聖書通読によっていつも天を見上げ、神と共に地上を旅する生活習慣を身につけよう

聖書に耳を傾けることは、天を見上げることです。聖書通読によっていつも天を見上げ、神と共に地上を旅する生活習慣を身につけることに励みましょう。旧約と新約、合わせて66巻の聖書が、主イエス様のことを語っています。クリスマス前の旧約時代から主イエス・キリストはおられます。ですから厳密に言えばB.C.(キリスト以前)はありません。THE JESUS BIBLEに基づいて、聖書66巻が語る主イエス・キリスト(JESUS CHRIST)を以下に記します。

旧約聖書
創世記     主イエス:我らの輝かしい創造主  OUR GLORIOUS CREATOR
出エジプト記  主イエス:我らの奇跡的な解放者  OUR MIRACULOUS DELIVERER
レビ記     主イエス:我らの代理のいけにえ  OUR SACRIFICIAL SUBSTITUTE
民数記     主イエス:我らの慈悲深い供給者  OUR GRACIOUS PROVISION
申命記     主イエス:我らの約束された希望  OUR PROMISED HOPE
ヨシュア記   主イエス:我らの完全な指導者   OUR PERFECT LEADER
士師記     主イエス:我らの義なる支配者   OUR RIGHTEOUS RULER
ルツ記     主イエス:我らの後見人で贖い主  OUR GUARDIAN-REDEEMER
サムエル記第一 主イエス:我らの真の王      OUR TRUE KING
サムエル記第二 主イエス:我らの永遠の王     OUR ETRENAL ONE
列王記第一   主イエス:我らの唯一の希望    OUR ONLY HOPE
列王記第二   主イエス:我らの完全な預言者   OUR PERFECT PROPHET
歴代誌第一   主イエス:我らの完全な修復者   OUR PERFECT RESTORER
歴代誌第二   主イエス:我らの真の礼拝     OUR TRUE WORSHIP
エズラ記    主イエス:帰還のための我らの希望 OUR HOPE FOR RETURN
ネヘミヤ記   主イエス:壊れた我らの再建者   OUR REBUILDER OF THE BROKEN
エステル記   主イエス:我らの神聖な擁護者   OUR DIVINE ADVOCATE
ヨブ記     主イエス:我らの苦しむ救い主   OUR SUFFERING SAVIOR
詩篇      主イエス:賛美に値する我らの王  OUR PRAISE-WORTHY KING
箴言      主イエス:我らの神の知恵     OUR DIVINE WISDOM
伝道者の書   主イエス:我らの真の希望     OUR TRUE HOPE
雅歌      主イエス:我らの最も深い同伴者  OUR DEEPEST COMPANION
イザヤ書    主イエス:我らの最高の救い主   OUR SOVEREIGN SAVIOR
エレミヤ書   主イエス:我らの新しい契約    OUR NEW COVENANT
哀歌      主イエス:我らの真実な主     OUR FAITHFUL LORD
エゼキエル書  主イエス:我らの真の神殿     OUR TRUE TEMPLE
ダニエル書   主イエス:我らの偉大な王     OUR GREAT KING
ホセア書    主イエス:我らを追い求める配偶者 OUR PURSUING SPOUSE
ヨエル書    主イエス:我らの祝福された希望  OUR BLESSED HOPE
アモス書    主イエス:我らの正義の担い手   OUR JUSTICE BEARER
オバデヤ書   主イエス:我らの義しい裁き主   OUR RIGHTEOUS JUDGE
ヨナ書     主イエス:我らの宣教師としての神 OUR MISSIONARY GOD
ミカ書     主イエス:我らのあわれみ深い王  OUR COMPASSIONATE KING
ナホム書    主イエス:我らの復讐する神    OUR WRATH BEARER
ハバクク書   主イエス:我らの喜びに満ちた救い OUR JOYFUL SALVATION
ゼパニヤ書   主イエス:我らの力強い救いの勇士 OUR MIGHTY ONE
ハガイ書    主イエス:我らが最優先すべき方  OUR MAIN PRIORITY
ゼカリヤ書   主イエス:我らの謙遜な王     OUR HUMBLE KING
マラキ書    主イエス:我らの来るべきメシア  OUR COMING MESSIAH

新約聖書
マタイの福音書 主イエス:我らの約束された王   OUR PROMISED KING
マルコの福音書 主イエス:我らの真の神      OUR TRUE GOD
ルカの福音書  主イエス:我らの恵み深い救い主  OUR GRACIOUS SAVIOR
ヨハネの福音書 主イエス:偉大なわたしはある   OUR GREAT I AM
使徒の働き   主イエス:我らの継続する使命   OUR CONTINUED MISSION
ローマ     主イエス:我らの永遠の救い    OUR ETERNAL SALVATION
コリント第一  主イエス:我らが変えられる希望  OUR HOPE FOR CHANGE
コリント第二  主イエス:我らの悔い改めへの招き OUR INVITATION TO REPENTANCE
ガラテヤ    主イエス:信仰による我らの義   OUR JUSTIFICATION BY FAITH
エペソ     主イエス:我らの神との平和    OUR PEACE WITH GOD
ピリピ     主イエス:苦難の中の我らの喜び  OUR JOY IN SUFFERING
コロサイ    主イエス:我らのすべてのかしら  OUR HEAD OF ALL THINGS
テサロニケ第一 主イエス:我らの慰めの源泉    OUR SOURCE OF COMFORT
テサロニケ第二 主イエス:来ておられる我らの王  OUR COMING KING
テモテ第一   主イエス:我らの唯一の仲介者   OUR ONE MEDIATOR
テモテ第二   主イエス:我らの力の源      OUR SOURCE OF STRENGTH
テトス     主イエス:我らの偉大な神・救い主 OUR GREAT GOD AND SAVIOR
ピレモン    主イエス:我らの和解の源     OUR SOURCE OF RECONCILIATION
ヘブル     主イエス:我らの偉大ないけにえ  OUR GREATER SACRIFICE
ヤコブ     主イエス:我らのの完璧な模範   OUR PERFECT EXAMPLE
ペテロ第一   主イエス:我らの永遠の報い    OUR ETERNAL REWARD
ペテロ第二   主イエス:我らの救いの主     OUR LORD OF SALVATION
ヨハネ第一   主イエス:我らのいのちのことば・愛 OUR WORD OF LIFE AND LOVE
ヨハネ第二   主イエス:我らの受肉された神    OUR GOD IN THE FLESH
ヨハネ第三   主イエス:我らの交わりの絆     OUR BOND OF FELLOWSHIP
ユダの手紙   主イエス:我らを支え続ける恵み   OUR SUSTAINING GRACE
ヨハネの黙示録 主イエス:永遠に続く我らの礼拝   OUR WORSHIP FOREVER

キリストの手紙

焼けない建物

焼けない建物

杉戸キリスト教会地図

牧師が意訳したSteve Jobsの言葉

Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life.
あなたに与えられている時間(この地上の人生)には限りがあるんだ。だからあなたの人生を生きることによって、貴重な時間を無駄にしないでほしい。

Don’t be trapped by dogma — which is living with the results of other people’s thinking.
他人が無責任に導き出した結論なんかに、絶対縛られないでほしい。

Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice.
「あなたの内に語りかけるゴーストのささやき」をかき消してしまう他人の雑音なんか無視すればいい。

And most important, have the courage to follow your heart and intuition.
一番大切なことは、あなたの心(ハート)と直感(ゴーストのささやき)に勇気を持って聴き従うことだ。

They somehow already know what you truly want to become.
内なるささやきは、あなたが本当に願っていることを誰よりもよく知っているからね。

Everything else is secondary.
本当に優先すべきことが第一で、ほかのすべては二の次だよ。

by のまちゃん牧師

冷たいか熱いかであれ

冷たいか熱いかであれ

uiyyeyyeunaith.jpg

礼拝メッセージ「国家的悔い改め」

礼拝メッセージ「国家的悔い改め」(クリックで聴けます)

聖書箇所:ヨナ3章

そこで、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者から低い者まで荒布を着た。このことがニネベの王の耳に入ると、彼は王座から立って、王服を脱ぎ、荒布をまとい、灰の中にすわった。王と大臣たちの命令によって、次のような布告がニネベに出された。「人も、獣も、牛も、羊もみな、何も味わってはならない。草をはんだり、水を飲んだりしてはならない。人も、家畜も、荒布を身にまとい、ひたすら神にお願いし、おのおの悪の道と、暴虐な行いから立ち返れ。もしかすると、神が思い直してあわれみ、その燃える怒りをおさめ、私たちは滅びないですむかもしれない。」ヨナ書3章5−9節

恵み深い主から、再びチャンスを与えられた預言者ヨナは、ニネベに行って主のことばを伝えました。そのとき津波のような衝撃が起こり、上記のような、「国家的悔い改め」が起こりました。

イエス・キリストは、以下のようにニネベの人々の悔い改めに太鼓判を押しておられます。

「ニネベの人々が、さばきのときに、今の時代の人々とともに立って、この人々を罪に定めます。なぜなら、ニネベの人々はヨナの説教で悔い改めたからです。しかし、見なさい。ここにヨナよりもまさった者がいるのです。(マタイ福音書12章41節)」

聖書が語る「悔い改め」とは、向きを変えることです。それは、神に背を向けて生きることを止め、神の方に方向転換をし、神に向かって生きることを意味します。主なる神はあわれみ深い方ですから、向きを変える私たちを、大喜びで迎えてくださいます。

強風で折れた杉戸の杉

強風で折れた杉戸の杉

先日、強風が吹いた金曜日、杉戸キリスト教会横の杉の木が見事に折れてしまいました。人に当たらなくて幸いでした。
けれども、このことがあって、今週残っていた杉の木もすべて切り倒されてしまいました。

現代社会も、ますます風が強まっています。
北島三郎の年輪のように、下にしっかりと根を張り、試練に耐えて年輪を重ねていかなければ、倒される厳しい時代です。

霊肉二元論の克服のために

敬虔のための鍛錬(マタイ4:1-4)
河野勇一(緑キリスト教会牧師・現東海聖書神学塾塾長)
クリスチャン市民の会「アーモンド」No.3より引用

物質文明を謳歌している現代。その豊かさを楽しむ一方で、人間性や心の回復の必要を訴える声があちこちから聞こえてきます。そんな時に、クリスチャンならずともよく引用する聖書の言葉に、「人はパンだけで生きるのではない」があります。これを引用する人は、人間は物質的なものだけでは満たされない精神的・霊的な存在だから、パンによって肉体の必要が満たされるだけでなく、神の言葉によって心(霊)も満たされなければ生きることはできない、と言いたいようです。

しかし、このポピュラーなみ言葉の使い方は、誤った解釈に基づいています。ギリシャ的な霊肉二元論の影響を受けて、パン(物質的領域)と神の言葉(霊的領域)を別々の領域のものと考えているからです。物質も大切だが霊も大切だ、という考え方は、物質の問題は霊の問題とは関係ない、という考えに容易におちいってしまうのです。

荒野での誘惑において、サタンは空腹のイエス様に向かって、「あなたには人人を救うための大事な仕事がある。あなたは生きなければならないし、あなたは神の子で奇蹟を行う能力もある。いま、その力を使って石をパンに変え、そして神から託された仕事をしなさい」と語ったのでした。

それに対する答えとして、イエス様が引用されたのがこのみ言葉で、申命記8章からのものです。そこには、荒野での40年間、食べ物も水もままならない環境の中で、神が天からの食物(マナ)によってイスラエルの民を養われたのは、人は神に養われ、守られ、生かされている存在であるということをわからせるためであった、と書かれています。

ですから、イエス様がこのみ言葉を引用しておっしゃりたかったことは、「サタンよ、黙れ。人はパン自体で生きているのではなく、パンを創造し、それをご配慮によって与える神ご自身のみ言葉によってこそ生かされているのだ。だから、私は自分の力でパンを獲得することはしない。この父なる神のみ心に全てをゆだねて生きるのだ」ということです。ここにおいて二元論は克服され、パンをも含めた一元的な神の支配への信頼が語られています。

このように考えますと、飽食の時代に生きるクリスチャンにもサタンが同じように誘惑の手を伸ばしていることが見抜けてきます。あり余る食料に囲まれて自分のお金で自由に好きなものを選べる私たちの生活から、日毎のパンを主に求める祈りが消えます。また、日毎の糧が主から与えられているという感覚がマヒして、感謝がなくなるのです。

そんな中でのこのみ言葉の二元論的誤用は、物質的な事柄を信仰の範囲外のこととする考えを生み、浪費やぜいたくの是認につながりかねず、サタンの誘惑を助長しこそすれ、これに打ち勝つ力にはならない、と言えるのではないでしょうか。

クリスチャンのシンプルライフ指向が、単なる資源の節約や博愛精神ーそのこと自体、もちろん大切なことですがーに終わらないで、信仰生活に統合されるためには、霊肉二元論的な思考からくる、肉体的・物質的な生活と霊的・信仰的な生活との遊離という誤りを克服しなければなりません。

テモテへの手紙第一(4:1-11)において、パウロも二元論に基づく禁欲主義という悪霊の教えに警告をうながし、すべてのものに感謝する生き方を教えています。

ここでパウロが言う「敬虔のための鍛錬」(4:7)とは、まず、すべてのものが神の口から出たみ言葉によることを理解し、次にそれらを「神のことばと祈りとによって、聖めて」(4:5)用いる生き方のことです。すなわち、ひとつひとつのものを神の目的にしたがってふさわしく、適量、しかも楽しんで用いるところの「感謝の鍛錬」です。その意味で、シンプルライフとは、クリスチャンが「本当に霊的なライフスタイル」を確率するための鍛錬としてとらえるべき信仰のわざなのです。

礼拝メッセージ「祭壇を築く歩み」

礼拝メッセージ「祭壇を築く歩み」

聖書箇所:創世記13章1ー18節

そこは彼が最初に築いた祭壇の場所である。その所でアブラムは、主の御名によって祈った。創世記13:4

私たちの対応によって、「危機」は「危険」にも「機会」にもなり得ます。「試み」は、「つまずきの石」にも「踏み台」にもなり得るのです。

アブラムは「危機」の時、主なる神に身を避けることをせず、エジプトに身を避けました。それは、「祭壇を築いて神に祈る日常」から離れていたアブラムが犯した、致命的誤りでした。その結果アブラムは恐れに囚われ、旅の仲間である家族親族を「危険」へと導いてしまったのでした。

もしもアブラムが「危機」の時、主なる神に身を避けていたなら、つまり、ネゲブの地でも祭壇を築き、主なる神を信頼し、天を見上げ、主の指示を仰いでいたら、どうだったでしょうか。旅の仲間と一緒に神の栄光を見る「機会」が与えられたことでしょう。

「祭壇を築いて神に祈る日常」こそ、キリスト者の生命線であり、「危機」を「機会」とするための最大の備えです。静まって聖書のみことばに耳を傾けること、天を見上げて祈り叫ぶこと、人生の主導権を神に明け渡すこと、自分自身を神にゆだねて祭壇に献げることが私たちの日常となるように、主イエスの御名によって祈り求めましょう。

iTunesのようなポッドキャストの受信ソフトにこのバナーをドラッグ&ドロップすることで、番組を登録できます。詳しくはこちら