失敗学のすすめ

失敗学のすすめ

畑村洋太郎著の「失敗学のすすめ」(講談社)という本がある。

以前大学で学んでいた時から教えられていることを、改めて考えさせられる本だ。

なぜ「失敗学」なのか?

もし失敗の経験から学ぶことをしなければ、 同じ過ちを何度でも犯し、成長がない。

けれどももし失敗から学ぼうとするならば、少なくとも同じ過ちを犯すことから守られ、成長する。

失敗から学ぶということは、なぜ失敗したのかという原因を追求し、それに対処しながら生きること。

自分の失敗から学ぶことも大切であるが、他人の失敗から学ぶことも、とても大切。

改めて聖書に耳を傾けると、聖書は失敗学のテキストで満ちている。

創世記2章以降は、人間の失敗の連続の歴史が記されているといっても過言でない。

サタンの誘惑に負け、 善悪の知識の木の実を取って食べた(神を神としない) という大失敗。

神ではなく自分の知恵や力に頼ることによる失敗。

自分に栄光を帰したいという誘惑に負ける失敗などなど。

牧会伝道・教会形成において、時に牧師・伝道師も失敗を犯す。

あるいはキリスト者・教会の歩みにも様々な失敗がある。

しかし聖書は、決して失敗なさらない神が、私たちと共に歩んで下さっていることを語っている。

取り返しのつかない失敗を犯した者に、やり直しの機会を与えて下さる神。

失敗を益に(マイナスをプラスに)変えて下さる救い主なる神。

そのお方こそ、私たちのすべての罪過のために身代わりに十字架について下さったお方。

その御名は、主イエス・キリスト。

成功談を聞いても、慰めを受けることはほとんどないが、失敗談には慰めとやり直すことが出来るという福音がある。

礼拝メッセージ「大洪水 The Floodwaters」

大洪水 The Floodwaters

礼拝メッセージ「大洪水 The Floodwaters」(クリックで聴けます)

聖書箇所:創世記7章1−24節

それから、主は、彼のうしろの戸を閉ざされた。それから、大洪水が、四十日間、地の上にあった。水かさが増していき、箱舟を押し上げたので、それは、地から浮かび上がった。水はみなぎり、地の上に大いに増し、箱舟は水面を漂った。水は、いよいよ地の上に増し加わり、天の下にあるどの高い山々も、すべておおわれた。水は、その上さらに十五キュビト増し加わったので、山々はおおわれてしまった。創世記7章16-20節

救いの箱舟のドアは、約100年の間、ずっと開かれ続けていました。しかし救いのドアは永遠に開かれているわけではありません。長い忍耐の後、主はノアのうしろの戸を、しっかりと閉ざされました。

『その霊において、キリストは捕らわれの霊たちのところに行って、みことばを語られたのです。昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに、従わなかった霊たちのことです。わずか八人の人々が、この箱舟の中で、水を通って救われたのです。そのことは、今あなたがたを救うバプテスマをあらかじめ示した型なのです。バプテスマは肉体の汚れを取り除くものではなく、正しい良心の神への誓いであり、イエス・キリストの復活によるものです。1ペテロ3:19-21』

聖書の神は愛であられるので、「早くからたびたび」悔い改めて救いの舟の中に入るようにと罪人を招き続けられます。けれども、悔い改めて救いのドアから入ることを拒み続けるなら、やがて恵みの時は終わります。大洪水は容赦ない厳粛なものでした。

オアシスを見いだすために To find out OASIS in this world

砂漠が、荒野が、不毛の地が、この国に広がりつつある。しかし聖書は、あなたの造り主からの、あなたに対するラブレター、人生の北極星、羅針盤、コンパスだ。聖書を指針として生きるなら、あなたは必ず、憩いのオアシスを見いだすことできる。

もしあなたが、聖書に耳を傾け、その導きに従うならば、不信とあきらめ(静かな絶望)と無関心(愛の反対)に生きるのではなく、信仰と希望と愛に生きることができる。あなたの造り主(メーカー)は、あなたにとって何が最善なのかをご存知で、万事を益と変えてくださる。

聖書に耳を傾けることは聴く祈り。聴く祈りは願う祈りよりも大切。どうしても必要なただ一つのこと。

もうだめだと思う時に

もう一歩も先に進めないと思う時がある。
もうだめだと思う時がある。
もうこれ以上は頑張れないという時がある。
信じることに非常な困難を覚える時がある。
でも、苦しい時、試練は必ず過ぎ去る。

だから恐れないでただ信じ続けよう。
神がすべてのことを働かせて良いことに変えてくださるから。
信仰によって山をも動かすことができるから。
私たちの信じている神は、死者をよみがえらせることもできる方だから。

礼拝メッセージ「ノアの箱舟」

ノアの箱舟 Noah's ark

礼拝メッセージ「ノアの箱舟」(クリックで聴けます)

聖書箇所:創世記6章9−22節

あなたは自分のために、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟に部屋を作り、内と外とを木のやにで塗りなさい。それを次のようにして造りなさい。箱舟の長さは三百キュビト。その幅は五十キュビト。その高さは三十キュビト。箱舟に天窓を作り、上部から一キュビト以内にそれを仕上げなさい。また、箱舟の戸口をその側面に設け、一階と二階と三階にそれを作りなさい。創世記6章14-16節

主なる神は、神とともに歩んでいたノアという人物に、巨大な箱舟を建造するように命じられ、上記のように詳細な設計図を示されました。

1キュビトとは、前腕、ひじから中指の先までの長さを表す単位です。1キュビト50センチとすると、ノアの箱舟の寸法は、長さ150メートル、幅25メートル、高さ15メートルでした。3階建てタンカーのようで、十分すぎるスペースがありました。

これだけのスケールの箱舟を建造するためには、少なくとも以下のようなものが必要でした。

1、時間が必要:約100年(創世記5章32節と7章11節参照)
2、費用が必要:おそらく全財産
3、労働力が必要:猫の手も借りたい状態
4、信仰が必要:神のことばに対する信頼が必要

ノアの箱舟は救いの箱舟です。新約時代に生かされている私たちにとって、救いの箱舟とは、主イエス・キリストの教会です。

ノアの箱舟 Noah’s ark

ノアの箱舟 Noah's ark