聖書と祈り会2025-07-02 ケルビム・かつてケバル川のほとりで見た生きもの

2025年7月2日の聖書と祈り会メッセージ。
ケルビム・かつてケバル川のほとりで見た生きもの。
聖書はエゼキエル書10章1−22節。
ともに聞く聖書はこちら⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠http://graceandmercy.or.jp⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠
資料はこちら⁠https://flic.kr/p/2reh4Ym

エゼキエル10

杉戸キリスト教会では、水曜14時からと20時から、聖書と祈り会の時を持っています。
どなたでもお集いください。

主の祈り 自己中心から神中心へ December 2, 2024

「主の祈り 自己中心から神中心へ」December 2, 2024

The Bibleには、「主の祈り」と呼ばれる祈りがある。
主イエス・JESUSが弟子たちに教えてくださった祈り。
実は、「主の祈り」をひっくり返すと、
以下のような「罪人の自己中心な祈り」になる。

私の名前があがめられますように。
私を中心とした私の国が来ますように。
私が心に思い描き、願っていることが、実現しますように。
私は、自分の力と知恵によって、今日も糧を得よう。
だれでも私に罪を犯すものがあるなら、
 決してその者を赦さないで、報復をしよう。
わたしは自分の力で、試みと悪から自分を救い出そう。
国と力と栄え、世界に満ちるものはすべて、私のものだ。

この的外れな、「罪人の自己中心な祈り」を意識しながら、
見事に的を射た「主の祈り」を祈ることを心がけよう。

天にましますわれらの父よ。
願わくは御名をあがめさせたまえ。
御国をきたらせたまえ。
みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。
われらの日用の糧を、今日も与えたまえ。
われらに罪を犯す者を、われらが赦すごとく、
           われらの罪をも赦したまえ。
われらを試みにあわせず、悪より救いいだしたまえ。
国と力と栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。
アーメン
(マタイ福音書6章、ルカ福音書11章参照)