ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け

Sat, 12 Feb 2005 12:52:08 JST (4543d)

ポンテオ・ピラトは、A.D.26年〜36年まで、ユダヤ地方の総督でした。

イエス・キリストは、今から約2000年ほど前に、この地上にお生まれになりました。

そしてイエス様は、地上での生涯の最後に、 このポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受けられたのです。

ポンテオ・ピラトの名前は、イエス・キリストの名前とともに、 新約聖書以外の歴史文章にも記録されています。

ローマの歴史家タキトウス(A.D.55−119)の『年代記』(115年頃)には、 ローマの大火(ネロが放火したといわれている)が キリスト者によるものであるとされたこと。 キリスト者が捕らえられ、十字架刑や火あぶりの刑にされたり、 動物の皮を着せられて犬にかみ割かれたことを記すとともに、

「彼らがその名前をとったキリストという者は、 ティベリウス(帝)の時、総督ポンテオ・ピラトによって処刑された」

と記されています。

ピラトは、イエス様を無実であると宣言した後、 自分の身を守るためにイエス様を処刑のために引き渡しました。 (マルコの福音書15章1−15節などを参照)

使徒信条の中に、ポンテオ・ピラトの名前があることで、 キリスト教会が信じていることが、歴史的な事実(ノン・フィクション)であって、 作り話ではないことが明らかにされています。 また、すべての国家権力が、神の裁きとあわれみのもとにあることも明らかにされています。

「苦しみを受け」という言葉は、 イエス・キリストの生涯全体を一言で表わすのに、最もふさわしいものです。

主イエス様は、この世のご生涯において、特にその生涯の終わりにおいて、 私の、そしてあなたのために、 私たちの罪に対する神の怒りを一身に受けてくださったのです。

それはちょうど、避雷針のような十字架の上のキリストに、 雷が落ちたような、全宇宙に響き渡る出来事でした。

(野町)