アーメンとソーメン

Sat, 12 Feb 2005 12:51:45 JST (4454d)

この「アーメン」という言葉は、今日教会に初めて来られた方でも、一度は聞いたことのある言葉ではないかと思います。なぜなら、キリスト信者が祈る時には、必ず最後に「アーメン」といって祈りを閉じるからです。(発音やアクセントはいろいろですが^・^)

また、キリスト信者が二人でも三人でも一緒になって祈る時には、相手が祈っている途中でも、「アーメン」と言って、相手の祈りに心を合わせることをよくするからです。

また、メッセージの途中で、「アーメン」と仰るかたもおられます。

あまりにもキリスト信者が「アーメン。アーメン」というので、「キリスト教はアーメンの宗教だ」いうふうに言われたり、キリスト信者は、「あいつはアーメンだ」というふうに言われたりもします。

時々、キリスト信者をからかって「アーメン。ソーメン」などという方がおられます。それで、「アーメン」という言葉を、あえて「ソーメン」と比較して考えてみると、アーメンという言葉の力強さがよくわかるのではないかと思います。

ソーメンというのは、皆さんご存知の、あの白くて細い、引っ張ればすぐに切れてしまう麺です。「アーメン。ソーメン」と言われるぐらいですから、アーメンという言葉は、人間的に考えたら、ソーメンと同じように思える、弱々しい言葉なのでしょう。

実際、キリストを信じる前の私は、「信仰というものは弱い人間のすることであって、神に頼るほど自分は弱くはない。」と本気で思っていましたので、アーメンという言葉は、まさにソーメンのように弱々しい言葉でした。

 けれども、今私は、アーメンという言葉は、ソーメンのように弱々しい言葉ではなく、安全ベルト・腰道具についている命綱のように、本当に力強い、頼りになる言葉だと実感しているのです!(電柱やアンテナなどに登る経験から安全ベルト・腰道具についている命綱の大切さについて)

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(野町)