聞くという奉仕

Wed, 27 May 2009 11:16:28 JST (2976d)

共に生きる生活」byボンヘッファー

『交わりの中で、ひとりが他の人に対して負っている第一の奉仕は<他の人の言葉に耳を傾ける>ということである。神への愛は、われわれが神の言葉を聞くことから始まるように、兄弟への愛の始まりは、われわれが兄弟の言葉を聞くことを学ぶことである。神がわれわれに、ただそのみ言葉を与えて下さるだけでなく、われわれにその耳を貸して下さるのは、われわれに対する神の愛である。だから、われわれが、兄弟に聞くことを学ぶ時、われわれが兄弟に対してなすことは、神のわざである。キリスト者、特に説教者は、他の人たちと共にいる時に、常に何かを「提供し」なければならない、そしてそれが彼らの唯一の奉仕である、と考えがちである。彼らは、<語ることよりも、聞くことの方が、より大きな奉仕でありうる>ということを忘れているのである。多くの人たちが、聞いてくれる耳を求めている。そして彼らは、その耳をキリスト者の中に見出さない。なぜなら、キリスト者は、聞いて上げなければならないところでも、自分で語ってしまうからである。しかし、もはやその兄弟に聞こうとしない者は、やがてまた神にも聞かなくなり、神のみ前においても、いつもただ語るだけの人になってしまうであろう。ここに霊的生活の死が始まり、遂には、敬虔な言葉に窒息させられた霊的なおしゃべり、坊主くさい低い物腰だけが残るのである。…』

教会と宣教双書2 共に生きる生活 ボンヘッファー著

森野善右衛門訳、新教出版社、1975年、p95−96

ディートリッヒ・ボンヘッファー

ヒットラー、反ユダヤ主義、ナショナリズム的キリスト教と闘ったドイツ告白教会牧師。

ボンヘッファーに関する参考文献

キリストに従う

現代キリスト教倫理

共に生きる生活

説教と牧会

教会の本質

ボンヘッファーの生涯

etc.