二つの翼−「宮の教会」と「家の教会(セル・ファミリー)」

Wed, 27 May 2009 10:38:30 JST (2858d)

二つの翼:「宮の教会」と「家の教会(セル、ファミリー)」

使徒の働き2:42−47

 46節を見ると、初代教会は二つの場所で集っていたということを知ることが出来る。

2:46 そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、

それは宮と家。

 宮の教会:会堂にみんなで共に集う教会。

 家の教会:メンバーの中のだれか一人が、家を開放して、大体12名以下でそこに集う教会。

 これがちょうど飛行機の二つの翼のような存在。

 どちらが欠けても、飛べなくなってしまう。

●宮の教会だけだと:集う人の数が増えるに従って、・・・30人、50人、100人、300人、500人、1000人、10000人・・・

 1、親しい関係(個人的な交わり)や、家としての雰囲気、会話、コミュニケーション、分かち合いが失われていく

 2、お客さんが増えて、働きに加わる人が減る

 3、サンデイクリスチャン(日曜日だけのクリスチャン)の増加

●家の教会だけだと:集う人の数が減るに従って、・・・12人、6人、3人、2人、1人。

1、目に見える教会としての存在感(インパクト)が弱くなる可能性がある

2、賜物や働きに限界がある

3、孤立してしまう可能性がある

4、教理的に間違ってしまう可能性がある

5、少数派意識(マイノリティ・コンプレックス)に囚われてしまう可能性がある

 「宮の教会」と「家の教会」。どちらの翼が欠けても、飛べなくなってしまう。両方必要。