死について

Sat, 10 Oct 2009 16:50:54 JST (2845d)
  • 死は年齢順にはやってこない。
  • ある日突然、自分や家族、友人・知人の葬儀に出会う。それが地上の人生。
  • 死は誰もが避けて通ることのできない厳粛な現実である。
  • 誰もが一歩一歩、死に向かって近づいている。
  • 死の現実を否定し、触れないようにする生き方こそ病的である。
  • 死という地上の人生の終着に向けて、何の準備もしないのは愚かである。
  • 確かにこの地上に永遠はないが、死の向こうには確かな永遠がある。
  • 現代人のライフスタイルに見られる最も有害な点は、永遠の視点を持たない近視眼的視点である。
  • この地上の人生で奏でるあらゆる音色が、死の向こうの永遠へと確実に響いていく。
  • 死の向こう側(彼岸)で過ごす時間の方が、遥かに長い。
  • この地上の人生は、本番前のリハーサルや予備校のようなものである。

聖書が約束するキリスト信仰にしかないものは、 罪の赦し、からだのよみがえり、そして永遠のいのちです。

まず、キリストの十字架の死が自分の罪の身代わりの刑罰死であったことを信じる者は、 完全な罪の赦しを受けることができます。ですから来るべき裁きの時を恐れる必要がなくなります。(人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっています−へブル人への手紙9章27節)

次に、イエス・キリストが墓に葬られて3日目の朝、日曜日の朝にからだをもって復活されたように、キリストを信じている者は、新しいからだをもってよみがえることが約束されています。

そして復活のいのちは、永遠のいのちです。

ですから、キリスト信仰にとって死とは、地上の旅路を終えて、父なる神のふところに帰り、永遠に神と共に生きるいのちの始まりなのです。

キリスト信仰にとって死は終わりではなく、新しい永遠のいのちの始まりなのです。

復活して今も生きておられる主イエスは、聖書を通してこう言われています。

「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」 ヨハネ11:25

(野町)