聖書が語る一神教の神

Wed, 27 May 2009 11:05:43 JST (3071d)

聖書が語る一神教の神−その1

 世界には、父と呼ばれる人が数え切れないほどいます。しかし、私達一人一人にとって、肉親としての父は世界でただ一人しかいません。同様に世界には、神と呼ばれるものが数え切れないほどいます。けれども、私たちの造り主なる神は、世界でただひとりしかいない。これが一神教の立場です。父と呼ばれる方々とあなたの父との間には質的な違いがあります。同様に世界に神と呼ばれる存在が何百万あろうとも、その神々とあなたの創造主なる神との間には、質的な違いがあるのです。

 一神教は、神々の多様性と個性を否定する排他性を持っています。しかしそれは決して、人間の多様性と個性を否定することにはつながりません。むしろ一神教は、唯一の父なる神がすべての人の創造主であるという立場から、ナショナリズムや民族差別の偏狭な壁を越えて、全世界のすべての民族、すべての人間の多様性と個性を真に尊重することの出来る立場に立ち得ます。天にいます私たちの父なる神は、私たち一人一人を、誰一人として同じ顔や同じ性格にはお造りになっていないのですから。

 しかし一神教の神を信じていても、なおナショナリズムや民族差別から抜け出せないで、他の人間の多様性と個性を否定するという過ちを犯すこともあります。日本人は、キリスト者であっても、他のアジア諸国の人々を見下す傾向があるように思います。聖書を通して神の前に自らが何者であるのかを知り、砕かれた魂と悔いた心を持ったキリスト者日本人とされなければ、日本とアジアと世界に仕えることは出来ません。

聖書が語る一神教の神−その2

 聖書が語る一神教(つまりキリスト教)は、ユダヤ教やイスラム教のような一神教ではありません(ここで言うユダヤ教とは、旧約聖書信仰とは異なる律法主義信仰のことです)。聖書が語る一神教の神は、唯一性の中に多様性を含む三位一体の神です。

 三位一体の神は、互いに多様性と個性を尊重し、うそ偽りのない真実な愛、信頼に基づいた相互の交わりにおいて一つであられます。そして互いに、いのちと力と栄光を完全に共有しておられます。三位一体の神は、福音宣教のために一致協力し、全力をもってそれぞれの使命と役割を果たし、私たちのために働いて下さっているチームワークの神なのです。

 このように豊かな交わりの神を覚える時、個人主義的になりやすい信仰生活や伝道牧会において、あるいは各個教会主義的になりやすい教会形成において、互いに尊敬をもってそれぞれの賜物や使命を認め合い、交わりのうちに一致協力し、共に祈り合い、共に仕え合うことの必要を覚えます。