士師記

Mon, 23 Nov 2009 10:03:36 JST (2775d)

聖書66巻

 ギデオンやサムソンといった士師(さばきつかさ)たちが活躍した時代、それは、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行なっていた時代であった。

 それ故に、士師記に書き記された内容は、現代社会ととてもよく似ている。現代社会も絶対的な基準が失われ、すべての基準が相対化している。そして、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行なっている時代である。

 基準の相対化、それは自分勝手な自分自身を基準とすること(善悪の知識の木の実を食べること)に他ならない。それは、神を神とすることを拒んで、自分を神とすることに他ならない。

 絶対的な善悪の基準は、聖書に基づいてまことの神を神とする(善悪の知識の木の実を食べない)所にしかあり得ない。

相対的物差しの推移

  • 人様に迷惑をかけなければいい
  • 人に迷惑をかけても自分が楽しければいい
  • 自分さえ幸せになれれば、他人はどうなってもいい
  • 見つからなければいい
  • 見つかっても否定し続け、最後には開き直り、逆ギレすればいい
  • 赤信号、みんなで渡れば怖くない
  • 俺のものは俺のもの。他人のものも俺のもの
  • 自分の時代さえ良ければ、それでいい