聖書と祈り会資料2018-05-16

May 16, 2018
日本同盟基督教団・杉戸キリスト教会
聖書と祈り会資料

OMFインターナショナルによると、日本の牧師は約90%が50歳以上となっている。

日本の牧師の年齢層

日本同盟基督教団・関東宣教区の正教師・補教師は、50歳以上は約35%(50歳以下は65%)となっている。

教会員・信徒も似たような割合だろうか?
日本国際ギデオン協会の会員のデータを見ると、50歳以上は92.83%。50歳以下は7.16%である(2018年5月1日現在)。

ギデオンの年齢構成

日本基督教団では「教団2030年問題」が言われている。このままだと12年後の2030年には、信徒数は今の約1/3に減るという問題である。

教団2030年問題

関東宣教区はどうだろうか?
アンケートに協力してくださった11教会の信徒の平均年齢は62歳5ヶ月。50歳以上は72%である。

杉戸キリスト教会はどうだろうか?
牧師47歳、52名の信徒平均年齢61歳4ヶ月。50歳以上は68%。
30代未満 2%(1人)
30代  13%(7人)
40代  17%(9人)
50代  10%(5人)
60代  21%(11人)
70代以上37%(19人)  

総論的に超高齢化していく教会を今度どうしたらよいのか。教会の内なる閉鎖的なサブカルチャー(ある社会に支配的にみられる文化に対し,その社会の一部の人々を担い手とする独特な文化)を見直す視点が必要となる。たとえば、教会において高齢化が世間一般よりも進むのは、次世代への継承と伝道に困難を覚えているからである。その要因を作っているのが、教会に長く在籍している年配者の慣習、しがらみ、礼拝形式へのこだわりだったりすることがよく指摘される。とはいえ、教会ごとに異なる課題がある。

それからイエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいを癒やされた。また、群衆を見て深くあわれまれた。彼らが羊飼いのいない羊の群れのように、弱り果てて倒れていたからである。そこでイエスは弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫の主に、ご自分の収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」
マタイの福音書 9章35~38節 聖書 新改訳2017

収穫は多いと聖書は教えている。収穫の主よ!収穫のために働き手(祈り手、とりなし手)を送ってください!

杉戸キリスト教会地図2016

新しい創造

新しい創造

杉戸キリスト教会地図2016

経済の意味

経済の意味

杉戸キリスト教会地図2016

小さいものたちへの愛

小さいものたちへの愛

杉戸キリスト教会地図2016

CHAPEL OF SUGITO CHRIST CHURCH

CHAPEL OF SUGITO CHRIST CHURCH

子ども祝福式礼拝メッセージ「独身と結婚」

子ども祝福式礼拝メッセージ「独身と結婚」(クリックで聴けます)

聖書箇所:1コリント7章32−40節
2013年11月10日に杉戸キリスト教会にて
メッセンジャー:野町真理(のまちしんり) 杉戸キリスト教会牧師

今日は礼拝の中で、子ども祝福式があります。
初めての方も、よく来てくださいました。あなたを心から歓迎します!
あなたの上に、神さまの祝福が、溢れ出すほど豊かに、ありますように。

今日は、「独身と結婚」という題でお話をします。
独身でも結婚でも、美しく歩める秘訣を、ぜひお伝えしたいと思っています。

独身か結婚か。結婚するのか、しないのか。
結婚については、大人になる前から、よーく神さまに祈り、自分でもよーく考えるべきこと。
とても大切なことだからです。
(できれば二十歳になる前から、小学生や中学生や高校生の時から)
もし結婚するなら、本当に素敵な旦那さま、もしくは素敵な花嫁さんと結婚できますように。

さて、もしあなたのお父さんお母さんが、結婚しなかったとしたら、
どうなっていたでしょうか?

あなたは、今ここに、いないかもしれません。・・・

本論:独身でも結婚でも、美しく歩める秘訣は、
   神を神とすること、神を第一とすること、
   どうしても必要なことを最優先することにある。

32 あなたがたが思い煩わないことを私は望んでいます。
  独身の男は、どうしたら主に喜ばれるかと、主のことに心を配ります。
33 しかし、結婚した男は、どうしたら妻に喜ばれるかと 世のことに心を配り、
34 心が分かれるのです。
  独身の女や処女は、身もたましいも聖くなるため、主のことに心を配りますが、
  結婚した女は、どうしたら夫に喜ばれるかと、世のことに心を配ります。
35 ですが、私がこう言っているのは、
  あなたがた自身の益のためであって、
  あなたがたを束縛しようとしているのではありません。
  むしろあなたがたが秩序ある生活(美しい姿で)を送って、
ひたすら(違う方向に引っ張られることなく)
  主に奉仕できる(美しく、かたわらに、とどまる)ためなのです。