冷笑から微笑みへ

Wed, 27 May 2009 10:49:04 JST (3097d)

聖書66巻

創世記

以下に記すのは、閉塞感を突き破るブレイクスルー信仰です。

信仰の閉塞感を突き破り、荒野の40年から約束の地に向きを変えて出発するために

信仰生活における危機的な問題は、神と神の約束を信じきれないという弱さです。信仰の父と呼ばれるアブラハムも、実はそういう弱さを持っていたことが、創世記に記されています。

 アブラハムは不信仰によって、何度も取り返しのつかないような大失敗をしました。けれどもアブラハムを選んだ主なる神は、そのような時に力強い御手をもって介入し、問題を解決して下さいました。アブラハムが不信仰でも、神はいつも真実と忍耐をもって導かれました。何度も約束を再確認させて下さり、契約を結んで下さったのです。

 創世記18章11〜15節には、不信仰の故に心の中で冷笑するサラに対して、全能の主がアブラハムに告げられた言葉が記されています。

『主に不可能なことがあろうか。わたしは来年の今ごろ、定めた時に、あなたのところに戻って来る。そのとき、サラには男の子ができている。』

 25年という長い歳月の末、アブラハムが100歳、サラが90歳の時に、約束の子イサクが与えられます。実に聖書の神は、不信仰な人間の冷笑を笑い飛ばし、感謝と喜びに満ちた暖かい微笑みに変えることのできる全能の神であられます。

 不信仰の冷笑をしたのはサラだけではありません。アブラハムの心中にも冷笑があったことは、創世記17章17節から容易に想像できます。しかし全能の神は、そのような者を信仰の父として養い、育て上げることの出来るお方です。

 不信仰を超えて約束を成就してくださる全能の主を知ったアブラハムは、後に「ひとり子イサクを全焼のいけにえとしてささげよ」と主に命じられた時、神には人を死者の中からよみがえらせることもできると考え、死者の中からイサクを取り戻しました(へブル11:17−19参照)。実にアブラハムは、復活信仰をもって全能の神を仰ぐ信仰の父へと変えられたのです。

参照:不信仰を超えて