今年もいよいよクリスマスを待ち望む待降節・アドベントを迎えます。
杉戸キリスト教会では、日曜朝10時過ぎから賛美と祈りを始めます。
10時半から朝の礼拝(ワーシップ)の時を持っています。
夕礼拝は夜8時から9時です。
どなたでもお集いください。
あなたの上に、JESUSの愛が豊かに満ちあふれますように。
「キリスト論」カテゴリーアーカイブ
十戒 先行する恵みによって救われたから December 1, 2024
「十戒 先行する恵みによって救われたから」December 1, 2024
十戒において、最も大事なのは、
「わたしは、あなたをエジプトの国、
奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。」
という序文です。
序文には、先行する恵みが語られています。
先行する恵みとは、あなたが神を愛する前に、まず神があなたを愛してくださり、
まず神があなたを救ってくださったという恵みです。
十戒は、先行する恵みによって救われた者に語られています。
ですから、十戒を守れば救われるという考え、
良い行いによって救われるという考えは間違いです。
先行する恵みによって救われた者に、十戒は語られています。
十戒の前半は神との垂直の関係、後半は隣人との水平の関係です。
ちょうど十字架の縦棒と横棒のようです。
そして、「まず縦棒、それから横棒自ずから」と覚えてください。
まず神との垂直の関係が回復するなら、隣人との対人関係も回復します。
まずあなたを愛された神を愛するなら、
隣人を愛することができる者に変えられるのです。
わたしは、あなたをエジプトの国、
奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。
(だから)
1、あなたには、わたしのほかに、
ほかの神々があってはならない。
2、あなたは、自分のために、
偶像を造ってはならない。
3、あなたはあなたの神、
主の御名を、みだりに唱えてはならない。
4、安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。
5、あなたの父と母を敬え。
6、殺してはならない。
7、姦淫してはならない。
8、盗んではならない。
9、あなたの隣人(となりびと)に対し、
偽りの証言をしてはならない。
10、あなたの隣人の家を欲しがってはならない。
(旧約聖書 出エジプト記20章、申命記5章参照)
使徒信条 われは三位一体の神を信ず November 30, 2024
「使徒信条 われは三位一体の神を信ず」November 30, 2024
2000年の歴史を持つキリスト教会には、
使徒信条と呼ばれる信仰告白がある。
使徒信条は、「われは信ず」という表現で、
三位一体の神に対する信仰を以下のように告白する。
われは天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
われはそのひとり子、われらの主、イエス・キリストを信ず。
主は聖霊によりてやどり、
おとめマリヤより生まれ、
ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、
十字架につけられ、死にて葬られ、よみにくだり、
三日目に死人の内よりよみがえり、天にのぼり、
全能の父なる神の右に座したまえり。
かしこより来たりて生ける者と死ねる者とを裁きたまわん。
われは聖霊を信ず。
聖なる公同の教会、聖徒の交わり、
罪のゆるし、からだのよみがえり、とこしえの命を信ず。
アーメン
父なる神(天地の造り主、全能の父なる神)、
子なるイエス・キリスト(そのひとり子、われらの主、イエス・キリスト)、
そして聖霊なる神(御霊とも言われる)。
三人の神々が存在するのではなく、
父、御子、聖霊が、深い絆によって一体になっておられる唯一の神。
The Bibleの中には、三位一体という言葉は使われていない。
しかし、
The Bibleによって、三位一体の神が、ご自身をそのように啓示している。
罪のゆるし、からだのよみがえり、とこしえの命。
これがJESUSを信じる時に与えられる3点セット。
聖書と祈り会2024-11-27 ゼカリヤ書を読む③ゼカリヤの福音
2024年11月27日の聖書と祈り会メッセージ。ゼカリヤ書を読む③ゼカリヤの福音。
聖書はゼカリヤ書3章1−10節。
聞くドラマ聖書はこちらhttp://graceandmercy.or.jp。
資料はこちらhttps://flic.kr/p/2qwAQGK
メッセージの不思議 November 27, 2024
「メッセージの不思議」November 27, 2024
私が拙いメッセージを語ると、
ある人は生ける神に出会って洗礼を受ける決心をし、
ある人は神との深い交わりが与えられて賛美しながら帰り、
ある人は恵まれないといってつぶやきながら立ち去る。
まったく同じメッセージなのに、
どうしてそのような違いが生じるのか?
JESUSが種蒔きのたとえで語られている通り。
私たちの心の状態が違いを生む。
だからJESUSは言われる。
「聞く耳のある者は聞きなさい。」
種を蒔く人が種蒔きに出かけた。
蒔かれる種とは神のことば。
ある種は道端に落ちた。
しかし踏み固められた道端のような硬い心では、
みことばが根を張る余地がなく、
やがて鳥に食べられてしまう。
別の種は土の薄い岩地に落ちた。
表面的にはみことばを受け入れるが、
自分が一番正しいという固い岩盤があるので、
深く根を張ることができず、
やがて枯れてしまう。
別の種は茨の中に落ちた。
茨とは金銭欲やこの世の思い煩い。
せっかく芽を出したのに、
茨が伸びてふさいでしまい、
実を結ぶには至らない。
しかし別の種は良い地に落ちた。
すると芽生え、育って実を結び、
三十倍、六十倍、百倍になった。
良い地とは、柔らかで素直な心。
JESUSが私たちの心を砕いて、
柔らかで素直な心を与えてください!
生ける神のみことばを慕い求める心、
へりくだって聞く耳、
ひざまずいて祈る心を与えてください!
神のことばが、しっかりと根を張り、
私たちの心が変えられ、
生活が変えられ、
生き方が変えられ、
三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶことができますように。