聞く祈り

Sat, 12 Feb 2005 12:52:42 JST (4665d)

 会話が「話すこと」と「聞くこと」によって成り立つように、祈りにも「話す祈り」と「聞く祈り」があります。聖書は、「自分の願いを話す祈り」よりも「神の御声に耳を傾けて聞く祈り」の方が大切であることを、一貫して語っています。

 口は一つだけですが、耳は2つ与えて下さっているということを考えても、そのことが解るのではないでしょうか?

 伝道者の書5:1−2には、

『神の宮へ行くときは、自分の足に気をつけよ。近寄って聞くことは、愚かな者がいけにえをささげるのにまさる。神の前では、軽々しく、心あせってことばを出すな。神は天におられ、あなたは地にいるからだ。…』

 と語られています。

 イザヤ書48:17−18には、

『あなたを贖う主、イスラエルの聖なる方はこう仰せられる。「わたしは、あなたの神、主である。わたしは、あなたに益になることを教え、あなたの歩むべき道にあなたを導く。あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。…』

 と語られています。

 全知全能の主なる神は、私たち一人一人にとって、何が最善なのか、何がベストなのかを良くご存知で、「あなたをベストウエイに導くよ!」と語りかけ、約束して下さっている方です。

 この方のナビゲーションに従っていくなら、間違いありません。ただ一つの条件は、神の命令に耳を傾けること、聞く耳を持って(静まって)聖書の御言葉に耳を傾けるということです。

 主の祝福を受ける秘訣は、「日毎に御言葉に耳を傾けて聞く祈り」にある。そう思わされています。そして、その時にこそ、神に自らの自己中心な願いを聞いてもらうための熱心な祈りではなく、神が自分に対して願っておられるみこころに生きるための熱心な祈りを捧げることが可能となります。

 神が自分に対して願っておられるみこころに生きるための祈り。それは主イエスが教えて下さった主の祈りに基づいた祈りです。

(野町)