聖書の神は、万事を働かせて、危機を機会に、変えてくださいます。
杉戸キリスト教会では、水曜14時からと20時から、聖書と祈り会を行います。マスクをしてお集いください。祈ってほしいことなどがありましたら、祈りのリクエストもお寄せください。義人は祈りによって生きます。
何も変わらないように思える時が、何年も続くことがあります。
しかしわずか数日で、
すべてが変わってしまうこともあります。
主なる神によって風が吹く時、
そのようなことが今も起こります。
2023年8月16日の聖書と祈り会メッセージ。使徒の働き62 風が吹く時。聖書は使徒の働き25章1−12節。
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杉戸キリスト教会では、水曜14時からと20時から、聖書と祈り会を行います。マスクをしてお集いください。祈ってほしいことなどがありましたら、祈りのリクエストもお寄せください。義人は祈りによって生きます。
「私の信仰の歩みと杉戸キリスト教会」マクドエル・デービッド(2023/08/13)
杉戸キリスト教会の皆様、教会の70周記念おめでとうございます!今日まで、神様がこの教会を守り導き、そして、用いたことを心から感謝して、これからも、教会が主の再臨まで忠実にあり続けるように祈っています。ここに、この教会が私の信仰の歩みに大きな影響と励ましを与えたことについて証いたします。
2012年の4月から、私は杉戸町の隣にある宮代町でALT(英語の補教師)として勤め始めました。以前にも、私は2年間日本で暮らしました。アメリカでクリスチャンホームに育ちいつも教会に行きましたが、日本では一回も教会の礼拝に行くことも、求めることも考えなかったです。しかし、ちょうどイースター前の日曜日、町役場への道に迷い、杉戸キリスト教会を見つけて、道案内を願いました。野町真理先生が道を案内してくださって、その後、礼拝に誘いました。イースター礼拝へは、参加することが恥ずかしくて、行きませんでしたが、次の主日から、礼拝に参加しました。
あまり日本語を理解できなかった私を、どれほど教会は歓迎してくださったかを覚えています。礼拝の後、愛餐会があり、いつもとてもおいしいうどんを食べられ、ほぼ最初に礼拝に参加した時から、午後の青年会に誘われて、皆さんと一緒に英語と日本語の賛美を練習するようになりました。不思議と、求められていなかったですが、それから、ほとんど毎週礼拝に参加して、どんどん教会の皆さんを知るようになりました。愛餐会の交わりや、青年会の参加から、皆さんの信仰生活が見えるようになり、教会の愛と信頼の関係も見えるようになりました。残念ながら、説教をあまり理解できなかった日が最初は多かったですが、皆さんの交わりはとても印象深いものでした。自分の弱さ、信仰の試練について話す人が多かったですので、自分の悩みや不安も先生と教会の兄姉たちと話せるようになりました。
また、アメリカ人であっても、少しずつ教会は私を奉仕と委員会に加えて、教会イベントに参加したり、日曜学校の教師の奉仕や礼拝の賛美チームにも加えられたりして、あっという間に教会のメンバーになれたように感じました。杉戸キリスト教会の礼拝と交わりによって、私は神様の家族に入っていると感じるようになりました。教会籍がなくても、私は多くの教会のイベントに参加するようになり、数か月後、日曜日は朝9時から夜9時までに教会で過ごすようになりました。
また、聖書をもっと読んで、やっと聖書全書を読んで神様の愛のメッセージを理解できました。もちろん、アメリカの教会でも、神様について学びましたが、自分の信仰に自信がなく、本当に信じているのかと疑い、不安ばかりでした。しかし、私の信仰の成長のために神様は杉戸キリスト教会を与えてくださいました。クリスマス会で、きよしこの夜を「きよしの夜」と言い間違えて紹介しても、日曜日のCSの話があまりうまく説明できなくても、いつも励ましてくださり、奉仕の感謝と喜びを一緒に分かち合ってくださいました。もっと神様のために働きたかった時、教会は建物を開き、週3回英会話を行える場所になりました。少しずつ、私の信仰が強められ、もっと神様のために働きたくなり、もっと神様を知りたいと、野町先生と役員会のメンバーと相談して、神学校を調べ始めました。
また、その時、教会員であった前原将太先生と栄姉が私の成長を見て、結婚相手を紹介してくださいました。教会が結婚式をしてくださり、私と妻をメンバーとして歓迎しました。教会も、私たちも神様の喜びと感謝を感じました。そして、2014年に神様から神学校に行く確信を得た時、杉戸キリスト教会が私を派遣すると承認し、いつも祈りによって支えてくださいました。東京基督教大学に入学した2016年には、神学生として受け入れてくださいました。説教中に緊張と疲れで講壇から倒れても、教会は支えて、祈りました。それを通して、神様の愛をはっきり感じました。
現在、私は杉戸キリスト教会から別の場所に派遣されています。しかし、私がまだ神様を求めていなかった時に、神様が私のために杉戸キリスト教会に導き、信仰を守り育てってくださったことをいつも覚えて、感謝を捧げます。また、それは私だけのためではなく、この教会を通して、70年の間、多くの兄弟姉妹を励まして、慰めて、救いに導きました。杉戸キリスト教会によって、私は神様がどれほど私を愛して、認めて、守ってくださり、どれほど神様は私のために良い将来を備えてくださったかを体験しました。神様の良い計画は、私たちがまだそうとは気づかないところから、すでに始まっていて、続いていきます。杉戸キリスト教会は、私のためにそのように用いられました。
そして、神様は今も、御国のために杉戸キリスト教会を用いています。これからも、教会と主を愛する私たちも用いられるよう、期待して願っています。主の御恵と愛と御霊が皆さまの上にありますように。「どうか、私たちのうちに働く御力によって、私たちが願うところ、思うところのすべてをはるかに超えて行うことのできる方に、教会において、またキリスト・イエスにあって、栄光が、世々限りなく、とこしえまでもありますように。アーメン。」エペソ3章20-21節
日本には、死は終わりであるという考えとともに、死は終わりではないという考えも少しはあります。ちょうど今はお盆の時期です。お盆やお墓参り。これらは、死んだ人の霊を慰めたり、供養するために行われる行事です。死後の世界があり、死は終わりではないという考えに基づいています。生まれ変わり・輪廻転生(りんねてんしょう)という考えもある。けれども、普通日本では、死んだ人が同じ人として生き返るとはまず考えない。だから死は、「永眠」とか「永遠の別れ」などと表現されます。
しかし、本の中の本と呼ばれる聖書は、「死者の復活はある!」「死は終わりではない!」という実話・本当の話を語っています。過去、現在、未来において、かつて本当にあったこと、今本当にあること、やがて本当に起こること。聖書はそのような実話を語っています。うそつきの作り話や空想話ではありません。
今日もそのような聖書のメッセージに耳を傾けましょう。新約聖書、ローマ人への手紙、6章、9−11節のみことばです。
日本同盟基督教団・杉戸キリスト教会の礼拝は8月13日(日)10時半からと20時からです。マスクをしてお集いください。後からホームページで配信も行います。
2023年8月9日の聖書と祈り会メッセージ。使徒の働き61 純真な求道心と下心。聖書は使徒の働き24章22−27節。
聞くドラマ聖書はこちらhttps://graceandmercy.or.jp/app/。
資料はこちらhttps://flic.kr/p/2oUDp3Y