Terminator

Fri, 24 Jul 2009 11:47:29 JST (2923d)

映画「ターミネーター4(Terminator 4 Salvation)」を見て

先日、日本国内で臓器移植を積極的に推進するために、「脳死は人の死である」という重大な宣言が、日本の国会で可決された。人間を機械のように見る現代社会にあって、映画「ターミネーター・サルベーション」はタイムリーな映画だと覚えます。

以下、ネタバレ要注意!!!

<1>ターミネーターから人間論を問う

「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。」

最初からいきなり聖書の言葉が登場!(詩篇23篇)

サイバーダイン社への献体に同意するサインをした死刑囚が死刑にされるシーンで、詩篇23篇が朗読される。

彼の体は切り刻まれ、心臓と脳以外はすべて機械(マシーン)に変えられる。脳にもチップを埋め込まれる。

そうなった彼は人間なのか、それとも機械なのか?

本人は自分は人間だということを心底信じている。しかし彼はメタルフレームの足にマグネット式地雷が吸い付き、吹っ飛ばされることによって負傷する。手当された後、体のほとんどがマシーンであるという驚愕の事実を、彼は知らされることになる。

人間とは何か(人間論)を深く考えさせられる映画だ。

高度に工業化されたマスプロ社会にあって、人間を機械のように見てしまう危険がある。特に昨今、臓器移植などが実際に行われるようになって、そのような思想が形を変えて見え隠れしている。

まるで機械の部品を交換するかのような臓器移植がなされている。そのために臓器が高額で商品のように売買される危険にもさらされている。時には生の臓器ではなく、機械で造られたパーツが人体に埋め込まれていくこともある。その延長線上にこの映画はある。

また、もし人間を「どれだけ仕事ができるか」という点だけで評価するなら、やはり人間機械論の中に囚われてしまう。即戦力、実戦力だけを求めるようになる。それは機械のように効率よく、文句も言わず黙々と仕事をこなす実利的人間を求めることに他ならない。

そうなると、雇われる側も、必死になって自分の能力を売り込むパフォーマンスをすることになる。まさに人間オークションのような恐ろしい世界がそこに産み出される。

そうなると、幼子や高齢者、あるいはハンディキャップを持った者や病人は、当然の如く価値がないと見られてしまう。

今仕事ができ、有能と評価される人であっても、もし体や心が壊れてしまったら、あるいは雇い主の思い通りに動く従順なロボットのようでなければ、まるで歯車の一つのように使い捨てにされてしまう。実際、貧困労働層はまさに機械人間のように十分なメンテナンスもなく酷使され、そして壊れたら使い捨てにされている。そして新しい部品に交換するがごとく、別の人間による穴埋めがなされ、新たに消費されていく。

聖書が語る人間とは?

神のかたちに似せて創造された最高傑作(マスターピース)、創造の冠

1、地のちりから形造られ、神の息(神の霊、いのちの御霊)を吹き込まれて生きるようになった(LIVE)存在。

2、神のかたちが刻印され、神によって価値あるものとされた存在。神の代理として、地を正しく統べ治めることを使命(目的)として委託された存在。

わたしの目に、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。イザヤ43:4

3、神との絆、人との絆、関係の中に共に生きるようにされた存在。

<2>ターミネーターから救済論を問う

サルベーション=救済、救い

何からの救い? 人類絶滅からの救い。 スカイネットとマシーンの暴走からの救い。

いのちの回復という救い 価値の回復という救い 絆の回復(関係の回復)という救い

<3>ターミネーターからキリスト(救い主)論を問う

戦いの最前線にいる私たちの所に来て、「死にたくなければ私についてきなさい」と声をかけて救いへと招き、守り、助ける者

自らをターミネートすることによって悪をターミネートし、救いをもたらそうとするターミネーター(2作目)

私たち人間の罪を完全にターミネイトし、救いをもたらすために、罪のない神のひとり子、イエス・キリストが、ご自分を十字架の上でターミネイトしてくださった。

人間でもありマシーンでもあるという存在を生かしてスカイネットに入り込み、人類を救おうとする者(4作目)

自らの心臓を提供することによって、ジョン・コナーを救おうとする者(4作目)

<4>ターミネーターから終末論を問う

ターミネーターには、終末論的危機意識と命がけの戦いが絶えず描かれる。そして世の終わりについて真剣に語っても、精神異常者だと見なされる苦しみと孤独な戦いが2作目やサラコナークロニクルズなどでは描かれる。この世に遣わされているキリスト者の思いと通じるものを感じる。

真のターミネーター

「ターミネーター」とは、「何かを終わらせる者」という意味の言葉です。いのちを終わらせるということなら「殺す者」とか「中絶する者」。雇用を終わらせるということなら「解雇する者」となります。

人間は恐ろしいターミネーターになり得ます。それは、人間が神のようになろうとして一線を越える時に起こります。人間が一線を越えるその時、人は自分の心の中で、まず神を殺します。そうすると、自分にとって都合の悪いものはすべて抹殺しようとする、恐ろしいターミネーターの誕生となります。

しかし聖書は、すべてをご自分の栄光のために創造し、すべてを始められた主なる神こそが、すべてのものを終わらせることのできる真のターミネーターであると語っています。

主なる神の厳粛な裁きや世の終わりについて真剣に語っても、神を恐れない人には、それは冗談のようにしか聞こえないでしょう。しかし聖書は、「この天地は滅び去る。人間には一度死ぬことと死後に神のさばきを受けることが定まっている。だから、あわれみ深い神の御腕の中に逃れよ!」と警告し続けています。

続く。