罪責感

Wed, 27 May 2009 11:32:06 JST (2888d)

多くの人々が、罪責感によってドライブされている。彼らは人生のほとんどを、後悔や隠れた恥ずべきことから逃れるための時間としている。罪責感にドライブされた人々は、過去の記憶によって操られている。過去に将来をドライブさせることを、彼らは許している。彼らはしばしば、無意識的に彼ら自身の成功を妨害することによって、彼ら自身を罰している。

 カインが罪を犯した時、彼の罪は彼を神の臨在から切り離した。その時神は言われた。「あなたは地上をさまよい歩く流離人となるであろう。」と(創世記4章参照)。この御言葉は、今日を生きるほとんどの人々−まさに彼らは、生涯を通して目的を持たずにさまよい続けている−のことを最もよく表現している。

 私たちは私たちの過去の所産である。けれども私たちは過去の囚人となる必要はない。神の目的は私たちの過去によって限定されないからである。神はモーセという一人の人殺しを、民の指導者に変えられた。また神は、ギデオンという名前の臆病者を勇者へと変えられた。だから神は、残されたあなたの人生においても、驚くばかりの恵みを為すことが出来る方なのである。…

幸いなことよ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。…詩篇32:1