民数記

Sat, 12 Feb 2005 12:52:45 JST (4485d)

聖書66巻

 民数記には、イスラエルの民の数(人口)が、二度調査されたことが記されている。そしてその間に、約束の地カナンへ斥候たちが遣わされた様子とその報告が記されている。斥候たちの内、ヨシュアとカレブだけは信仰によって約束の地を目指そうとしたが、他の者たちは不信仰によって神に失望した。その結果、イスラエルは荒野の40年を味わうこととなり、不信仰な者たちは約束の地に入る前にみな死に絶えた。ただ信仰の人ヨシュアとカレブだけが、荒野の40年の後、約束の地に足を踏み入れていくことになる。しかし民数記は、エリコに近いヨルダンのほとりのモアブの草原が、最後の場面となっている。

 民数記の中には、神の民たちの間でのねたみの問題も取り上げられている。ヨシュアでさえも、長老たちに神の霊が与えられた時、ねたみを抱いた。しかしモーセはその時ヨシュアにこう語る。「あなたは私のためを思ってねたみを起こしているのか。主の民がみな、預言者となればよいのに。主が彼らの上にご自分の霊を与えられるとよいのに。(民数記11:29)」。実はこのことは、新約聖書において、ペンテコステ(聖霊降臨)と呼ばれる出来事として現実のこととなった。

主の命令によって