唯一の神がわれわれ?!

Wed, 27 May 2009 11:08:14 JST (2922d)

 聖書に啓示された三位一体の神を考えるために、創世記1章1節の御言葉、『初めに、神が天と地を創造した。』を改めて考えたい。

 日本語の神という言葉には、複数の神々が存在するという多神教的なイメージがある。あるいは一切の存在は神であり、神と世界とは一体であるという汎神論的なイメージを持った言葉でもある。日本語の神という言葉には、唯一の神という神観はほとんどない。このため日本語訳で創世記1章1節を読んでも、意識しなければ、唯一の神というニュアンスは受け止めにくい。

 旧約聖書原典であるヘブル語聖書で創世記1章1節を見ると、創造主を意味する単語としてエロヒームという言葉が用いられている。実はエロヒームという言葉は、神を意味する言葉エルの複数形である。普通に受け止めるならば、多神教等に誤解されかねない書き出しであるが、エロヒームの述語としての動詞バーラー(創造した)は単数形になっている。そのようにして、神の言葉としての聖書の劈頭に、唯一神の複数性が語られている。

創世記1章の26節でも、以下のように唯一性の中に複数性を持った創造主が啓示されている。『そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。創世記1:26』

 ここでは、日本語訳聖書においても「われわれ」という複数形が、創造主に対して用いられている。そのようにして、唯一性の中に多様性を含む創造主が啓示されている。さらに26節では、私達人間が、唯一性の中に多様性を含む創造主のかたちに似せて造られたということが語られている。関係の中で一つとなって共に生きておられる三位一体の神に似せて造られた私達人間は、関係の中で一つになり、共に生きていくように造られている。

唯一の神がわれわれ?!その2