母マリアの心さえも剣が刺し貫く理由 December 29, 2024

「母マリアの心さえも剣が刺し貫く理由」December 29, 2024

あなた自身の心さえも、剣が刺し貫くことになります。
それは 多くの人の心のうちの思いが、
あらわになるためです。
(新約聖書ルカの福音書2章35節)

救いには、大きな犠牲が伴う。
救い主は、自らの命を犠牲にしなければならない。
母マリアは、
やがて、親よりも先に死んでいく息子JESUSの姿を、
無惨に殺されていく息子JESUSの姿を、
見届けなければならない。

お腹を痛めて産んだ愛する息子JESUSが、
人々から憎まれ、苦しみを受け、
犯罪人とともに十字架の上に挙げられ、さらしものにされる。
大きな釘で両手両足を十字架に釘付けにされ、
無惨に殺されてしまう。
死んで葬られる。そのようなJESUSの姿を、
マリアは見届けなければならない。

母マリアの心さえも剣が刺し貫く理由は、
多くの人の心のうちの思いがあらわになり、
罪人によって愛する息子が十字架で殺される姿を、
見届けなければならないから。

多くの人の心のうちの思いがあらわになる。
すべての人は自己中心な罪人であることがあらわになる。
罪人とは神を神としない自己中心な人。
心の真ん中に自分が神として座っている人。
義人とは、心の扉を開いて、JESUSを心の真ん中に迎える人。

聖書と祈り会2022-03-30 ルカの福音書15章から

杉戸キリスト教会では、水曜14時からと20時から、聖書と祈り会を行います。マスクをしてお集いください。祈ってほしいことなどがありましたら、祈りのリクエストもお寄せください。

礼拝メッセージ「結婚バイブル」

礼拝メッセージ「結婚バイブル」(クリックで聴けます)

聖書箇所:出エジプト記2章16ー22節

16 ミデヤンの祭司に七人の娘がいた。彼女たちが父の羊の群れに水を飲ませるために来て、水を汲み、水ぶねに満たしていたとき、17 羊飼いたちが来て、彼女たちを追い払った。すると、モーセは立ち上がり、彼女たちを救い、その羊の群れに水を飲ませた。18 彼女たちが父レウエルのところに帰ったとき、父は言った。「どうしてきょうはこんなに早く帰って来たのか。」19 彼女たちは答えた。「ひとりのエジプト人が私たちを羊飼いたちの手から救い出してくれました。そのうえその人は、 私たちのために水まで汲み、羊の群れに飲ませてくれました。」20 父は娘たちに言った。「その人はどこにいるのか。どうしてその人を置いて来てしまったのか。食事をあげるためにその人を呼んで来なさい。」21 モーセは、 思い切ってこの人といっしょに住むようにした。そこでその人は娘のチッポラをモーセに与えた。22 彼女は男の子を産んだ。彼はその子をゲルショムと名づけた。「私は外国にいる寄留者だ」と言ったからである。出エジプト記2章16−22節

礼拝メッセージ「放蕩息子の帰郷」

礼拝メッセージ「放蕩息子の帰郷」

聖書箇所:ルカ福音書15:11-24

わたしは、あなたのそむきの罪を雲のように、あなたの罪をかすみのようにぬぐい去った。わたしに帰れ。わたしは、あなたを贖ったからだ。イザヤ44:22

オランダの画家レンブラントが晩年に描いた「放蕩息子の帰郷」という絵をご覧になったことがあるでしょうか。乞食同然の姿でボロボロになって帰って来た弟息子を、両手でしっかりと抱いている父。二人の姿にスポットライトが当てられ、暖かな光が二人を包んでいる絵です。

かつて弟息子は、父親に財産の分け前を下さいと申し出ました。これは、「おやじ早く死んでくれ。俺にとってはおやじよりもお金のほうが大事なんだ。」という暴言です。

これに対して父は、身代を分けてやり、弟息子をその良くない思いに引き渡されます。そして弟息子は、荷物をまとめ、もらったお金を持って、家を出ました。

弟息子は、遠い国で放蕩生活をし、湯水のように財産を使い果たし、落ちるところまで落ちて行きます。しかし我に返った時、彼は向きを変えて、父の家に帰ることを決心したのです。

弟息子が遠くに見えた時、父は走り寄って放蕩息子を迎えました。天におられる私たちの父なる神は、家出した私たちが帰って来るのを、ずっと待っていて下さるのです。