豊川用水とライフライン

Sat, 12 Feb 2005 12:52:43 JST (4517d)

「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。(ヨハネ7:37−39)

私は四国の高知県で生まれ育ちました。20歳の時に、愛知県豊橋市に移り住むようになって、もう10年以上経ちました。この豊橋に住んでいて、だんだんとわかってきたことがあります。それは、この東三河の地には宇連ダム(鳳来湖)や豊川を水源とする豊川用水(牟呂用水もその中の一つ)という用水、水路があるということです。

牟呂用水は賀茂の菖蒲園のあたりを通り、豊橋創造大学の横を通って豊橋の街中に流れ、そして駅のあたりを抜けて神野新田の方に流れています。

豊川用水の東部幹線は、石巻のあたりから葦毛湿原のあたりをくぐりぬけ、ずーっと南の太平洋の方に流れていき、湖西市の方と渥美半島の先端のほうまで流れています。

豊橋市蒲郡市豊川市新城市田原市渥美町一宮町小坂井町音羽町御津町。そして静岡県湖西市。これら愛知県の東三河地方と静岡県の湖西地方は、昔から大きな川がなく、雨も少なく、干ばつに苦しむ地方だったそうです。今日、この地方が全国有数の農業地帯、工業地帯となり、また、国際港を持つ海外に開かれた都市として発展を続けている一つの理由は、この豊川用水があるからと言っても、過言ではないでしょう。

水は水道、農業、工業のために必要不可欠なライフラインです。まして聖霊なる神、いのちの水の源なるお方は、私たちの全人格的いのちにとって、必要不可欠な、どうしても必要なお方、まさにライフラインではないでしょうか。

 ⇒時が来ると、御霊の実(愛:単数)を結ぶ生活(ガラテヤ5:22−23)。

幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。(詩篇1:1−3)

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(野町)