すべての営みがむなしくならない秘訣 April 4, 2025

「すべての営みがむなしくならない秘訣」April 4, 2025

詩篇127篇は、八つ目の都上りの讃美歌。
家を建てること。町を守ること。
子どもを産み育てること。
朝から晩まで頑張ること。
それらすべてにおいて、
むなしくならない秘訣が歌われている。

詩篇127篇 都上りの歌。ソロモンによる。
主が家を建てるのでなければ
建てる者の働きはむなしい。
主が町を守るのでなければ
守る者の見張りはむなしい。
あなたがたが早く起き 遅く休み
労苦の糧を食べたとしても それはむなしい。
実に 主は愛する者に眠りを与えてくださる。

見よ 子どもたちは主の賜物
胎の実は報酬。
若いときの子どもたちは
実に 勇士の手にある矢のようだ。
幸いなことよ 矢筒をその矢で満たしている人は。
彼らは門で敵と論じるとき 恥を見ることがない。

夢を夢で終わらせないために April 3, 2025

「夢を夢で終わらせないために」April 3, 2025

dream

詩篇126篇は、七つ目の都上りの讃美歌。
前半では、夢のようなかつての復興を思い返す。
後半では、復興を夢見て、
主よ ネゲブの流れ(大雨によって荒野に現れる濁流)のように
私たちを元どおりにしてください、と祈りつつ行動に出る。

喜び叫びながら刈り取るために、
涙とともに種を蒔く。
束を抱え 喜び叫びながら帰って来るために、
種入れを抱え 泣きながら出て行く。

詩篇126篇 都上りの歌。
主がシオンを復興してくださったとき
私たちは夢を見ている者のようであった。
そのとき 私たちの口は笑いで満たされ
私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。
そのとき 諸国の人々は言った。
「主は彼らのために大いなることをなさった。」
主が私たちのために大いなることをなさったので
私たちは喜んだ。

主よ ネゲブの流れのように
私たちを元どおりにしてください。
涙とともに種を蒔く者は
喜び叫びながら刈り取る。
種入れを抱え 泣きながら出て行く者は
束を抱え 喜び叫びながら帰って来る。

聖書と祈り会2025-04-02 哀歌を読む4主のあわれみが尽きないからだ

2025年4月2日の聖書と祈り会メッセージ。
哀歌を読む4主のあわれみが尽きないからだ。
聖書は哀歌3章1−33節。
ともに聞く聖書はこちら⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠http://graceandmercy.or.jp⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠
資料はこちら⁠https://flic.kr/p/2qVqru8

聖書と祈り会資料2025-04-02

決してばかにしているわけではなく

「決してばかにしているわけではなく」

キリスト教会にはいろんな人から電話がかかってくる。
お金に困っているから送金してほしいという人はとても多い。

臨機応変だが、お金に困っている人には、
必要をJESUSに祈り求めることをお勧めする。

決してばかにしているわけではなく、私自身、
「私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください。」と
日々祈り求めることで、今日も生かされているから。

牧師と牧師家族は、霞を食べて生きているわけではなく、
天の父なる神、JESUS、聖霊の三位一体の神によって、
養われ生かされているから。

収入を得るために必要なものがいくつかある。
いのち・身体の健康。
働きたいという思い・心の健康。
雇ってくれる職場と任される仕事。
その職場でその仕事を成し遂げるための能力や才能。

どれが欠けても収入を得ることができない。
このすべてを、JESUSが与え、あなたを養い育ててくださる。

動かざることシオンの山の如し April 2, 2025

「動かざることシオンの山の如し」April 2, 2025

詩篇125篇は、六つ目の都上りの讃美歌。
もしあなたが主(JESUS)に信頼し、
JESUSを人生の土台とするなら、
あなたの人生は、動かざることシオンの山の如しとされる。

詩篇125篇 都上りの歌。
主に信頼する人々はシオンの山のようだ。
揺るぐことなく とこしえにながらえる。
エルサレムを山々が取り囲んでいるように
主は御民を 今よりとこしえまでも囲まれる。
それは 悪の杖が
正しい人の割り当て地の上にとどまることがなく
正しい人が不正なことに
手を伸ばさないようにするためだ。
主よ 善良な人々や心の直ぐな人々に
いつくしみを施してください。
主は 曲がった道にそれる者どもを
不法を行う者どもとともに追い出される。
イスラエルの上に平和があるように。

もしも主が私たちの味方でなかったなら April 1, 2025

「もしも主が私たちの味方でなかったなら」April 1, 2025

詩篇124篇は、五つ目の都上りの讃美歌。
もしも 主が私たちの味方でなかったなら、
今頃どうなっていたのかを思い巡らす中で、
天地を造られた主に向かって賛美が溢れ出す。

詩篇124篇 都上りの歌。ダビデによる。
「もしも 主が私たちの味方でなかったなら。」
さあ イスラエルは言え。

「もしも 主が私たちの味方でなかったなら
人々が敵対してきたとき
そのとき 彼らは私たちを生きたまま
丸吞みにしていたであろう。
彼らの怒りが私たちに向かって燃え上がったとき
そのとき 大水は私たちを押し流し
濁流は私たちを越えて行ったであろう。
そのとき 荒れ狂う水は
私たちを越えて行ったであろう。」

ほむべきかな 主。
主は私たちを 彼らの歯の餌食にされなかった。
鳥のように 私たちのたましいは
仕掛けられた罠から助け出された。
罠は破られ 私たちは助け出された。
私たちの助けは
天地を造られた主の御名にある。

主に向かって目を上げ続ける讃美歌 March 31, 2025

「主に向かって目を上げ続ける讃美歌」March 31, 2025

詩篇123篇は、四つ目の都上りの讃美歌。
主が私たちをあわれんでくださるまで、
決してあきらめず、粘り強く、
主に向かって目を上げ続ける讃美歌。

詩篇123篇 都上りの歌。
あなたに向かって 私は目を上げます。
天の御座に着いておられる方よ。
まことに しもべたちの目が主人の手に向けられ
仕える女の目が女主人の手に向けられるように
私たちの目は私たちの神 主に向けられています。
主が私たちをあわれんでくださるまで。

あわれんでください 主よ あわれんでください。
私たちは蔑みでいっぱいです。
私たちのたましいは 安逸を貪る者たちの嘲りと
高ぶる者たちの蔑みでいっぱいです。