礼拝メッセージ「新しい勇気と風格」

礼拝メッセージ「新しい勇気と風格」

聖書箇所:創世記14章1ー24節

彼はアブラムを祝福して言った。「祝福を受けよ。アブラム。天と地を造られた方、いと高き神より。あなたの手に、あなたの敵を渡されたいと高き神に、誉れあれ。」アブラムはすべての物の十分の一を彼に与えた。創世記14:19-20

教会は、地上を旅する神の民である以上、蚊帳の外で生きることはできません。悪が現実に存在する地上を旅する限り、艱難や戦争に巻き込まれます。

ソドムに住んでいた自分の親類、おいのロトたちが略奪されたという知らせを聞いた時、新しい勇気を授かったアブラムは、しもべたちを召集して悪に立ち向かいます。そしてアブラムは見事戦いに勝利し、ロトたちを救出したのでした。

その時、シャレムの王であり、いと高き神の祭司、メルキゼデクがアブラムに現れ、上記のような言葉をもってアブラムを祝福しました。アブラムは、神の恵みに応答して、感謝とともにすべての物の十分の一をメルキゼデクに献げました。

ソドムの王は高慢な態度をもってアブラムを迎えましたが、アブラムは風格高き態度をもってソドムの王に応じました。

新しい勇気と風格を与えてくださるアブラハムの神に、賛美と感謝を心から献げましょう。

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礼拝メッセージ「祭壇を築く歩み」

礼拝メッセージ「祭壇を築く歩み」

聖書箇所:創世記13章1ー18節

そこは彼が最初に築いた祭壇の場所である。その所でアブラムは、主の御名によって祈った。創世記13:4

私たちの対応によって、「危機」は「危険」にも「機会」にもなり得ます。「試み」は、「つまずきの石」にも「踏み台」にもなり得るのです。

アブラムは「危機」の時、主なる神に身を避けることをせず、エジプトに身を避けました。それは、「祭壇を築いて神に祈る日常」から離れていたアブラムが犯した、致命的誤りでした。その結果アブラムは恐れに囚われ、旅の仲間である家族親族を「危険」へと導いてしまったのでした。

もしもアブラムが「危機」の時、主なる神に身を避けていたなら、つまり、ネゲブの地でも祭壇を築き、主なる神を信頼し、天を見上げ、主の指示を仰いでいたら、どうだったでしょうか。旅の仲間と一緒に神の栄光を見る「機会」が与えられたことでしょう。

「祭壇を築いて神に祈る日常」こそ、キリスト者の生命線であり、「危機」を「機会」とするための最大の備えです。静まって聖書のみことばに耳を傾けること、天を見上げて祈り叫ぶこと、人生の主導権を神に明け渡すこと、自分自身を神にゆだねて祭壇に献げることが私たちの日常となるように、主イエスの御名によって祈り求めましょう。

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礼拝メッセージ「アブラハムの神」

礼拝メッセージ「アブラハムの神」

聖書箇所:創世記12章1ー20節

しかし、主はアブラムの妻サライのことで、パロと、その家をひどい災害で痛めつけた。創世記12:17

聖書は聖人君子やエリートばかりが登場する偉人伝だと、多くの人が誤解しています。それが聖書を読みたがらない理由の一つでしょう。しかしそうではありません。信仰の父と呼ばれるアブラハム(元の名はアブラム)でさえ、聖人君子やエリートではなく、私たちと同じ普通の人でした。

アブラムは旅の途上で深刻なききんに遭った時、主なる神ではなくエジプトに身を避けました。その時アブラムは、美人の妻のために自分が殺されるかもしれないという恐れに囚われ、妻を妹だと偽りました。アブラムは、自分が助かるためには、妻を犠牲にしてもかまわないと考えて行動したのです。

その結果、アブラムの妻サライは、エジプト王パロの妻として召し入れられます。あなたが女性なら、アブラムの夫になりたいと思いますか?

もし上記のみことばのような、主なる神による助け船がなければ、アブラハム夫妻を通して全世界のすべての国民を祝福するという神の壮大な計画は頓挫していたのです。

天を見上げて、アブラハムの神、アーメンなる神の、力強い真実を覚え、神に賛美をささげましょう。

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礼拝メッセージ「関係の回復」

礼拝メッセージ「関係の回復」

聖書箇所:創世記50章

あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。創世記50:20

かつて自分に悪を計った兄たちに対して、ヨセフという人物が後に語った言葉。それが上記の言葉です。

ヨセフは父ヤコブ(イスラエル)の偏愛を受けて育ちました。やがてヨセフは夢見る人となりますが、空気が読めませんでした。それでヨセフは、兄たちの激しいねたみと憎しみを買い、囲まれて殺されそうになり、エジプトに売り飛ばされたのです。

エジプトでヨセフは、様々な経験を経て権力者となります。そして共におられる神の導きによって、世界的な大ききんに備えて食料を蓄えました。その結果、多くの人々を生かす神の計らいに仕えることになったのです。

神の家族であっても、関係が壊れてしまうことがあります。しかし神は、計り知れないご計画の中で、人の悪でさえも良いことのための計らいと変えてくださるのです。神の御手は見えません。しかし私たちの人生は、確かに神の御手の中にあります。そして見えない神の御手は、万事を益にし、関係を回復させてくださるために今も動いています。

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礼拝メッセージ「神を微笑ませるもの」

礼拝メッセージ「神を微笑ませるもの」

聖書箇所:創世記6章1ー22節

ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。創世記6:9

ノアは神に喜ばれる人の具体的モデルです。神を微笑ませる5つの原則を、ノアから学びましょう。

1、何よりも神を愛する時、神は微笑まれる

  神は情熱をもってあなたを愛しておられ、
  あなたがその愛に応えるのを心から願っておられます。

2、心から神を信頼する時、神は微笑まれる

  心から神を信頼するということは、
  神は自分の人生の最善を一番よくご存じだと信じることです。

3、心から神に従う時、神は微笑まれる

  従順は神に対する愛と信頼を証明するものです。

4、神をほめたたえ感謝する時、神は微笑まれる

  神が私たちのためにしてくださったことを喜び、
  それを神に表す時、喜びは双方に満ちあふれます。

5、自分の能力を発揮する時、神は微笑まれる

  あなたがあなたらしく、預けられた賜物を用い、
  いきいきと生きるなら、神は微笑まれます。

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新年礼拝メッセージ「神のビジョン」

新年礼拝メッセージ「神のビジョン」

聖書箇所:創世記15章1-6節

さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。…あなたの子孫はこのようになる。創世記15章5節

神のビジョンは、心の救いに留まりません。神のビジョンは、一市町村やこの国の救いに留まりません。神のビジョンは世界大であり、宇宙大です。使徒パウロが「被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしている(ローマ8:22)」と表現しているとおりです。

天を見上げるということは、宇宙を見上げるということです。光さえ私たちの目に届くのに時差が生じるほど壮大な空間が、天には広がっています。太陽の光は、約8分かかって地球に届いています。私たちが太陽を見る時、約8分前の過去を見ています。オリオン座の場合は、約1600年前の光です。

かつて主は、信仰の父アブラハムに、上記のみことばを語られました。アブラハムはこの主のみことばを信じ、主はそれを彼の義と認められました。アブラハムの子孫、ダビデの子孫として降誕された主イエス・キリストを信じることによって義と認められた私たちにも、このみことばは語られています。

その主イエスの大宣教教育命令を記します。

「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ福音書28:18-20)

杉戸キリスト教会に、星の数ほどの老若男女が満ちあふれることを夢見つつ、その夢をかなえるために、聖霊に満たされることを互いに祈り求めましょう。

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