礼拝メッセージ「一番大切なこと」

礼拝メッセージ「一番大切なこと」

聖書箇所:コリント人への手紙第一 13章

たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。コリント第一13:2-3

1、愛に生きることこそ、人生の最も有意義な使い方である…愛のない人生は全く価値がありません。愛は絶えることがありません。人生というテストでは、どのように愛したかが評価されます。ですから、愛することを人生最大の目的とすべきです。

2、愛を示す最善の方法は、一緒に時間を過ごすことである…「愛」を他の言葉で言い換えると、「時間」です。時間こそ、あなたが与えることのできる最高の贈り物です。時間を与えることなく愛することはできません。

3、愛を実践する最良の時は、今である…状況は変わり、子どもは成長し、人は死にます。明日がやって来るという保証はありません。ですから、今が愛を示す最良の時なのです。

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礼拝メッセージ「神の家族」

礼拝メッセージ「神の家族」

聖書箇所:エペソ人への手紙 2章

こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。エペソ人への手紙2:19

あなたは神の家族となるために造られました。これが人生を導く第二の目的です。

主イエスは、罪の中に死んでいた私たちのためにバプテスマ(洗礼)をお受けになり、十字架の道を歩まれました。復活の主は、信じてバプテスマを受け、神の家族に属して生きよと言われます。

バプテスマは救いを受ける手段ではありません。バプテスマは、信仰によって救われ、キリストの弟子とされた者が受けるべきものです。バプテスマには以下の3重の意味があります。

1、葬式・誕生式…キリストとともに葬られ、ともによみがえったことを心と体に刻む。

2、契約式・入会式…生涯キリストと共に歩むことを誓い、公に神の家族の一員となり、共に生きる。同じ神によって選ばれ、呼び集められた神の家族として、共に生きることが聖書的生き方です。

3、任命式・派遣式…すべてのクリスチャンは、祝福の基、世の光、地の塩、キリストの大使として任命され、生活の場に、この世界に遣わされます。

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礼拝メッセージ「神に喜ばれる礼拝」

礼拝メッセージ「神に喜ばれる礼拝」

聖書箇所:マルコ福音書12章28ー34節

イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』マルコ福音書12:29-30

主イエスは良きサマリア人のように、心、思い、知性、力を尽くして神に敵対するあなたを愛し、あなたのために献身し、十字架の苦しみを通って復活されました。先行する神の恵みに応答し、神に喜ばれる礼拝をささげるため、以下のことを覚えましょう。

1、心(ハート)を尽くして、主を愛せよ
 心ここにあらずでなく心を込めて、真心から、本気で礼拝することを神は喜ばれます。

2、思い(ソウル)を尽くして、主を愛せよ
 魂の叫びとして、情熱的に、感情を込めて礼拝することを神は喜ばれます。

3、知性(マインド)を尽くして、主を愛せよ
 思考を停止させず頭でよく考えること。正しい神観と教理をもって礼拝することを神は喜ばれます。

4、力を尽くして、主を愛せよ
 自分のからだを生きた供えものとしてささげる、実際的で能動的な礼拝を神は喜ばれます。

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08 Father’s Day 父の日歓迎礼拝メッセージ「神の親友」

08 Father's Day

礼拝メッセージ「神の親友」

聖書箇所:ヨハネ福音書15章1ー27節

人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。ヨハネ福音書15:13-14

「What a friend we have in Jesus」という賛美歌は、日本では「いつくしみ深き(讃美歌312番)」や「罪とがを荷のう(聖歌607)」という名で親しまれています。ジョセフ・スクライブンという方が、深い悲しみの中で詞を書き、チャールズ・C・コンバースが作曲しました。この歌は、深い悲しみに打ちひしがれる時にも、心躍る喜びの時にも、歌うことの出来る曲です。以下、野町試訳。

『なんと素晴らしい友だろうか、イエス様あなたは!私たちのすべての罪や悲しみを、背負ってくださるのだから。なんと素晴らしい特権だろうか、祈りのうちに、神にすべての悩みを打ち明けることができるとは!

ああ。なんとよく私たちは心を騒がせてしまい、なんとしばしば、味わう必要のない痛みを味わうのか。すべては、私たちが祈りのうちに、神にすべての悩みを打ち明けないことによるのだ。』

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礼拝メッセージ「礼拝の心」

礼拝メッセージ「礼拝の心」

聖書箇所:ローマ人への手紙12章1ー21節

そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。ローマ人への手紙12:1

                
使徒パウロは、神に愛されている私たち一人一人に向かって、上記のように懇願しています。

なぜなら、ただ神のあわれみのゆえに、ただキリストの身代わりの十字架のゆえに、神は私たちの汚れたからだを聖なるものとしてくださり、喜んで受け入れてくださるからです。

本来神のものであり、買い戻されて(贖われて)再び神のものとされた私たちのからだを、生きた供え物として日ごとに神におささげする。神のものである私たちのからだを、日ごとに十字架の釘のあとがある御手に委ねる。これこそ理にかなった、神に喜ばれる霊的な礼拝です。

礼拝の心は、降伏することにあります。それは自分の限界を認め、神を信頼し、人生の主導権をめぐって神と格闘することを止めることです。降伏を通して、解放と勝利と平安がもたらされます。神に降伏して自分自身を神に明け渡す時、私たちの個性は初めて息を吹き返します。

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礼拝メッセージ「神を微笑ませるもの」

礼拝メッセージ「神を微笑ませるもの」

聖書箇所:創世記6章1ー22節

ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。創世記6:9

ノアは神に喜ばれる人の具体的モデルです。神を微笑ませる5つの原則を、ノアから学びましょう。

1、何よりも神を愛する時、神は微笑まれる

  神は情熱をもってあなたを愛しておられ、
  あなたがその愛に応えるのを心から願っておられます。

2、心から神を信頼する時、神は微笑まれる

  心から神を信頼するということは、
  神は自分の人生の最善を一番よくご存じだと信じることです。

3、心から神に従う時、神は微笑まれる

  従順は神に対する愛と信頼を証明するものです。

4、神をほめたたえ感謝する時、神は微笑まれる

  神が私たちのためにしてくださったことを喜び、
  それを神に表す時、喜びは双方に満ちあふれます。

5、自分の能力を発揮する時、神は微笑まれる

  あなたがあなたらしく、預けられた賜物を用い、
  いきいきと生きるなら、神は微笑まれます。

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礼拝メッセージ「神の喜びのために」

礼拝メッセージ「神の喜びのために」

聖書箇所:ヨハネ福音書4章1ー26節

しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。ヨハネ福音書4:23-24

サマリヤの女は、拝むように異性を慕い求めた結果、井戸で水をくむにも人目を避けていました。しかしイエス・キリストとの出会いが、彼女の人生を変えました。砂漠のように渇いていた彼女は、ついにオアシスを見出すことができたのです。

主イエスは言われます。『わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。』、『だれでも渇いているなら、わたしのもとにきて飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。』

主イエスのもとにきて、キリストが与える水を飲む。その時、生ける水の泉、愛の源である御霊が与えられ、神にあって憩い、満ち足り、心から神を喜び慕う者とされます。神が喜んでくださる、霊とまことによる真の礼拝者とは、そのような人のことです。

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