日本同盟基督教団の特色

Wed, 22 Aug 2007 09:23:07 JST (3687d)

教憲・教規からみた日本同盟基督教団の特色

日本同盟基督教団・杉戸キリスト教会

野町真理

2007年3月、第58回教団総会で加えられた教憲前文

本教団の歴史は、15名の宣教師が横浜に上陸した1891年11月23日に始まる。彼らを派遣したのは、フレデリック・フランソンが設立した北米スカンヂナビアン・アライアンス・ミッションであった。宣教師と邦人の協力によって生み出された諸教会は、1922年10月に日本同盟基督協会を組織し宣教に情熱を注いだ。戦時体制下、宗教団体法施行にともない、1941年に日本基督教団第八部に所属したが、戦後同教団を離脱し、1948年10月に日本同盟基督教団として新たに出発し今日に至っている。

 本教団の存立の目的は、「聖書信仰、宣教協力、合議制」における一致のもと、聖霊の力により、キリストの宣教命令に応えて、神の栄光を現すことにある。この目的のために、本教団は積極的な開拓伝道と堅実な教会形成による国内宣教、及び「日本とアジアと世界」を視野に入れた国外宣教を、犠牲を惜しまず推進して、地の果てまで福音を宣べ伝える。また、過去の戦争協力と偶像礼拝の罪を悔い改め、世の終わりまでキリストへの信仰を堅持することをここに誓う。

2006年3月の教憲及び教規の改定を受けて

第57回教団総会で教団の教憲及び教規が改定されましたので、改めて学びたいと思います。教憲には、教団がどのような結び目で一つとされているのか、あるいは何を目指して何のために共に労しているのかが明記されています。

旧教憲第1条:本教団は、イエス・キリストを主と仰ぐ公同教会であって、教憲及び教規の定めるところに従って、主の体なる公同教会の機能を発揮し、その存立の使命を達成することをもって本旨とする。

新教憲第1条 本教団は、聖書の啓示するイエス・キリストを主と告白する公同教会の一員であり、教憲及び教規の定めるところに従い、主の体なる教会の権能を発揮して、宣教の使命を果たす。

改定ではまず、「聖書の啓示する」という言葉が加えられ、聖書に基づいた信仰(聖書信仰)の大切さが改めて強調されました。

「告白する」という言葉が用いられ、告白することによって救われた者たちが、告白することによって生きるということが強調されました。

「公同教会」とは、教会のかしらであるイエス・キリストのもとに集められた群れであり、場所、民族を超えて、歴史と世界の全体を包んで存在している一つの教会であるという理解から、「公同教会の一員である」と改められました。

「教会の権能」については、キリストの権威のもとで「御国の鍵」を委ねられた教会に、これを用いる力も与えられているという理解に基づいて改められました。

「宣教の使命を果たす」という表現によって、より具体的に使命が記されました。


教憲(1976年3月改訂)

第1条 本教団は、イエス・キリストを主と仰ぐ公同教会であって、教憲及び教規の定めるところに従って、主の体なる公同教会の機能を発揮し、その存立の使命を達成することをもって本旨とする。

第2条 本教団の信仰告白は、次のとおりである。

  • 1、旧、新約聖書66巻は、すべて神の霊感によって記された誤りのない神のことばであって、救い主イエス・キリストを顕わし、救いの道を教え、信仰と生活の唯一絶対の規範である。
  • 2、神は霊であって、唯一全能の主である。神は永遠に父と子と聖霊の三位一体であって、その本質において同一であり、力と栄光とを等しくする。父なる神は、永遠のみ旨により万物を創造し、その造られたものの絶対主権者であられる。
  • 3、はじめに人は、神のかたちに創造され、神と正しい関係にあった。しかしサタンに誘惑され、神の意志に反逆して罪を犯し、神のかたちを毀損した。それゆえ、すべての人は、罪と悲惨のもとに生まれ、その思いと言葉と行為とにおいて罪ある者である。自分の努力によっては、神に帰ることも、また、そのみ旨に適う善行を行うこともできず、永遠の滅びに至る。
  • 4、主イエスキリストは、父なる神のひとり子であって、聖霊により宿り、処女マリヤより生まれた。真の神にして真の人である。主は我らの罪を贖うために十字架にかかって死に、葬られ、三日目に甦り、永遠の生命の保証を与えられた。主は大祭司として父なる神の右に座し、我らのために執り成したもう。
  • 5、聖霊は、恵みによって、我らに父と子を示し、罪を認めさせ、赦しを与え、我らを新たに生まれさせ、神の子となしたもう。人が義とされるのは、自分の行為によるのではない。主イエス・キリストが身代りに死んでくださったゆえに、彼を信じるただその信仰によるのである。さらに、聖霊は、信じる我らの中に住み、我らを聖化し、我らにみ旨を行わしめ、助け主、慰め主として世の終わりまでともにあり、我らをキリストの共同の相続人となしたもう。
  • 6、教会は、聖霊によって召し出されたキリストの体であって、キリストはそのかしらである。贖われたものはみなその肢体である。地上の教会は、再び来たりたもう主を待ち望みつつ、聖書の真理に立ち、礼拝を守り、聖礼典を執行し、戒規を重んじ、すべての造られた者に福音を宣べ伝える。
  • 7、終わりの時に、主イエス・キリストは、みからだをもって再臨し、生ける者、死せる者を審判したもう。主は、すべてのものを新たにし、み国を父なる神に渡したもう。

第3条 本教団は、教憲及び教規の定めるところに従って、合議制によりその政治を行う。

第4条 本教団は、教団総会をもって、その最高の政治機関とする。本教団の教務は、教団総会の決議、並びに、教憲及び教規の定めるところに従って、教団理事長がこれを総括する。

第5条 本教団は、その教務を執行するために、理事会を置く。理事会は、教団総会の決議、並びに、教憲及び教規の定めるところに従って、教務を遂行する。

第6条 本教団の所属教会は、第2条に定める信仰を告白する者の団体であって、教会総会をもって、その最高の政治機関とする。教会総会の議長は、教会担任教師がこれにあたる。

第7条 教会は、主の日毎に礼拝を守り、時を定めて聖礼典を執行する。礼拝は、賛美、聖書朗読、説教、祈祷、及び献金等とする。聖礼典は、バプテスマ及び聖餐であって、按手礼を領した教師がこれを司る。

第8条 本教団の教師は、神の召命を受け、献身した者が、正規の手続きを経てその任にあたる。教師はこれを分けて、正教師及び補教師とする。正教師は按手礼を領した者、補教師は伝道の准允を受けた者とする。

第9条 本教団の信徒は、バプテスマを領し、教会に加えられた者とする。

2.本教団の教会役員は、教会総会において選ばれた者とする。

第10条 本教憲を執行するに必要なる規定は、教規によってこれを定 める。

前項の教規は、教団総会において出席議員の3分の2以上の同意をもって、これを定める。

補則

第11条 本教憲は、教団総会1ヶ月前に議案を公表し、教団総会において、出席議員3分の2以上の同意を得なければ、これを変更することができない。

序論

 国内外を問わず、様々な地域に建てられている主イエス・キリストの教会は、歴史的経緯の中で生み出されている故に、いずれかの教団や教派に加入していることが多い。そしてそれぞれの教団や教派において、教憲教規が定められている。

 教憲教規には、その教団や教派がどのような結び目で一つとされているのか、あるいは何を目指して何のために共に労している群れなのかが明記されている。つまり教憲教規には、教団や教派のアイデンティティやビジョンが、文章化されているのである。

 教憲教規は、目的地の明確なビジョン、旅のプラン、コンパス(羅針盤)という、信仰共同体の都上りの旅に必要な三要素を含んでいる。

 それぞれの地域教会は、所属する教団や教派の教憲・教規に従って集められ、派遣されて、共に福音宣教の使命に生かされている。そのような意味において、教憲とは教団や教派にとっての憲法であり、教規とは教憲を具体的に執行するための規定である。

 私共日本同盟基督教団の教憲教規は、その歴史的経緯から、日本基督教団の教憲教規を元にして作成されていると考えられる。用いられている言葉や言い回しが極めて類似している事実は、このことを支持している。本教団の教師であられる坂本誠師は、2002年度の松原湖研修会記録集において、このことを以下のように述べている。

『現在の日本同盟基督教団の教憲教規は、日本基督教団のそれに極めて類似しています。教憲教規に、日本同盟基督教団ならではの教派的特色は格別ありません。』*1

 なおここで坂本師は、教憲教規には、日本同盟基督教団ならではの教派的特色は格別ないと結論付けている。しかし両者を見比べるならば、その相違点から、日本同盟基督教団の特色が浮かび上がってくる。このことは、2003年ブロック長会議報告書の資料1(信徒用テキスト)に以下のように記されている通りである。

『戦後、同盟基督教団が日本基督教団を離脱して再出発したとき、新しい教憲および教規が定められた。その内容は日本基督教団のものに似ているが、それだけに少数の異なる点に同盟基督教団の特徴があらわれている。その特徴とは、第一に日本基督教団は教会政治を「会議制によって行う」としているのに対して、同盟基督教団は教会政治を「合議制によって行う」としていること、第二に日本基督教団は教務遂行のために「教区を置く」としているのに対し、同盟基督教団は教務遂行のために「理事会を置く」としていることである。』*2

 本論文では、まず、日本同盟基督教団の理念的な三本柱(聖書信仰、宣教協力、合議制)という視点から教憲・教規を読み直し、これについての考察を行いたい。

 次に、日本同盟基督教団の教憲・教規上の三原則(教憲・教規に基づく所属教会の規則、教団内の教師職制の一致、理事会を中心とした運営)という視点から教憲・教規を読み直し、これについての考察を行う。

 そして最後に、この二つの視点から得られた考察を統合的に踏まえて、日本同盟基督教団の特色を論じたい。

本論

1、日本同盟基督教団の理念的な三本柱

 日本同盟基督教団の理念的な三本柱とは、聖書信仰、宣教協力、合議制である。以下にそれぞれの柱と教憲教規との関係を見ていく。

1、聖書信仰

 「聖書信仰」という言葉は、日本同盟基督教団の教憲の中に直接用いられているわけではない。しかし日本同盟基督教団の教憲には、聖書信仰に基づいた信仰告白が、第2条として全文引用されている。日本基督教団の教憲においては、このようなことはなされていない。

1、旧、新約聖書66巻は、すべて神の霊感によって記された誤りのない神のことばであって、救い主イエス・キリストを顕わし、救いの道を教え、信仰と生活の唯一絶対の規範である。…教憲第2条の信仰告白第1項より

 このことから、「日本同盟基督教団は、聖書に聞き従う聖書信仰によって、教会形成と教団形成を行う教団である」という特色を、ここにはっきりと見ることが出来る。なお、福音派と呼ばれる教団の中で考えるならば、この聖書信仰は、日本同盟基督教団固有の特色とはなり得ない。

 日本同盟基督教団のパイオニアであった宣教師たちは、「伊豆半島」、「房総半島」、「伊豆七島」、「飛騨」、「アイヌ人地域」といった片田舎の福音未伝地で、涙と共に福音の種を蒔いて下さった。そして現在の日本同盟基督教団は、国内外の中心都市や片田舎において、点から線、線から面を目指して、同じように涙を流しつつ、福音の種を蒔き続けている。

 その際、日本同盟基督教団は、片田舎であったとしても、中心都市であったとしても、聖書信仰によって教会形成、教団形成を行なって来た経緯がある。これは教憲第2条に記された信仰告白に基づいてのことなのである。

2、宣教協力

 教憲教規の中には、日本同盟基督教団の理念的な三本柱の一つである「宣教協力」という言葉も、直接的には使われていない。けれども、教憲第1条、あるいは第2条の信仰告白の中に、「宣教協力」を指し示す内容を見出す事が出来る。

本教団は、イエス・キリストを主と仰ぐ公同教会であって、教憲及び教規の定めるところに従って、主の体なる公同教会の機能を発揮し、その存立の使命を達成することをもって本旨とする。…教憲第1条

教会は、聖霊によって召し出されたキリストの体であって、キリストはそのかしらである。贖われたものはみなその肢体である。地上の教会は、再び来たりたもう主を待ち望みつつ、聖書の真理に立ち、礼拝を守り、聖礼典を執行し、戒規を重んじ、すべての造られた者に福音を宣べ伝える。…教憲第2条の信仰告白第6項

 日本同盟基督教団も、イエス・キリストを主と仰ぐ公同教会である以上、「宣教協力」を行うことが絶対的に求められている。キリストの体の一部である諸教会が、かしらであるキリストの御声に聴き従う時、そこには有機的な「宣教協力」が、主によって与えられるのである。もし「宣教協力」がなければ、主の体なる公同教会の機能を発揮し、その存立の使命である世界宣教を、主が再び来られるまでに達成することは不可能である。

 しかし、「宣教協力」というものが、日本同盟基督教団の特色の一つであると言うことは出来ない。なぜなら、福音派の教団において、教団内の「宣教協力」は、教団に加入している主な動機であると考えられるからである。

 教憲教規に明記されていなくても、日本同盟基督教団の特色の一つが「超教派的な宣教協力」であることを、歴史的な経緯を覚えることを通して確認したい。

 チャイナ・インランド・ミッションの創設者であるハドソン・テーラーは、超教派の協力で宣教師を派遣し、全教派一致して伝道に当たるべきことを強く呼び掛けた主の器であった。日本同盟基督教団の生みの親といえるフレデリック・フランソンは、このハドソン・テーラーに感化を受けて、『同盟宣教団(アライアンス・ミッション)』を創設した経緯がある。

 実に、日本同盟基督教団の創設者でもあるフランソンは、教派の合同に尽力し、「超教派的な宣教協力」によって、全世界の福音未伝地に宣教師を派遣するための教団を創設したのである*3

 そして、ゼ・エバンゼリカル・アライアンス・ミッション(TEAM)、 スウェーデン・アライアンス・ミッション(SAMJ)、スイス・アライアンス ・ミッション(SAM)の惜しみない「超教派的な宣教協力」によって、私共日本同盟基督教団は生み出され、育まれてきた経緯がある。神学校、キャンプ伝道、文書伝道、放送伝道など、教育と伝道においても、宣教団の多大な「超教派的宣教協力」があった。このような歴史的経緯は、日本同盟基督教団宣教100周年記念宣言の中に、明確に記されている。

 また、宣教105周年記念大会の際になされた横浜宣言においては、日本同盟基督教団の優れた霊的遺産として、戦前・戦後の宣教師たちの 「世界的視野に立った宣教」、「犠牲をおしまない救霊の情熱」、「教派形成にとらわれない宣教協力」という3つのものを数えている。

 このような経緯を覚える時、教派形成にとらわれない「超教派的な宣教協力」こそが、日本同盟基督教団の特色の一つであると言える。私も、国内外において、世界宣教を現実のものとするために、仕えることによって「超教派的宣教協力」を主導する教団の教職の一人となりたいと切に願う。「日本とアジアと世界に仕える」ということは、そういうことではないかと私は考えている。

 今、教団の機構改革が、より良い「宣教協力」を目指して行われようとしている。「聖書信仰」に立ち、「宣教協力」をより実りあるものとするために機構改革を行うのである。機構改革に伴って、教憲教規の改定案(「宣教協力」という言葉を明記する内容)も出されている。主のみこころがなるようにと切に祈る。

3、合議制

 日本同盟基督教団の理念的な三本柱の一つとして数えられている「合議制」という言葉は、教憲第3条において用いられている。

本教団は、教憲及び教規の定めるところに従って、合議制によりその政治を行う。…教憲第3条

 日本基督教団の教憲教規(第4条)では、教会政治を「会議制」によって行うとしているが、日本同盟基督教団の教憲教規では、教会政治を「合議制」によって行うとしている。これは日本同盟基督教団の特色として注目すべき点である。

 合議制についての具体的なあり方は、教規の33条、36条、51条、52条に記されている。

 教規33条は教会を設立する際、教規36条は教会が合併する際の合議について、いずれも教会と教団の合議によって行われるべきことが記されている。

 また、教規51条は、教会担任教師の任命の際、当該教師と教会、及び教団理事長の三者合議によって、任命を受けるべきことが記されている。

 教規52条は、教会は教団と合議のうえ教会担任教師の就任式を行うものとすることが記されている。

2、日本同盟基督教団の教憲教規上の三原則

 次に、日本同盟基督教団の教憲教規上の三原則と呼ばれる視点から、教憲教規を考察し、日本同盟基督教団の特色を考えたい。

 教憲教規上の三原則とは、教憲教規に基づく所属教会の規則、教団内の教師職制の一致、そして理事会を中心とした運営のことである。

1、所属教会の教会規則は教憲教規に反してはならない

 教会規則に関するこの原則は、教規第30条に基づくものである。

教会は教憲教規にのっとり、その教会規則を制定するものとする。教会規則は、教団理事長の承認を受けなければならない。…教規第30条

 教会規則は教憲教規に反してはならないという原則の故に、教団内に所属する諸協会は、規則において一致を保つことが出来る。この原則がなければ、各個教会主義になり、合議制は成り立たず、宣教協力も得難くなるであろう。

2、教団内において教師職制の一致が保たれなければならない

本教団の教師は、神の召命を受け、献身した者が、正規の手続きを経てその任にあたる。教師はこれを分けて、正教師及び補教師とする。…教憲第8条

教会担任教師は、本教団教師中より選び当該教師と教会、及び教団理事会とが合議し、教会総会の議を経て、教団理事長に申請し、その任命を受けるものとする。…教規第51条

本教団に属さない教会の教師が、本教団の教師になろうとするときは、教団理事会の議を経て、教団理事会に願い出なければならない。前項の願い出があったときは、教団理事長は、教師試験委員会の審査を経て、これを本教団の教師とすることができる。…教規第74条

 教団内における教師職制の一致についての原則である。この原則は、上述した教憲第8条、教規第51条、および第74条によって規定されている。

 正規の手続きとは、いずれの神学校を卒業した者であっても、あるいは他教団からの加入教師であっても、すべて理事会と教師試験委員会を通して教職が認定されるというプロセスを指している。そして認定された教職は、原則的には教団内のどこの教会にでも配属され得る。このような原則が、教団内における教師職制の一致を保っている。

 教団内における教師職制の一致がなければ、教師相互の信頼関係が崩れ、お互いを認め合うことが困難になる。その結果、合議制も成り立たず、宣教協力も困難となる。実際、現在の日本基督教団においては、このようなことが現実の問題として生じている。

3、理事会を中心とした運営がなされなければならない

 本教団は、教団総会をもって、その最高の政治機関とする。本教団の教務は、教団総会の決議、並びに、教憲及び教規の定めるところに従って、教団理事長がこれを総括する。教憲第4条

本教団は、その教務を遂行するために、理事会を置く。理事会は、教団総会の決議、並びに、教憲及び教規の定めるところに従って、教務を遂行する。…教憲第5条

 日本基督教団が教務遂行のために「教区を置く」としているのに対し、日本同盟基督教団は、教務遂行のために「理事会を置く」としていることは注目に値する。ここにも、日本同盟基督教団の特色が良く現われている。

 理事会のメンバーは、教団の最高政治機関、つまり教団の最高意思決定機関である教団総会において直接選挙で選ばれる。しかもその際、過半数の得票が求められている。

 それ故に、理事会が教会の重要事項に常に関与するということが可能となり、これが教団全体を束ねている大きな要因となっている。理事会を中心とした運営がなされていることが、合議制を円滑なものとし、その結果、宣教協力の要となっている。

結論

 これまで、日本同盟基督教団の理念的な三本柱という視点と、教憲教規上の三原則という視点から教憲教規を読み、日本同盟基督教団の特色を考えてきた。

 その結果、『日本同盟基督教団の特色は、「聖書信仰」に基づいた「理事会中心の合議制」であり、その目指すべきものは「超教派的な宣教協力」である』と結論付けることが出来る。

 教憲教規上の三原則は、上記の特色を支え維持するものとしての役割を果たしている。

参考資料:日本同盟基督教団の諸宣言

日本同盟基督教団宣教100周年記念宣言

「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ28:19ー20)

 唯一全能の父なる神によって遣わされた御子イエス・キリストは、ご自身のいのちを犠牲にして十字架による救いを完成されました。宣教の主、イエス・キリストが、福音宣教を自らのからだである教会に委ねられて2000年になろうとしています。日本同盟基督教団は、この宣教の歴史に加わり、きょうの記念の時を迎えました。私たちは、これまでの主の恵みと導きに感謝を捧げ、次代における宣教の使命実現のために、新たに献身することを誓い、ここに宣言します。

 顧みれば、聖霊に導かれたフレデリック・フランソンによって設立された、スカンジナビアン・アライアンス・ミッションの宣教師15名が、1891年11月に横浜に着いて以来、主イエス・キリストに召された宣教師、教職と信徒が福音宣教に捧げた犠牲は、計り知れないものがありました。当時キリスト教が伝えられていなかった飛騨の山間や伊豆の島々に福音を広めることから始まって、現在の日本同盟基督教団は生み出され、日本各地に教会が形成されるまでになりました。そこには、ゼ・エバンゼリカル・アライアンス・ミッション(TEAM)、 スウェーデン・アライアンス・ミッション(SAMJ)、スイス・アライアンス ・ミッション(SAM)の惜しみない宣教協力があったことを忘れることはできません。

 また、神学校、キャンプ伝道、文書伝道、放送伝道など、教育と伝道において、宣教団の多大な協力と援助がありました。こうした宣教の協力は今日多くの実を結び、日本同盟基督教団は現在164の教会数を数えるに至り、またアジア及びアメリカ大陸など6か国へ宣教師を派遣しています。宣教100周年記念のこの時、これまで神が与えられた宣教協力の恵みに感謝を捧げるものです。

 日本同盟基督教団は、太平洋戦争時に、国家神道体制の下で教会の自律性を失い、国策に協力しました。とりわけアジア諸国と、その教会に不当な苦しみを負わせました。その罪を認め、ここに悔い改め、教会のかしらであるイエス・キリストこそ、唯一の主権者であることを告白します。

 信仰の戦いは今も続いています。信教の自由の問題、物質中心主義、異端など、反キリストの力がはびこっている状況です。福音宣教はますます急務になってきています。それとともに世界的な飢餓、戦争、自然破壊、人権問題などにも、積極的に関わり、祈らなければなりません。

 宣教100周年を迎えた日本同盟基督教団は、新たな決意のもと、聖書信仰に堅く立ち、キリストの主権を告白し、再臨を待ち望み、神の国完成の希望に燃え、日本とアジア、さらに世界の宣教のために、主に仕え、惜しみなく犠牲を払うことを表明します。

 私たちは、私たちが福音宣教に協力することにおいて結集し、宣教と教会形成を推進してきた群れであることを、確認します。ここに教職・信徒、総力を挙げて主の宣教命令実現のために、十字架と復活の主イエス・キリストに献身することを誓います。

1991年10月10日

日本同盟基督教団 教職・信徒一同

日本同盟基督教団105周年記念大会―横浜宣言―

私たちは、日本同盟基督教団に連なる全ての聖徒たちと共に、宣教105周年のこの記念すべき時に、初期の宣教師たちの霊的遺産を受けとめ、神のみ許しの中で刻んできた教団の宣教の「きのう」、「きょう」、「あす」を見つめ直し、21世紀にむかい、神のみ前に以下の宣言をします。

1.日本同盟基督教団の歩みは、フレデリック・フランソンとその仲間たちによって米国シカゴに設立された「北米 スカンジナビアン・アライアンス・ミッション」から日本に派遣された、スカンジナビア出身の男女15名の宣教師たちの横浜上陸(1891年・明治24年11月23日)をもって開始されました。

2.宣教師たちの来日した時代は、福音宣教にとって、必ずしも好機とは言えませんでした。「大日本帝国憲法」発布(1889年・明治22年)、「教育勅語」発令(1890年・明治23年)など、明治国家の基軸がすえられ、西洋思想排斥や民族回帰思想の強まる時代でした。それでも、宣教の熱意に燃えた宣教師たちは、それまで他教派の踏み込まない「伊豆半島」、「房総半島」、「伊豆七島」、「飛騨」、「アイヌ人地域 」など、日本各地の福音未伝地に向かいました。当時の未伝地伝道は、多大の困難と迫害の伴う生死をかけた宣教であり、強い信仰と忍耐を要し、宣教の基盤をすえるまでには長い年月を必要としました。しかし、宣教師たちは幾多の試練を乗り越え、困難によく耐え、伝道と奉仕の業に努め、各地に教会の基礎を築きました。「日本同盟基督教団」は、こうした霊的遺産と宣教の基盤を受け継いで、今日に至っています。

3.その後、宣教師たちとの間に「日瑞(にっすい)同盟基督協会」の誕生を見、「日本同盟基督協会」(1922年・大正11年)が形成されました。戦時下には、「宗教団体法」の実施に伴い、「日本基督教団」(1941年・昭和16年)設立時に、第八部に合同しました。戦後、その一部の教会は日本基督教団離脱を決意し、新たに「日本同盟基督教団」(1949年・昭和24年)を結成しました。

4.かえりみて、戦時下、特に「昭和15年戦争(1931-1945年)」の間、私たちの教団 は、天皇を現人神(あらひとがみ)とする国家神道を偶像問題として拒否できず、かえって国民儀礼として受け入れ、「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない」・「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。それらを拝んではなら ない。それらに仕えてはならない」との十戒の第一戒と第二戒を守り抜くことができませんでした。さらに近隣諸国の諸教会と積極的に平和をつくり出す者として生きることができず、国家が推進した植民地支配や侵略戦争に加担し、アジア地域の侵略に協力しました。こうして神と隣人の前に、とりわけアジアの人々に、偶像礼拝の強要と侵略の罪を犯し、しかも戦後、この事実に気付かず、悔い改めに至ることもなく、無自覚なままその大半を過ごしました。

 近代日本の100年余の歴史に重なる私たちの教団の歴史をかえりみ、私たち教職・信徒は、「信仰と生活の唯一絶対の規範」である神のみことばに、十分聞き従い続けることができなかったことを主のみ前に告白し、悔い改め、神と隣人とに心から赦しをこい求めます。私たちは、今、あらためて、堅く聖書信仰の原理に立ち、聖霊の助けにより、福音にふさわしい内実を伴ったキリストの教会へと変革されることを心から願います。

5.私たちは、21世紀を目前にした歴史的節目にあたり、戦前・戦後の宣教師たちの 「世界的視野に立った宣教」、「犠牲をおしまない救霊の情熱」、「教派形成にとらわれない宣教協力」という優れた霊的遺産を受け継いできた光栄を覚えます。その背後にあったフランソン宣教師のモットー「キリストとの恒常的、自覚的、親密な交わり」 (Constant,Conscious,Communion with JESUS CHRIST)に示される敬虔な信仰姿勢を深く心に刻みます。さらに、初期宣教師たちが、この困難な異教の地盤に鍬をおろし、あえて福音未伝地を目指した宣教精神を受け継ぐことを決意します。

6.宣教105年をかえりみて、私たちの教団の使命とそのあり方は、福音宣教に果敢に生きることにあります。さらに、すべての教会が一致・協力して、キリスト再臨の待望に生き、聖霊の力を頂き、潔い生活を目指し、世の終わりまで、全世界に出て行ってすべての造られた者に福音を宣べ伝えることです。 国内宣教においては、国家が再び危険な道を歩み始めている今日、主から託された見張りの使命を自覚しつつ「1億2千万宣教」に励み、国外宣教においては、全世界の諸国・諸民族間の分裂と混迷と困窮の時代にあって、「マケドニアの叫び」を聞きつつ、 世界宣教の使命を果たします。そのために、教団内の組織と機関を再点検し、活性化させ、個人、家庭、教会、教団の宣教体制をさらに整えてゆきます。

 私たちの、21世紀の宣教にむかう祈りは、日本と、アジアと、世界に目をむけ、全世界の神の民と福音を共有できることを喜び、犠牲をいとわず、福音宣教に燃えて輝く群れとなることにあります。ここに、私たち日本同盟基督教団の教職・信徒は、父なる神と、み子イエスと、聖霊のみ前にあって、新たなる前進を図ることを決意し、表明します。

『この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。』(マタイ 24:14)

1996.11.19 MISSION 21 Yokohama

参考文献

『「明日の教団を考える会」声明』日本同盟基督教団(在職20年以上の教職者一同),1993年。

梅川正美,その他『宗教法制資料 教憲・教規 キリスト教篇改訂増 補(上)−愛知学院大学宗教法制研究所紀要第35号』愛知学 院大学宗教法制研究所,1988年。

岡村又男『教憲教規解説書−わたしたちの教団と教会−改訂第3版』日本同盟基督教団事務所,1995年。

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*1 『日本同盟基督教団 松原湖研修会記録集』コミュニティハウス,2002年,p.33
*2 『日本同盟基督教団2003年ブロック長会議報告書』日本同盟基督教団事務所,2003年,pp.9−10
*3 木下弘人『同盟宣教団の創立者−フレデリック・フランソンの足跡』日本同盟基督教団宣教90周年記念実行委員会,1981年,pp.7−10