さあ、今こそあいつを殺し January 3, 2026

「さあ、今こそあいつを殺し」January 3, 2026

その後、兄たちは、シェケムで父の羊の群れを世話するために出かけて行った。イスラエルはヨセフに言った。「おまえの兄さんたちは、シェケムで群れの世話をしている。さあ、兄さんたちのところに使いに行ってもらいたい。」ヨセフは答えた。「はい、参ります。」父は言った。「さあ、行って、兄さんたちが無事かどうか、羊の群れが無事かどうかを見て、その様子を私に知らせておくれ。」こうして彼をヘブロンの谷から使いに送った。それで彼はシェケムにやって来た。彼が野をさまよっていると、一人の人が彼を見かけた。その人は「何を捜しているのですか」と尋ねた。ヨセフは言った。「兄たちを捜しています。どこで群れの世話をしているか、どうか教えてください。」すると、その人は言った。「ここからは、もう行ってしまいました。私は、あの人たちが『さあ、ドタンの方に行こう』と言っているのを聞きました。」そこでヨセフは兄たちの後を追って行き、ドタンで彼らを見つけた。兄たちは遠くにヨセフを見て、彼が近くに来る前に、彼を殺そうと企んだ。彼らは互いに話し合った。「見ろ。あの夢見る者がやって来た。さあ、今こそあいつを殺し、どこかの穴の一つにでも投げ込んでしまおう。そうして、狂暴な獣が食い殺したと言おう。あいつの夢がどうなるかを見ようではないか。」創世記37章12ー20節

聖書は、ねたみが殺意に変わるリアルを語ります。最初の人アダムの息子たちも、兄のカインが弟のアベルをねたみ、人類初の殺人を犯しました。今日の箇所でも、弟のヨセフをねたんだ兄たちが、ヨセフを殺そうと企みます。

父イスラエルは息子ヨセフと話します。「おまえの兄さんたちは、シェケムで群れの世話をしている。さあ、兄さんたちのところに使いに行ってもらいたい。」「はい、参ります。」こうして彼を使いに送り、ヨセフはシェケムを訪れます。彼が野をさまよっていると、一人の人が彼を見かけ、ヨセフと話します。

「何を捜しているのですか」「兄たちを捜しています。どこで群れの世話をしているか、どうか教えてください。」「ここからは、もう行ってしまいました。私は、あの人たちが『さあ、ドタンの方に行こう』と言っているのを聞きました。」そこでヨセフは兄たちの後を追って行き、ドタンで彼らを見つけます。兄たちは遠くにヨセフを見て、彼が近くに来る前に、彼を殺そうと企みます。

人がひとりでいるのは良くない September 7, 2025

「人がひとりでいるのは良くない」September 7, 2025

神は仰せられた。「さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。こうして彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地の上を這うすべてのものを支配するようにしよう。」神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。創世記1章26−27節

また、神である主は言われた。「人がひとりでいるのは良くない。わたしは人のために、ふさわしい助け手を造ろう。」神である主は、その土地の土で、あらゆる野の獣とあらゆる空の鳥を形造って、人のところに連れて来られた。人がそれを何と呼ぶかをご覧になるためであった。人がそれを呼ぶと、何であれ、それがその生き物の名となった。人はすべての家畜、空の鳥、すべての野の獣に名をつけた。しかし、アダムには、ふさわしい助け手が見つからなかった。神である主は、深い眠りを人に下された。それで、人は眠った。主は彼のあばら骨の一つを取り、そのところを肉でふさがれた。神である主は、人から取ったあばら骨を一人の女に造り上げ、人のところに連れて来られた。人は言った。「これこそ、ついに私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。男から取られたのだから。」それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。そのとき、人とその妻はふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。創世記2章18ー25節

「さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。」
The Bibleは、「われわれ」と語られる三位一体の神を啓示しています。
父なる神、神のひとり子JESUS、聖霊なる神。
関係の中で一体であり、関係の中で共に生きておられる神。
そのような三位一体の神の似姿に造られたのが、人間です。

人間は、神との関係の中で、そして隣人との関係の中で、
一体となり共に生きるようにデザインされています。
そしてJESUSが、神のかたちのオリジナルです。
これが神のかたちの関係論的側面です。

父に関するThe Bibleのみことば January 10, 2025

「父に関するThe Bibleのみことば」January 10, 2025

今日は昨年9月に天に召された私の父の誕生日なので、
父に関するThe Bibleのみことばを紹介したい。

The Bibleが教えてくれる信仰は、
天と地にあるすべての家族の、
「家族」という呼び名の元である御父の前に、
膝をかがめて祈る信仰。

すべての家族の土台としての天の父。
その天の父の無条件の愛に根ざし、
その無限の愛に基礎を置いて生きていく信仰。

こういうわけで、私は膝をかがめて、
天と地にあるすべての家族の、
「家族」という呼び名の元である御父の前に祈ります。
どうか御父が、その栄光の豊かさにしたがって、
内なる人に働く御霊により、
力をもってあなたがたを強めてくださいますように。
信仰によって、あなたがたの心のうちに
キリストを住まわせてくださいますように。
そして、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
すべての聖徒たちとともに、
その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを
理解する力を持つようになり、
人知をはるかに超えたキリストの愛を
知ることができますように。
そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、
あなたがたが満たされますように。
どうか、私たちのうちに働く御力によって、
私たちが願うところ、思うところのすべてを
はるかに超えて行うことのできる方に、
教会において、またキリスト・イエスにあって、
栄光が、世々限りなく、とこしえまでもありますように。
アーメン。(新約聖書エペソ人への手紙3章14−21節)

杉戸キリスト教会牧師 野町真理

使徒信条 われは三位一体の神を信ず November 30, 2024

「使徒信条 われは三位一体の神を信ず」November 30, 2024

2000年の歴史を持つキリスト教会には、
使徒信条と呼ばれる信仰告白がある。
使徒信条は、「われは信ず」という表現で、
三位一体の神に対する信仰を以下のように告白する。

われは天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
われはそのひとり子、われらの主、イエス・キリストを信ず。
主は聖霊によりてやどり、
おとめマリヤより生まれ、
ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、
十字架につけられ、死にて葬られ、よみにくだり、
三日目に死人の内よりよみがえり、天にのぼり、
全能の父なる神の右に座したまえり。
かしこより来たりて生ける者と死ねる者とを裁きたまわん。
われは聖霊を信ず。
聖なる公同の教会、聖徒の交わり、
罪のゆるし、からだのよみがえり、とこしえの命を信ず。
アーメン

父なる神(天地の造り主、全能の父なる神)、
子なるイエス・キリスト(そのひとり子、われらの主、イエス・キリスト)、
そして聖霊なる神(御霊とも言われる)。
三人の神々が存在するのではなく、
父、御子、聖霊が、深い絆によって一体になっておられる唯一の神。

The Bibleの中には、三位一体という言葉は使われていない。
しかし、
The Bibleによって、三位一体の神が、ご自身をそのように啓示している。

罪のゆるし、からだのよみがえり、とこしえの命。
これがJESUSを信じる時に与えられる3点セット。

父である神に感謝しなさい 礼拝のご案内

父である神に感謝しなさい

杉戸キリスト教会では、6月26日(日)10時半からと20時から、礼拝を行います。マスクをしてお集いください。後からホームページで配信も行います。オンラインもご利用ください。
gospel.sakura.ne.jp/sugito/

杉戸キリスト教会地図2016

父なる神について

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2018父の日歓迎礼拝案内

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走り寄る父 父の日歓迎礼拝

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