「次世代への信仰継承のための詩篇」July 15, 2025

「次世代への信仰継承のための詩篇」July 15, 2025

詩篇78篇は、アサフのマスキール。
次世代への信仰継承のための詩篇。

私の民よ 私の教えを耳に入れ
私の口のことばに耳を傾けよ。
私は口を開いて たとえ話を
昔からの謎を語ろう。
それは 私たちが聞いて 知っていること。
私たちの先祖が語ってくれたこと。
それを私たちは 息子たちに隠さず
後の時代に語り告げよう。
主の誉れを
主が行われた 力ある奇しいみわざを。
主は ヤコブのうちにさとしを置き
イスラエルのうちにみおしえを定め
私たちの先祖に命じて
その子らに教えるようにされた。
後の世代の者 生まれてくる子らがこれを知り
さらに彼らが その子らにまた語り告げるため
彼らが神に信頼し
神のみわざを忘れず
その命令を守るために。
先祖たちのように
強情で逆らう世代
心定まらない世代
霊が神に忠実でない世代とならないために。

エフライムの人々は 弓を射る者であったが
戦いの日には退却した。
彼らは 神の契約を守らず
神のおしえに従って歩むことを拒み
神の数々のみわざを忘れてしまった。
神が見せてくださった多くの不思議を。
神は奇しいみわざを 彼らの先祖の前で
エジプトの地 ツォアンの野で行われた。
海を分けて 彼らを通らせ
堰のように水を立てられた。
昼は雲で彼らを導かれた。
夜は 夜通し炎の光で。
荒野で 神は岩を割り
大いなる深淵の水を 豊かに飲ませてくださった。
あふれる流れを 岩からほとばしらせ
水を 豊かな川のように流れさせてくださった。

けれども 彼らはなおも神に罪を犯し
砂漠で いと高き方に逆らった。
彼らは心のうちで神を試み
欲に任せて食べ物を求めた。
そのとき彼らは神に逆らって言った。
「荒野で食事を備えることが 神にできるのか。
確かに 神が岩を打たれると
水が湧き出て
流れがあふれた。
だが神は パンも与えることができるのか。
民のために 肉を用意できるのか。」
それゆえ主は これを聞いて激しく怒られた。
火はヤコブに向かって燃え
怒りはイスラエルに向かって燃え上がった。
これは 彼らが神を信じず
御救いに信頼しなかったからである。

神は 上の雲に命じて
天の戸を開き
彼らの上に 食べ物としてマナを降らせ
天の穀物を彼らに与えられた。
それで人々は御使いのパンを食べた。
神は満ちたりるほど食物を送られた。
神は 東風を天に起こし
御力をもって南風を吹かせられた。
彼らの上に 肉をちりのように
翼のある鳥を海の砂のように降らせ
それを 宿営の中
住まいの周りに落とされた。
彼らは食べ 十分に満ち足りた。
こうして 彼らが欲望を満たすままにされた。
彼らがその欲望を手放さず
まだ食べ物が口にあるうちに
神の怒りが 彼らに向かって燃え上がり
彼らのうちの最も頑丈な者たちを殺し
イスラエルの若い男たちを打ちのめした。

これらすべてにもかかわらず
彼らはなおも罪を犯し
神の奇しいみわざを信じなかった。
それで神は 彼らの日を一息のうちに
彼らの齢を 突然の恐怖のうちに終わらせられた。
神が彼らを殺されると 彼らは神を尋ね求め
立ち返り 神を切に求めた。
彼らは思い出した。
神が自分たちの岩であり
いと高き神が自分たちを贖う方であることを。
しかし彼らは その口で神に媚び
舌で神に偽りを言った。
彼らの心は神に堅く立たず
神の契約に忠実でなかった。
しかし 神はあわれみ深く
彼らの咎を赦して 滅ぼされなかった。
怒りを何度も抑えて
憤りのすべてをかき立てられることはなかった。
神は心に留めておられた。
彼らが肉にすぎないことを。
吹けば戻らない風であることを。

幾たび彼らは 荒野で神に逆らい
荒れ地で神を悲しませたことか。
彼らは繰り返し神を試み
イスラエルの聖なる方の心を痛めた。
彼らは 神の力も
神が敵から贖い出してくださった日も
思い起こさなかった。
神がエジプトでしるしを
ツォアンの野で奇跡を行われたことを。

神が大河を血に変えられたので
その流れは飲めなくなった。
神は彼らに あぶの群れを送り
蛙を送って 彼らを食い尽くされた。
また 彼らの作物を若いいなごに
彼らの勤労の実をいなごに与えられた。
神は 雹で彼らのぶどうの木を
稲妻で いちじく桑の木を滅ぼされた。
彼らの家畜を雹に
家畜の群れを 疫病に渡された。
神は 彼らの上に燃える怒りを送られた。
激しい怒りと憤りと苦しみを。
わざわいをもたらす御使いたちを。
神は 御怒りに道を備え
彼ら自身に死を免れさせず
彼らのいのちを疫病に渡された。
神はエジプトで すべての長子を打ち殺された。
ハムの天幕で 彼らの力の初穂を。

神は ご自分の民を羊の群れのように連れ出し
家畜の群れのように 荒野の中を連れて行かれた。
神が安らかに導かれたので 彼らは恐れなかった。
しかし彼らの敵は 海がおおい隠した。
こうして神は 彼らをご自分の聖なる国に
右の御手で造ったこの山に 連れて来られた。
また 彼らの前から異邦の民を追い出し
その地を相続の地として彼らに分け与え
イスラエル諸族を それぞれの天幕に住まわせた。

けれども 彼らはいと高き神を試み
神に逆らい
そのさとしを守らなかった。
彼らは元に戻り 先祖たちのように裏切り
たるんだ弓の矢のように それて行った。
また 高き所を築いて神の怒りを引き起こし
刻んだ像で 神のねたみを起こさせた。
神は 聞いて激しく怒り
イスラエルを激しく退けられた。
シロの御住まい
人々の間に張った その幕屋を見放して
御力を捕らえられるに任せ
御栄えを敵の手に渡された。
神は ご自分の民を剣に引き渡し
ゆずりの民に対して 激しく怒られた。
火は若い男たちを食い尽くし
若い女たちは婚礼の歌を歌わなかった。
祭司たちは剣に倒れ
やもめたちは泣くこともできなかった。

そのとき主は 眠りから目を覚まされた。
ぶどう酒の酔いから覚めた勇士のように。
主はその敵を打って退け
彼らに永遠のそしりを与えられた。
主は ヨセフの天幕を捨て
エフライム族を選ばず
ユダの部族を選ばれた。
主が愛されたシオンの山を。
主はその聖所を 高い天のように建てられた。
ご自分が永遠に基を据えた地のように。
主は しもべダビデを選び
羊の囲いから召し出された。
乳を飲ませる雌羊の番から 彼を連れて来て
御民ヤコブを ご自分のゆずりの民イスラエルを
牧するようにされた。
彼は 全き心で彼らを牧し
英知の手で彼らを導いた。

「バトンタッチの祈り」July 9, 2025

「バトンタッチの祈り」July 9, 2025

詩篇72篇は、息子ソロモンのために。
エッサイの子ダビデの、バトンタッチの祈り。

神よ あなたのさばきを王に
あなたの義を王の子に与えてください。
彼が義をもって あなたの民をさばきますように。
公正をもって あなたの苦しむ民を。
山も丘も 義によって
民に平和をもたらしますように。
王が 民の苦しむ者たちを弁護し
貧しい者の子らを救い
虐げる者どもを打ち砕きますように。
彼らが 日と月の続くかぎり
代々にわたって あなたを恐れますように。
王は 牧草地に降る雨のように
地を潤す夕立のように下って来ます。
彼の代に 正しい者が栄え
月がなくなるときまでも
豊かな平和がありますように。
海から海に至るまで
川から地の果てに至るまで
王が統べ治めますように。
砂漠の民は王の前に膝をつき
王の敵は ちりをなめますように。
タルシシュと島々の王たちは貢ぎを納め
シェバとセバの王たちは贈り物を献げます。
こうして すべての王が彼にひれ伏し
すべての国々が彼に仕えるでしょう。
それは 王が 叫び求める貧しい者や
助ける人のない苦しむ者を救い出すからです。
王は 弱い者や貧しい者をあわれみ
貧しい者たちのいのちを救います。
虐げと暴虐から
王は彼らのいのちを贖います。
王の目には 彼らの血は尊いのです。
どうか 王が生き続け
彼にシェバの黄金が献げられますように。
王のためにいつも彼らが祈り
絶えず王をほめたたえますように。
大地には 穀物が豊かにあり
山々の頂では
実がレバノンのように たわわに揺れ
町の人々は 地の草花のように咲き誇りますように。
王の名がとこしえに続き
その名が 日の照るかぎり増え広がりますように。
人々が彼によって祝福され
すべての国々が彼をほめたたえますように。
ほむべきかな 神である主 イスラエルの神。
ただひとり 奇しいみわざを行われる方。
とこしえにほむべきかな その栄光の御名。
その栄光が全地に満ちあふれますように。
アーメン、アーメン。
エッサイの子ダビデの祈りは終わった。

「信仰継承と霊的戦い」June 11, 2025

「信仰継承と霊的戦い」June 11, 2025

詩篇44篇には、信仰継承と霊的戦いが歌われている。
信仰共同体の中で、過去の記憶を次世代に語るなら、
恵みの記憶を共有した若者たちが真剣に祈り始める。

神よ 私たちはこの耳で聞きました。
先祖たちが語ってくれました。
あなたが彼らの時代 昔になさったみわざを。
あなたは 御手をもって異邦の民を追い払い
そこに先祖たちを植えられました。
もろもろの国民にわざわいを下し
そこに先祖たちを送り込まれました。
自分の剣によって 彼らは地を得たのではなく
自分の腕が 彼らを救ったのでもありません。
ただあなたの右の手 あなたの御腕
あなたの御顔の光が そうしたのです。
あなたが彼らを愛されたからです。

神よ あなたこそ私の王です。
ヤコブの勝利を命じてください。
あなたによって 私たちは敵を押し返し
御名によって 向かい立つ者どもを踏みつけます。
私の弓に 私は頼りません。
私の剣も 私を救いません。
しかし あなたは私たちを敵から救い
私たちを憎む者どもを辱められます。
神にあって 私たちはいつも誇ります。
あなたの御名を とこしえにほめたたえます。 セラ

それなのに あなたは
私たちを退け 卑しめられました。
あなたはもはや
私たちの軍勢とともに出陣なさいません。
あなたは私たちを敵から退かせ
私たちを憎む者どもは思うままに略奪しました。
あなたは私たちを 餌食となる羊のようにし
国々の間に散らされました。
ご自分の民を安く売り渡し
その代価で何の利益も得ませんでした。
あなたは私たちを 隣人のそしりの的とし
周りの者の嘲りとし 笑いぐさとされます。
私たちを国々の間で物笑いの種とし
もろもろの民の間で笑いものとされるのです。
私の前には絶えず辱めがあり
恥が私の顔をおおってしまいました。
それは そしる者とののしる者の声のゆえ
敵と 復讐する者のゆえでした。
これらすべてが私たちを襲いました。
しかし 私たちはあなたを忘れず
あなたの契約を無にしませんでした。
私たちの心はたじろがず
私たちの歩みはあなたの道からそれませんでした。
あなたは ジャッカルの住みかで私たちを砕き
死の陰で私たちをおおわれたのです。
もし 私たちが自分たちの神の御名を忘れ
ほかの神に向かって手を伸べ広げたなら
神はそれを探り出されないでしょうか。
神こそ 心の秘密を知っておられるからです。
あなたのために 私たちは休みなく殺され
屠られる羊と見なされています。

起きてください。
主よ なぜ眠っておられるのですか。
目を覚ましてください。
いつまでも拒まないでください。
なぜ 御顔を隠されるのですか。
私たちの苦しみと虐げをお忘れになるのですか。
私たちのたましいは ちりに伏し
私たちの腹は 地についています。
立ち上がって 私たちをお助けください。
御恵みのゆえに 私たちを贖い出してください。

モーセの両親の信仰 礼拝のご案内

モーセの両親の信仰

杉戸キリスト教会の、第一礼拝は日曜朝10時半から、夕礼拝は20時からです。マスクをし、入り口で手の消毒をしてお集いください。午後からは、杉戸キリスト教会のホームページにて礼拝メッセージを配信しています。ご利用ください。現在スマイルキッズ礼拝とJJ礼拝はお休みしています。第一礼拝もしくは夕礼拝にお集いください。一階でも礼拝中継ビデオにて礼拝に参加できます。

これまでのメッセージはこちら。

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信じるべきこと

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聖書と祈り会資料2018-05-16

May 16, 2018
日本同盟基督教団・杉戸キリスト教会
聖書と祈り会資料

OMFインターナショナルによると、日本の牧師は約90%が50歳以上となっている。

日本の牧師の年齢層

日本同盟基督教団・関東宣教区の正教師・補教師は、50歳以上は約35%(50歳以下は65%)となっている。

教会員・信徒も似たような割合だろうか?
日本国際ギデオン協会の会員のデータを見ると、50歳以上は92.83%。50歳以下は7.16%である(2018年5月1日現在)。

ギデオンの年齢構成

日本基督教団では「教団2030年問題」が言われている。このままだと12年後の2030年には、信徒数は今の約1/3に減るという問題である。

教団2030年問題

関東宣教区はどうだろうか?
アンケートに協力してくださった11教会の信徒の平均年齢は62歳5ヶ月。50歳以上は72%である。

杉戸キリスト教会はどうだろうか?
牧師47歳、52名の信徒平均年齢61歳4ヶ月。50歳以上は68%。
30代未満 2%(1人)
30代  13%(7人)
40代  17%(9人)
50代  10%(5人)
60代  21%(11人)
70代以上37%(19人)  

総論的に超高齢化していく教会を今度どうしたらよいのか。教会の内なる閉鎖的なサブカルチャー(ある社会に支配的にみられる文化に対し,その社会の一部の人々を担い手とする独特な文化)を見直す視点が必要となる。たとえば、教会において高齢化が世間一般よりも進むのは、次世代への継承と伝道に困難を覚えているからである。その要因を作っているのが、教会に長く在籍している年配者の慣習、しがらみ、礼拝形式へのこだわりだったりすることがよく指摘される。とはいえ、教会ごとに異なる課題がある。

それからイエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいを癒やされた。また、群衆を見て深くあわれまれた。彼らが羊飼いのいない羊の群れのように、弱り果てて倒れていたからである。そこでイエスは弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫の主に、ご自分の収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」
マタイの福音書 9章35~38節 聖書 新改訳2017

収穫は多いと聖書は教えている。収穫の主よ!収穫のために働き手(祈り手、とりなし手)を送ってください!

杉戸キリスト教会地図2016