デボーション

Tue, 04 Aug 2009 23:36:12 JST (2972d)
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いつくしみ深い神の献身(デボーション

Jesusはこの愛と希望の無い世界に、競争によって殺伐とした世に降りて来て下さり、飼い葉桶の中に生れて下さいました。それが世界ではじめのクリスマスに起こった驚くべき出来事であり、このJesusの誕生を境にして世界の歴史が二つに分けられました。

なぜJesusは天から下って私たちの所に来てくださったのでしょうか?なぜJesusは人となって私たちの所に来てくださったのでしょうか?

それは、強盗に襲われた人の傍らを祭司やレビ人が通り過ぎたように、倒れている人の傍を通り過ぎることが、Jesusにはどうしても出来なかったからです。羊飼いのいない羊のように弱り果てて倒れている私たちをごらんになったJesusには、私たちを滅びの中に見捨てることは、どうしてもできなかったのです。

Jesusによって明らかにされたいつくしみ深い神、憐れみ深い神。それは神に敵対した結果、罪にまみれて倒れている私たち人間の隣人となってくださるために、考えられないほどの犠牲を払って、献身して下さった神です。まず神が、私たちのために献身して下さったのです。神が仕える僕となって、私たちと共に苦しむ、十字架の道を歩まれたのです。

神はそのような事実においてこそ偉大なお方です。また真の神はそのような仕える姿においてこそ真の神として御自身を表わして下さるのです。ここにおいて、仕えられることを求める人間の高慢を映し出す偶像の神々と、真の神との違いが最もあきらかになります。

そのJesusが私たちを罪の中から解放し、永遠のいのちに生かすために、私たちの罪の負債をすべて背負って、十字架に架けられ、すべてを惜しみなく捧げて下さったのです。ちょうどあのサマリア人が「もっと費用がかかったら私が代りに払います。」と言ったように、Jesusは私たちの罪の負債をすべて、十字架の上で支払って下さったのです。 そして、Jesusは3日目に復活されました。そして今も、目には見えませんが、私たちと共に生きておられ、いつもわたしたちのために、良き隣人としてとりなしの祈りをしてくださっているお方です。

Jesusは、どこか遠くにおられる神ではありません。Jesusは、どんなときでも私たちと共にいてくださって、喜ぶ者と共に喜び、苦しむ時には共に苦しみつつ私たちを介抱し、背負って、共に歩んでくださっている本当にいつくしみ深い神なのです。

そのような神の献身(デボーション)に応えて、神が願っておられる目的と計画に生きる。そのために時間を作って神の前に一人静まり、神の導きに聴き従うために、聖書の御言葉に耳を傾ける時を持つ。そのような時間を、ふつうクリスチャンはデボーションと呼んでいます。

http://shinrinomachi.at.infoseek.co.jp/message1.html

デボーション/2009-08-04

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デボーション/2004-10-20

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聖書箇所:マルコ4−7、イザヤ61

心の傷ついた者をいやす救い主

デボーション/2004-10-02

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エゼキエル13−

このとき、野のすべての木は、主であるわたしが、高い木を低くし、低い木を高くし、緑の木を枯らし、枯れ木に芽を出させることを知るようになる。主であるわたしが語り、わたしが行う。」…17:24

…わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。主の御告げ−だから、悔い改めて、生きよ。…18:32

デボーション/2004-09-30

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使徒19:8−

パウロのエペソを拠点としたアジア伝道

デボーション/2004-09-28

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エレミヤ48−52

エゼキエル1−

捕囚となって連れて行かれたカルデア人の地での主の臨在

反逆の家、鉄面皮

預言者の責任と悔い改めない者の責任

〜とき、あなたがたはわたしが主であることを知ろう。←繰り返し語られるメッセージ

彼らがここでしているような忌みきらうべきことをするのは、ささいなことだろうか。…8:17

まず聖所から始められる神の裁き