みこころ

Fri, 10 Dec 2010 10:10:54 JST (2301d)

ある方に私は、「クリスチャンになられてから、人生のハンドルをイエス様にお渡しして歩む中で、政治の方に導かれたのですか?」とお聞きしました。

すると、「いや、自分は助手席に乗って、イエス様にハンドルを任せていたわけではなかった。」と仰るわけです。

そして続けて、このようなことを話して下さいました。「私は洗礼を受けても、やっぱり自分で人生のハンドルをしっかり握って、自分の行きたい方にハンドルを切りつづけてきたんです。でも、車は道なりにしか、進めないわけです。ある時はその道を進みたくても通行止めってことがあるでしょう。そして、道を備えて下さったのは主でした。」と。

私はこの話を聞いていて、「ああなるほど。私もそうだな。」と思ったわけです。

私たちキリスト者は、イエスキリストを主と信じているわけなんですが、やっぱり自分の願いどおりに進みたいと思い、そしてみこころよりも自分の願いがかなえられることを切に願ってしまうのではないでしょうか?

けれども、道を備えられるのは主なのです。主はすべてのことの背後に働いておられ、本当の主権者として私たちの歩みもみこころにかなった最善の道に導いてくださっているのです。

天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、 わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。(イザヤ55章9節)

とあるとおりです。

先は見えません。恐れや不安があります。けれども大丈夫だと主は語って下さっています。なぜなら、すべてをご存知で、すべてを統べ収めておられる主イエス様が、私たちと共にいてくださり、私たちを最善の道へと導いてくださるからです。

http://gospel.sakura.ne.jp/message11.html

みこころの確かめ方

(野町)