かつて日本の宣教は、宣教師主導でなされていった。宣教師が主導権を持って開拓伝道がなされた。しかしそのようにして生み出された教会において、日本人牧師へのバトンタッチは難しさを極めた。教会を自分たちで支え、教会の働きを自分たちで担っていくということを教えられなかった多くの信徒たちは、宣教師が手を引いた後、「宣教師と共に去りぬ」という悲しいことになった。後に残ったわずかな信徒の上には、会堂返済のための多額の借金だけが残されるという悲惨なケースも起こった。
将来のバトンタッチを視野に入れるならば、宣教師主導で開拓伝道をすることは止めるべきである。そのような反省がなされ、やがて開拓初期から、日本人牧師と共に開拓伝道を行うという方針が取られるようになった。この場合は、かなりスムーズにバトンタッチが行われ、豊かな実を結んでいる。
教会形成は個人プレーでは不可能である。開拓伝道をするなら、初めからバトンタッチまで視野に入れて長期計画を立てなければ、せっかくの労苦も打ち上げ花火のように、実が残らない働きとなってしまう。