ベースボールの祈り January 7, 2025

「ベースボールの祈り」January 7, 2025

The Bibleに耳を傾けると、
スピリチャルなベースボールの試合があり、
選手である私たちに対して、応援の声が聞こえてくる。

祈り始めると、1累にランナーを送り出すことができる。
続けて祈ると、2累にランナーを進めることができる。
さらに祈ると、ランナーを3塁に立たせることができる。
粘り強く祈り続けるなら、ランナーをホームベースに戻すことも可能だ。

祈りはインスタントに答えられない。
どこかであきらめてしまったら、せっかくの労苦が無駄になってしまう。

だから祈りが応えられるまで、チームでつないで祈ることが必要だ。
弱くて不信仰な私たちは、すぐ祈ることを止めてしまう。
けれども、七転び八起き。思い出した時に祈りを再開すればいい。
祈り続けるなら必ず祈りの手応えがある。そしたら夢は正夢!

祈りに味を占めたら、もう勝利は遠くない。
受洗者が与えられるという形で目に見える結果が出る時、
私たちは祈りにおいて、勝利への道を走り続ける。

野球監督のミッションは、選手たちを整えて輝かせること。
牧師のミッションは、聖徒たちを整えて輝かせること。

いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された。「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官がいた。その町に、ひとりのやもめがいたが、彼のところにやって来ては、『私の相手をさばいて、私を守ってください』と言っていた。彼は、しばらくは取り合わないでいたが、後には心ひそかに『私は神を恐れず人を人とも思わないが、どうも、このやもめは、うるさくてしかたがないから、この女のために裁判をしてやることにしよう。でないと、ひっきりなしにやって来てうるさくてしかたがない』と言った。」主は言われた。「不正な裁判官の言っていることを聞きなさい。まして神は、 夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」
(新約聖書 ルカの福音書18章1ー8節)

アンナ八十四歳 第一主日聖餐礼拝のご案内

アンナ八十四歳

明けましておめでとうございます。
今年最初の主日礼拝のご案内です。
杉戸キリスト教会では、日曜朝10時過ぎから賛美と祈りを始めます。
10時半から朝の礼拝(ワーシップ)の時を持っています。
夕礼拝は夜8時から9時です。
どなたでもお集いください。
あなたの上に、JESUSの愛が豊かに満ちあふれますように。

杉戸キリスト教会地図2014

2025新年礼拝のご案内

2025新年礼拝のご案内

LOVE SUGITO CHRISTMAS 2024

いよいよ明日、24日(火)19時から、
クリスマスイブ燭火礼拝(Christmas Candlelight Service)です。
どなたでもいらしてください。

LOVE SUGITO CHRISTMAS 2024

クリスマス礼拝 帰り道の賛美

クリスマスの心 December 14, 2024

「クリスマスの心」December 14, 2024

昨日に続いて、
ヨハネが語るクリスマスを紹介したい。
それはヨハネの福音書3章16節。
66巻の聖書全体を1節に要約すると、
ヨハネの福音書3章16節、JOHN3:16になる。

神は、実に、
そのひとり子(JESUS)をお与えになったほどに
世(あなた)を愛された。
それは御子(JESUS)を信じる者が、
一人として滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。
(新約聖書ヨハネの福音書3章16節)

天の父なる神は、実に、
その愛するひとり息子JESUSをお与えになったほどに
神に敵対するあなたを愛された。
それは御子(JESUS)を信じるあなたが、
永遠の苦しみではなく、
永遠のいのちを持つためである。

天の父なる神にとって、
JESUSは愛する箱入り息子でした。
ひとりしかいない愛する息子を、
神に敵対するこの世に派遣するなら、
無惨に殺される。
そのことを父なる神はよく知っていました。
けれども、
それでもあなたを永遠の滅びから救うために、
最も大切なひとり子をお与えになったのです。
それがクリスマスの心です。

メッセージの不思議 November 27, 2024

「メッセージの不思議」November 27, 2024

私が拙いメッセージを語ると、
ある人は生ける神に出会って洗礼を受ける決心をし、
ある人は神との深い交わりが与えられて賛美しながら帰り、
ある人は恵まれないといってつぶやきながら立ち去る。

まったく同じメッセージなのに、
どうしてそのような違いが生じるのか?

JESUSが種蒔きのたとえで語られている通り。
私たちの心の状態が違いを生む。

だからJESUSは言われる。
「聞く耳のある者は聞きなさい。」

種を蒔く人が種蒔きに出かけた。
蒔かれる種とは神のことば。

ある種は道端に落ちた。
しかし踏み固められた道端のような硬い心では、
みことばが根を張る余地がなく、
やがて鳥に食べられてしまう。

別の種は土の薄い岩地に落ちた。
表面的にはみことばを受け入れるが、
自分が一番正しいという固い岩盤があるので、
深く根を張ることができず、
やがて枯れてしまう。

別の種は茨の中に落ちた。
茨とは金銭欲やこの世の思い煩い。
せっかく芽を出したのに、
茨が伸びてふさいでしまい、
実を結ぶには至らない。

しかし別の種は良い地に落ちた。
すると芽生え、育って実を結び、
三十倍、六十倍、百倍になった。
良い地とは、柔らかで素直な心。

JESUSが私たちの心を砕いて、
柔らかで素直な心を与えてください!
生ける神のみことばを慕い求める心、
へりくだって聞く耳、
ひざまずいて祈る心を与えてください!
神のことばが、しっかりと根を張り、
私たちの心が変えられ、
生活が変えられ、
生き方が変えられ、
三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶことができますように。

「骨壷は重かった」November 16, 2024

「骨壷は重かった」November 16, 2024

牧師として、多くの方のお葬式の司式をしている。
今日は今年6回目の教会でのお葬式。

奥様がクリスチャンとして歩まれていたが、
50年間ずっと教会に来られなかったご主人。

けれども、50年目の昨年、ついに祈りが聞かれ、
神のことばが出来事になり、奇跡が起きた。
奥様、娘さん、お孫さんと一緒に、
3回も教会の礼拝に来られたのだ。
そして年末には信仰告白され、洗礼を受けられた。

今年、私の母方のばあちゃんと私の父も天に召された。
何度もお葬式を司式しているが、父のお葬式の時、
おそらく初めて骨壷を持つことになった。
初めて持った骨壷はズッシリと重かった。

The Bible、聖書は語る。

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(新約聖書 使徒の働き16章31節)