輸血拒否の謎

Wed, 27 May 2009 10:58:21 JST (2922d)

中澤啓介先生の「輸血拒否の謎」(いのちのことば社)です。 古本屋で見つけたので買ってきました。

聖書の読み方は、いのちに関わる重大な問題であることを改めて覚えると共に、牧師としての責任と使命を問われます。

まえがきより

 13歳の少女が交通事故のために入院した。医師は、手術をすれば助かると判断して、少女にそのことを話した。ところが少女は、「私はエホバの証人なので、輸血をしないでほしい」と申し出た。医師は「手術をすれば治る。輸血はどうしても必要な時だけしかしない」と話し、少女も納得し、手術を受けることにした。

 翌日、手術の準備に入ると事態が変わっていた。昨夜、どこから聞きつけたのか、エホバの証人の仲間が少女のところに来て、輸血を受けないように彼女を説得したのである。少女は輸血を拒んだ。

 その日、医師は再び少女の説得をはじめた。少女には身寄りがなかった。医師は、子どもであっても、本人の意思を尊重しなければならないと考え、本人の了解を取ろうと努力した。長い話し合いの末、彼女は、必要であれば輸血を受けてもよい、と了承した。ところが、その日もまた、エホバの証人たちが病院に押しかけ、彼女に輸血を受けるのを思いとどまらせてしまった。

 医師は、私の友人の宣教師に電話をした。その宣教師はエホバの証人のことをよく知っていたので、少女が輸血を受けるよう説得してほしい、と依頼されたのである。宣教師は、その少女を訪問することを医師に約束した。しかし、その日の夕方、医師から宣教師に再び入った電話は、その少女が先ほど息を引き取った、というものだった。

 その医師は、友人の宣教師に言った。「エホバの証人は少女の生きる権利を奪った。13歳の少女に『死ね、死ね』と言ったのだ。あれはどういう信仰なのだ。あなたがたキリスト教の宣教師や牧師は何をしているのか。彼らは、聖書を持ち出して『輸血は禁じられている』と言っているのに、だれもまともに反論していないではないか。」…