新しい生活様式⑧神の銀貨として造り主とともに歩む 礼拝のご案内

杉戸キリスト教会では、3つの密(密閉、密集、密接)を避ける配慮をしつつ、集まる礼拝をしています。マスクをもってお集いください。第一礼拝は10時半から、夕礼拝は20時からです。日曜午後からは、この杉戸キリスト教会のホームページにて礼拝メッセージを配信しています。ご利用ください。なお、現在スマイルキッズ礼拝とJJ礼拝はお休みしています。第一礼拝もしくは夕礼拝にお集いください。

新しい生活様式⑧神の銀貨として造り主とともに歩む

杉戸キリスト教会地図2016

LOVE SUGITO RADIO 2020-07-02 聖書が教えている基本的なこと 神に背を向けた人間

LOVE SUGITO RADIOは、杉戸キリスト教会の「のまちゃん牧師」によるラジオです。杉戸町に関すること、聖書に関すること等について話しています。杉戸町と宮代町を愛するラジオです。39回目の配信。カスミ杉戸店は改装休業中。あずまやさんも駅前道路拡張工事のためリニューアルへ。今日も有志の学び会で共に学んだ内容をシェアします。「聖書が教えている基本的なこと〜聖書入門のてびき」より、第5課、神に背を向けた人間。

LOVE SUGITO RADIO 2020-06-18 聖書が教えている基本的なこと 人間について

LOVE SUGITO RADIOは、杉戸キリスト教会の「のまちゃん牧師」によるラジオです。杉戸町に関すること、聖書に関すること等について話しています。杉戸町と宮代町を愛するラジオです。35回目の配信。今日有志の学び会で共に学んだ内容をシェアします。「聖書が教えている基本的なこと〜聖書入門のてびき」より、第4課 人間について。

第二のアダム オンライン礼拝2020-05-17

動画(YouTube)によるオンライン礼拝はこちらです。

音声(LOVE SUGITO RADIO)によるオンライン礼拝はこちらです。

式次第は以下の通りです。

2020年 5月17日 第2主日オンライン礼拝式
前   奏
賛   美  讃美歌312 いつくしみ深き

使徒信条
 われは天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
 われはそのひとり子、われらの主、
 イエス・キリストを信ず。
 主は聖霊によりてやどり、おとめマリヤより
 生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、
 十字架につけられ、死にて葬られ、よみにくだり、
 三日目に死人の内よりよみがえり、天にのぼり、
 全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより
 来たりて生ける者と死ねる者とを裁きたまわん。
 われは聖霊を信ず。聖なる公同の教会、
 聖徒の交わり、罪のゆるし、からだのよみがえり、
 とこしえの命を信ず。アーメン

主の祈り(マタイ福音書6章、ルカ福音書11章参照)
 天にましますわれらの父よ。
 願わくは御名をあがめさせたまえ。
 御国をきたらせたまえ。
 みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。
 われらの日用の糧を、今日も与えたまえ。
 われらに罪を犯す者を、われらが赦すごとく、
 われらの罪をも赦したまえ。
 われらを試みにあわせず、
 悪より救いいだしたまえ。
 国と力と栄えとは、
 限りなくなんじのものなればなり。アーメン

祈   り  
賛   美  讃美歌122 みどりもふかき
聖   書  1コリント人への手紙15章35−49節
メッセージ 「第二のアダム」
賛   美  讃美歌532 ひとたびは死にし身
献   金  感謝と献身の告白として
祈   り  
頌   栄  讃美歌543 主イエスのめぐみよ
祝   祷  
後   奏  主に栄光あれ
報   告  その他

Untitled

メッセージアウトラインは以下の通りです。

第二のアダム(メッセージアウトライン)
2020年 5月17日 第3主日 オンライン礼拝式 杉戸キリスト教会から
聖書:1コリント人への手紙 15章35−49節

導入:人間のいのちの本質と不思議さ

救いの構造 神のかたちの福音

聖書は、人間のいのちの本質と不思議さを「からだ性」と「霊性」を併せ持った存在として説明している。

からだ性=身体、肉体、血肉。  外科、内科、小児科、耳鼻咽喉科、眼科、歯科、呼吸器科・・・

霊性=霊、魂、精神、心、意識。 スピリチャルケア。心療内科。クリスチャンによるケア・カウンセリング(話をよく聴く+実際的な聖書の学び)。ナースクリスチャン(NCF)、チャプレン、牧師。

起:死者はどのようにしてよみがえるのか。どのようなからだで来るのか?(35-36節)

35 しかし、「死者はどのようにしてよみがえるのか。どのようなからだで来るのか」と言う人がいるでしょう。 36 愚かな人だ。あなたが蒔くものは、死ななければ生かされません。 37 また、 あなたが蒔くものは、後にできるからだではなく、麦であれ、そのほかの穀物であれ、ただの種粒です。

ヨハネ福音書12:24 まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。

承:しかし神は、みこころのままに、それにからだを与え、それぞれの種にそれ自身のからだをお与えになります。(38-41節)

38 しかし神は、みこころのままに、それにからだを与え、それぞれの種にそれ自身のからだをお与えになります。 39 どんな肉も同じではなく、人間の肉、獣の肉、鳥の肉、魚の肉、それぞれ違います。 40 また、天上のからだもあり、地上のからだもあり、天上のからだの輝きと地上のからだの輝きは異なり、 41 太陽の輝き、月の輝き、星の輝き、それぞれ違います。星と星の間でも輝きが違います。

転:死者の復活もこれと同じです。・・・血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。(42-44節)

42 死者の復活もこれと同じです。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、 43 卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、力あるものによみがえらされ、 44 血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。

結:「最初の人アダムは生きるものとなった。」しかし、最後のアダム(第二のアダム)はいのちを与える御霊となりました。(45-49節)

45 こう書かれています。「最初の人アダムは生きるものとなった。」しかし、最後のアダムはいのちを与える御霊となりました。 46 最初にあったのは、御霊のものではなく血肉のものです。御霊のものは後に来るのです。 47 第一の人は地から出て、土で造られた人ですが、第二の人は天から出た方です。 48 土で造られた者たちはみな、この土で造られた人に似ており、天に属する者たちはみな、この天に属する方に似ています。 49 私たちは、土で造られた人のかたちを持っていたように、天に属する方のかたちも持つことになるのです。

最初の人アダム=土地のちり(アダマー)から形造られ、神のいのちの息・霊が吹き込まれて生きた者となった最初の人間(アダム)。それは私たち。

最後の・第二のアダム=イエス・キリスト=私たちと同じ肉体となってくださった神のことば。すべての人の代表。

「焚き火を囲んで聴く神の物語・対話篇 大頭眞一(おおずしんいち)と焚き火を囲む仲間たち」より
 第2章 アダムの目にも涙 参照

結論:第二のアダムである主イエス・キリストは、いのちを与える御霊となられた。土で造られた人のかたちを持っている私たちは、死者の復活によって、天に属する方のかたちも持つことになる。

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神が人間になられた理由

神が人間になられた理由

杉戸キリスト教会地図2016

諸悪の根源

諸悪の根源

杉戸キリスト教会地図2016

最高傑作として

最高傑作として

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礼拝メッセージ「人間とは何か」ローマ16

礼拝メッセージ「人間とは何か」ローマ16(クリックで聴けます)

聖書箇所:ローマ人への手紙7章1ー25節

私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。ローマ人への手紙7章24-25節

聖書が語る私たち人間について、共に学びましょう。

1、非常に良かった神の作品としての人間

 あなたは偶然の産物ではない。人間は神のかたちに似せて造られた神の作品だと聖書は語ります。創造主なる神によって人間が造られた時、人間は神の栄光を現す最高傑作として非常に良いものでした。

2、非常に悪くなったみじめな存在としての人間

 堕落した天使(悪魔)に誘惑された人間は、罪の奴隷となり、美しい神のかたちを失ってしまいました。「神と隣人(他者)のものをむさぼってはならない」という神の戒めによって機会を捕らえた罪が、人間を欺き、戒めによって人間を殺したのです。

 その結果私たち人間は、自分がしたいことではなく、したくないことをするようになりました。優しくなりたいけど優しくなれない。わかっちゃいるけど止められない。非常に悪い自分をどうしても自分で変えることができないみじめな存在。救い主が必要な存在。それが私たち人間の本当の姿です。

礼拝メッセージ「土地のちりといのちの息」

土地のちりと命の息

礼拝メッセージ「土地のちりといのちの息」(クリックで聴けます)

聖書箇所:創世記2章4-7節

神である主は土地のちり(アダマー)で人(アダム)を形造り、その鼻にいのちの息(神の霊)を吹き込まれた。そこで人は生きものとなった。創世記2章7節

これまで見てきた創世記1章から2章3節には、天地万物の創造の中で、そのクライマックスとして、人間の創造が取り上げられていました。

創世記2章4節からは、創造の冠、最高傑作としての人間に改めてカメラが向けられ、人間がクローズアップされ、スローモーションで描写されています。

人間が神のかたちに基づいてデザインされているというのはどういう意味なのか。そのことが、3つのアングル・視点から紹介されていきます。最初のアングルは、いのちという視点から見た神のかたちです。

上記のみことばを原語で読むと、「人」と訳されていることばは「アダム」です。これは人間を意味する男性形の単語です。興味深いことに、「土地」と訳されていることばは「アダマー」となっており、これはアダムと同じ単語の女性形です。

人が土地のちりから形造られたとき、まだいのちを持つ生きものではありませんでした。いのちの源である主なる神が、その鼻にいのちの息(神の霊)を吹き込まれた時、人は生きものとなったのです。