に神の家族として呼び集められている本来の目的に導かれた、目的志向の人生を生きることができます。”
The Rose のまちゃん牧師のギター弾き語り
“ 埼玉県杉戸町、古利根川の流れのほとりから、THE ROSEを歌います。 以下歌詞の試訳。 Some say love it is a river that drowns the tender reed 愛は、柔らかな葦を沈め、溺れさせる川だという人がいる。 Some say love ...”
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苦しみの中におられる方々のための告白…A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED
“苦しみの中におられる方々のための告白…A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED I asked God for strength, that I might achieve ...”
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登山だけが危険なのか?
“登山だけが危険なのか? 来年映画化が決定された石塚真一さんの漫画「岳」(小学館)に描かれているように、登山はとても素晴らしいけれども確かにリスクがあり、危険が伴うことは間違いない。最悪の場合には命を失うこともある。けれども、登山だけが危険なのだろうか。 例えばこの夏に自宅や平地にいて、どれだけの人が熱中症で搬送されたり、命を失っただろうか。平地における危険は熱中症だけではない。交通事故、病気、殺人事件、虐待、中絶、いじめ、自殺などで、いったいどれだけの人がこの夏、平地で命を失ったであろうか。 危険は山だけにあるわけではない。危険はいつも身近な所にある。死の陰の谷は、確かに生活の場に存在する。しかしそこに最高のレスキュー隊員であられる主イエス・キリストが、良き羊飼いとしてともにおられるなら、どこにいても恐れる必要はない(旧約聖書詩篇23篇参照)。 by のまちゃん牧師(杉戸キリスト教会)”
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ペンテコステ礼拝メッセージ「勇気を出しなさい」
“ペンテコステ礼拝メッセージ「勇気を出しなさい」 聖書箇所:使徒の働き23章1-11節 その夜、主がパウロのそばに立って、「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない。」と言われた。使徒23章11節 ローマ市民であることを主張したパウロは、鎖を解かれ、議会においてあかしをする機会が与えられました。パウロは、議員の中にサドカイ人とパリサイ人がいるのを見て、「私はパリサイ人であり、死者の復活という望みのことでさばきを受けているのです。」と叫びました。 サドカイ人は、復活や御使いや霊の存在を否定していました。しかしパリサイ人は、復活はあり、御使いや霊も存在すると肯定していました。 それで議会は真っ二つに割れ、大混乱になりました。論争がますます激しくなった時、千人隊長はパウロが彼らに引き裂かれてしまうのではないかと心配し、パウロが殺されないように兵営に連れ出しました。 その夜、パウロは上記のような励ましのメッセージを、主イエスから受けました。パウロは、度重なる試練の中で疲れ果て、勇気を失い、意気消沈していたのでした。 私たちの救い主である主イエス様は、私たちのすべてを知っていてくださいます。そして、『神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。(詩篇46篇1節)』なのです。”
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礼拝メッセージ「パウロの弁明」
“礼拝メッセージ「パウロの弁明」 聖書箇所:使徒の働き22章1-30節 すると、主は私に、『行きなさい。わたしはあなたを遠く、異邦人に遣わす。』と言われました。」人々は、彼の話をここまで聞いていたが、このとき声を張り上げて、「こんな男は、地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない。」と言った。使徒22章21-22節 パウロは、ユダヤ人同胞に向かってヘブル語で語りかけたので、人々はますます厳粛になり、パウロの話に耳を傾けました。パウロは、自らの生い立ちから始めて、神であられる主イエスが何をしてくださったのか、その後自分がどう変えられたのかを証ししました。 パウロは、厳格な教育をエルサレムで受けた正統派ユダヤ人でした。その熱心さは、キリスト者たちを迫害し、死に至らせるほどでした。 ところがダマスコ途上で、パウロは復活の主イエスの威光に打ちのめされました。弱さの中で心眼が開かれたパウロは、ためらわずにバプテスマ(洗礼)を受け、主イエスの証人とされたのでした。 「主なる神がパウロを異邦人に遣わされる」という内容のことをパウロが語った瞬間、静かに耳を傾けていた人々は、再び暴徒となりました。 千人隊長はパウロをむち打って取り調べることを命じました。けれどもパウロがローマ市民であることを主張したので、パウロは再び鎖を解かれ、議会において証言する機会が与えられました。”
09
母の日歓迎礼拝メッセージ「母の涙」
“母の日歓迎礼拝メッセージ「母の涙」 聖書箇所:使徒の働き21章17-40節 彼らがパウロを殺そうとしていたとき、エルサレム中が混乱状態に陥っているという報告が、ローマ軍の千人隊長に届いた。彼はただちに、兵士たちと百人隊長たちとを率いて、彼らのところに駆けつけた。人々は千人隊長と兵士たちを見て、パウロを打つのをやめた。使徒21章31-32節 パウロやルカたちがエルサレムに着くと、そこには嵐の前の静けさがありました。しかし静けさは、やはり長くは続かず、速やかに暗雲がエルサレムを覆い尽くしていきました。 突風が四方八方からパウロを目がけて吹き付け、横殴りの激しい雨霰が、容赦なくパウロの身体を痛めつけ、怒り狂った雷が、上から横からパウロに襲いかかっている。状況はまさしくそのようでした。同胞のユダヤ人たちが、明確な殺意をもってパウロを殺そうとしていたのです。 もしもその光景を、パウロの母が見ていたとしたら、どんな気持ちになったでしょうか。お腹を痛めて産んだ自分の息子が、屠殺されるような姿を見ていたとしたら。 パウロの場合には、その場に母はいなかったと思われます。そしてパウロは、エルサレムで殺されることにはなりませんでした。しかしイエス・キリストの場合には、そこに母マリヤがいて、死に至るその苦しみを見ていたことを聖書は記録しています。(ヨハネ福音書19章25-27節参照)”
02
礼拝メッセージ「死を覚悟して」
“礼拝メッセージ「死を覚悟して」 聖書箇所:使徒の働き21章1-16節 するとパウロは、「あなたがたは、泣いたり、私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。私は、主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることばかりでなく、死ぬことさえも覚悟しています。使徒21章13節 使徒パウロはミレトでの告別説教を終えた後、船に乗り込み、エルサレムに向かって旅立ちました。 旅の途中、各地に立ち寄る度に、御霊に示された弟子たちや預言者が、パウロにエルサレムに上らないようにと忠告しました。 最後には旅の同伴者であったルカたちも、土地の人たちと共に、エルサレムには上らないようにとパウロに頼みました。 その時パウロがルカたちに語った言葉が、上記のみことばです。 パウロは主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることばかりでなく、死ぬことさえも覚悟していたのでした。 パウロの姿は、なわめと苦しみが待つエルサレムに上っていかれた主イエスの姿と重なってきます。 主イエスは、私たちを救うために天から地上に降りて来られ、最後の晩餐(聖餐)を経て十字架の死に至るエルサレムに、死を覚悟して上っていかれたのでした。”
4月
25
礼拝メッセージ「教会とは何か」
“礼拝メッセージ「教会とは何か」 聖書箇所:使徒の働き20章28-38節 あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。聖霊は、神がご自身の血をもって買い取られた神の教会を牧させるために、あなたがたを群れの監督にお立てになったのです。使徒20章28節 「教会」とは何でしょうか?あなたは「教会」と聞いて何をイメージされるでしょうか?教会(チャーチ)とは、教会堂(チャペル)ではありません。単なる仲間(フェローシップ)でもありません。 教会形成という大切な働きを、しっかりと引き継いでもらうために、パウロは以下のような聖書に基づく教会観を持って、告別説教を語りました。 ①教会とは、呼び集められた自分自身と群れの全体である。集まるための建物ではなく、信仰告白による共同体である。 ②教会は、神ご自身の尊い血をもって買い取られた。故に、教会の所有者であり雇い主は、神である。 ③教会は、様々な嵐の中に置かれる。 ④教会は、みことばによって育成され、苦しみを通って栄光の御国を受け継ぐ。 ⑤教会は、地上における神の国の前衛であり、労苦して弱い者を助け、与える幸いに生きる。”
18
礼拝メッセージ「走るべき行程」
“礼拝メッセージ「走るべき行程」 聖書箇所:使徒の働き20章22-27節 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。使徒20章24節 パウロは、自分の人生を「走ること・ランニング」に例えて、「自分の走るべき行程を走り尽くす」という表現を用いています。それぞれの人生において、走るべき行程があり、その行程は一人一人違うのだということでしょう。 100メートルに満たない短距離を、あっという間に駆け抜けるような人生もあるでしょう。道半ばでアリーナに入り、近づいてくる死と戦いながら、最後の力を振り絞ってゴールを目指す人生もあるでしょう。マラソンのような長距離を、忍耐を持って走り抜く人生もあるでしょう。障害物だらけの行程で、転んだりつまずいたりしてボロボロになる人生もあるでしょう。 どのような行程であったとしても、自分の走るべき行程をはっきりと知り、それをしっかりと受け止めることができるなら、パウロのように、悔いのない人生を走り抜くことができるでしょう。 なぜなら、私たちの救い主であられるイエス様が、ご自分のいのちを少しも惜しいとは思われず、私たちの罪のために、十字架に至る行程を走り尽くし、復活の栄光にゴールインされたからです。 ”
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礼拝メッセージ「謙遜の限りを尽くし」
“礼拝メッセージ「謙遜の限りを尽くし」 聖書箇所:使徒の働き20章13-21節 私は謙遜の限りを尽くし、涙をもって、またユダヤ人の陰謀によりわが身にふりかかる数々の試練の中で、主に仕えました。使徒20章19節 パウロは、急いでエルサレムに向かう途中、ミレトにエペソ教会の長老たちを呼び集め、告別説教を語りました。その素晴らしいメッセージを3回に分けて味わいたいと思います。それぞれの題は「謙遜の限りを尽くし」、「走るべき行程」、そして「教会とは何か」とします。 パウロが渾身の力を込めて語る告別説教は、説教者パウロの日常生活を語る内容でした。パウロは人々と一緒に日々生活したので、「皆さんは私がいつもどんなふうにあなたがたと過ごして来たか、よくご存じです。」と語ることができました。 パウロは、主イエスのしもべとして、謙遜の限りを尽くし、涙をもって、数々の試練の中で、主に仕えました。益になることは少しもためらわずに知らせ、公の場でも私的な場でも教えました。 ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰とをはっきりと主張しました。 パウロのモデルは、謙遜な神であられる主イエスです。主イエスこそ、謙遜の限りを尽くし、涙をもって、数々の試練の中で、父なる神に仕え、そして私たちに仕えてくださった救い主(キリスト)です。”
04
イースター歓迎礼拝メッセージ「生き返った青年」
“イースター歓迎礼拝メッセージ「生き返った青年」 聖書箇所:使徒の働き20章1-12節 人々は生き返った青年を家に連れて行き、ひとかたならず慰められた。使徒20章12節 今年もキリストの受難(パッション)を覚える時を経て、復活祭(イースター)を迎えることができました。季節は移り、桜咲く春を迎えることができました。心から感謝します。 人生を四季に例えてみましょう。幼年から少年時代はわかばと桜の春。青年から壮年時代は、ひまわりが咲き汗が輝く夏。熟年時代は、秋桜が咲き、色鮮やかな紅葉と結実に向かう秋。晩年はしばしの眠りに向かう冬支度の時のようです。 しかし若くして、十分な冬支度もできない中、突然の死を迎える方も少なくありません。今日の聖書の箇所には、そのような青年が登場します。 彼はユテコという名前の青年でした。ユテコは窓のところに腰掛けてパウロの話を聞いていたのですが、睡魔に襲われ、眠り込んでしまいました。三階から下に落ちてしまったユテコは、抱き起こしてみると、もう死んでいました。 しかしいのちの源である神、死者の中から復活された神は、しばしの眠りについている死人を生き返らせることがお出来になる方です。そのような神が、今も生きておられます!ですから死は永眠ではなく冬眠なのです。”
3月
28
礼拝メッセージ「ただならぬ騒動」
“礼拝メッセージ「ただならぬ騒動」 聖書箇所:使徒の働き19章21-41節 そのころ、この道のことから、ただならぬ騒動が持ち上がった。使徒19章23節 エペソで起こったただならぬ騒動は、エルサレムで起こったただならぬ騒動を思い起こす出来事です。エペソにおいては、使徒パウロがその騒動の中に巻き込まれました。エルサレムにおいては、主イエスがその騒動の中に巻き込まれました。 キリストの教会が霊的に覚醒し、主イエスの教会が未伝地に出て行き、異郷において福音を宣べ伝える時、ただならぬ騒動が起こることは避けられません。 それは主イエスが歩まれた道でした。主イエスは天から降りてきてくださり、異郷に赴いて福音を宣べ伝え、愛をもって真理を教えてくださいました。 ところが主イエスがまことの光としてこの地上に来られ、それまでやみの中にまぎれ、覆い隠されていた罪を明らかに照らし出すにつれ、人々は主イエスに反抗し、反逆し、敵対しました。 そしてただならぬ騒動が起こり、理性を失った私たち人間は、愛に生きられた主イエスを罪に定めるための訴えを繰り返し、ついに主イエスは、茨の冠と十字架の死に至る苦難を身に受けることになりました。しかしそこにこそ神の愛が照らし出されているのです。”
21
礼拝メッセージ「主イエスの御名」
“礼拝メッセージ「主イエスの御名」 聖書箇所:使徒の働き19章1-20節 このことがエペソに住むユダヤ人とギリシヤ人の全部に知れ渡ったので、みな恐れを感じて、主イエスの御名をあがめるようになった。使徒19章17節 私たちは、必死に背伸びすれば、外側はきれいに見せることが出来るかもしれません。けれども、内にある醜い本当の自分を、自分できれいにできる人がいるでしょうか。 もしそれができるなら、罪のないイエス・キリストが私たちのために身代わりとなって十字架で死なれる必要は、まったくありませんでした。 心がかき回されなければ、自分は正しくて良い人間だと勘違いしています。しかし心がかき回されると、たちまち醜い本当の自分と向き合うことになります。いやで仕方がないけれども、自分で自分を変えることができない。私たちは本当にみじめな罪の奴隷です。 けれども聖書は、主イエス・キリストの御名の力強さを、紹介しています。 『キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。』ピリピ3章21節”
14
礼拝メッセージ「神の道」
“礼拝メッセージ「神の道」 聖書箇所:使徒の働き18章18-28節 彼は会堂で大胆に話し始めた。それを聞いていたプリスキラとアクラは、彼を招き入れて、神の道をもっと正確に彼に説明した。使徒18章26節 使徒パウロはコリントに腰を据えて宣教を続けた後、再び旅立ちました。パウロはシリヤに向かい、途中ケンクレヤ、エペソ、カイザリヤ、エルサレムを経てホームチャーチのあるアンテオケに戻りました。 アンテオケにしばらく滞在した後、パウロは3回目の宣教旅行に出発します。パウロはガラテヤ地方やフルギヤを巡って、すべての弟子たちを力づけました。 その時、エペソに滞在していたアクラとプリスキラは、アポロという雄弁で熱心に伝道している人物に出会いました。アポロは主の道の教えを受け、霊に燃えて、イエスのことを正確に語り、また教えていました。けれども、アポロはヨハネのバプテスマしか知りませんでした。 そこでプリスキラとアクラは、アポロを招き入れて、神の道をもっと正確に説明しました。 伝道、すなわち神の道を伝えるためには、熱心さや純粋さだけではなく、聖書に基づく正確さが求められます。”
07
礼拝メッセージ「わたしがともにいる」
“礼拝メッセージ「わたしがともにいる」 聖書箇所:使徒の働き18章1-17節 ある夜、主は幻によってパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから。」と言われた。使徒18章9-10節 「聖書の中に出てくる人たちはみな、強くて揺るぎない信仰を持った立派な人たちである」という思い違いを、多くの人がしています。 けれども、聖書を丁寧に読むと、強い信仰者というイメージの強い使徒パウロでさえも、時に困り果て、時に恐れを抱き、意気消沈した普通の人間であることを知ることができます。 上記のみことばは主なる神が、パウロに語りかけた内容です。 「恐れないで!わたしがあなたとともにいる!」と語る必要があったのは、パウロが恐れと孤独感に支配されていたからでしょう。 「語り続けなさい!黙ってはいけない!この町には、わたしの民がたくさんいるから!」と語る必要があったのは、パウロが身の危険を感じるほどの激しい迫害と反発に直面し、「この町には救われる人がもういない。だからこの町で福音宣教をするのは止めよう。語っても無駄だ。」と考えていたからに他ならないでしょう。”
2月
28
礼拝メッセージ「審判の日」
“礼拝メッセージ「審判の日」 聖書箇所:使徒の働き17章16-34節 神は、そのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今は、どこででもすべての人に悔い改めを命じておられます。なぜなら、神は、お立てになったひとりの人により義をもってこの世界をさばくため、日を決めておられるからです。そして、その方を死者の中からよみがえらせることによって、このことの確証をすべての人にお与えになったのです。使徒17章30-31節 ギリシアのアテネ。そこはギリシア神話の神々の像に溢れている町でした。また、エピクロス派とストア派の哲学者たちが論じ合っている町でした。 パウロはアレオパゴスに連れて行かれ、ギリシアの中心で神を叫ぶことになりました。 まずパウロは、アテネの人たちが宗教心にあつい方々だとほめました。評価できる点を最初に語ることは、福音提示の土台となる大切なことです。 次にパウロは、道ばたにあった『知られない神に』と刻まれた祭壇について触れ、そこから創造主なる神について語り始めました。 最後にパウロは、上記のみことばのように悔い改め(生き方の方向転換)の必要について、審判の日と死者の復活から論じました。”
21
礼拝メッセージ「聖書とは」
“礼拝メッセージ「聖書とは」 聖書箇所:使徒の働き17章1-15節 パウロはいつもしているように、会堂にはいって行って、三つの安息日にわたり、聖書に基づいて彼らと論じた。そして、キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならないことを説明し、また論証して、「私があなたがたに伝えているこのイエスこそ、キリストなのです。」と言った。使徒17章2-3節 パウロたちはテサロニケとベレヤにて、ユダヤ人の会堂に入り、聖書に基づいて論じ、神のことばを宣べ伝えました。聖書は今も、キリスト(救い主)について、以下のことを明確に語っています。 1、救い主は苦しみを受けなければならない。 2、救い主は死者の中からよみがえらなければならない。(そして栄光にはいる) 3、使徒たちが宣べ伝えているイエス。すなわち、十字架の苦しみを受けて死なれ、墓に葬られ、3日目によみがえられて今も生きておられる主イエスこそ、まさしくキリスト・救い主である。 日本同盟基督教団の信仰告白は、聖書に関する以下の告白から始められています。 1、旧、新約聖書66巻は、すべて神の霊感によって記された誤りのない神のことばであって、 救い主イエス・キリストを顕わし、救いの道を教え、信仰と生活の唯一絶対の規範である。”
14
礼拝メッセージ「家族の救い」
“礼拝メッセージ「家族の救い」 聖書箇所:使徒の働き16章25-40節 ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」と言った。使徒16章31節 真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていました。ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまいました。 目をさました看守は、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとしました。そこでパウロは大声で、「自害してはいけない。私たちはみなここにいる。」と叫びました。 看守はあかりを取り、駆け込んで来て、パウロとシラスの前に震えながらひれ伏しました。そしてふたりを外に連れ出して「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか。」と言いました。 ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」と言い、彼とその家の者全部に主のことばを語りました。 看守はその夜、時を移さず、ふたりを引き取り、その打ち傷を洗いました。そしてそのあとですぐ、彼とその家の者全部がバプテスマを受けました。それからふたりを家に案内して食事のもてなしをし、全家族そろって神を信じたことを心から喜びました。”
07
礼拝メッセージ「困り果てて」
“礼拝メッセージ「困り果てて」 聖書箇所:使徒の働き16章11ー24節 幾日もこんなことをするので、困り果てたパウロは、振り返ってその霊に、「イエス・キリストの御名によって命じる。この女から出て行け。」と言った。すると即座に、霊は出て行った。使徒16章18節 パウロとルカたちは船に乗り込み、エーゲ海を渡ってマケドニアのピリピ町に行きました。安息日に、彼らは祈り場があると思われた川岸に行き、集まった女たちに福音を語りました。 紫布の商人で神を敬うルデヤという女が聞いていました。主は彼女の心を開いて、パウロの語る事に心を留めるようにされました。 彼女は家族と一緒にバプテスマ(洗礼)を受け、「私を主に忠実な者とお思いでしたら、どうか、私の家に来てお泊まりください。」と言って頼み、強いてそうさせました。 彼らが祈り場に行く途中、占いの霊につかれた若い女奴隷に出会いました。この女は占いで、主人たちに多くの利益を得させていました。 彼女はパウロとルカたちの後について来て、「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、救いの道をあなたがたに宣べ伝えている人たちです。」と何日も叫び続けました。パウロたちは困り果て、主イエスの御名を叫びました。”
1月
31
礼拝メッセージ「助けてください」
“礼拝メッセージ「助けてください」 聖書箇所:使徒の働き16章1ー10節 ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください。」と懇願するのであった。使徒16章9節 何事でも、やりだせば必ず壁にぶつかります。けれども、明確な目的を持っている人は、迷っても壁を乗り越えていくことができます。 けれども、明確な目的を持っていなければ、壁を前にしてただ迷い、焦り、そして徒労に終わってしまいます。 ですから、聖書に聞く祈りによって、人生の目的を明確にし、死の向こうの永遠を見据えた長期計画、ロードマップを立てることがとても大切です。 実に人生の目的は「魂の救い」と「人育て」のために「共に生きる」ことです。 聖なる神の霊(聖霊)の導きによって、具体的計画は何度も軌道修正され、その都度、計画変更を余儀なくされるでしょう。その繰り返しが歴史であり、私たちの人生ではないでしょうか。 しかし、あらゆる壁を乗り越えることのできる知恵と力を与え、夢をかなえさせてくださるのは、全知全能の神御自身なのです。”
24
礼拝メッセージ「別行動」
“礼拝メッセージ「別行動」 聖書箇所:使徒の働き15章36ー41節 そして激しい反目となり、その結果、互いに別行動をとることになって、バルナバはマルコを連れて、船でキプロスに渡って行った。パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて出発した。使徒15章39-40節 バルナバは、マルコとも呼ばれるヨハネと一緒に、2回目の宣教旅行に出かけようとしました。ところがパウロは、1回目の宣教旅行において、途中でいなくなったような者は一緒に連れて行かないほうがよいと考えました。 それで激しいにらみ合いになり、結局互いに別行動をとることになりました。 パウロは即戦力と期待されるシラスという人物を選び、先に主のことばを伝えた町々を尋ね、諸教会を力づけました。バルナバは、パウロが見捨てたマルコを連れて、船でキプロスに渡って行きました。 別行動によって、同時並行的に教会形成、つまり人育てがなされていきました。 後にマルコは、イエス・キリストの福音をいち早くまとめ、福音書を執筆するほどの人物となりました。 バルナバのように、捨てられた者を拾い、決してあきらめずに私たちを育て上げてくださる神。それが私たちの主イエス・キリストです。”
17
礼拝メッセージ「手渡しの手紙」
“礼拝メッセージ「手渡しの手紙」 聖書箇所:使徒の働き15章22ー35節 さて、一行は送り出されて、アンテオケに下り、教会の人々を集めて、手紙を手渡した。それを読んだ人々は、その励ましによって喜んだ。使徒15章30-31節 情報通信技術(IT)が発達し、忙しい現代において失われやすいもの。それはあったかい関係であり、信頼であり、絆です。 電子メールやネット電話などは、やはり直接会って時間を共有することの代わりにはなりません。 今日の聖書の箇所には、手書きで書いた手紙を手渡しで届けたという出来事が紹介されています。 手渡しの手紙によって、相手に励ましを届けることができました。 手渡しの手紙によって、相手に喜びを届けることができました。 手渡しの手紙は、心のあったかさや体温のぬくもりを伝えることのできる、素晴らしい小道具なのです。”
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礼拝メッセージ「差別されない神」
“礼拝メッセージ「差別されない神」 聖書箇所:使徒の働き15章1ー21節 そして、人の心の中を知っておられる神は、私たちに与えられたと同じように異邦人にも聖霊を与えて、彼らのためにあかしをし、私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。使徒15章8-9節 人間の価値は、お金のようです。古くなってシミやしわが増えたとしても、価値は変わりません。しかし造り主から離れるなら、人もお金も本来の価値を失います。 創造主なる神から離れ、存在価値を失い、存在の喜び(塩気)をなくした人間は、他の人間を差別することによって、自分の存在価値を見出そうとします。 そのような私たちの代表として、実はイスラエル・ユダヤ人は神に選ばれ、生かされています。 神から離れ、存在の喜びをなくした私たちは、割礼の有無などによって人を差別します。差別しなければ、自分が価値ある存在だと思えないからです。しかし創造主なる神は、何の差別もつけず、私たちの心を信仰によってきよめてくださいます。 神は選ぶ順番において差別していると言う方がおられるかもしれません。しかしそうではありません。長い人生の旅路においては、先の者が後になり、後の者が先になるからです。”
03
礼拝メッセージ「苦しみの意味」
“礼拝メッセージ「苦しみの意味」 聖書箇所:使徒の働き14章19ー28節 弟子たちの心を強め、この信仰にしっかりとどまるように勧め、「私たちが神の国にはいるには、多くの苦しみを経なければならない。」と言った。使徒14章22節 主イエス・キリストは、敵であった私たちのために重い十字架を背負い、身代わりに死んでくださいました。そのキリストは、「自分の十字架を負ってわたしについて来なさい。」と言われます。 実にキリストに従う歩みは、キリストの苦しみの欠けたところを満たす歩みです。キリストの愛に捕らえられて、自分の十字架を背負い、本気でキリストに従おうとするなら、苦しみに直面することは避けられません。 苦しむことが目的(ゴール)ではありません。しかし、苦しみを通して、神は私たちをイエス・キリストのように造り変えられるのです。 苦しみの意味は、キリストに従うことを通して、私たちがキリストのように変えられるというところにあります。それは私たち自身が、全世界の祝福の基として他者のために存在する教会となるためです。 福音宣教の使命に生きる教会として、ともに公同のキリストのからだである世界教会の、キリストを目指して成長していきましょう。”
01
新年礼拝メッセージ「過ぎ去った時代」
“新年礼拝メッセージ「過ぎ去った時代」 聖書箇所:使徒の働き14章1ー18節 過ぎ去った時代には、神はあらゆる国の人々がそれぞれ自分の道を歩むことを許しておられました。 とはいえ、ご自身のことをあかししないでおられたのではありません。すなわち、恵みをもって、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たしてくださったのです。」使徒14章16-17節 最初のクリスマス。その時歴史が大きく動きました。キリストによって的が照らし出され、それまでの時代は「過ぎ去った時代」となったのです。 暗闇の中で、弓を射ることを考えてみて下さい。もし的を照らし出す光がなければ、どんなに一生懸命になったとしても、的を外すことしかできないでしょう。 同じように私たちの人生においても、歩むべき道を照らし出す光がなければ、的を外した人生しか生きられません。 的外れなこととは何でしょうか?それは、本当の神を無視して感謝もせず、かえって他の神々に心を向けて自分のために生きることです。創造主なる神ではなく、自分のための神(偶像)を造って拝むこと。自分のために神を利用すること。自分が神になろうとすること。これ以上に的外れなことは出来ません。 「罪」という言葉と「証言する者がいない」という言葉がギリシア語で似ている理由。それは、「証言する者がいなければ、的外れな罪を犯してしまう」という関係があるからです。 パウロとバルナバは、神以外のものを神として拝むことがむなしく的外れであること、そして、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神こそが、礼拝を捧げるべき唯一の方であり、立ち返ってこの方に感謝を捧げ、この方のために生きることが、的を射た生き方であることを、必死になって訴えました。”
2009
12月
27
礼拝メッセージ「地の果てまでも」
“礼拝メッセージ「地の果てまでも」 聖書箇所:使徒の働き13章42ー52節 『わたしはあなたを立てて、異邦人の光とした。あなたが地の果てまでも救いをもたらすためである。』使徒13章26節 聖書には、「神の選び」と「人間の応答責任」という2つの真理が教えられています。 48節には「永遠のいのちに定められていた人たちは、みな、信仰にはいった。」と語られ、神の選びを教えています。 46節では、「あなたがたはそれを拒んで、自分自身を永遠のいのちにふさわしくない者と決めたのです。」と語られ、人間の応答責任を教えています。 レスポンスするアビリティ、応答する能力がある時、責任が問われます。地の果てまでも救いをもたらすために、神は異邦人にも十字架のことばに応答する能力を与えてくださるのです。”
24
09クリスマスイブ燭火礼拝メッセージ「クリスマスはだれのため?」
“クリスマスイブ燭火礼拝メッセージ「クリスマスはだれのため?」”
20
クリスマス礼拝メッセージ「送られた救いのことば」
“クリスマス礼拝メッセージ「送られた救いのことば」 聖書箇所:使徒の働き13章13ー41節 兄弟の方々、アブラハムの子孫の方々、ならびに皆さんの中で神を恐れかしこむ方々。この救いのことばは、私たちに送られているのです。使徒13章26節 世界で最初のクリスマスに、神は救いのことばを、私たちに送ってくださいました。それは世界で一番素晴らしい贈り物(ギフト・プレゼント)です。 この贈り物は、あなたにも送られています。ギフトですから、代金引換でも着払いでもありません。ただ感謝して受け取ればいいのです。 なぜなら代金は送り主である神御自身が、あなたに代わってすべて支払ってくださったので、支払い済みなのです。 この贈り物については、エペソ人への手紙の2章8-9節に以下のように書かれています。 『あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物(ギフト)です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。』”
13
礼拝メッセージ「送り出す教会」
“礼拝メッセージ「送り出す教会」 聖書箇所:使徒の働き13章1ー12節 彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい。」と言われた。そこで彼らは、断食と祈りをして、ふたりの上に手を置いてから、送り出した。使徒13章2-3節 聖霊に導かれたアンテオケ教会はパウロとバルナバを宣教師として送り出しました。彼らはマルコと呼ばれるヨハネも助手として連れて行きました。 ハドソン・テーラーは、超教派の協力で宣教師を派遣し、一致して伝道に当たるべきことを主張して、中国に多くの教会を形成しました。感化を受けたフレデリック・フランソンは『アライアンス・ミッション(同盟宣教団)』を創設しました。そして超教派的な宣教協力によって、世界のキリスト教未開拓地域に教師と信徒を宣教師として派遣したのです。 フランソンスピリットを持った宣教師たちが日本に来て、未伝の地方において国外宣教をしました。その結果、各地に主の教会が生み出され、教会が形成されました。実に国外宣教こそ私たちの原点です。 この経緯を覚える時、私たちも国内外において世界宣教を推し進めるために、信徒の働き人の派遣や現地における他教団・他団体との宣教協力を積極的に考えることができるでしょう。”
06
礼拝メッセージ「栄光は神に」
“礼拝メッセージ「栄光は神に」 聖書箇所:使徒の働き12章18ー25節 するとたちまち、主の使いがヘロデを打った。ヘロデが神に栄光を帰さなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えた。使徒の働き12章23節 ヘロデが神に打たれて即死した理由は、神に栄光を帰さなかったからです。実はこれこそ、私たち全人類が犯した「死に至る罪」です。なぜ人が死ぬようになったのか。それは、「取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ」と警告されていた善悪の知識の木から取って食べたからです。それは以下のような、死に向かう方向転換でした。 神を基準とせず自分を基準とする。神を神とせず自分を神とする。神を主とせず自分が主となる。神中心でなく自己中心になる。栄光を自分に帰す。 しかしイザヤ書53章には、そのような私たちの身代わりに、神に打たれた主イエスのことが記されています。主イエスはあなたの罪のために十字架で死なれ、復活して今も生きておられます。 この主イエスを受け入れて向きを変える。それは以下のような、いのちに至る悔い改めです。自分を基準とせず神を基準とする。自分を神とせず神を神とする。自分を主とせず神を主とする。自己中心でなく神中心になる。栄光を自分にではなく神に帰す。”
11月
29
礼拝メッセージ「祈りはきかれる」
“礼拝メッセージ「祈りはきかれる」 聖書箇所:使徒の働き12章1ー17節 こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた。使徒の働き12章5節 教会が神に熱心に祈り続けた時、その祈りはきかれ、信じられないほどの出来事が起こりました。 ヘロデ王(ヘロデ・アグリッパ一世)は、ヨハネの兄弟ヤコブを殺し、ペテロも捕えて牢に入れました。その時教会は、ペテロのために、神に熱心に祈り続けていました。 厳重な警戒の中、牢に閉じ込められていたペテロは、主の御使いによって奇跡的に救出されます。その後ペテロは家の教会へと向かいました。そこは立派なチャペルではなく、マルコ・ヨハネの母マリヤの家でしたが、大ぜいの人が集まって、祈っていました。 ペテロが入り口の戸をたたくと、ロダという女中が応対に出てきました。ペテロの声だとわかると、喜びのあまり門をあけもしないで奥へ駆け込み、ペテロが門の外に立っていることをみなに知らせました。 彼らは、「あなたは気が狂っているのだ。」と言い、彼女はほんとうだと言い張りました。そこで彼らは、「それは彼の御使いだ。」と言っていました。その間ペテロは扉をたたき続けていました。彼らが門を開けると、そこにはペテロ本人が立っていました。”
22
礼拝メッセージ「クリスチャン」
“礼拝メッセージ「クリスチャン」 聖書箇所:使徒の働き11章19ー30節 弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。使徒の働き11章26節 エルサレムの迫害によって、使徒たち以外の者はみな、諸地方に散らされました。人々はフェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行きましたが、ユダヤ人以外の者には、福音を語りませんでした。 ところが、その中にキプロス人やクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからは、ギリシヤ人にも語りかけました。主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返りました。 この知らせがエルサレム教会に聞こえた時、彼らはバルナバをアンテオケに派遣しました。バルナバは神の恵みを見て喜び、みなが心を堅く保って、常に主にとどまっているようにと励ましました。 バルナバはサウロを捜しにタルソへ行き、サウロをアンテオケに連れて来ました。そして一年間、彼らはアンテオケ教会に集い、人々を教えました。 その結果弟子たちは、アンテオケで初めてキリスト者(クリスチャン)と呼ばれるようになりました。大ききんの際、アンテオケ教会のクリスチャンたちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住んでいる兄弟たちに救援物資を送りました。”
15
礼拝メッセージ「大風呂敷の幻」
“礼拝メッセージ「大風呂敷の幻」 聖書箇所:使徒の働き11章1ー18節 すると、もう一度天から声がして、『神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。』というお答えがありました。こんなことが三回あって後、全部の物がまた天へ引き上げられました。使徒の働き11章9-10節 使徒たちやユダヤにいる兄弟たちは、異邦人たちも神のことばを受け入れた、ということを耳にしました。そこで割礼を受けた者たちは、エルサレムに戻ってきたペテロを非難しました。「あなたは割礼のない人々のところに行って、彼らといっしょに食事をした。」 それでペテロは、事の次第を順序正しく説明しました。海辺の町ヨッパで見た大風呂敷の幻。カイザリヤのコルネリオを尋ねるに至った経緯。コルネリオの家で起こった聖霊降臨の出来事。ペテロはそれらを丁寧に語り、こう締めくくりました。「こういうわけですから、私たちが主イエス・キリストを信じたとき、神が私たちに下さったのと同じ賜物を、彼らにもお授けになったのなら、どうして私などが神のなさることを妨げることができましょう。」 人々はこれを聞いて沈黙し、「それでは、神は、いのちに至る悔い改めを異邦人にもお与えになったのだ。」と言って、神をほめたたえました。しかしこの問題は尾を引きます。”
08
礼拝メッセージ「すべての人の主」
“礼拝メッセージ「すべての人の主」 聖書箇所:使徒の働き10章24ー48節 「これで私は、はっきりわかりました。神はかたよったことをなさらず、どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行なう人なら、神に受け入れられるのです。神はイエス・キリストによって、平和を宣べ伝え、イスラエルの子孫にみことばをお送りになりました。このイエス・キリストはすべての人の主です。使徒の働き10章34-36節 ヨッパの海辺に滞在していたペテロは、使者たちと共にカイザリヤにあるコルネリオの家を尋ねました。ローマの軍人でありながら、敬虔な信仰者であったコルネリオは、家族だけでなく親族や親しい友人たちも呼び集めて、ペテロを待っていました。 出迎えたコルネリオは、ペテロの足もとにひれ伏して拝みました。ペテロは彼を起こして、「お立ちなさい。私もひとりの人間です。」と言いました。ペテロを招いた理由をコルネリオが語った時、ペテロは上記の言葉を語り始めました。 すべての人の主であるイエス・キリストについて、ペテロが語り続けていると、みことばに耳を傾けていたすべての人々に、聖霊の賜物が注がれました。割礼を受けていない外国人たちが聖霊を受けたことに驚いたペテロは、「いったいだれが、水をさし止めて、この人たちにバプテスマを受けさせないようにすることができましょうか。」と語り、イエス・キリストの御名によってバプテスマ(洗礼)を受けるように彼らに命じました。”
01
礼拝メッセージ「海辺のペテロ」
“礼拝メッセージ「海辺のペテロ」 聖書箇所:使徒の働き10章1ー23節 さあ今、ヨッパに人をやって、シモンという人を招きなさい。彼の名はペテロとも呼ばれています。この人は皮なめしのシモンという人の家に泊まっていますが、その家は海辺にあります。使徒の働き10章5-6節 広くて大きい海の近くに住めば、私たちの心が広くて大きくなるかというと、そうではありません。広くて大きい平野に住んでも、同じことでしょう。 私たち人間は、お互いに自己中心な物差しや、地元意識のような狭い心を持って生きています。 -実は、自己中心な物差しを持つことこそ、聖書が語る罪です。それは自分を基準とし、自分を神とする罪です。- そしてお互いに、自分と他者をはかりあって生きています。そして「きよい」とか「きよくない」とか、「仲間」だとか「よそ者」だとか区別し、壁を設けます。同じ人間が、血筋や肌の色、学歴や肩書き等によって人を差別し、受け入れたり拒んだりします。 実は神の選びの民であるユダヤ人も、まさにそのような罪深さを持って生きていました。使徒ペテロでさえ、せまくて小さい心で生きていました。しかし主イエスは、不思議な夢と出会いを通して、ペテロの心を徐々に広く大きくされました。”
10月
25
礼拝メッセージ「歩く聖書」
“礼拝メッセージ「歩く聖書」 聖書箇所:使徒の働き9章32ー43節 さて、ペテロはあらゆる所を巡回したが、ルダに住む聖徒たちのところへも下って行った。使徒の働き9章32節 ペテロは、歩く聖書とされて、魂の救いのために、豊かに用いられていきました。 ルダという所では、八年間中風を患い、寝たきりだったアイネヤをいやし、それを見た人々の魂を救いました。 ヨッパという所には、タビタ(ギリシヤ名ドルカス)という女の弟子がいました。彼女は、多くの良いわざと施しをしていましたが、病気になって死にました。しかしペテロは、ひざまずいて祈ることによって、彼女を生き返らせ、生きている彼女を人々に見せたのです。このことがヨッパ中に知れ渡り、それを見た多くの人々の魂が救われました。 危機の時代に生かされている私たちも、主イエス・キリストを信頼して受け入れ、聖書のみことばを実生活に適用して生きるなら、歩く聖書とされます。 その時私たちは、「魂の救い」と「弟子作り」という教会の存在目的のために、豊かに用いられます。実に、「魂の救い」と「弟子作り」こそ、奇跡の中の奇跡です。”
18
11
礼拝メッセージ「行列のできる教会」
“礼拝メッセージ「行列のできる教会」 聖書箇所:使徒の働き9章23ー31節 こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり築き上げられて平安を保ち、主を恐れかしこみ、聖霊に励まされて前進し続けたので、信者の数がふえて行った。使徒の働き9章31節 目からうろこが落ちて主イエスをキリストと信じ、バプテスマ(洗礼)を受けたサウロは、板挟みの苦しみを味わうことになりました。ユダヤ人たちからは四六時中いのちを狙われ、エルサレム教会からは恐れられ、受け入れてもらえませんでした。 そのような苦しみの中、主なる神はバルナバという人物を用いて、サウロが教会に仲間として受け入れられるように導かれます。バルナバはサウロを引き受け、使徒たちのところへ連れて行きます。そして、迫害者サウロがどのようにしてイエス・キリストに帰依するようになったのかを一生懸命説明しました。 エルサレム教会には、サウロによって家族が拉致されたり、殺害された痛みを持つ人々が、大勢いたことでしょう。しかしエルサレム教会は、主なる神がこのことをされたのだと厳粛に受け止めました。そして神を恐れるが故に、聖霊の慰めと励ましの故に、受け入れ難いサウロを、神の家族として受け入れたのでした。 行列のできる教会は、そのようにして築き上げられ、各地で信者の数がふえて行きました。”
04
礼拝メッセージ「目からうろこ」
“礼拝メッセージ「目からうろこ」 聖書箇所:使徒の働き9章1ー22節 するとただちに、サウロの目からうろこのような物が落ちて、目が見えるようになった。彼は立ち上がって、バプテスマを受け、・・・使徒の働き9章18節 サウロという人物は、キリスト教会(主の弟子たち)に対する大迫害者でした。この道の者であれば男女かまわず、見つけ次第縛り上げてエルサレムに強制連行しなければならない。そのような思いに燃え、彼はダマスコに向かっていました。 ところがサウロは、ダマスコ途上で待ち伏せしておられた復活の主イエスと、劇的な出会いをしました。出会いが人生を決めます。 「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。」と主イエスは問われ、サウロは、「主よ。あなたはどなたですか。」と問い返しました。すると主イエスは、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」と言われました。キリスト者を迫害することは主であるイエス様を迫害することなのです。 その後サウロのところに、アナニヤという弟子が遣わされました。そしてサウロの目から、うろこのような物が落ち、目が見えるようになりました。サウロは自らの過ちを認め、罪を悔い改めてバプテスマを受けました。彼は自らが迫害していた主の弟子になり、主の器として用いられていきます。”
9月
27
礼拝メッセージ「聖霊による伝道」
“礼拝メッセージ「聖霊による伝道」 聖書箇所:使徒の働き8章26ー40節 御霊がピリポに「近寄って、あの馬車といっしょに行きなさい」と言われた。そこでピリポが走って行くと、預言者イザヤの書を読んでいるのが聞こえたので、「あなたは、読んでいることが、わかりますか」と言った。使徒の働き8章29-30節 『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。』(ゼカリヤ4章6節)と語られているように、教会の働きは、聖なる神の霊に導かれたキリスト者一人一人の働きです。 教会の働きが権力や能力によって進められようとするなら、そこから教会は誤った道にそれ、いのちの輝きと塩気を速やかに失います。 危機の時代の中で、教会が教会であるためには、静まって主の前にひれ伏し、祈りつつ心を開いて聖書のみことばに耳を傾け、聖なる神の霊に聞き従うことがどうしても必要です。 聖霊は、謙遜に道先案内をしてくださる最高の導き手であり、最高のコーチです。聖霊は、先導してくださいますが大切な働きを私たちに託してくださり、私たちを用いて神の働きを進めてくださるのです。 あなたもピリポのように、日常生活において聖霊のナビゲーションに素直に聞き従うならば、求めている方との出会いが与えられ、魂の救いという大切な働きのために、神に用いていただけます。”
20
礼拝メッセージ「神の賜物・聖霊」
“礼拝メッセージ「神の賜物・聖霊」 聖書箇所:使徒の働き8:14ー25 ペテロは彼に向かって言った。「あなたの金は、あなたとともに滅びるがよい。あなたは金で神の賜物を手に入れようと思っているからです。使徒の働き8章20節 魔術師であったけれども信じてバプテスマを受けたサマリヤのシモンは、使徒たちが手を置くと、御霊(聖なる神の霊なので聖霊とも呼ばれる)が人々に与えられるのを見て驚きました。 そしてシモンは、それが欲しいという思いに囚われ、使徒たちのところに金を持って来て、聖霊を授けることのできる権威を手に入れようとしました。上記のみことばは、その時に使徒ペテロがシモンに向かって語ったことばです。 聖霊は決して、人間が意のままに操ることのできるようなお方でも、買収できるようなお方でもありません。なぜなら聖霊は、三位一体の神御自身であられ、人間が自分勝手に利用できるようなエネルギーやパワーではないからです。 聖霊は、神の子どもであることの証印、霊のいのちの内住、御国を受け継ぐことの保証などをもたらす神の賜物です。聖霊は、値段がつけられないほど高価な賜物ですが、誰であっても求めるなら受けることができます。誰でも救いの福音を信じ、イエスをキリストとして心に受け入れるならば、聖霊が私たちの身体に内住してくださいます。”
13
11
八ヶ岳主峰赤岳を目指して
“ 八ヶ岳主峰赤岳を目指して 杉戸キリスト教会牧師 野町真理 今年の夏も、本当は妻と一緒に山登りがしたかったが、妻が怪我をして松葉杖だったのでそれは無理。それで一日だけ、妻に家でおとなしくしてもらい、妻にはきつい登山計画を一人で実行することにした。 日曜日の間に、つまり午前0時になる前に高速に乗れば、高速代1300円で行けること。 午後の雷雨や霧を避けるため、朝早くから登頂を始め、午後の早い時間に山を降りること。 この2点を考え、日曜の午後9時すぎに夕拝を終えた後、妻のために留守中簡単に食べれるものを買いに走り、ガソリンを満タンにし、そして川越ICを目指した。さすがにこの時間だと16号もすいている。 無事に日付が変わる前に高速に乗り、圏央道から中央道へと抜けていく。須玉ICで高速を降り、清里方面に車を走らせる。清里駅周辺の街明かりを後にしてしばらく走ると、野ウサギが車の前を横切った。 美し森駐車場に無事到着したのは午前2時だった。エンジンを止めて外に出る。うわー!すごい!!!天を見上げると、まさに数え切れないほどの星たちが、静かに瞬いていた。「さあ天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。・・・あなたの子孫はこのようになる。」(創世記15章5節)の御言葉を覚えつつ、祈りをささげる。しかし5分も外にいるとかなり冷えてきてしまう。星空の写真を撮ろうとしたが、三脚がないのであきらめた。車の中で仮眠をする。 午前4時に荷物を抱えて車を後にする。舗装された道路を30分ほど歩くと登山口。そこから県界尾根を目指して歩き始める。途中夜明けとなり、遠くに雄大な八ヶ岳連峰が姿を現した。 県界尾根は長野県と山梨県の県境に位置する尾根。小天狗から大天狗、そして赤岳山頂を目指す。八ヶ岳は小屋ヶ岳とも言われるほど、山小屋が多い。しかし東側からの赤岳登山ルートには山頂付近にたどりつくまで山小屋が一つもない。駐車場から考えると約5時間の登りとなる。だから水分を2リットルほどリックサックに入れて来た(ポカリスエットとカインズでまとめ買いした緑茶)。食料はカロリーメイト、クリームパン、そしてメロンパン。 大天狗を越えたあたりからは鎖や梯子が用意されている急峻な登りになるので、軍手も用意している。クマ鈴の代わりに、iPhoneをスピーカーで鳴らす。クリス・トムリンのアルバム、Hello Loveを繰り返し聴きながら賛美する。 大門沢に沿って1時間ほど歩くと、いよいよ小天狗を目指しての急な登りとなる。そこから小天狗までは約1時間、小天狗から大天狗までが約1時間30分、大天狗から山頂までが2時間弱となる予定。途中で朝日を背に迎えた後は、Power Filmの折りたたみ太陽電池パネルをリックの上に広げ、iPhoneを充電しながら音楽を聴く。 山登りにおいては、一歩前に歩き出さないかぎり、目指す山頂にたどりつくことはできない。人生においても、とにかく一歩前に歩き出さなければ、目指す所にたどりつくことはできない。 山登りにおいて、苦しさの裏側にあるのは、尾根や山頂にたどり着いた時に味わうことのできるすばらしい景色と喜び、そして達成感。人生において、苦しさの裏側にあるのは、目指す所にたどり着いた時に味わうことのできる歓喜。そして、十字架の苦しさの裏側、死の向こう岸にあるのは、復活のいのちと永遠の喜び。”
10
06
礼拝メッセージ「いと高き方にならいて」
“礼拝メッセージ「いと高き方にならいて」 聖書箇所:使徒の働き7:46ー60 そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。使徒の働き7章60節 捨て身で神のことばを語ったステパノは、キリスト教会の歴史において、最初の殉教者となりました。 上記のみことばは、ステパノが地上の人生を終える最期に叫んだ、勝利のことばです。 ステパノが一生懸命祈っている彼らは、その時、怒りと憎しみと殺意に歪んだ恐ろしい形相で、次々にステパノに大きな石を投げつけていました。 しかしステパノは、そのような彼らの罪を、彼らに負わせないでくださいと、祈ることができたのです。 人はいと高き方・主イエス・キリストにならう日常生活の中で、少しずつキリストのように変えられる。そして人は、遂に憎しみよりも強い愛に生きることができる。愛と勝利の高嶺に登ることができる。 ステパノは身をもってそのことを実証し、一粒の麦として、しばらくの間、眠りについたのでした。そしてそこには、サウロという青年がいました。”
8月
30
礼拝メッセージ「荒野の40年」
“礼拝メッセージ「荒野の40年」 聖書箇所:使徒の働き7:38ー45 『イスラエルの家よ。あなたがたは荒野にいた四十年の間に、ほふられた獣と供え物とを、わたしにささげたことがあったか。あなたがたは、モロクの幕屋とロンパの神の星をかついでいた。それらは、あなたがたが拝むために作った偶像ではないか。それゆえ、わたしは、あなたがたをバビロンのかなたへ移す。』使徒の働き7章42-43節 多くの紙面を割いてイスラエルの歴史が記されている聖書の語りかけに、なぜ全世界の人々が耳を傾ける必要があるのでしょうか?それはイスラエルが、全世界のすべての人々を代表しているからです。 聖書を読み、イスラエルの歴史を聴くということは、私たちが本当の自分を映し出す鏡の前に立たせられ、見たくない本当の姿を見させられるということに他ならないのです。 イスラエルは、ただ神のあわれみによって選ばれ、愛され、育まれました。しかしイスラエルの歴史は、罪と恥と裏切りに満ちています。これ以上ないほど神に愛されたイスラエルは、ことごとく神に逆らい、恵み深い神に反逆し続けた、うなじのこわい民です。 イスラエルは、荒野の40年においても、まことの神だけを信頼する道から外れ、ほかの神々をかついで歩み続けました。そのため、あのエルサレムが焼き払われ、イスラエルの人たちは、異国バビロンへ強制連行されることになりました。”
23
礼拝メッセージ「預言者モーセ」
“礼拝メッセージ「預言者モーセ」 聖書箇所:使徒の働き7:17ー37 このモーセが、イスラエルの人々に、『神はあなたがたのために、私のようなひとりの預言者を、あなたがたの兄弟たちの中からお立てになる。』と言ったのです。使徒の働き7章37節 創世記が語っている父祖たちに続けて、モーセによる出エジプトの出来事を、ステパノは語ります。来週までに出エジプト記をお読みになってください。 『彼の子孫は外国に移り住み、四百年間、奴隷にされ、虐待される。』、『彼らを奴隷にする国民は、わたしがさばく。その後、彼らはのがれ出て、この所で、わたしを礼拝する。』そのようにアブラハムに語られた神の言葉は、時が来ると出来事になりました。 その時、『だれがあなたを支配者や裁判官にしたのか。』と言って人々が拒んだモーセを、神は柴の中で彼に現われた御使いの手によって、支配者また解放者としてお遣わしになりました。 このモーセが、神の民を導き出し、エジプトの地で、紅海で、また四十年間荒野で、不思議なわざとしるしを行いました。そしてこのモーセが、イスラエルの人々に、『神はあなたがたのために、私のようなひとりの預言者を、あなたがたの兄弟たちの中からお立てになる。』と言ったのです。 ステパノが引用した神の言葉。それは預言者モーセによる、主イエスに関する預言でした。”
18
防災 が「想定外」とならないことを切に祈る
“ 2009年8月11日早朝、浜岡原子力発電所周辺で震度6弱前後の揺れがありました。 東名高速などが一時寸断されました。朝日新聞の記事によると、本番の東海地震では今回 の200倍のエネルギーが予想されています。けれども、浜岡原子力発電所5号機1階で は、今回の地震でも想定値を上回る揺れが記録されました。 柏崎原子力発電所でも想定外であった2倍以上の揺れに襲われました。今回のデーターが 、今後の防災に本当に生かされ、「想定外」がもたらす悪夢から守られますように。特に 、東海地震の震源地(ずれる大きなプレート)の真上に位置する浜岡原子力発電所の防災 が「想定外」とならないことを切に切に祈ります。(野町真理)”
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礼拝メッセージ「父祖たちの神」
“礼拝メッセージ「父祖たちの神」 聖書箇所:使徒の働き6:8-7:16 そこでステパノは言った。「兄弟たち、父たちよ。聞いてください。私たちの父祖アブラハムが、カランに住む以前まだメソポタミヤにいたとき、栄光の神が彼に現われて、・・・使徒の働き7章2節 歴史はいつでも、静まって神の御声を聴くことができ、いのちをかけて神に従うことを選び取ることのできた一人一人によって、切り開かれて来ました。 これからの歴史、ネクスト・ステージもそうです。静まって神の御声を聴くことができ、いのちをかけて神に従うことを選び取ることのできる一人。そのような一人によって、フロンティアは切り開かれていきます。 今日から4回に分けて、最初の殉教者ステパノの、いのちをかけた説教に耳を傾けます。今日の部分では、旧約聖書の創世記に記されている父祖たちと、父祖たちの神について、語られています。 ぜひ来週までに創世記を全部お読みになってください。そこには、父祖たちと呼ばれる人たちの人生が記録されています。 アブラハム、イサク、ヤコブ、そしてヨセフを中心とした12人の族長たち。父祖たちの神は、彼ら一人一人をお用いになって、歴史を切り開かれました。”
12
Frontier 2009
“ ”
09
教会創立記念礼拝メッセージ「健康な教会の姿」
“教会創立記念礼拝メッセージ「健康な教会の姿」 聖書箇所:使徒の働き6章1-7節 そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。使徒の働き6章1節 からだが健康であるとは、どういう状態でしょうか。 様々な変化や問題があったとしても、それらに適切に対処できているなら、それは健康な状態です。 使徒の働き6章前半には、キリストのからだである教会の姿が記録されています。そこには、問題があったとしても、それらに適切に対処している健康なキリストの体・教会の姿が描かれています。 問題のないからだ、問題のない教会はありません。けれども問題の中にあって、聖霊なる神の励ましと慰め、そしてすべての背後にある主の力強い御手によって、蒔かれた種は芽を出し、成長し、そして豊かな実を結びます。 教会とは、教会堂のことではなく、主イエスによって呼び出され、集められたキリスト信者一人一人です。教会はキリストのからだであり、かしらはキリストです。私たち一人一人は、キリストのからだの各器官として有機的に一つとされ、それぞれの働きと使命に生かされるのです。”
02
礼拝メッセージ「もし神から出たものなら」
“礼拝メッセージ「もし神から出たものなら」 聖書箇所:使徒の働き5章12-42節 しかし、もし神から出たものならば、あなたがたには彼らを滅ぼすことはできないでしょう。もしかすれば、あなたがたは神に敵対する者になってしまいます。」・・・使徒の働き5章39節 ガマリエルは、後にキリストに捕らえられるパウロ(サウロ)の先生でした。彼はすべての人に尊敬されているパリサイ派の律法学者でした。バランスのとれた穏健な人物で、以下のような説得力のある、適切なアドバイスをしました。 「イスラエルの皆さん。この人々をどう扱うか、よく気をつけてください。というのは、先ごろチゥダが立ち上がって、自分を何か偉い者のように言い、彼に従った男の数が四百人ほどありましたが、結局、彼は殺され、従った者はみな散らされて、あとかたもなくなりました。その後、人口調査のとき、ガリラヤ人ユダが立ち上がり、民衆をそそのかして反乱を起こしましたが、自分は滅び、従った者たちもみな散らされてしまいました。 そこで今、あなたがたに申したいのです。あの人たちから手を引き、放っておきなさい。もし、その計画や行動が人から出たものならば、自滅してしまうでしょう。しかし、もし神から出たものならば、あなたがたには彼らを滅ぼすことはできないでしょう。もしかすれば、あなたがたは神に敵対する者になってしまいます。」”
7月
26
礼拝メッセージ「真実な共同体」
“礼拝メッセージ「真実な共同体」 聖書箇所:使徒の働き4章32-5章11節 そして、教会全体と、このことを聞いたすべての人たちとに、非常な恐れが生じた。使徒の働き5章11節 信じた者の群れ(教会)は、心と思いを一つにして、だれひとりその持ち物を自分のものと言わず、すべてを共有にしていました。 地所や家を持っている者はそれを売り、代金を携えて来て、使徒たちの足もとに置き、その金は必要に従っておのおのに分け与えられました。そのため彼らの中には、ひとりも乏しい者がいませんでした。 ところがアナニヤは、妻のサッピラとともにその持ち物を売り、妻も承知のうえで、その代金の一部を残しておき、ある部分を持って来て、使徒たちの足もとに置きました。 即座にいのちを取られたほどに重い、アナニヤ夫婦の罪とは何でしょうか?アナニヤ・サッピラ夫婦の罪とは、ふたりだけで心を合わせつつも、兄弟姉妹とは心と思いを一つにしていなかった罪です。 それは、本当に困っている兄姉がいるのを見ても心が痛まず、他の兄姉が厳しい経済状況の中で助け合って生きているのに、偽ってでも、自分たちだけはリッチな生活をし続けようとする自己中心の罪でした。”
25
良心の危機―「エホバの証人」組織中枢での葛藤
“ 今日も教会のポストにエホバの証人の集会案内のチラシが入っていたので、これ以上被害者がでないために、エホバの証人の組織中枢におられた方の書かれた本を紹介します。”
22
19
礼拝メッセージ「祈りの共同体」
“礼拝メッセージ「祈りの共同体」 聖書箇所:使徒の働き4章23-31節 彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。使徒の働き4章31節 キリスト教会は、報告することによって課題を分かち合います。そして十字架のもとに力と心を合わせて祈る時、聖なる神の霊に満たされて、勝利者となることができます。初代教会の祈りに学びましょう。 1、心合わせて神に呼びかけ、神について想起する 『主よ。あなたは天と地と海とその中のすべてのものを造られた方です。あなたは…』 2、神の視点をもって現実を見つめ、受け止める 『…事実、ヘロデとポンテオ・ピラトは、…あなたの御手とみこころによって、あらかじめお定めになったことを行ないました。』 3、神に大胆に願い求める 『主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。御手を伸ばしていやしを行なわせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行なわせてください。』 4、祈りの結果-神の応答 『彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。』”
12
礼拝メッセージ「普通の人を用いる神」
“礼拝メッセージ「普通の人を用いる神」 聖書箇所:使徒の働き4章1-22節 彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかって来た。使徒の働き4章13節 神に豊かに用いられたペテロとヨハネ。ふたりは、無学な、普通の人でした。 ペテロは主イエスに呼ばれるまで漁師でした。彼は一番弟子であると自負していましたが、鶏が鳴くまでに3度、受難の主イエスを否みました。しかし先行する主イエスのとりなしの祈りによって、彼は涙の中から立ち直り、兄弟たちを力づける者に変えられていきました。 ヨハネも主イエスに呼ばれるまで漁師でした。彼は「ボアネルゲ」(「雷の子」の意)と呼ばれたほどに、短気で激しい性格の持ち主でした。しかし主イエスの愛によって、やがて彼は「愛の使徒」に変えられていきました。 ふたりはかつて、主イエスとともにいました。そしてふたりは、いつも主イエスとともにいました。無学な、普通の人が、神に豊かに用いられた秘訣がここにあります。 復活され、今も生きておられる主イエスは、現代を生きる私たちにも『見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。』と語っておられます。”
09
05
礼拝メッセージ「邪悪な生活からの救い」
“礼拝メッセージ「邪悪な生活からの救い」 聖書箇所:使徒の働き3章17-26節 神は、まずそのしもべを立てて、あなたがたにお遣わしになりました。それは、この方があなたがたを祝福して、ひとりひとりをその邪悪な生活から立ち返らせてくださるためなのです。」使徒の働き3章26節 生放送や生演奏等をライブと言います。ライブとは、生きているなまの状態であり、躍動するいのちです。緊張感の中でいきいきと輝き、元気はつらつの状態。それがライブです。 大変興味深いことに、英語においてライブ(LIVE)を反対から綴ると、悪を意味する言葉(EVIL)になります。ライブ(LIVE)をひっくり返したものが悪(EVIL)だとすると、「悪とはいのちを奪い、元気を奪うものである」と定義できます。 「あなたがたひとりひとりが、いのちや元気を奪う邪悪な生活をしている」と聖書は告発します。しかし続けて聖書は、「驚くばかりの恵みによって、人の悪が、人を生かし元気づけることのできるライブに変えられる」と福音を宣べ伝えています。 あなたから有害な毒のようなものをすべて取り除き、あなたをいきいきと生かす。その時、人々に元気を与え、人々を生かすことのできるライブな人としてあなたが生かされる。それが、ひとりひとりをその邪悪な生活から立ち返らせてくださる神の祝福です。”
02
杉戸さんぽ
“杉戸さんぽ 09/07/02 古利根川は、杉戸キリスト教会から歩いて1分ほどの所にゆったりと流れている。橋本そば屋さんの横から、いつもの細い路地を通って、川沿いのT字路に出る。そしてゆっくりと川上に向かう。葉っぱをたくさんつけた柳の木の枝が、ゆっくり揺れている。梅雨のこの季節の古利根は、若干水かさが増し、流れも少し早い。水の色はコーヒー色に近い。 駅前通りの橋を渡ると、対岸はもう宮代町である。橋を渡った後、駅の方には向かわず、そのまま下流の方に歩く。川の流れを見ながら歩いていると、水際でかなり大きな波紋を見つけたので立ち止まる。おそらく大きな鯉だろうと考えて、魚影を探す。 ところがその大きな魚は、時折顔を上げて、水際から生え出ている草を口にくわえ、そして引っ張りながらむしゃむしゃと食べた。草魚だ!杉戸に来て3度目の夏になろうとしているが、古利根川で草魚に出会ったのはこれが初めてだ。70センチから80センチメートルほどの大きな丸太のような魚体は、とても貫禄があった。”
6月
28
礼拝メッセージ「金銀はないがあるものを」
“礼拝メッセージ「金銀はないがあるものを」 聖書箇所:使徒の働き3章1-16節 すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って、・・・使徒の働き3章6節 美しの門と呼ばれる門の前で、毎日のように施しを求める男がいました。この男は、生まれつき足を動かすことが出来ず、一度も自分の足で立ったり歩いたりしたことがありませんでした。 男はペテロとヨハネが宮に入ろうとするのを見て、いつものように施しを求めました。ペテロはヨハネとともに、その男を見つめて、「私たちを見なさい」と言いました。 男は、当然何かもらえると思って、ふたりに目を注ぎました。男が期待したのは金銀程度でした。しかし男は、期待を遙かに超えた素晴らしいギフトを、上からいただくことができ、自由にされたのです。 一度も力を入れることが出来なかった男の両足が、完全に強められ、自分の足でまっすぐに立ち、歩いたりスキップができるようになりました。 人々は、ペテロが自分の力とか信仰深さによって男を歩かせたかのように見つめました。しかしペテロはすべての栄光を主イエス・キリストにお返ししました。主イエス・キリストによって与えられる信仰。このキリスト信仰にこそ、真の自立支援があります。”
21
14
礼拝メッセージ「愛の共同体」
“礼拝メッセージ「愛の共同体」 聖書箇所:使徒の働き2章42ー47節 そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。使徒の働き2章42節 教会とは、神によって呼び集められたキリスト信者一人一人のことです。生み出された教会は、使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていました。教会は、そのようにして形成され、愛の共同体とされました。 使徒たちの教えとは、主イエス・キリストの教えです。ヨハネ福音書13章34-35節にその要約があります。『…わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。』 交わりとは絆を意味します。パン裂きとはキリストの愛を覚える聖餐式を意味します。 神との絆が回復する時にだけ、隣人との絆も回復します。そして人は、お金、モノ、仕事、自己実現よりも絆を大切にし、一緒に食事をし、語り合い、共に生きる交わりを喜びとする者に変えられます。 自分さえよければ他人はどうなってもかまわないと思っている人が、そのような人に新しく造り変えられる。これこそ神のなさる美しい奇跡です。”
09
07
礼拝メッセージ「悔い改めなさい」
“礼拝メッセージ「悔い改めなさい」 聖書箇所:使徒の働き2章22ー41節 「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。」使徒の働き2章38節 聖霊に満たされたペテロは、まさしく「神の伝令」として、イエス・キリストを真っ直ぐに伝える伝道説教を熱く語り続けます。 ペテロが語る伝道説教は、鋭いメスによってなされる切開手術のようです。なぜなら、ペテロが上から預かって語っているのは、私たち人間の心に溜まっている膿や癌のような罪をすべて取り除き、私たちを死と永遠の滅びから救おうとする神の言葉だからです。 心を刺され、ペテロのことばを神の言葉として受け入れた人々は悔い改め(向きを変え)、行列となってバプテスマ(洗礼)を受けました。その日3000人ほどが弟子に加えられたと聖書は記録しています。 神の言葉と聖霊が、にわか雨のように豊かに降り注ぐ時、そこに行列のできる教会ができるのです。にわか雨は予測できません。恵みの雨は神の主権の中で局地的に注がれます。しかし私たち教会が、十字架のもとに力を合わせ、祈りに専念するなら、神はこの地域にも、豊かに雨を降らせてくださるでしょう。”
5月
31
礼拝メッセージ「青年は幻、老人は夢」
“礼拝メッセージ「青年は幻、老人は夢」 聖書箇所:使徒の働き2章1ー21節 『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。使徒の働き2章17節 「あ」であり、「ん」である神。つまり万物の最初であり、最後である神。歴史(History)は、そのような神による壮大なストーリー(His Story)です。そして聖書66巻は、あらゆる時代と文化を貫く壮大な歴史絵巻です。 神という串によって貫かれている3つの団子を想像してみてください。3つの団子には、創造、堕落、再創造という名前が付けられています。 創造。初めに神は、天地万物すべてのものを良いものとしてお造りになりました。 堕落。神のかたちに似せて造られた私たち人間が、神に反逆して堕落し、いのちと絆と価値を失ったということです。 再創造。それは失われた私たちとこの天地万物を、神が再び新しく創造するということです。いのちの回復、絆の回復、そして価値の回復。それこそが聖書が語っている救いであり福音です。 再創造は、神の霊が一人一人に注がれることによって出来事となります。オアシスの創造です。”
24
礼拝メッセージ「復活の証人」
“礼拝メッセージ「復活の証人」 聖書箇所:使徒の働き1章15ー26節 すなわち、ヨハネのバプテスマから始まって、私たちを離れて天に上げられた日までの間、いつも私たちと行動をともにした者の中から、だれかひとりが、私たちとともにイエスの復活の証人とならなければなりません。使徒の働き1章22節 福音書では、主イエスが徹夜で祈って選ばれた12人の弟子たちが、使徒と呼ばれていました。使徒の働き以降では、新たな使徒が加えられます。彼らは決して、非の打ち所のないエリートではなく、私たちと同じような弱さ未熟さを抱えた普通の人でした。 イスカリオテ・ユダも使徒として選ばれていました。ところがユダは主イエスを裏切り、銀貨30枚で主イエスを売り渡してしまいました。 ユダは主イエスを捕えた者どもの手引きをし、不正なことをして得た報酬で地所を手に入れました。しかしユダは後悔し、罪責感から自殺してしまいました。 残された使徒たちと兄弟たちは、聖書に導きを求め、新たに使徒を補充するために話し合いました。その際、上記のみことばのような条件で、二人の人物が立てられました。そして祈りの中で、マッテヤが選ばれ、使徒として新たに加えられました。 ペンテコステ(聖霊降臨)以降、ダイナマイトの語源となる上からの力が与えられ、使徒たちだけでなく一人一人の弟子たちが、復活の証人として豊かに用いられ、行列のできる教会が形成されていきます。”
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09国外宣教デー用映像「新たな派遣・台湾へ」
“ 日本同盟基督教団・国外宣教委員会Blogができました。”
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4月
3月
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オバマ大統領就任式におけるリック・ウォレン牧師の祈り
“Rick Warren's prayer at presidential inauguration オバマ大統領就任式におけるリック・ウォレン牧師の祈り (試訳:のまちゃん牧師) Almighty God, our Father, 全能の神、私たちの父よ! everything we see, and everything we ...”
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卞在昌(ビュン・ジェーチャン)牧師の性的な罪
“卞在昌(ビュン・ジェーチャン)牧師が性的な罪を犯し、被害者から訴えられている。 http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/51829447.html 同じキリスト教会の牧師として、被害者の方々、大変申し訳ありません。 すべてをご存じの神が、私たちを本当に正しく裁いてくださいますように。 天にいます私たちの父よ。 あなたの御名があがめられますように。 あなたの国が来ますように。 あなたのみこころが、天で行われているように、この地でもなされますように。 私たちの日毎の糧を今日もお与えください。 主よ。わたしたちの罪をお赦しください。 私たちも私たちに罪を犯す者を赦すことができますように。 私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください。 国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。 アーメン。”
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2008
“So far so good!”
12月
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10月
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神の国のライフスタイルに生きるキリスト者
“2001年9月11日。セプテンバーイレブン。その時私は、予定されていた日本同盟基督教団教育部主催の補教師研修会のために、松原湖バイブルキャンプ場にいた。台風接近のため日程がずれることになったが、強まる風雨の中であのニュースを見た。 米国のリック・ウォレン牧師が "The Purpose Driven Life"(邦訳題は『人生を導く5つの目的』)を出版したのが翌年の2002年。 この本には、、オブジェクト指向のような、目的志向の人生に関する、特筆すべき色あせない輝きがある。(オブジェクト指向の素晴らしさについては、中島聡氏のWEBページhttp://satoshi.blogs.com/life/2004/09/post.htmlを参照) しかしこの本は、世界中から富を搾取して飢えの時代を作りつつ、自らは富むキリスト者たちへの歯止めにはなっていない。新自由主義路線に舵を切って格差社会、ワーキングプアを産み落としていく米国。世界各国の貧しい人々を民営化した戦争に派遣し、死の商人から譲り受けた劣化ウラン弾によって放射能をまき散らす米国。世界を巻き込む金融為替崩壊へと向かっていく米国を見るとき、祈りつつ、そのようなことを考えざるを得ない。 だから今、杉戸キリスト教会の主日礼拝式では、聖書に基づいて『人生を導く5つの目的』のメッセージを味わっている。また、聖書学校(洗礼後クラス)では、小グループによる学びの中で、実生活への適用を考えながら『人生を導く5つの目的』をテキストとして用いている。 それと共に、水曜午後の祈祷会では、預言者イザヤの書を読み進めている。イザヤが活躍した紀元前の時代と同様に、主なる神はこの時代に生きる諸国の民に宣告をなさっておられる。悔い改めない国民には、本当に愛するが故に、容赦のない厳しい裁きを行っておられる。あらゆるささえと頼りを除かれ、「鼻で息をする人間など頼りにするな!悔い改めて、主なる神だけに頼って生きよ!」と主は叫ばれている。 神の国のライフスタイルに生きるキリスト者が新しく生まれるために、主は今、産みの苦しみをされている。”
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質問へのお返事
“初めまして。杉戸キリスト教会の牧師をしている野町真理と申します。メールでの質問をありがとうございました。 以下、私なりにお返事を書かせていただきます。あなた様の上に、祝福がありますようにと祈りつつ。 Q1、全知全能で人間を愛してゐるゴツドが本当に存在するのなら、何故この世に悪や不可抗力による事故、天災などが存在するのですか? 杉戸キリスト教会でも今年、一人の素晴らしい教会員が自転車で通勤途中、スピードを出して交差点に突っ込んで来た車に跳ね飛ばされ、頭を強く打ち、救急車で搬送され、集中治療室から出ることなく天に帰っていかれました。 このように人生には、「なぜですか?」と問わざるを得ない事故や災いが多くあります。 しかし、全知全能で人間を愛しておられるゴットは、私たち人間が苦しむ時、そこに共におられます。 そしてゴットは、あらゆる苦しみや痛みを、私たちと共に味わっておられます。ゴットがインマヌエル(神我らと共にの意)と呼ばれる理由がそこにあります。 日本では、北森嘉蔵師が「神の痛みの神学」という本を書いています。そしてドイツでは、ヘルムート・ティーリケが「主の祈りー世界を包む祈り」という本を書いています。 まずゴットご自分があらゆる患難、苦難、災い(多くの場合、天災というよりは人災でしょう)を味わわれ、それが本当に人間に益になるかどうかを吟味なさいます。そして、苦しいけれども人間の益になるということであるならば、その苦しみが私たちに降りかかるのをお許しになられます。「患難汝を玉にす」だからです。 Q2、ゴツドが全能なら、さつさと悪魔を滅ぼすか元の天使に戻せば良いではありませんか。 実は私たち人間は、現在非常に悪魔的な存在です。ですからゴットがさっさと悪魔を滅ぼすならば、私たちもまた、速やかに滅ぼされてしまうでしょう。悪(EVIL)というのは、生かすこと(LIVE)の反対です。悪とは命を奪い取ること、すなわち殺すことです。 言葉において、態度において、行為において、日々私たちは隣人から元気や命を奪い取り、人を殺すことの多い悪魔的な存在ではないでしょうか。さらに私たちは、神を神とせず、己を神とし、死んでからも己を拝ませようと躍起になっている悪魔的な存在です。 堕天使を元の天使に戻す。・・・そうですね。神は悪魔を元に戻すかわりに、堕天使のように堕落した私ども人間を、ご自分の命をかけて新しい人間に再創造することを始めておられます。 Q3、私はゴツドも悪魔も存在しないと考へます。仮に存在するとしても、ゴツドは全能ではない、更に譲つて全能だとしても人間の運命には関心が無いのだと思ひます。 私はゴットの存在も悪魔の存在も覚えています。悪魔は人間に比べたら吠え猛る獅子のようでありますが、全能のゴットに比べたら、悪魔は赤子のようです。ヨブ記に記されている通り、悪魔はゴットの許可がなければ、何もすることができない無力な存在です。 Q4、イエスは古代ユダヤの偉大なラビであり、それ以上でもそれ以下でもありません。 ナザレのイエスは、地上で最も偉大なラビであり、人となられた生けるゴット御自身、救い主、キリストであられます。 Q5、我が日本国にキリスト教は永遠に根付かないし、その必要も無いと考へます。 私もそう思っていました。しかしゴットとの出会いが私の人生を変えました。アジアの片隅で起こったキリスト教は、やがてローマ帝国に根付き、ヨーロッパに根付き、アメリカに根付き、そして今はアジアに根付きつつあります。特に中国では、億単位の人たちがキリスト教に帰依しています。おそらくアメリカに変わって、世界の金融の中心になるのは、アジアでしょう。 さらに、やがてキリスト教は地球を一周してエルサレム、つまりユダヤ人たちに根付くでしょう。 今日本がキリスト教に対して鎖国すれば、アジアからも世界からも取り残され、ゴットの豊かな祝福を受け損なうことになるでしょう。 在主 杉戸キリスト教会牧師 野町真理 〒345-0025 杉戸町清地1-1-30 http://sugito.church.jp/”
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いのちの食べかた Our daily Bread
“ いのちの食べかた(原題はOur daily Bread:日毎の糧)という映画。毎日私たちが食べているお肉や野菜や果物などが、どのようにして切り身などになってお店に並ぶのかを知ることのできるドキュメンタリー映画です。高度に効率化、機械化されたプロセスは、衝撃的です。しかしいのちの尊さを覚えるためには、知っておく必要があるでしょう。もうすぐDVDでも発売されます。 http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/ ”
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バトンタッチ その2
“かつて日本の宣教は、宣教師主導でなされていった。宣教師が主導権を持って開拓伝道がなされた。しかしそのようにして生み出された教会において、日本人牧師へのバトンタッチは難しさを極めた。教会を自分たちで支え、教会の働きを自分たちで担っていくということを教えられなかった多くの信徒たちは、宣教師が手を引いた後、「宣教師と共に去りぬ」という悲しいことになった。後に残ったわずかな信徒の上には、会堂返済のための多額の借金だけが残されるという悲惨なケースも起こった。 将来のバトンタッチを視野に入れるならば、宣教師主導で開拓伝道をすることは止めるべきである。そのような反省がなされ、やがて開拓初期から、日本人牧師と共に開拓伝道を行うという方針が取られるようになった。この場合は、かなりスムーズにバトンタッチが行われ、豊かな実を結んでいる。 教会形成は個人プレーでは不可能である。開拓伝道をするなら、初めからバトンタッチまで視野に入れて長期計画を立てなければ、せっかくの労苦も打ち上げ花火のように、実が残らない働きとなってしまう。”
バトンタッチ
“北京オリンピックにおいて、日本男子リレーチームがメダルを獲得できた理由の一つに、バトンタッチの成功がある。 リレーにおいて、バトンタッチはとても難しいプロセスである。いや、リレーだけではない。あらゆる人間関係において、特に世代交代において、バトンタッチというのはとても難しい。そして、信仰の世界においても、バトンタッチが成功するかどうかで、その後の展開が大きく変わってしまう。だからバトンタッチのためには、何よりも神に祈り求める必要がある。 私の場合、主任牧師というバトンを受け取り、受け渡し、そして再び受け取って今の歩みを続けている。しかしやがて時が来るなら、主任牧師というバトンは次の走者に受け渡していかなければならない。その最善のタイミングを見失わないために、今から祈り備えていく必要を覚える。 バトンを渡す方は、走りつつ徐々にスピードを落としながら、渡す相手にアプローチする。 バトンを受け取る方は、徐々にスピードを上げて走り始めながら、バトンを待ち構える。 それぞれのアプローチがバトンタッチのタイミングにマッチするなら、バトンは落とされることなく、次の走者にしっかりと渡され、働きが世代を超えて豊かに進められていく。 それぞれのバトンタッチが成功し、働きが豊かに受け継がれるようにと神に祈る。”
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9月
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ルポ貧困大国アメリカ
“ 格差社会、ワーキングプアが、いかに戦争と巧みに結びついているのかを暴いた良書です。アメリカの後追いをしている日本にも、その魔の手が伸びています。 以下、本文より引用。 「もはや徴兵制など必要ないのです」 「政府は格差を拡大する政策を次々に打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデオロギーのためではなく生活苦から戦争に行ってくれますから。ある者は兵士として、またある者は戦争請負会社の派遣社員として、巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えてくれるのです。大企業は潤い、政府の中枢にいる人間たちをその資金力でバックアップする。これは国境を超えた巨大なゲームなのです」”
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教会形成・アジア21・そして世界へ(宣教協力JAWS21)
“ 日本とアジアと世界に仕える日本同盟基督教団・国外宣教デー2008のための動画です。”
4月
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1月
2007
12月
11月
10月
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礼拝メッセージ「求め、捜し、たたけ」
“礼拝メッセージ「求め、捜し、たたけ」 聖書箇所:ルカ福音書11章1ー13節 求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。ルカ福音書11章9-10節 1、みことばに基づいて聖霊を求めなさい 『してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。』ルカ11:13 2、みことばに基づいて聖霊を捜しなさい 『…神の御霊によって語る者はだれも、「イエスはのろわれよ。」と言わず、また、聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。』1コリント12:3 『あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。』 1コリント3:16 3、みことばに基づいて天の扉をたたきなさい 真夜中に友人宅の扉をたたき続けるように、天の扉をたたくならば、天の門が大きく開かれ、どんな人にも聖霊が与えられます。朝毎にそのように祈り求めるなら、与えられた御霊に満たされ続け、御霊の実(愛)を結び、御霊の賜物を用いて互いに仕え合い、苦しんでいる友の必要に応えることができます。”
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礼拝メッセージ「祈りの原点」
“礼拝メッセージ「祈りの原点」 聖書箇所:ルカ福音書11章1ー13節 友人が旅の途中、私のうちへ来たのだが、出してやるものがないのだ』ルカ福音書11章6節 経済格差、リストラ、いじめ、うつ、自殺、虐待、酒乱、薬物依存、ドメスティックバイオレンス(DV)、ポルノ、レイプ、中絶、離婚、殺人、高齢化、飢餓、テロ、病気、死。この世界の友は苦しんでいます。 しかし私たち教会は、自分自身を見るときに、やはり友の期待に応えることが出来ない自分の無力さを思い知らされます。私たち教会は、自分の力では期待に応えることができない、無力な存在です。 しかしここに祈りの原点があります。祈りの原点は、友の期待に応えることができない私たちの無力さにあるのです。自分の限界を覚えさせられた時、自分の無力さや愛のなさをいやというほど覚えさせられた時。私たちはその時初めて、祈らずに自分の知恵や能力に頼って何かを進めることを止め、まず神の前に跪いて御声に耳を傾け、必要を具体的に祈り求めることができるのです。 教会は他の誰よりも神に大いに期待されています。教会が世界の光、地の塩として生き、教会を通して、福音が友に宣べ伝えられるという大きな期待を持って、今も神は教会を導いておられます。そして父なる神は、私たちが友の期待に応えていくために、本気になって天の父に祈り求めることを切に願っておられます。”
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講壇交換礼拝メッセージ「キリストの弟子の祈り」
“講壇交換礼拝メッセージ「キリストの弟子の祈り」 日本同盟基督教団・関東宣教区講壇交換メッセージ(2007年10月14日赤羽聖書教会にて) 聖書箇所:ルカ福音書11章1ー13節 説教題:「キリストの弟子の祈り」 主題:キリストの弟子が的を射た祈りをする秘訣は、