神の霊について

Wed, 27 May 2009 10:57:21 JST (2889d)

もともと旧約聖書は、へブル語で書かれました。へブル語で「霊」を表す言葉は、ルアハです。へブル語はダイナミックですが、特にこのルアハは、力強い響きを持っています。紅海が分かれた時の「強い風」という言葉にも、ルアハが使われています。

 ルアハは、創世記1章2節にまず使われています。『初めに、神が天と地を創造した。地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊(ルアハ)は水の上を動いていた。創世記1:1−2(新改訳第二版)』ここでは、いのちに満ちた神の動きが、ルアハによって描写されています。

 大変興味深いことに、霊を意味するルアハは、風や息という意味を併せ持っています。風と息。いずれも止まっている状態では存在しません。風が止まれば無風状態ですし、息が止まれば息を引き取った状態、つまりいのちが失われた状態となり、もはや動かない死体として、やがてちりに帰ります。

『あなたが御顔を隠されると、彼らはおじ惑い、 彼らの息(ルアハ)を取り去られると、彼らは死に、おのれのちりに帰ります。あなたが御霊(ルアハ)を送られると、彼らは造られます。…詩篇104篇29−30節』

 エゼキエル37章では、死者をよみがえらせるいのちの息として、ルアハが用いられています。ルアハによって、力といのちに満ちて生きて働かれる神が、生き生きと描かれています。これが、旧約聖書が語っている神の霊です。