唯一の神がわれわれ?!その2

Wed, 27 May 2009 11:08:23 JST (2861d)

 さらに唯一神の複数性を考えていくために、申命記6章4節の御言葉、『聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただひとりである。』に耳を傾けたい。

 申命記6章4節において、「ただひとり」という意味で使われているのは、エハドという言葉である。実はこのエハドという言葉は、二つ以上のものが一つになることと密接な関係がある。

 アダムとエバが「一体」となると表現されている所にもエハドが使われている(創世記2:24)。ここでエハドは、夫婦あるいはキリストと教会が、全人格的に一心同体になることを意味している(エペソ5:31−32)。

 また、エハドが意味する一つという状態は、幕屋によっても視覚的に表現された。何枚かの幕が互いにつなぎ合わされて一つの幕屋となっているような状態。それが、エハドが意味する一つである(出エジプト26:6,11)。

 このようにエハドは、一つであることの内に多様性がありながらも、一つとされている状態を意味する言葉である。従ってこのエハドを用いて、神はただひとりであると語られる時、位格の複数性を併せ持ちつつ、なおひとりであられる神が、啓示されている。

唯一の神がわれわれ?!