カテゴリー: BIBLE
登山だけが危険なのか?
登山だけが危険なのか?
来年映画化が決定された石塚真一さんの漫画「岳」(小学館)に描かれているように、登山はとても素晴らしいけれども確かにリスクがあり、危険が伴うことは間違いない。最悪の場合には命を失うこともある。けれども、登山だけが危険なのだろうか。
例えばこの夏に自宅や平地にいて、どれだけの人が熱中症で搬送されたり、命を失っただろうか。平地における危険は熱中症だけではない。交通事故、病気、殺人事件、虐待、中絶、いじめ、自殺などで、いったいどれだけの人がこの夏、平地で命を失ったであろうか。
危険は山だけにあるわけではない。危険はいつも身近な所にある。死の陰の谷は、確かに生活の場に存在する。しかしそこに最高のレスキュー隊員であられる主イエス・キリストが、良き羊飼いとしてともにおられるなら、どこにいても恐れる必要はない(旧約聖書詩篇23篇参照)。
by のまちゃん牧師(杉戸キリスト教会)
MBC八ヶ岳縦走キャンプ2010夏
父の日歓迎礼拝メッセージ「父の涙」
聖書箇所:使徒の働き25章13-27節
私としては、彼は死に当たることは何一つしていないと思います。しかし、彼自身が皇帝に上訴しましたので、彼をそちらに送ることに決めました。使徒25章25節
パウロの生き様は、くっきりと主イエスの姿を描き出しています。ゴスペルシンガー岩渕まことさんが作詞作曲した歌の中に、「父の涙」という素晴らしい歌があります。父なる神とひとり子主イエスの姿を描き出しているその詩を、以下に引用します。
一、心にせまる父の悲しみ
愛するひとり子を十字架につけた
人の罪は燃える火のよう
愛を知らずに今日も過ぎてゆく
十字架からあふれ流れる泉
それは父の涙
十字架からあふれ流れる泉
それはイエスの愛
二、父が静かに見つめていたのは
愛するひとり子の傷ついた姿
人の罪をその身に背負い
父よ彼らを赦して欲しいと
十字架からあふれ流れる泉
それは父の涙
十字架からあふれ流れる泉
それはイエスの愛
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礼拝メッセージ「カイザルへの上訴」
聖書箇所:使徒の働き25章1-12節
もし私が悪いことをして、死罪に当たることをしたのでしたら、私は死をのがれようとはしません。しかし、この人たちが私を訴えていることに一つも根拠がないとすれば、だれも私を彼らに引き渡すことはできません。私はカイザルに上訴します。使徒25章11節
使徒の働きの時代、地中海沿岸諸国はローマ帝国の統治下にありました。エルサレムもローマ統治下にあり、州総督によって統治されていました。
ペリクスに代わってフェストが州総督として着任した時、牢につながれたまま2年間放置されていたパウロは、改めて取り調べを受け、カイザル(ローマ皇帝)に上訴することになりました。
歴史を導かれる主なる神は、時の為政者をも用い、世界の中心であったローマに福音を届ける道を開いていかれたのでした。
ローマによって当時の世界はグローバルな国際社会となっていました。ローマによって統一と平和がもたらされ、ローマによってかつての国境を越える交通網(道)が整備されたのです。
しかしそこに住んでいた人々は混迷を極めていました。夢破れて絶望し、イエス・キリストの福音を必要としていました。その状況は今も同じです。羊飼いのいない羊のような数え切れない人々が、今も福音が届けられるのを待っているのです。
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礼拝メッセージ「一時的預かりもの」
聖書箇所:使徒の働き24章1-27節
また、義人も悪人も必ず復活するという、この人たち自身も抱いている望みを、神にあって抱いております。そのために、私はいつも、神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、と最善を尽くしています。 使徒24章15-16節
死後に義人も悪人も必ず復活し、やがて来る審判において、一時的に神から預かった地上の人生をどう生きたかが問われる。パウロは、そのことをいつも覚えて、毎日最善を尽くして生きていました。
1、人生は一時的である
主よ。お知らせください。私の終わり、私の齢が、どれだけなのか。
私が、どんなに、はかないかを知ることができるように。
詩篇39篇4節
2、人生は神からの預かりものである
そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。
そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、
地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。
創世記1章26節
3、人生はテストである
神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。
神である主は、人に命じて仰せられた。
「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。
しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。
それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」
創世記2章15-17節
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礼拝メッセージ「パウロの護送」
聖書箇所:使徒の働き23章12-35節
そしてふたりの百人隊長を呼び、「今夜九時、カイザリヤに向けて出発できるように、歩兵二百人、騎兵七十人、槍兵二百人を整えよ。」と言いつけた。また、パウロを乗せて無事に総督ペリクスのもとに送り届けるように、馬の用意もさせた。使徒23章23-24節
夜が明けると40人以上のユダヤ人が、パウロを殺してしまうまで飲み食いしないと誓い合いました。パウロ暗殺計画が話し合われていた時、パウロの姉妹の子がそれを耳にし、パウロにそれを知らせました。パウロは百人隊長を呼んで、その青年を千人隊長のところに連れて行くように頼みました。
その結果、上記のように武装した470人の兵士たちによって、パウロは無事にカイザリヤに護送されることになりました。
パウロに対する主なる神のお取り扱いを通して、私たちに対する主なる神のお取り扱いを覚えることができます。
主よ、感謝します!なぜならあなたは、私たちを鍛え上げるために、私たちを育て上げるために、苦しみや痛みの中を通されるからです。そしてあなたは真実な方ですから、私たちを耐え忍ぶことのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道(出口)も備えてくださいます。(ヤコブ1章2-4節、1コリント10章13節参照)
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礼拝メッセージ「地の果てまでも」
聖書箇所:使徒の働き13章42ー52節
『わたしはあなたを立てて、異邦人の光とした。あなたが地の果てまでも救いをもたらすためである。』使徒13章26節
聖書には、「神の選び」と「人間の応答責任」という2つの真理が教えられています。
48節には「永遠のいのちに定められていた人たちは、みな、信仰にはいった。」と語られ、神の選びを教えています。
46節では、「あなたがたはそれを拒んで、自分自身を永遠のいのちにふさわしくない者と決めたのです。」と語られ、人間の応答責任を教えています。
レスポンスするアビリティ、応答する能力がある時、責任が問われます。地の果てまでも救いをもたらすために、神は異邦人にも十字架のことばに応答する能力を与えてくださるのです。
09クリスマスイブ燭火礼拝メッセージ「クリスマスはだれのため?」
クリスマス礼拝メッセージ「送られた救いのことば」
聖書箇所:使徒の働き13章13ー41節
兄弟の方々、アブラハムの子孫の方々、ならびに皆さんの中で神を恐れかしこむ方々。この救いのことばは、私たちに送られているのです。使徒13章26節
世界で最初のクリスマスに、神は救いのことばを、私たちに送ってくださいました。それは世界で一番素晴らしい贈り物(ギフト・プレゼント)です。
この贈り物は、あなたにも送られています。ギフトですから、代金引換でも着払いでもありません。ただ感謝して受け取ればいいのです。
なぜなら代金は送り主である神御自身が、あなたに代わってすべて支払ってくださったので、支払い済みなのです。
この贈り物については、エペソ人への手紙の2章8-9節に以下のように書かれています。
『あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物(ギフト)です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。』